(外で仕事をしていてすっかり日焼けしました)

「雉も鳴かずば撃たれまい」--- 悲しい逸話のあることわざです。その由来は割愛します。

食卓に見たことのない種類の卵が3つありました。緑がかった灰色の斑点に覆われています。大きさは、うずらよりは大きく鶏卵よりは小さい。

義父が採ってきたのだという。

「お義父さん、これ、どこで見つけてきたの」

「家の前の田んぼのとこだ。雉の卵だ」

この「....のとこだ」は語尾が尻上がりになります。

「で、お義父さん、食べるの」

「食べね」

「じゃ、かわいそうだから卵、戻してあげようよ」と高校2年の息子。

「だめだ。鳥はいったん人のにおいが付くと抱卵しなくなる習性があるって聞いたことがある」

「んじゃどうするの」

雉は我が家の小さなアイドルです。天気を話題にするように、さしたる重要性はないものの、なぜか気になる存在。それが我らが雉です。

「田んぼのあぜ道を散歩していたよ」、「今朝、庭をつがいで散歩していたよ」、「夜はどこで眠っているんだろうね」


(田んぼの用水路)

義父を除き家族全員が気にかけている、いわば我が家のペットのような雉。私が朝風呂に入っていると、すぐ近くで鳴く雉。7年前の3.11の朝にけたたましく鳴いていた雉。

そんな雉の卵を私たちは食べることができません。

鬼子母神が末子を釈迦に隠され、半狂乱になったという仏教説話を私は思い起こしました。

鬼子母神は500人の子の母であったが、これらの子を育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べていた。そのため多くの人間から恐れられていた。

それを見かねた釈迦は、彼女が最も愛していた末子のピンガラを乞食(こつじき)に用いる鉢に隠した。彼女は半狂乱となって世界中を7日間駆け抜け探し回ったが発見するには至らず、助けを求めて釈迦に縋(すが)ることとなる。(出典:ウィキペディア)

さて、せっかく産んだ卵を人間に取られ、雉はさぞかしさみしく思っていることだろう。当惑していることだろうと私たちは思っています。

義父が採ってきた雉の卵は、いま鶏卵といっしょに冷蔵庫の卵ケースに静かに眠っています。沈鬱な気持ちになります。きっと孵化はできないでしょう。

雉の卵に手を付けられずにいる私。

しかし、鶏卵は、こつこつぺきっと割って玉子焼きを作ります。いかなる痛痒(つうよう)も、罪悪感も、憐憫(れんびん)の情も湧きません。

ここに人間の宿痾(しゅくあ)を私は見ます。

元帥様の作戦も奈辺にあるのかもしれない。情が移れば無慈悲で容赦のないことはできない。対話ほど高度な防衛措置はなく、人をほだすには最善の作戦です。

というわけで私は鶏舎には行かないようにしています。


(カフェに通ずる小径。青山にて)

職場では協議がよく行われます。課内協議や部内協議そしてトップに判断を仰ぐ上局協議(世間では使われない言葉です)。

4人ほどで議論される課内協議では様々な意見が交わされます。A案、B案、C案。結論がなかなか出ないことも多い。

そろそろ私が結論を出さなければと思い、私案を言い出します。

「それは無理でしょ」や「それはないでしょ」といった否定的な見解がスタッフから出されます。

私の考えを示すとき「それ名案ですね。それでいきましょ」ということはほとんどありません。

そして私の案が否定され、たどり着いた別案が往々にして上手くいくのです。最近こういったことが連続して発生しています。

正直落ち込みましたし、いまも引きずっています。物の本によると加齢とともに記憶力は落ちるものの判断力は磨かれていく。そう聞いていたからです。

それはウソだと思いました。少なくとも私には当てはまりません。


(ル・パティシエ・タカギ青山店にて)

見事に覆される昨今の私の有り体(てい)は、何かに似ている。そうです。小用のキレです。

当該キレの悪さに比例して、私の判断力もまた鈍麻の度を増しているのではないか。もうほとんどそのように確信するに至りました。

もがいても、あがいてもしょうがない。しかしながら、この事態を翻って見るに、結果としてオーライであることに気づきます。

私の案は覆され、当人は多少落ち込みはするものの、組織としては善なる方向に進んでいるのです。これでいいのだ。

この気づきにより、最善の案を出してくれたスタッフに私は感謝し、御礼と賛嘆の言葉をその都度伝えるようになりました。

また、戒めとして、私は胸に刻みました。

スタッフが対案や反対意見を言わなくなったとき、そのときこそ私に本当の危機が訪れているのであり、惨憺たる結果が待ち受けているのである、と。


(ル・パティシエ・タカギ青山店にて。甘い誘惑に負けました)

そう言えば、かつて大規模施設を整備した際、上司はいつも寛容でした。私が自分の意見をずけずけと言ったあとのことです。何せ私の方がその施設整備についての知識は深い。

「そういうことなのか。君がいいと思うなら、それでいいよ」

私は脱皮のときを迎えているのかもしれません。さなぎから成虫になるときを迎えているのでしょうか。自分を見つめる必要がありそうです。慢の幡鋒(はたほこ)を降ろすときなのです。

野原を軽やかに飛び回る蝶になるのか、あるいは、誘蛾灯に誘われて怪しく羽ばたく蛾になるのか。

たぶん、鱗粉振りまく蛾になりそうですね。最期は誘蛾灯でチリチリと...。


(今朝のお弁当。手作りにこだわっています)

世界史は嫌いでした。ローマ帝国の歴代の皇帝の名前が出てきた時点でもうお腹いっぱいになりました。トゥスだのウスだのアヌスだの、何とかしてくれよ、という思いでした。

ところが、齢(よわい)半世紀を経て、世界史、特に近現代史を学び直しておかないといけないのではないか。そんな思いに駆られるようなりました。

なぜか、それはまたの機会にお話します。

遅きに失した感があります。が、佐藤一斎の言葉を銘にして、学びの歩みをカタツムリの速度で進めたいと思います。今号は、というか、今号もつまらないです。オチもありません。

「少くして学べば、則ち壮にして為すことあり壮にして学べば、則ち老いて衰えず老いて学べば、則ち死して朽ちず」

というわけで、死して朽ち果てても一向にかまわないのですが、ロシア革命についての私の備忘録です。

ドイツのウィルヘルム2世はロシアを内部から崩壊させようとしていた。ロシアの革命家たちに100万ルーブルもの資金援助をしたことがドイツ財務省の電報として残っています。

一方、日本もやっていました。

大佐の明石元二郎がヨーロッパを中心にロシアの革命家たちと通じ、革命を支援していたのです。

日露戦争当時の日本の国家予算は約2億3千万円。その中で参謀本部から100万円(現在の貨幣価値にして400億円以上)ほどの工作資金が与えられていました。山縣有朋の指示です。

つまり、日本もロシア革命を焚き付けていたということです。知りませんでした。

10月革命ののち、レーニンが国民に約束した憲法制定議会選挙はレーニンの期待を裏切るものであった。第一党になったのは農村で力を得ていた革命勢力エスエルで410議席。レーニン率いるボリシェビキは175議席だった。

それで、選挙に負けたレーニンは何をやったか。議会を武力で封鎖し解散させました。いわばクーデターです。レーニンは述べています。

「国家に関わる仕事は省庁や官房などで行われており議会では庶民の目を欺くことを目的に駄弁を弄しているに過ぎない」(レーニン著『国家と革命』)

革命によって地主から解放された農民は都市への穀物の供給を止めました。その結果、首都では食料が不足し飢餓が発生。レーニンは事態を打開するため食糧徴発部隊を農村に派遣。抵抗する富農を追放しました。

豊かな土壌で富農の多かったタンボフでは農民が反乱。3万人に膨れ上がった反乱軍を抑えるため、レーニン率いる赤軍はタンボフに対し毒ガスを使用。森に隠れていた多くの農民が呼吸困難で死亡しました。1万4千人もの農民が殺され、反乱は鎮圧されました。

現在、ロシアの学校で「ロシア革命」という言葉は使われないという。ソビエト時代は「偉大なる10月社会主義革命」と称されていました。いま歴史の授業で「1917年10月の出来事」と教えられています。

“出来事”なのですね。そのように教えているロシアの教育力に私は期待したいと思います。

結びに私の問題提起です。100年前のレーニンの言葉「議会では庶民の目を欺くことを目的に駄弁を弄している」は現在も有効でしょうか。

「駄弁」とはくだらない話の意。だべると同義です。なお、「星々のつぶやき」は私の駄弁です。いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。


(大海原に太陽が昇る)

暗黙知とは、認知の過程あるいは言葉に表せる知覚に対して、(全体的・部分的に)言葉に表せない・説明できない身体の作動を指す。(出典:ウィキペディア)

自分の口臭は気がつかないものです。つねなるにおいは嗅覚が麻痺し認知できません。

二酸化硫黄の香る温泉も入浴しているうちにおいが気にならなくなります。

香水もつけている本人は麻痺というのか、耐性がついたというべきなのか、においに鈍感になり一層たくさん振りまくことになります。周りには迷惑になっていることもあります。

そこでです。おのれの口臭を客観的に認識できる方法はないものか。そう思い続けて半世紀が過ぎました。

ところが、ふとした息の出具合によって一瞬ではあるものの、我が口臭を感知する瞬間が稀にあることを知るようになりました。

あくびやため息の一瞬ののちにそれは突如として訪れます。

「こ、これがおれの口臭なのか」

ところが、いったん意識し出すと、つまり、狙おうとするとまるで逃げ水のように捕らえることはできません。もうどこにもいないのです。

あの瞬間は何だったのか。偶然だったのか。

「息」という気体の態様とおそらくは意識・無意識が関わっているに違いない。

そこまではこれまでの私自身の研究の積み重ねにより解明できました。

科学とは、再現性が保証されなければならず、かつ、そこに万人が納得し得る法則でなければなりません。偶然から必然へのたゆまぬ努力の中にのみ偉大な発見は生まれます。

なお、他人に嗅いでもらえばいいではないかという議論があることも承知しています。でも、それでは自分自身で感知するという所期の目標を達成できないのであります。

というわけで、ときどきぼーっとして口を開けていることがありますが、鋭意実験中であるということをご了解ください。


(家路)

子どものころの記憶の断片が沼地のメタンガスのように浮上してくることがあります。それは何の脈絡もなく浮かんできます。

あるいは「浮かぶ」という言葉は不適切であって深海に降り注ぐマリンスノーのように記憶の屍(しかばね)が沈澱していく様(さま)なのかもしれない。

子どものころ、「8時だョ!全員集合」は文字通り家族全員で見ていました。火力発電所社宅の共同浴場で風呂を早めに済ませて午後8時前にテレビの前に待機していたものです。

エンディングでいかりや長介さんの「また来週」の掛け声とともに姉や弟たちはテレビの前から離れ、私だけが残りました。次の番組「Gメン’75」を見るためです。午後9時に至る約5分が待ち遠しく感じられました。

「75」と記された滑走路を横一列になって陽炎(かげろう)の中を歩きながら流れるオープニングに胸を躍らせる私。

「ハードボイルドGメン'75。熱い心を強い意志で包んだ人間たち」のナレーションが脳髄を痺れさせます。

ドタバタ劇のドリフターズの喧騒の世界から渋いハードボイルドの世界へ。大人への憧憬でした。

「Gメン’75」を見ている私を母が遠目に見守っているのを私は感じていました。

Gメンとは警視庁内に別組織として設置された特別潜入捜査班。陰惨で悲惨な場面が多くありました。しかもリアルな描写です。

観客のいない野球場で男が拳銃で眉間を撃ち抜かれ、目をかっと見開いたまま倒れるシーン。10歳弱の私は釘付けになりました。こんなふうに死ぬのは嫌だなと思いました。

当時のテレビ番組は時代劇においても写実主義全盛期でした。

殺陣(たて)の場面で血しぶきが襖にぶわっとかかっていましたし、首を斬ると天井まで血が噴き出していました。血圧を実感として理解しました。

いつのころからか、「峰打ちだ。安心せぃ」の呼びかけとともに峰打ちが流行りだし、以来、ぶわっとした血しぶきを見なくなりました。残念です。

さて、Gメン’75に話を戻します。

電車に女性が乗っているシーン。脇の男が女性の太ももに手を入れています。なぜか女性は恍惚とした表情になっていきます。

と、そのとき母から声がかかりました。

「なにいやらしいのを見ているの。消しなさい」

母が警告を発したことによりその場面だけ強く脳裏に焼き付いています。前後のストーリーはすっかり忘れてしまいました。

当時、母といっしょに共同浴場の女子浴場に入っていた小学校3年生の私は「いやらしい」という概念を明瞭に認識することが困難だったように思います。

いやらしいとは何か、何故にいやらしいのか、理解できなかった私はテレビを消しませんでした。母もそれ以上何も言いませんでした。

というわけで、無事に大人にはなりました。が、特段の熱い心も強い意志も持ち合わせていません。眉間を撃ち抜かれるのだけは勘弁願いたいと思います。


(田植えの季節)

子どものころの記憶の断片が沼地のメタンガスのように浮上してくることがあります。それは何の脈絡もなく浮かんできます。

あるいは「浮かぶ」という言葉は不適切であって深海に降り注ぐマリンスノーのように記憶の屍(しかばね)が沈澱していく様(さま)なのかもしれない。

子どものころ、500円札の岩倉具視(ともみ)の肖像画が怖かった。般若のようで不気味に感じました。薄い青カビ色の500札の色調そのものがまず嫌い。

岩倉具視は59歳で没しています。ということは、あの肖像は50代あるいはそれより若い時期のものということになります。

それにしても相当に老けて見えます。睨め付けるような視線も怖く感じました。

500円札の思い出は岩倉具視に対する恐怖だけではありません。母と叔母たちの間の不思議な劇を思い起こします。

叔母宅を訪問。辞去する際、四つ折りにされた500円札が叔母によって私のポケットにねじ込まれるのです。

「あら、何だっぺ。もらってダメだよ」と母。

「いいがら、いいがら。少しばっかだがら」

「ダメダメ、お返ししなさい」

私が返そうとすると、ものすごい勢いで再度ねじ込まれます。もう岩倉具視はぐしゃぐしゃになっています。

「いいがら、帰りに美味しいの買って帰りな」

「すみませんね。◯◯◯◯、叔母さんにちゃんとお礼を言って」

母に後頭部を押さえられ、ぺこりとお辞儀をして、一連の押し問答の劇は終了します。劇というよりは儀式あるいは儀礼だったのかもしれません。

この間の数分が子ども心にも嫌でした。大人って面倒くさいなぁと思いました。

というわけで、私もまた違う意味で面倒くさい大人になりました。


(玄関にミノムシがいました)

私の夢。と、言ってもI have a dream.といったような遠大な話ではなく、ここ1週間で睡眠中に見た夢です。

以前よく登場した、正確に言えば搭乗した飛行機の墜落の夢はここ最近見ません。

そう言えば20代のころまでよく見た金属製の円盤に襲われる夢も出現しなくなりました。ようやく矢追純一さんの呪縛から解かれてきたようです。

さて、飛行機の夢です。たいがいの場合、送電線の下をくぐるところで尾翼が送電線に引っかかり墜落する。そんなシーンで終わります。よく見ました。ヘリコプター版もあります。

眼が覚めると肩に力が入ったまま。目覚めが一番疲労感の濃い一日のスタートでした。物心付いたころから目覚めはいつも元気がありません。

私の夢は9割以上が災害や事故関連です。

ここ1週間では、まず土石流に飲まれました。濁流にゴロゴロした岩や立木が混ざって山あいの谷を流れて落ちてきました。立木が意外に多いことが印象に残っています。

その数日後、津波が来襲。100メートルはあろうかという想像を絶する津波です。私は高台にいます。その津波は私の足元まで来て引き返していきました。

この夢にどんなメッセージ性が込められているのでしょう。

昨日見た夢はこれまでにない日常的なシーンでした。極めて珍しい。人が登場することがまれな中でふつうの人間が出てきました。私の夢の中では国宝級です。宇宙人は比較的容易に登場します。

というわけで、女性の友人が登場。プリン好きで風水に詳しく、クックパッド殿堂入りを何度も果たしている方です。

場所はデパート。婦人服売り場でその方の手製のニットの婦人服を販売している。そんなたわいもないシーンでした。

「これ5万円です」

ある服を見せてくれ、ずいぶん高いなぁと思ったことが心に残っています。クックパッドの次はニットにも挑戦される予告なのか。

このような夢を見るようになったということは、私の深層意識も角が取れてきたということでしょうか。


(手製のアジのたたき)

国務長官のポンペオが平壌に乗り込み、拘束されていた3人の韓国系アメリカ人を専用機で連れて帰った。アメリカが求める“完全なる非核化”はどのようなものか。ネオコンの苛烈な要求が炸裂する。

「おい、作戦の練り直しだ。確かにおれは非核化に応じるとアメリカに言った。だが、それは核実験場の閉鎖であり、核ミサイルの破壊であり、物理的な処置だ。あいつらの要求はそれに留まらない」

「ポンペオが何を要求してきたの、お兄ちゃん」

「データと人をよこせって言ってきたんだ。これまで研究開発してきた核爆弾及びその運搬手段に係る全てのデータを提供しろ、と。おまけに関わってきた技術者を全員アメリカに移住させろとさ。そんなことできるか」

「応じなければ...」

「応じなければ、軍事攻撃を含めあらゆる手段が検討されると恫喝してきた」

「ティラーソンが辞めてからトランプ政権内の風向きが変わってきたと思ったら、そういうことだったのね」

「小国が超大国と対等に渡り合えるとは思っていない。それは百も承知だ。そもそもおかしいと思わないか。核を持つことが許される国と許されない国とがあるということが」

「核拡散防止条約(NPT)のことね」

「1963年に国連で採択されたこのNPTは、常任理事国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国にのみ核保有を許し、その他の国は保有が認められないとした。NPTに加盟していないインド、パキスタンは実質的に核を保有している」

「それに同じくNPTに加盟していないイスラエル。核保有の可能性が極めて高いにも関わらず、一切ノーコメントだ。査察も受け入れない。そのイスラエルに対してはアメリカは非核化に向けた何らの要求もしない。むしろ支援している。おかしくないか」

「絶対におかしいわ」

「核を持つことが仮に悪なのであれば、全世界のあらゆる国が非核化に取り組むべきだ。NPTには核保有国が誠実に核軍縮交渉を行う義務規定もあるんだぞ。アメリカはトランプになってから核戦力を充実させているぞ」

「持っていい国と持ってはいけない国。国で差別されている。国の差別ということは人間の差別だわ。だから、NPT制定時に条約に反対したインド、パキスタンの主張は今でも法理論としてはまっとうだわ」

「条約制定時に核を保有していた5か国にのみ保有の特権を認め、それ以外の国は保有を禁止するというのは不平等条約である、という主張だな。彼らが批准を拒否したのは当然だ。ただな、これを言っても始まらないのだ」

「そうね。これが国際政治の現実ね」

「そうだ、現実だ。核保有でアメリカを引っ張り出すことまでは成功した。ここからだ、大事なのは。まずは中国をしっかりと味方につける。だから習のオヤジさんの股の下を2回もくぐってきた。それからロシアだ。プーチンにも会おう。友好国も固めるんだ」

「マレーシアも例の件で関係が悪化したけど、旧知の元首相のマハティールさんが返り咲いたわ。92歳だそうよ。関係構築を急いだ方がいいわね」

「ここで確認しておきたい。おれたちの取り巻く状況を整理すると三つのポイントがある」

「一つは、非核化をめぐる協議。二つは、朝鮮戦争の終結、つまり平和協定締結。そして、三つは、朝鮮半島統一ということですね」

「そうだ。中国の影響力を最大限に引き出しながら、これらの3つを上手く絡めるんだ。もちろんロシアもだ」

「文さんがアドバイスしてくれたように統一のプロセスを急いだ方がいいかもしれないわね」

「そうだな。非核化協議は難航するな。技術者の移住という人質をアメリカに渡すなんて絶対にできない。トランプのオヤジの言いなりにはならんぞ。モスクワ行きを早く準備しろ。しかし、それにしても不思議だ」

「何が不思議なの」

「日本という国さ。私立大学の獣医学部を一つ作るのに総理大臣が関わるらしい」

「確かに不思議ね。イノシシが増えすぎたのかしら」

「しかも、それが国家戦略だというのだ。国家の最重要課題ということだ。その証拠に連日国会で議論されている。我が共和国は動物を診る獣医師はおろか人間を診る医師さえ不足しているのに」


(ここで妄想してネットにアップしています)

「兄と妹の会話」は時々ノンフィクションに思えることがあります。でも、フィクションです。

「欧州は必死になってイラン核合意を守ろうとしている。核開発を完全阻止する内容にはなっていないにもかかわらずだ」

「どうしてなの、お兄ちゃん」

「中東は地続きの彼らの庭なのだ。いったん混乱が起きればシリア内戦で見られるように難民が押し寄せてくる。ISの影響を受けたテロリストが流入してくる。肌感覚で脅威を感じるのだ。半島にいるおれにはそれがわかる」

「アメリカは中東の混乱を脅威と感じなくなったということ?」

「そうだ。票になるかどうかが第一基準になりつつある。事務レベルで地道な交渉の積み上げをするといった、七面倒なことを厭うようになった。そういった傾向はネオコン派の大統領の系譜と言ってよいだろう。中東の混乱を脅威に思わなくなった理由は何だと思う?」


(1杯220円のオアシス。周りは人の砂漠。あゝあなたがいれば怖くはないわ)

「石油かしら」

「そうだ。シェールガス革命だ。もはやアメリカはエネルギー輸出国だ。中東に依存する必要はない。混乱してもいいのだ。否、むしろ混乱を期待しているふしがある。混乱に期待していると言った方がいいかもしれない。その証拠にマーケットに大きな動揺はない」

「どういうこと」

「核合意破棄となればイランは石油の輸出が制限される。そうすれば原油価格が上昇する。連動してシェールガスも価格が上がる。価格が上昇すれば採掘困難な場所でもさらなる投資が可能となり、一層採掘できる。中東に一悶着あり混乱すればするほど原油価格が上がる。それを期待しているのではないかとおれは見ている」

「あこぎな大統領ね、トランプという男は」

「あいつは七面倒な交渉や精緻な合意は苦手だ。嫌いだ。報告を聞くのも嫌いだから国務省の外交官にも委ねない。トップセールスで白か黒かを決めたがる。そこをよくわきまえ姑息な交渉は避ける必要がある」

「お兄ちゃん、大丈夫なの」

はたしてお兄ちゃんは大丈夫なのでしょうか。打つ手はあるのでしょうか。

つづくかも


(会話しているのでしょうか)

兄と妹が会話している最中にアメリカのイラン核合意破棄のニュースが飛び込んできました。

「お兄ちゃん、トランプさんはどういうつもりなんでしょう。核合意破棄にはいろいろな背景がありそうね」

「その通りだ。幾重にも伏線があるな。まず、おさらいしておくとイスラム革命が起きる前はアメリカをはじめ各国が競うようにイランに原発を作ろうとしていたんだ」

「そうね。イランで最初の原子力発電所となったブーシェフル原子力発電所は当初ドイツのシーメンス社が設計や建設を請け負っていたわね」

「そうだ。それが常任理事国でもないドイツがイランとの核合意に連なっている理由の一つだ。もちろんEUの盟主であるドイツを外せないということもあるだろう。それからあまり知られていないことだが、原発以外でもドイツとイランは貿易、まぁ要するにビジネスで深い関係があるんだ」

「日本もイランとは石油開発で共同プロジェクトを組むなどしてアメリカなどとは歩調を異にしてきたけど、国際影響力が低下して交ぜてもらえないわね。それで、そのドイツのメルケル首相とトランプの馬が合わないってわけね」

「仲が悪いというのは核合意破棄の伏線の一つではある」

「一番の理由は単純だよ。米国内のユダヤ人とキリスト教福音派の好感を得るためだ。トランプの長女のイヴァンカがユダヤ教に改宗したのを知っているか。露骨だな。トランプは現職大統領として初めて東エルサレムの嘆きの壁にも詣でている。歓心を得るためだろう」

「イスラエルとしてはイランの核合意を一貫して反対してきたわ」

「それはそうだ。もとからイランが嫌いだからな。しかも、このところイスラエルが敵対しているレバノンのシーア派組織ヒズボラが同じシーア派のイランの支援を受けて武力の拡大を図っているおそれがある。もう一つの伏線が我が共和国にとって痛い。これがトランプの真のメッセージではないかと思う」

「真のメッセージ?」

「イランに対して我が共和国からミサイル技術を供与するなというメッセージだ。イスラエルが一番嫌がっているのはイランによるミサイル攻撃だ。朝米会談の前におれたちに釘を刺したのさ。アメリカとの約束を破ると痛い目に遭うぞというメッセージも込めてだ」

「アメリカのそういう動きに対して欧州各国は核合意を守ろうとしている理由は何なのかしら」

「それはまたあとで話そう」

つづくかも


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