(きょうの課題図書)

技術進歩は凄まじい。最新のハイスピードカメラは熱伝導の様子が捉えられる。

熱伝導は光速の6分の1の速さ。1兆分の1秒の世界を写すことのできる技術です。このカメラでくしゃみの瞬間を撮ってほしい。くしゃみ顔の6000億枚の写真展。

まだ発展途上ではあるものの量子コンピュータなるものも登場。従来のコンピュータは0か1かのビットを単位とし、どちらかしか表し得ない。

一方、量子コンピュータは「量子ビット」により重ね合わせの状態で計算ができるというもの。つまり、あれもこれもの可能性を同時に計算できるとされています。書いている本人もよくわかりません。

こういったテクノロジーの進歩に負けないくらい、いま干し芋が進化していると私は確信しています。生産現場を見たわけではありません。

でも、私の舌がそのように訴えているのです。

スーパーマーケットで干し芋のコーナーをご覧ください。紅はるかの干し芋が陳列されています。黄金色に輝いています。高いです。

わきに並んでいる安価な中国産のスティック干し芋はきょうはやめましょう。

芋は収穫ののちに寒晒しをします。寒さから身を守るため糖化酵素ジアスターゼによってデンプンが糖化していきます。寒すぎると腐ってしまいます。完熟とは腐りかけの一歩手前のこと。

まるごと蒸(ふか)します。そのあと裁断は包丁ではなくピアノ線を用います。ゆで卵を輪切りにするアレです。

このあとの乾燥が大変です。機械と天日を使って、柔らかさを残す干し芋に仕上げるのです。芋の出来や蒸し具合、気温・湿度に気を配りながら乾燥させていきます。

もともと干し芋は保存食として作られていました。硬くて粉が吹いている昔ながらの干し芋がそうです。前歯でかじって手で引っ張る。くだんの食べ方です。

しかし、黄金色の紅はるか干し芋はまるで高級スイーツのよう。

ふわっと前歯でかじりとります。適度な硬さの食感です。次に臼歯を使ってすりつぶしていきます。20回、30回と噛んでください。

犬歯の外側に若干の塊がつくことがあります。舌を巧み使って口中中央部にかき集めましょう。

50回目に至ると唾液のアミラーゼによって未糖化のデンプン質までもが糖化されていきます。干し芋本来のジアスターゼによる麦芽糖と唾液腺アミラーゼによる糖化作用が相まって、じつにミルキーな味覚が現出するのです。

嚥下の誘惑に負けず80回の咀嚼に突入。未知の世界です。もはや栗きんとんのペースト。高級和栗モンブランにも勝るとも劣らない味わいです。

さあ、まずは紅はるかの干し芋を手に入れましょう。確かに高価です。が、試す価値はあると断言いたします。


(バンコクの屋台でよく鴨ご飯を食べていました)

子どものころチャボを飼っていました。庭の樹木の木陰を散歩する姿が愛らしかったのを覚えています。

ただ、アパートの1階で飼育していたので、いま思えば早朝からの鳴き声はいい迷惑だったと思います。

卵を産んでいないか、鳥小屋の中を確認するのが楽しみでした。もちろん食用にしていました。

鶏卵は物価の優等生と言われています。60年間ほとんど鶏卵の価格は変わりません。

これまた不思議なことです。誰かが不当に苦しみ、誰かが不当に利益を得ているのではないか。詳細はわかりません。

さて、五反田の家庭料理「うさぎ」で女将さんにぽつりと言いました。

「玉子焼きって難しいんですよね。弁当のおかずに出汁巻き玉子を作っているんですけど、やっと失敗しないようになりました」

「お写真を見ると上手に焼いていますよね」

「いやいや、最初は駄目でした。本当は砂糖を入れて甘くした玉子焼きを焼いてみたいんですけど、どうしても焦げてしまって。子どものころ母がよく焼いてくれました」

「そうなんですよね。砂糖を入れて焼くときは、水か牛乳を少し加えるといいんですよ。もし焦げそうになったときはフライパンを火から離すのも手です。それから大事なのは余計な油分を取ることです」

「私も底にクッキングペーパーを敷きます」

「敷くだけではなく、くるっと包んでぎゅっとやるんです。そうすると、余計な油が取れて、お弁当を開いたときに嫌な臭いがしないで済むんです」

「なるほど〜。やってみます」

女将さんの作ったベーコンと玉ねぎの入ったオムレツをいただきながら、玉子焼きのコツを教えてもらいました。

「このオムレツに入っている玉ねぎ、なんて甘いんでしょ。甘味は加えていないんですよね」

「一切加えていません」

「こんなに甘い玉ねぎがあるんですね。本当に美味しいオムレツです。絶品です」

「このオムレツの卵は卵かけご飯用の卵とは別なんです。焼くと固まり過ぎてふわふわとならないんです」

鶏卵一つにもこだわる「うさぎ」のプロフェッショナルの流儀に心打たれる私。

卵と言えば、小学生のとき、理科の時間に気圧の実験を行いました。

空の牛乳瓶にゆで卵を乗せ、瓶を冷水で冷やします。だんだん吸い込まれて瓶の中に落ちていきました。食べられないゆで卵を恨めしそうに眺めていたことを思い出しました。


(ドトールのひととき)

管理職になって数年が経ちます。管理職の職務とは何か。けさの師匠のメルマガは簡潔にポイントを提示しています。

「『判断する』、そして『管理する』、この二つに絞られる」とし、「まさに、管理職は『判断する』ために存在している」と。

また、管理職の職責にないものを提示して、管理職の職務の在りようをより明瞭に浮かび上がらせています。

管理職の果たせない、あるいは果たすべきではない職務とは何か。

「『現場を知る』ことであり、『実行する』こと」

どんなに頑張っても現場を担うスタッフの情報量には敵いません。また、助言はできても、実行部隊の一員として管理職が担当と同じことは物理的にも能力的にも困難です。

師匠は言います。「問題は、管理職の『判断』と『管理』の質」である、と。

そうなのです。特に判断に必要な情報をどう分析するか。そこが重要であると日々の仕事で感じています。

自分の目や耳で見聞きした生の情報ではなく、スタッフからの報告によって判断しなければならない管理職。皮膚感覚でじかに情報に接することができません。

そのため、断片的な情報に基づいて判断を迫られることもあります。

素手ではなく厚手のゴム手袋で触っているような、隔靴掻痒(かっかそうよう)の思いをすることもあります。

そのよう中、断片ではなく網羅的に情報がほしい、燃え盛る現場を直接見たいとの思いに駆られることもあります。

東日本大震災の際、時の総理がヘリを使って福島第一原発に行きました。自分の目で見て判断したい。その気持ちはわからないでもありません。

でも、管理職はそうであってはならない。特に「卒の将」ではなく全軍の指揮を執る「将の将」は、寄せられた断片的な情報に基づいて重い判断をしなければならないこともあるのです。

決して現場をないがしろしていいという意味ではありません。

現場を直接見なければ判断できない、すべてを知らなければ判断できない。そのような思考を断ち切る必要があるということです。

ここに師匠の言う「判断」と「管理」の質が問われるのだろうと思います。では、どのようにその質を高めればよいのか。

「管理職は普遍性の世界にあります。より広い視野を持ち、より多くの事象を知っています」

この言葉にヒントが隠されているように感じます。つまり、広い視野を持ち、より多くの事象を知ることによって普遍性を獲得する。俯瞰(ふかん)する眼を持つ。そういうことではないか。

「判断」とは、見極めであり、勇気であり、そして腹です。「情報量の多寡」と「判断の質」とはあまり関係はないように思います。

一見仕事とは関係のない分野の読書や講演会、異業種の交流会、そういったものから普遍性なるものが養われていくような気がするのです。

というわけで、私のカフェめぐりや「朗ブロ」(ブログの朗読会)もまたそんな一面もあるとご理解いただけたら筆者望外の喜びです。

じつは9割9分は好きでやっています。うそをついてしまいました。


(溜池山王の眺望。右手は首相官邸の石垣)

最近とみに忘却力が増しています。失念力あるいは亡失力と称してもよいでしょう。

「老人運転中につきよろしくお願いします」

数十年前に町を走る車のリア部分に黒々と筆文字で書かれた軽自動車を見かけました。

私もまた肩から次のようなたすきを掛けたい誘惑に駆られます。

「忘却力、増強中につきよろしくお願いします」

凄まじい忘却力の勢い。対抗措置としてこまめにメモを取る。職場の自分のパソコン宛に用件を記したメールを送る等の工夫を心がけています。

が、最近、そのメモを取ったメモ用紙がどこにしまったのかがわからなくなる失態を演じました。

また、増強した忘却力によって電話でのやり取りをすっかり失念し、相手を失望させてしまいました。決して先方を軽んじているわけではないのに相手はそのように取ります。当然です。

ここまでくれば唯一の方法はドライブレコーダーならぬ「ヒューマンレコーダー」をヘッドギアに付けて記録を撮るしかないのではないか。そのように思うようになりました。

「記憶にございません」

かつて昭和の時代に国会を席巻(せっけん)した答弁です。子ども心にも大人たちの欺瞞(ぎまん)にひとかどの憤りを感じたものでした。

ところがどうしたことでしょう。齢(よわい)五十に至り、心境が変化してきました。

彼らは文字通り記憶になかったのではないか。悪事は働いていたのかもしれない。たぶんやっていたんでしょう。でも、襲いくる忘却の嵐によって忘れてしまったのだろうと思います。

このように証人喚問された人々に対して共感の情が湧いてくるのですから、人間とは不思議な生き物です。

ブログとはウェブログ。つまりウェブの記録です。「星々のつぶやき」は言わば私の外付け記憶装置の役割を果たしています。

書き上げてアップすると大脳からきれいに記憶が消去されます。思いを排出していると言ってもいいでしょう。

やがて、「星々のつぶやき」って面白いな。作者のだいこんくんとやらに会ってみたいと言い出したとき、このブログも結末を迎えることでしょう。


(この葉牡丹は美味しくないらしい)

カナダ・ケベック州はフランス語が公用語です。英語を話す人も多くいますがフランス語のみという人も少なくありません。

ケベック人は自分たちのことをケベコワと言います。生粋の英語系の人は含みません。また、「ケベコワが話すフランス語」の意味もあります。

ケベコワとは、誇りの響きと同時に周辺に位置する地方人であることの意味もあるように私には感じます。

ケベコワの友人が私に言いました。

「フランスに旅行に行ったら、あなたの言葉は何語ですかって私言われたの。ショックでした。私のフランス語が通じなかったんです」と。

フランス本国とはイントネーションが違うのかもしれません。

そう言えば、私は学生時代、タイ・バンコクに留学中、日系企業のご婦人の会に伺った際「ずいぶん日本語がお上手ですね」とお褒めの言葉をいただきました。

丁重に御礼を言うとともに、面倒くさいので最後まで日本語のよくできるタイ人学生ということで通しました。

さて、標題の「うぃ」。フランス語では「はい」を意味します。英語の「YES」に相当します。

ケベックでは「ウィ、ウィ」と町中で言葉が交わされ、英語のイエスより耳に馴染むと私は感じました。私もついウィウィと返したものでした。

そんな「うぃ」が私のスマホの画面で頻出。ローマ字変換で「を」と書くために「wo」と入力しようとするのですが、つい「wi」と打ってしまうのです。そのたびに「うぃ」と表示。

いい加減に私の癖を理解してほしいと願いつつ何年も経過。結局、ユーザー辞書に「うぃ」は「を」と変換するよう登録した次第です。


(この葉牡丹は美味しいのだそうです)

フランス国旗は同国憲法によって自由・平等・友愛を意味するとされています。

フランス語のフラテルニテは、ラテン語のフラテルニタスに由来すると言われています。兄弟を意味するフラテルというラテン語から派生した言葉です。

強い信頼の絆や親愛の情を表わす愛の概念です。

さて、五反田の家庭料理「うさぎ」でその友愛をめぐっての語らいです。

「お昼って外に出ているときはどこで食べるんですか」と生花店に勤めるUさんに尋ねます。

「食堂などで食べることもあります」

「そうすると駐車違反でつかまりませんか」

「店から見ていて、緑のおじさんが車に近づいて来たら、『あれ、おれのだから』って言うようにしています。そうするとさっと引いていきますよ」

「なるほど」

“緑のおじさん”とは、放置車両確認事務の業務を委託された民間法人の従業員のことです。

ふだんは擬態生物のように樹木の陰に隠れ、まったく気がつきません。路上駐車した途端に湧いたように現れる。まるで忍者のようです。

「最近は自分の車でなくても同業者の車両に近づくと『おれのだよ』と言って助けます。これを『友愛運動』って言ってます」

「いい運動ですね〜」

「もともとは水道工事の業者から始まった運動なんです。お互いを助ける運動です。で、われわれ花屋も始めたっていうわけです」

フランス革命に起源を持つ「友愛運動」。周恩来がキッシンジャーにフランス革命の評価を尋ねられ、「結論を出すのはまだ早い」と答えたという。

いま、こうして阿佐ヶ谷を中心に形を変え、“緑のおじさん防衛軍”として繰り広げられていることを周恩来が知ったなら、どう答えるでしょうか。

その普遍性と応用性にきっと感銘を深くすることでしょう。


(雨のいわき駅前の通り)

五反田の家庭料理「うさぎ」で牛乳をめぐっての語らいです。なぜ牛乳が話題になったのかは不明です。

「牛乳ってテトラパックで出てきたとき新鮮でしたよね」

「わかる、わかる。新鮮な感じがした」

「んで、その後四角になって残念な感じがした」

「テトラってなんであのような形なんですかね。あれは確か北欧の特許じゃなかったでしたっけ」

「一連の紙型で組み立てられるんですよ。無駄がないんです」

「なるほど。そうそう、いまでもスーパー銭湯などで瓶で牛乳が売られていますよ。しかも針でフタを取ります。丸い輪っかが付いて」

「あの針ってどうなの。ぶら下がっているわよね」

「飲む前の牛乳だけど、確実に針が牛乳に触れてるよね」

「触れてる。触れてる。確かに」

「不衛生だよね。牛乳に触れたあと、あの針ってぶら下がったまま空気に触れてるでしょ。そんでまた次の牛乳に刺さる」

「次の牛乳に刺さるね。そう言われれば気になりますね。注射器の使い回し」

うさぎの女将さんが作る美味しい料理に舌鼓を打ちながら、牛乳をめぐるどうでもいい語らいに熱くなるのでした。なんの結論も出ない、このような会話が大好きです。


(親友にいただいた極上のマーマレード)

毎週月曜日は私が朝礼でひとこと話すことになっています。話題は職場に着いてから考える横着さ。でも、きょうは違いました。

午前8時24分、音楽が鳴り止んで全員がおもむろに起立します。以下、けさの挨拶の要旨です。

「おはようございます。きょうのひとことはICBMの大気圏再突入についてです」

「どうにも引っかかるんです。『再突入』という言葉が。皆さん思いませんか」

スタッフ一同きょとんとした表情をしています。

「私思うに『再突入』はしていないんじゃないか。要するに初めての大気圏突入なんじゃないかと思うんです。初突入です」

「友達に再会する。これは以前会ったことがあるから再会なのです。再突入と言うからには以前に突入体験があることを意味します」

スタッフたちはだんだんと私の言わんとすることがわかってきたようです。朝からどうでもいいことを聞かせられるスタッフも切ない。

「で、この『再突入』は誤用なんじゃないかと思って調べてみました。すると、英語のreentryの訳なんだそうです。reentryとは、再入場を意味します。つまり、コンサートでホールに入場したあと、トイレに行きたくなって場外にいったん出て、再入場するアレです」

要は大気圏に戻ってきたということのようです。reentryのreはreturnのreと同じ。

どうでもいいことを真剣に調べ、熱く語る上司に呆れつつ、時計は午前8時28分になろうとしていました。

「では、本日もよろしくお願いします」

というわけで、まったくオチのない課長のあいさつにスタッフ一同唖然としながら、12月4日がスタートしたのでした。


(見えているものだけがすべてではない。五反田家庭料理「うさぎ」にて)

厨房がつい気になってしまう。昔からの癖です。以前の部署で職場に回覧されてくる業界誌月刊「厨房」が好きでした。

「きょうお見えになるということで千葉の漁師さんに鯵をお願いしていました。水揚げのタイミングによっては仕入れができないときもあるのでよかったです」

最高の料理をお客さんに食べていただこう。そのため、仕入れ先や時期にも心を配る。女将さんの真心が痛いほど伝わってきます。


(極上の鯵のフライ)

シンプルなのにこれほどまでに旨味を感じる。こんな鯵フライに出逢ったことがありません。

この素材に合う油は何か。菜種油がいいのか、胡麻油か、米油か。女将さんは試行錯誤を繰り返すという。

油について伺ってみると、やはり「うさぎ」で使う油はもちろん搾油(搾った油)とのこと。我が家も搾油です。市販の食用油のほとんどはノルマルヘキサンなどの有機溶剤によって油分を抽出しています。


(千葉の漁師から産地直送の海鮮)

ご主人が担当だというキャベツの千切りも美味しい。包丁で細かく刻んであり、ほどよく冷えていました。

ふと、ここ「うさぎ」で朗ブロin五反田を催してみたい、との野望が芽生えてきました。スペースを物色するとカウンター裏の8畳ほどの座敷が手ごろだと感じました。

座卓ではなく、椅子を備えたテーブル席です。テーブル下の床暖房の敷物が女将さんの配慮を感じました。トイレもまた暖められていて快適でした。

ところで、カウンター越しから見えるまな板が気になりました。大小さまざまなまな板が数多くあります。


(もも肉とネギの照り焼き。ネギの甘みが経験したことのないものでした)

「板前さんによっては一枚の大きなまな板で器用に使っている人もいます」と女将さんは言う。

「私も家では一枚のまな板ですけど、衛生的には気になりますよね」

「魚や肉、野菜などいろんな素材を考えれば不衛生だと思うんです。小さな材料は小さなまな板で切れますし、硬さや大きさ、素材によって分けて使っています」

さすがだと思いました。

「フライパンもそうなんですよ。餃子を焼いたフライパンはどんなに洗ってもにおいが残ってしまう。だから、それぞれの素材ごとにフライパンを用意しています」

「何枚、あるんですか」

「12枚です」


(全国の卵を取り寄せて、卵かけご飯にはこの卵だと結論に至ったという)

氷山は海面から出ている部分は全体の体積の1割ほどしかないという。人の努力もその多くは見えない。

目に見えないところにどれだけかけるか、あるいはかけられるか。そこなのでしょうね。

締めに極上の卵かけご飯をいただきました。濃厚でかつ癖がない。黄身と白身、そしてカラザもすっと混ざりました。

時間が過ぎるのもわからず、終電を逃しました。が、極上のひと時を味わうことのできた五反田の宵でした。


(静かなカフェ「TORAYA TOKYO」。東京駅直結のステーションホテル2階にある“私の隠れ家”)

(からつづく)

昨年3月に会って以来の再会。これまた“ユルつながり”の月刊誌編集部に勤めるHさんとの緩い語らいです。Hさんはあんペーストカフェオレ、私は紅茶。少し高いけど“隠れ家”代です。

丸の内側を望む窓際のカウンター席に男が二人並ぶのも悪くない。贈呈で送っていただいた10月号の記事をめぐってしばしの談論。

お互いが持たない情報を交換し合う。現代人は「物々交換」ならぬ「情報情報交換」なのだろうと私は思います。見合う情報あるいはそれ以上のものを持っているかが問われます。

瞬く間に楽しい時間は過ぎ、次回はお酒を飲みながらと再会を約して辞去しました。

自由通路を通って八重洲側に移動。

大学時代の旧友に八重洲地下街の玉乃光酒造で再会。夕方からは居酒屋ですが、昼間は廉価で美味しい定食が食べられます。


(新丸ビルの重厚な姿が好きです。10年が経ちました)

その旧友とはお盆に一家で我が家に来てくれて以来です。寮もいっしょで文字通り寝食を共にした仲。現在、鬱からの回復の途上にあります。試し出勤をして1か月が過ぎました。

「9年前、鬱に自分自身がなったときどのように立ち直ることができたか。じつは緩いつながりの人々によって励まされたんだよ」

「そうなんだ」

「その意味でふだんから職場とは別な次元での緩いつながりを持っておくって大事だと思うんだよね。頻繁に会うわけではないけどつながっている。そういう関係っていうのかな」

旧友の目に光が蘇ってきました。頬の血色も良い。おそらく、しばらくは波はあるものの、必ず回復し以前のように飛翔していくことでしょう。

玉乃光酒造の名物、キンキンに冷えた「みぞれ酒」を酌み交わしながら、帰りの高速バスの中でお腹が緩くなりそうな気配を感じるのでした。

いわき駅に着いてすぐにトイレに向かったのは言うまでもありません。


Calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>

Archive

Recommend

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM