(珈琲と音楽のお店「ソリスト」にて)

問題を解く。あるいは解決する。そのことが大切であると長らく思い込んできた私。

40歳を過ぎたころから「問いを設定する」ことの方がより重要ではないかと思うようになりました。

「問い」つまり、質問には力があります。優れた質問は人を動かすことさえできます。ときに命令以上に力強く、永続性があります。

また、己自身に問いを発することによって自分の行動をも変えることが可能です。

その意味で、深い「問い」を設定できる人こそ賢者と言えるかもしれません。いにしえの哲学者や思想家はまさに誰よりも「問う人」であったように思います。

さて、今週の私の課題図書である加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』。含蓄に富む問いの宝庫です。

まだ序章を読み始めたばかりです。が、すでに深い問いに唸らされています。同書は3回、4回と繰り返し読み、血肉化(インカーネーション)したい。

じつに素晴らしい良書に出会いました。新潮文庫750円(税別)です。

暑さと加齢現象により同書を誰から紹介されたのか思い出せません。この場をお借りして感謝申し上げます。

さあ、著書に戻りましょう。

アメリカ南北戦争の記述では1863年11月19日に行われたリンカーンの有名な演説について次のような問いが投げかけられます。

「このときなぜリンカーンは、『人民の、人民による、人民のための』と演説しなければならなかったのでしょうか」

要するに、リンカーンはなぜこのような理想に言及しなければならなかったのか。どのような事情があったのか、ということです。

著者はこのリンカーンの演説と日本国憲法に共通性を見出しつつ、ユニークな論を展開していきます。詳細は割愛します。

また、戦争と社会契約というくだりでは「戦争というものは、敵対する相手国に対して、どういった作用をもたらすと思われますか」と問います。ルソーの思想を紹介し、著者は解答に代えます。

「相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(これを広い意味で憲法と呼んでいるのです)、これに変容を迫るものこそが戦争だ、といったのです」

さらに、イギリスの歴史家のE・H・カーの思想に言及しながら、著者は次のように問いかけます。

「みなさんは、歴史は科学だと思いますか?」

まず、科学とは一般化できるものである、と著者は定義付けます。

その上で、歴史家は「特殊のなかに一般を見る」ものだと述べます。

つまり、「歴史家は過去の一つの出来事を見るとき、常に無意識に一般化を試みている。個別と一般、特殊と普遍をつなげてものを見ている、このようなものの見方は、確かに歴史的といえると思います」と。

この著者の言うところの「特殊のなかに一般を見る」とは、中国の歴史に対する姿勢に通ずるものであると私は思います。

司馬遷の「史記」は、一人ひとりの個別の生き様から「天道是か非か」という普遍性を問う内容となっていると言ってもよいでしょう。

というわけで、久しぶりに高揚し弁ぶってしまいました。

最近の私の問いは「頬を無理に膨らますと下顎の奥の方に空気が侵入し痛くなるのはなぜか」、それから、「満ロール状態の、しかも、鋸歯の圧力の強いホルダーに収まっているトイレットペーパーをミシン目で切れずに引っ張り出す最適の力はいかほどか」の2問です。

愚問と言うなかれ、我は真剣なり。


(Vege Herb Cafeから田園を望む)

書くべきかどうか。その迷いは払拭しきれていないものの、7年が経過した今、控えめに留めておきたい。

支援物資のことです。

水や食糧など生命にかかわる物資は備蓄が基本でしょう。その他、日常生活に欠かせない物資で、かつ、即時に必要なものは、周辺自治体からの秩序ある供給が望ましい。

それ以外の一般の人々からの支援物資は控えるべきではないか。やはりお金が一番であると思います。

人類が生み出した「貨幣」という知恵は、その融通無碍さ、流通(送金・分配)や保管(銀行口座)が容易であることを考えると最良・最強のものです。

7年前、全国から真心の支援物資をいただいた身として、このようなことを述べるのは憚(はばか)るべきかもしれません。

しかし、近年、頻繁に生じる大災害を目の当たりにするにつけ、一言申し述べなければという思いに駆られるのです。

7年前、西日本の銘菓を支援物資として送りたいとの申し出を受けました。かなり大量です。

全国お土産ランキングでも上位の誰もが知る饅頭。小麦粉・卵・砂糖・蜂蜜を原料とするカステラ状の生地で餡を包む饅頭です。

私は正直困惑しました。できればお断りしたかった。

食べ物以外でも取扱いに苦慮するものがあります。

一本一本にご本人の筆による写経の書かれた○○を持参された方がいました。遠くから車を運転し持参されました。白木に書かれた写経。

元気づけたい、励ましたいという思いが伝わる真心の品です。職場の隅に山積みとなりました。

もらっていただく方を探すのが大変でした。

役所というのは流通のプロではありません。流通は流通のプロにまかせることが一番だと思います。

流通の大原則は、種類と品数が明確に管理されていることです。つまり容易に分配される状態になっているということです。

おむつ一つ取っても、大人用おむつ(男女別)、小児用おむつ(年齢別)があります。それが善意の人々が各々に被災地に送るとどのようなことになるか。

大人も小児用も男女別も年齢別もなく混然一体となって集められます。しかも膨大な数が山積みとなります。

これを教訓として私が感じることは、コンビニの復旧に全力で取り組むことが一番ではないか。コンビニ自体が被災し再建が難しければ、避難所の一角に簡易のコンビニを設置することです。

流通は流通のプロにまかせる。その流通が復旧するよう、行政は全力で支援する。

ふだんの毎日使う生活物資を全国からの支援にゆだねることは、やめた方がいい。

被災者の側も一人ひとり必要とするものは異なります。ありとあらゆるものを仕分けることの大変さ。そして、仕分け後の分配にも多大な労力と時間がかかります。

7年目にしておそれながら申し述べました。恐々謹言。


(Vege Herb Cafeを再訪。きょうの振り返りをします)

新社長就任の祝賀会にお招きをいただきました。これまでの社長が会長に、副社長が社長に昇格。交代は早いのではないか。新会長はまだ60代前半。

会長のあいさつを聞き、深く感銘を受けました。40代後半の若き新社長をどこまでも信じ抜き、期待する思いが伝わってきました。

ある若者が採用してほしいと会社の門をたたき、社長が直接面接。社長は一瞬で大きな可能性を見出したようです。

社長の眼差しは厳しくも温かい。「何をしてきた人か」ではなく、「何をしようとする人か」で判断。視点はつねに現在と未来に向けられています。

会長のあいさつが終わり、新社長の番です。用意してきた原稿を力強く読み始めました。頬を紅潮させ、やや緊張しているように見えます。


(カモミールが胃を優しく包みます)

会長への期待に応えんすとする決意。自分を拾い、育ててくれた会長への恩に報いようと、「あいさつ」というよりは「誓願」に感じました。

と、同時に新社長として展望を示しました。4つの柱を方針として掲げ、具体的な行動として130以上ものアクションプランを考えているという。

創業者である会長の思いを胸に抱きつつ、新しいビジョンを掲げる新社長。そこに精神の継承の麗しさを私は見ました。

祝賀の場に臨んだというより、師から弟子への伝授の場、免許皆伝の場に居合わせたかのような趣を私は感じました。

新社長は好きな言葉として「悠々として急げ」を紹介。会場では地元で活躍する書家が見事な筆致で大書するパフォーマンスを披露してくれました。

これは元々ラテン語のフェスティナ・レンテ(ゆっくり急げ)から来ているそうです。古くから使われていることわざで、初代ローマ皇帝アウグストゥスも座右の銘にしていたとか。

これを作家の開高健は「悠々として急げ」と訳し、終生この言葉を愛していたという。

というわけで、私は「悠々として」は懸命に実践中です。しかし、「急げ」に若干、いや大いに問題があります。

したがって、本日よりはアクセルを踏む練習をしてまいりたい、とほんの少し決意した次第です。いまのところ、決意だけですが。

このような得難い祝賀の席にご招待いただき、会長、社長に深く感謝申し上げます。


(グイティアオ。新宿ルミネ1のタイ料理店カオサンにて)

旧友がベトナムとカナダからそれぞれ来日。2週続けて上京しました。

ベトナムの友とは新宿駅近くの居酒屋で会いました。3年前の6月以来の再会です。3年前のときも、その前のときもこちらがご馳走になり、今回もまた払わせてもらえませんでした。

会うたびに職業を尋ねるのですが、いつもはぐらかされてしまいます。教えてくれません。変な裏稼業をしているのでは、と勘ぐってしまいます。

出会いは、33年前。同じ学部学科で、すぐに仲良くなりました。ボートピープルとして来日。9歳年上には見えない若々しさがありました。

今年還暦を迎えたとのこと。驚きました。私の年齢に9歳を加えるのですから、60歳になっているのは当たり前なのですが...。信じられません。いまもなお溌剌としています。

授業の教科書や歴史・政治・文化・時事・小説など幅広い分野の書籍の読み合わせを在学中毎週のようにやっていました。

言葉の意味はもちろんのこと、著者の言わんとすることに対する疑問などについても議論をしました。ときには見解が相違し、夜を徹しての熱い語らいになりました。

当初は日本語を教えてほしいという友からの依頼で始まった読み合わせ。

言葉の意味や用法を「外国語としての日本語」という視点に立って考える貴重な機会となりました。いまとなっては教えていた側の私の方こそ感謝の思いでいっぱいです。

いにしえの聖哲の言葉が蘇ります。「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」

カナダの友とは京王プラザホテルの地階の一角で再会。16年前の来日以来です。そもそもは22年前に研修のためモントリオール大学に派遣されていた際に知り合いました。

英仏両方の言葉に堪能な彼に英語の個人教授をお願いしました。彼の自宅やカフェで英作文の手直しを中心に教えてもらいました。いまでは懐かしい思い出です。

ホテルのロビーで出会った瞬間、お互い同じこと言葉を発しました。

「変わらないね」

抱き合いながら旧交を温めました。

使っている鍬は光る。裏を返せば、使わなければ錆びれる。それが言葉です。

「震災後のいわきの状況はどうか。人々はどうしているのか」

言いたいことはたくさんあるのに、出てこない。もどかしい。

でも、私たちには言葉を越えて分かり合える何かがあります。夾雑物(きょうざつぶつ)はない。

彼はいま第二言語としての英語をフランス系住民に教えているという。彼にぴったりな立場だと思いました。

午前零時になろうとしたとき、警備員が私たちの座っている陶器のテーブルセットに近づいてきました。そしてテーブルの上の紙製の説明書きをとんとんと叩くのです。

よく見るとそれは値札でした。私たちがくつろいでいた陶器のセットは売り物で、100万円を超える値が付いていました。

ちょうどいい頃合いです。再会を約し、固いを握手を交わして別れました。


(自宅の裏山。もちろん他人様の土地です)

最近感銘を受けた文章と最近知ったこと。

職場に回覧されてくる数ある広報紙・誌の一つ。公益社団法人日本オストミー協会 福島だより。そのNo.322(2018年7月3日発行)「会員便り」から。

「人工肛門になり早23年になりました。今では全く問題も無く一生別れる事の出来ない素晴らしい共です。90歳に手が届く歳になりましたが健康の為にと毎週若い仲間とゴルフ場に出掛けてプレーを競い楽しんでおります。人生これからです。希望に満ちた所願満足の人生を目指し頑張ります」(原文のまま)

「人生これから」「希望に満ちた所願満足の人生」

前向きな言葉に勇気づけられます。元気になります。なんて素晴らしい生き方なのでしょう。歳を重ねてもかくあるべきだと思いました。

最近知ったこと。二つあります。

一つは、トマトが赤くなることと日光とは直接関係がない、ということ。

阿佐ヶ谷の中央花壇でのUさんとの会話です。

「この250円のミニトマトの鉢。小さくてもトマトが実っていますね。うちの庭でもミニトマトを栽培しています」

「 知ってますか。太陽に当てるとトマトは美味しくなくなるんです。赤くなると思うでしょ。関係ないんです」

「そうなんですか。日に当てると赤くなるような気がしますが」

「日光に関係なくトマトは赤くなるんです。返って、皮が固くなって美味しくないトマトになります。日よけをやったほうがいいですよ」

二つ目は、夏眠です。

職場の暑気払いの席。ハリネズミを飼っているスタッフがスマホに保存してある動画を見せてくれました。

「可愛いハリネズミですね」

「ネズミとはいいますけど、モグラの仲間なんです」

「へ〜そうなんだ」

後日、職場でハリネズミが元気でいるか尋ねました。

「ハリネズミちゃん、元気にしてる?」

「暑くて元気がありません。暑くなると夏眠状態に入って動かなくなるんです」

「仮眠?」

「いえ、夏眠です。ハリネズミは冬眠もしますけど、夏眠もするんです」

という私も職場の空調が背中側にあって、その送風の音が子どものころに聞いた海辺の潮騒に似て、眠気を催します。これも夏眠の一種でしょうか。

万が一、夏眠している姿を見かけましたらそっとしてあげてください。


(タイの東北料理。もち米で食べます)

人は、なかなか変われない。だからこそ「君子豹変、小人革面」(易経)という言葉が伝えられているのだろうと思います。

意味するところは、君子と呼ばれる立派な人物は、過ちがあれば、すみやかに改める。まるで豹のようだ。小人は外面だけを改めるだけである、と。

元寇(げんこう)後の鎌倉幕府の外交を見るにつけ、学ぶべき教訓があると私は感じます。

文永の役。その後に来た元(げん)の使者の首を執権・北条時宗は刎ねます。当時、若干20代です。かなり強硬な若者だったと言えましょう。

この時代、優しい人は生き残れません。まさに北条家そのものが血で血を洗う争いの末に築かれた家柄です。

弘安の役。朝鮮半島と中国大陸から合計14万もの大軍が博多沖に押し寄せます。古今東西の歴史上、他国を侵すため、これほどの軍隊が海を越えて赴いた例はないのではないでしょうか。

南宋の僧から元の動向を把握するとともに、北条時宗は、文永の役で生き捕りしたモンゴルの将軍から敵の戦法を聴取。情報収集に長けていたようです。もちろん戦略も大事です。が、戦争においては情報こそが命です。

日露戦争では、同盟国イギリスからもたらされた情報によって日本は有利に戦況を運ぶことができました。

さて、弘安の役では、いわゆる神風が吹き、元軍は壊滅します。歴史的には人知の及ばない力(神風)によって撃退されたと解されています。しかし、博多沖に夏の間、2か月も押しとどめられれば、台風に遭うのは目に見えています。

この防衛戦は、博多沖にとどめおいた日本側の必死の努力の成果であったと言えます。その意味で、弘安の役の不敗は、北条時宗の指揮のもと、防塁の構築など「人の手」によってもたらされたのだろうと私は思います。

クビライが死去。その跡を継いだ孫のテムル(第6代皇帝)は祖父と異なりました。北方の情勢の変化も関係があったかもしれません。周囲の外国に対して過度な敵対策ではなく、融和策を打ち出します。それに応じて東南アジア地域の諸国なども交易を開始します。

しかし、鎌倉幕府は再びの朝貢の呼びかけに対し頑なに拒絶。元寇の恐怖からか、不信感からか、しばらくのちに交易が始まりますが、周辺国と比べ立ち遅れました。

ここなのです。いったん敷いた路線を変えることの難しさ。いったん抱いてしまった相手へのレッテル。ゼロベースで考えることは至難です。「一貫性」と「豹変できる柔軟性」。このバランスが厄介です。

イギリスのEU離脱への対応や北朝鮮への我が国の対応も「豹変」をキーワードにして俯瞰すると、違ったプリズムの透過光となります。

というわけで、小人の私は着ぐるみで外面だけ改めることが癖になっています。三代目鳥メロで催された暑気払いでは会場が完全密室ではなかったことから、信用失墜行為のおそれありと判断し、着用いたしませんでした。

もとより信用は地に落ちていますが、所詮はただの臆病者です。

ちなみに、だいこん以外に、にんじん、なす、さくらんぼ(さくらんぼうし)の着ぐるみを保有しています。さくらんぼうしは、錯乱防止ではありません。


※史観について異見のある方のコメントをお待ちしています。


(ダイニング・マナにて。手前はコーヒーの木)

納豆のタレ袋。シャワー付き便座。髭剃りの刃。こういったものこそ日本の真骨頂だな、とつくづく思います。

これでもか、これでもかと思うほどじわじわと進化していきます。

納豆のタレ袋。

どこからでも切れます。もうそれで十分に改善の余地はないのではないか。私は喝采を送りました。でも、進化はとどまることを知りません。

“どこからでも切れますタレ袋”の場合、長方形の短辺をびゃっと切る瞬間にタレが飛び出すおそれがあります。よしんば慎重に切ったとしても、タレの入ったタレ袋本体と引きちぎられる側との最後の綱引きにおいて約3割の確率で失敗します。

つまり、最後の綱引き時に引きちぎる右手の力に抗するため、タレ袋を持つ左手にも作用・反作用の力学により、つい余計な力が入り、タレ袋の側面を圧迫してしまうのです。

映画館でポテトチップスの袋を音を立てずに開ける、あの息詰まる技と力学が必要となります。

さらに、引きちぎられた側の残渣にもわずかながらもタレが含有していることがあり、右手によっても液体の飛散が発生します。

※利き手が右の場合。

これらの飛散事件の発生を防止するために次に登場したのが、擬似ノズル方式です。

「どこでも」から「ここから」切る、と先祖返りしたかのような指示。カーブに沿って切っていくと、あら不思議、注ぎ口の完成です。

「どこでも」タイプとの違いは、何と言っても切り口の断面積が小さいこと。「どこでも」タイプの場合、最大でタレ袋の長方形の短辺すべてが断面積となります。

しかし、残念ながら、最後の綱引きの問題は小さくなったとはいえ残っています。びゃっと引きちぎる瞬間は用心するに越したことはありません。

この一連のタレ袋問題解決の切り札として納豆の上蓋にゼリー状のタレを内蔵するシロモノも登場しました。あれとて、発泡スチロール製のふたを押し割る瞬間、内蔵ゼリータレが飛散するおそれは十分にあります。

次にシャワー付き便座です。

先日、オープン間もない東横INN新宿御苑前駅3番出口に泊まりました。もちろんシャワー付き便座が完備されています。

シャワーボタンとともに「ムーブ(マッサージ)」ボタンも押してみました。

こっこれは...。

名状しがたい気持ちよさに襲われました。これまで味わったことのない、新しい世界に誘(いざな)われる予感がしました。

これは危険過ぎる。「止」ボタンを押さなければ、いやもう少し味わっていたい。アンビバレントな気持ちの狭間で葛藤が生じました。

というわけで、このようなタコツボ的技術を磨き上げていくことにかけては日本人は世界一だと思います。

一方、イノベーションとはこれまでにない仕組みを世に出していくことと言ってよいでしょう。

イノベーション (innovation)の語源はラテン語のインノバーレ(innovare)。「中に」を意味するinと「新しい」という意味のnovaによって構成されています。新たな仕組みの構築には旧態のそれを破壊し、葬り去る必要があります。

つまり、泣く人が出るということです。私たちにそれを敢然と行うことができるでしょうか。泣く人とは既得権益を享受している人です。

イノベーションとは、新しいことを創り出すだけではなく、旧い人々(組織)を市場から弾き出すことを意味します。

果たして私たちにできるだろうか、と考えながら「止」ボタンを押しました。


(猪苗代湖上空を飛行)

練習をするということ。最近、まったくと言ってよいほどやっていません。もうほとんどすべて“出たとこ勝負”。そのような己の姿勢を省みる機会がありました。

「星々のつぶやき」の愛読者のFさんのお誘いを受けました。経営コンサルタントの社長さんを務めています。事務所内は書籍や資料が整然と並べられています。お人柄が見て取れます。

忍びの術の屋敷のようにその部屋はありました。まるで隠し部屋のよう。本格的な航空シミュレーターが奥の院に鎮座していました。

Fさんから離陸時のチェックリストを読み上げるよう指示されました。英語のチェックリストを読み上げると、Fさんが復唱。確認の動作やスイッチ類を入れていきます。

Parking Brake
Throttle
Engine Instruments

なんだか副操縦士になったような気分です。いよいよエンジンスタートです。

「エンジンをスタートする前は周りに誰もいないか、窓を開けて大きな声で『クリアー』と叫び、確認をします。プロペラが回りますから」

エンジンが始動。滑走を始めると、エンジン音がうなりだします。機内で味わう飛行機の音そのものです。エンジンの回転に応じて音が変化。振動まで伝わってくる気配がします。映像もまたリアルです。

猪苗代湖上空で操縦を交代させてもらいました。簡単そうで難しい。

航空機に関する書籍は好きで、現役パイロットが著したものから航空機事故を扱ったノンフィクションなど様々なものに触れてきました。

知識で分かっていることと、実際にシミュレーターとは言え操縦桿を握るのとはずいぶんと違うものだと思いました。

初めての今回のシミュレーター体験で飛行機とは慣性で動くものなのだ。方向舵の変化がすぐに伝わらないのです。一方で、方向舵の変化が余韻と言うのでしょうか、しばらく継続することも知りました。

Fさん曰く「◯◯を扱うように優しく操縦することが大切です」

ご経験に裏打ちされた、わかりやすい説明に得心しました。右に左に方向を変えるのがじつに難しい。加えて、真っすぐに飛ぶこともこれまた意外に容易ではないのです。

「このシミュレーターは実機での訓練にやはり役に立ちましたか」

「もちろんです。免許取得の際、このシミュレーターのおかげで実機での飛行時間を短縮することができました」

様々な事態を想定して練習を積むこと。練習なくして実地での成功はあり得ない。改めて実感しました。

最後は伊丹空港に向かいました。文字通り手取り足取りの的確なF教官のご指導により墜落も着陸復行もなく無事に着陸できました。

というわけで、我が人生、いまだ滑走路上で右往左往している始末。無事に離陸できる日はいつなのか。大型旅客機の操縦もセスナ機の免許所得から始まるという。何事も一足飛びはないのです。

練習と言えば思い出します。20年近く前のことです。会議開催の通知文の宛名を間違えて書いてしまったことを。会議当日にお叱りを受けました。

「おれの名前は練習の練ではなく、鍛錬の錬だ。糸と金とは違うんだ」

まだまだ鍛錬が足りません。どなたか“人生シミュレーター”をお借りできないでしょうか。


(植田駅前のbo-shi coffee。ジャズが静かに流れるスタンドカフェです)

内閣府大臣官房政府広報室発行の点字・大活字広報誌「ふれあいらしんばん」(第61号)が職場に回覧されてきました。

外務省元主任分析官の佐藤優氏は表に出ている情報の重要性をつねづね強調しています。アングラ情報よりも公知の情報にこそネタは潜んでいる。そんなふうに私も考えています。

したがって、職場に回覧されてくる様々な関係機関・団体が発行する広報誌・紙は私の栄養源です。眼光紙背に徹する思いで目を通しています。

ある法人の広報紙に本年度の取組が5人による座談会形式で掲載されていました。誰がどのような発言をしているのか、頭に焼き付けながら丹念に読みました。

が、この文章を書いている時点で各人の発言も名前も忘却の彼方に消えてしまいました。所詮、私の眼光などこの程度です。もとより紙背などに届くはずがないのです。

蛇足ながらアングラ情報のアングラは「アンダーグラウンド(地下)」の略だとわかったのは大人になってかなり過ぎてからです。

前置きが長くなりました。以下、「ふれあいらしんばん」(第61号)からの引用です。

なお、ふだん私の財布には野口英世博士のみ在籍しており、本文にあるような識別は不要です。福沢諭吉博士は現在行方不明で捜索願を出しています。三田で銅像になっているようだとの情報が寄せられました。

(引用文)
お札には、インキを高く盛り上げて印刷する技術が使われています。表面の左右両端にある算用数字や識別マーク、同じく表面の左側の中央部分に漢字で書かれている金額と「日本銀行券」という文字に用いられています。その部分を触ると少しざらざらしていることが分かります。

「識別マーク」は表面の左右両端の下側にあり、お札の種類によって異なります。一万円券は「かぎ型」、五千円券は「八角形」、千円券は「横棒」、二千円券は点字の「に」がインキを高く盛り上げて印刷されています。

また、一万円券と五千円券の表面の左下には、傾けることで絵柄が変わる「ホログラム」があり、その上に透明シールが貼られているため、触ると少しツルツルしています。この透明シールの形状は以前は一万円券と五千円券ともに同じ楕円形でしたが、一万円券と五千円券の識別を容易にするため、平成26年5月から、五千円券の透明シールを1.7倍に拡大し、形状を楕円形から角度を丸くした長方形に変更しています。

さらに、国立印刷局では、視覚に障害のある方のために、お札の種類を識別して音声と文字で知らせる「言う吉くん」というiPhone(アイフォン)用のアプリを平成25年12月から無料で配信しています。お札にカメラをかざすと、アプリがお札の種類を識別し、音声と大きな文字で額面を知らせます。


(徳島県が渋谷に作ったゲストハウス「ターンテーブル」)

山本コウタローとウィークエンドの「岬めぐり」。その意味が平成の若者には少し違う意味で捉えられていることを知りました。

“めぐり”という用法に些少(さしょう)ながら相違があるらしい。

「カフェめぐり」と「岬めぐり」。同じ“めぐり”でも意味は異なります。でも、平成若者の中には同じに解する人もいるとのこと。

歌詞に出てくる「岬めぐりのバスは走る」。これをどう解釈するか。

○○岬、△△岬、○△岬というようにいくつもの岬をめぐる、いわゆる“岬マニア”によって占領されたバス。それが「岬めぐりのバス」になります。別れた彼女もその岬マニアの一人。


(ターンテーブルの外観)

めぐるべき岬の路線をめぐって仲違いでもあったのでしょうか。

岬マニアのインスタグラムには日本中の岬をめぐってきた証しで埋め尽くされています。バスの中の会話は岬をめぐるマニアックな話題でもちきりです。

「襟裳岬に行ったことあるか。『襟裳の春は何もない春』って言うけどほんとだね」

「いやいや、襟裳岬の沖合には火星12号の残骸が沈んでいるよ」

先の「めぐり」に関する解釈の相違は何か。単純化して言えば、岬を単数形と見なすか、複数形であると考えるかの違いと言ってもよいでしょう。


(朝食は徳島産づくしです。ターンテーブルにて)

日本語と英語の間においても類似の問題が惹起することがあります。

松尾芭蕉の名句「古池や蛙飛び込む水の音」の英語訳を見て驚いたことがあります。

けっして意味は間違ってはいません。が、蛙が複数形(frogs)になっているのが多いのです。自然界においては、確かに一匹だけいることのほうが不自然かもしれません。

古池を囲むように複数の蛙がいままさにダイビングしようと構えている。いや、もしかしたら数十匹の蛙たちが飛び込もうとしている。そんな様子が英語の訳者の目には映ったのでしょうか。


(アンテナショップと、夜は酒が飲めるバルが併設。ターンテーブルにて)

複数の蛙たちが次々とジャンプし、水しぶきを上げる。その音こそが「蛙飛び込む水の音」である、と。ここまでくれば、アマガエルはひ弱すぎます。ウシガエルの巨体こそふさわしい。

というわけで、ゲストハウスめぐりについて触れようとしていたにもかかわらず、起承転結の「起」でここまでめぐりきてしまいました。


(寝床です。ターンテーブルにて)

本年2月に尾道のゲストハウス「あなごのねどこ」に泊まって以来、ゲストハウスをめぐるのが趣味になりつつあります。押入れのような寝床に不思議な安堵感を覚えます。


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