(夜の土浦駅)

)からつづく

生まれて初めて土浦駅を降り立つ私。レンコン一色の色眼鏡でまちを歩き始めました。「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」のスタートです。

まず、昨年11月に駅前の再開発ビルとして整備された複合施設「アルカス土浦」を見学。4階建てでメインは図書館(2〜4階)で、そのほか銀行や交番、学習塾などが入居。

図書館は56万冊を所蔵可能で茨城県内最大規模。閲覧席は約650席。施設の素晴らしさもさることながら、何よりも新図書館の初代館長の入沢弘子さんが面白い。

博報堂で働いていたという入沢館長の視点、戦略に膝を打ちました。やっぱり人だよな、と思いました。ハードをどう生かすか、結局のところ人なのです。

アルカス土浦とつながっている駅の商業ビル「プレイアトレ土浦」。日本最大級の体験型サイクリングリゾートであるという。


(プレイアトレ1階のバイクショップ)

アトレは、JR東日本グループが展開している駅ビル。その新しい業態が先月末にオープンしたこのプレイアトレです。

物販依存からの脱却を図り、体験の提供、コトの発信を目指すプレイアトレ。なるほど、これまでの駅ビルにない躍動感の予感を感じました。

プレイアトレは、サイクリングコース「つくば霞ケ浦りんりんロード」(全長180km)のスタート地点にもなっています。シャワールームやコインロッカー、レンタサイクル、サイクルショップ、カフェなどがあり、まさにサイクリングのベース(基地)です。

駅ビルの中に直接、自転車で乗り入れできるところに意外性を感じました。2019年秋以降のグランドオープンに向けて、サイクリングホテルやレストラン、フードマーケットなどもオープン予定となっています。

土浦がこれほど自転車に力を入れているとは思ってもみませんでした。競輪場を持つ我がいわき市も負けていられない。そう思いました。

プレイアトレの真向かいには土浦市役所があります。ペデストリアンデッキで直結。かつてのイトーヨーカドー土浦店であった建物に2015年に市役所が移転したものです。セブン&iの直方体の看板が「土浦市役所」に変わっていました。

駅前には地元の乗合バスに加えて、NPO法人が運営する「まちづくり活性化バスキララちゃん」のバス乗り場があります。全国に数多くのコミュニティバスがありますが、NPO法人の運営は珍しい。 これほどまでに駅前に力を入れる理由は何か。危機感からなのか。手に垢の付いた感のある言葉「中心市街地の活性化」なのでしょうか。


(モール505)

「まちづくり活性化バスキララちゃん」に乗り、土浦城址(亀城公園)をめぐり、亀城の名称の由来を聞き、旧水戸街道沿いの「土浦まちかど蔵」を歩き、最後に「モール505」にたどり着きました。

正式には「川口ショッピングセンターモール505」と称する商店街。全長505m、3階建ての商店街です。 高架道路のカーブに沿って5棟の低層ビルが連結。一風変わった趣を持っています。

しかし、そこには「活」という文字の対極にある世界が広がっていました。静であり、錆であり、虚です。痛々しさのあまり、見てはいけないものを見てしまったような気がしました。

かつては相当に賑わい、市外からも観光客が訪れ、憧れの場所でもあったという。

JR内郷駅近くにあった内郷ショッピングセンター。その取り壊し前の店内に漂っていた、同じにおいがここモール505にもありました。

何か蘇生術はないのか。そう思いながら、第2部の講演会に参加。そこには熱い人たちが待っていました。

(下)へつづく


(朝の弁当作りは戦争です)

朝は忙しい。平日は息子たちと自分の弁当を作っています。できる限り手作りを心がけています。

弁当を作りつつ、朝食を食べながらの二男との会話です。

「お父さん、おれ、腕時計、買った。これ」

デジタルの腕時計です。弁当箱におかずを詰めながらちらっと見ます。

「へ〜」

「これさ、900円」

「安いね。中国製じゃないの」

「カシオだよ。しっかりしてんだっけ。お父さん、テロリストのアルカイダって知ってる」

「知ってるよ」

「そのアルカイダが時限爆弾で使っていた時計がこれなんだっけ」

「なるほどアルカイダが使うくらい、信頼性があるってことだ」

「そう。一度、電池を入れると7年は持つんだって」

「へ〜、そうなんだ」

「そんで、テロの現場にこの腕時計をかけていると危ねぇんだっけ」

「テロリストに間違えられるってこと」

「そう」

「腕をもぎ取られないように気を付けな」

「うん」

お父さんは弁当を作りつつ、朝食も食べつつ、身支度をしつつ、二男の腕時計をめぐる話題に耳を傾けるのでした。


(夏井千本桜)

ひとりで露天風呂に浸かっていると、60代後半の方が湯船に入ってきました。

「あ〜っ」と大きな声を上げました。ひらがなでは表現できない音声です。

濁点を付した「あ」の音がフェルマータで伸びつつ、徐々に息の音に近づき、hと曖昧母音の組み合わさった音で終わる。肺胞の空気をすべて吐き出すかのような音です。

あさ目が覚めて伸びをするときの音声にも似ています。

以前よりこの「あ〜っ」を因数分解したいと思っていました。慨嘆でもない、苦悩でもない、もちろん喘ぎでもない。この「あ〜っ」は、いったい何なのか。

まずもってこの「あ〜っ」の主たる生成要因は温度なのだろうと思います。

冷たいプールでは発生し得ない。サウナの冷水風呂でも起きないでしょう。冷水風呂であえて発するとすれば、1オクターブ上がった「うぉ〜」や「ひぃ〜っ」等の忍耐的声音(こわね)となります。

では、熱い湯に浸かるとなぜ思わず「あ〜っ」を吐き出すのでしょうか。

それは、熱い湯がもたらす一瞬の辛さとその後に訪れる温められることによる快感。浮力の発生による身体の心地よさ。これらが混然一体となって脳髄を刺激するのでしょう。

さらに、仕事や家庭などの日常生活という鎧(よろい)を脱ぎ去り、文字通り裸となって湯に身をゆだねる。その解放感もあるでしょう。

人との会話、電話、メール等々の外界からの情報が遮断され、入力される刺激は五感を通した湯のぬくもりと温泉の香り、そしてせせらぎの音だけ。

したがって、総合すれば、露天風呂に浸かったときに発する「あ〜っ」とは、熱さによる辛さとぬくもりの快感と俗世間からの解放感の混合による雄叫びであると訴えたい。此岸(しがん)から彼岸へ渡る瞬間の「嗚呼」なのだ。

と、思索にふけっていると、部屋備え付けの袋から取り出したままの濡れていないタオルをヘリの石に置いて、今まさに湯船に入らんとするおじさんが出現。

たぶんおしりを洗っていないだろう、このおじさん。

あ〜っ!


(タイからやってくる友人を待つ。仙台空港にて)

30年前にタイ南部のソンクラ大学で出会った友人。現在、同大学歯学部の准教授を務め、上司である学部長とともに東京での学会に出席するため来日。

仙台空港で迎え、仙台市内で東北大学歯学部出身の方々との昼食会に私も部外者ながら参加。交流を深めました。

その後、一路、福島市へ。土湯温泉「向瀧旅館」にチェックイン。部屋に入るやいなや、二人はそそくさと浴衣に着替えました。

「では、お風呂に行きましょうか。貴重品は金庫に入れておきましょう」と私。

「(金庫に)入れなくても大丈夫です」

日本人の私が財布とスマホを金庫に入れ、タイ人の彼らは貴重品を部屋の隅に置き、風呂に向かいました。タイでは置引きにあれほど注意するにもかかわらずです。


(美味しい料理の数々に感激)

荒川の渓流を眺める露天風呂に浸かりながら友人が言います。

「こうやって温泉に入って、腹が減って、そのあとの一杯が最高だよね」

「そうだよね。じつは私、いびきをかくのでお二人の眠りを妨げるかもしれません」

「大丈夫、大丈夫。私もいびきをかくから」と学部長が答えました。

この会話で訪日外国人客の進化を私は感じました。そして、全身猫舌の私は長湯に耐え切れずすぐに上がりました。彼らはゆっくりと浸かっていました。

その夜、牛蛙のような学部長のいびきに私はさいなまされました。友人は耳栓をしていたのです。翌朝気がつきました。

じつは私は浴衣が好きではありません。

すぐはだけるし、小用においても弾道をさえぎるおそれがある上、大用においても私は悲惨な目に遭っています。詳細は割愛。

しかも、寝間着でもある浴衣。翌朝に乾燥かんぴょうのようになってしまうのがことのほか嫌なのです。ぜんぜんまとっていない。


(裏磐梯はまだ冬でした)

その浴衣を友人たちは嬉しそうに着ています。会話は続きます。

「福島市の花見山の桜は今年は早いようだけど桜が観れるところ、ありますか」

来日前、ネットで情報収集し友人は花見山を案内してほしいと指定してきていました。

「大丈夫、大丈夫。福島県は気温差があるからどこかできっと咲いていますよ」

翌朝、裏磐梯に向かいました。土湯峠を越えるとみるみる気温が下がりました。曽原湖は2度です。雪も降ってきました。

春まだ遠い裏磐梯。雪に喜ぶ彼らに謝りながら、小野町の夏井千本桜を目指し高速道路で東に向かいました。


(ゆく春にたどり着く。夏井千本桜で佇む二人)

小野町の夏井千本桜はまさに満開。初めて見る桜並木に彼らは感激しているようでした。

夏井を後にし、タイの大手カフェチェーンの日本出店第1号の川内村のCafe Amazonで役場職員から村の復興状況について伺いました。その後、いわき海浜自然の家で「タイ日文化大使プログラム」で来日中のタイの青少年49名と交流。

身も心も充実したふくしまの旅になったことと思います。


(早朝のドトール。日経新聞をマーキングしながら読む女性にまた出会う)

タイ料理教室に参加しました。いわきの小さなタイ料理教室「herb.」。ご自宅の2階が素敵なキッチンになっています。

公民館での料理教室のように参加者が講師の話を聞きながら作るというのではなく、先生のデモを見て学ぶスタイルです。

ゲーン・キャオワン(グリーンカレー)、ラープ(煎り米とひき肉のサラダ)、カイルーク・クイ(義理の息子のたまご)を作ります。

いずれも30年前のタイ留学中によく食べたものです。馴染みの料理ばかり。


(ゲーン・キャオワン)

ゲーン・キャオワンの「ゲーン」は汁物を意味し、「キャオ(キーアゥ)」とは緑色、「ワン(ワーン)」は甘いという意味です。したがって、緑色の甘い汁風のカレーということになります。

「herb.」ではペーストから作ります。私自身グリーンカレーはたびたび作ってきました。が、市販のペーストを使っていました。

材料は、緑のプリッキーヌ(タイの小粒の激辛唐辛子)、緑の甘長唐辛子、タクライ(レモングラス)、カー(タイの生姜)、にんにく、パクチー(根っこも全部)、コリアンダーシード、クミンシード、塩、白粒胡椒、カピ(タイの蝦醤)。


(タイの石臼「クロック」)

ペーストの作り方は、コリアンダーシードとクミンシードは前煎りしてクロックでパウダー状にする。そして、すべての材料をフードプロセッサーにかけ、ペースト状にして出来上がり。

このとき初めて何故にグリーンカレーは緑色なのかを知る(汁)に至りました。

唐辛子とパクチーの緑色だったのです。まったくもって考えたこともありませんでした。なぜゲーン・キャオワンが緑色なのか。

私は疑問に思わずに今日までのうのうと生きてきたことに心なしか恥ずかしさをも感じました。

手作りペーストのグリーンカレーはハーブの香りがフレッシュで美味しが際立っていました。本物を体験することの大切さを実感しました。


(カイルーク・クイ)

今回、ラープ(煎り米とひき肉のサラダ)においても煎ったもち米のパウダーが入っていることやひき肉を炒める際に油を引かず水を使うことも知りました。

そういうことだったのか、なるほどと思うことばかりでした。カイルーク・クイ(義理の息子のたまご)の意味も知ることができました。

私は思うのです。

齢(よわい)を重ねても素朴な疑問を持つことは大切であり、むしろ「当たり前」と思っていることに「そもそもどうなのだ」と感じる感性こそ中年以降のQOL(生活の質)の必須要件なのではないか。

というわけで、課題図書として佐藤明男著『なぜグリーン車にはハゲが多いのか』(幻冬社新書)を注文するかどうか迷っています。そもそも、なぜグリーン車と称するのでしょう。


(かがり火と夜桜。諏訪神社にて)

師匠から送られてきたメルマガに触発されて、雑踏のことをつぶやきたくなりました。タイ・バンコクに滞在していた30年前のことです。

寮の近くにあったスアン・オーイという路地裏。スアン・オーイは胃の躍動とともに記憶に刻まれています。私のお気に入りです。

タイ語では小路のことをソーイと称します。ソーイ・スアン・オーイをGoogleマップのストリートビューで見てみました。

嗚呼、懐かしい。

あのときの面影がまだ残っています。脳髄が締め付けられるようなめまいを覚えました。甘くて苦い青春時代の思い出。走馬灯のようにコマ送りされました。

スアン・オーイの魅力は夕方、気温が下がってからです。砂糖に群がるアリのようにどこからともなく屋台が集まってきます。屋台以外にも路地には大衆食堂、雑貨屋、床屋などが軒を並べています。

路地の店舗と屋台が混然一体となって作り上げられる喧噪、雑多、無秩序。雑踏が醸し出す、この雰囲気をこよなく愛します。

財布に余裕があるときはフルコースで食べました。1店舗でフルコースではなく、店舗をはしごする、文字通り食べ歩きです。

まずは、大きな平たい鉄板で焼く海鮮お好み焼き「ホイトート」。巻き上がる美味しい香りがそこらじゅうにホイトート調理中を知らしめます。

日本人もなじみの味。新鮮なカキを溶いた小麦粉、卵、もやしなどを混ぜ、多めの油で炒めます。炒めるというより揚げるといった方が正確です。

書いているいま、胃が唸りかけています。嗚呼!

次に麺類。私が好きなのは米粉で作ったクィティアオ。太麺のセンヤイを注文。センは線を、ヤイは太いを意味します。

これも辛くありません。むしろ薄味です。

テーブルに備え付けの砂糖、酢、ナンプラー(魚醤)をスプーンでくわえて調味します。スプーン1杯の砂糖は格段に美味しさを増します。これは驚きでした。

屋台は驚きがいっぱい。前の客が食べた皿を水の入ったバケツに上下に入れて、それを「洗った」ということにしていたのです。ざっざっと、上下1回だけのクランク運動でした。

お腹がいっぱいになったところで、アセチレンランプの灯るスイーツ屋台に移動。揺らめくランプに映し出されるケーキや菓子類。

カボチャをくり抜いてココナッツミルクで作るプリン「サンカヤー・ファクトーン」をいただきます。ふわふわしたココナッツとほくほくのカボチャの相性が抜群です。

嗚呼、食べたい。最後にしばらくしてから、シメの中華風粥「ジョーク」を別腹に入れます。これがまた美味い。詳細は割愛。

というわけで、今週末、「いわきの小さなタイ料理教室herb.」でタイ料理を学びます。


(駅前にそびえ立つ市庁舎。かつてのセブン&iホールディングスの看板が「土浦市役所」に)

三里に灸すゆるより、土浦の蓮根、先心にかかりて、ドトールにて喫茶す。先日の「レンコンに思う」で宣言したように土浦探訪の朝を迎えました。

私の抱く土浦はただひたすらレンコン。レンコンで賑わい、レンコンのゆるキャラが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する町といったイメージです。

これまで、いわき駅発の電車で東京に向かうとき、逆に東京からいわきに戻るとき、幾度となく土浦を通過してきた私。降車しようと思ったことは一度もありませんでした。


(ほかに席が空いているのに若い女性が脇に座りました。心拍が乱れました。いわき駅にて)

土浦は私にとって、教室で名前は知ってるけど会話をしたことのないクラスメイトのようなもの。しかも、心の中でレンコンというあだ名を勝手に付けている。そのような心理的距離であり、印象です。

2時間半の普通列車に揺られ南下します。春雨にけむる旅の供は、『実用タイ語会話』。30数年ぶりの復習です。

昼前に土浦駅に到着。迎えてくれたのは先年までイトーヨーカドーだった市庁舎です。駅前に市役所。これもいいかもと思いました。


(食後は駅ビルのタリーズコーヒーで一服)

まずは腹ごしらえ。午後からはまち歩きと講演会のイベントに参加します。エネルギーをチャージせねば。

市庁舎の入っている建物の1階に気になるラーメン屋を発見。「麺屋 亀城(きじょう)」です。店内を覗くと人口密度が非常に高い。あきらめます。

結局、夜は居酒屋にもなる定食屋で刺身定食(750円税込)を注文。次回は並んででも「麺屋 亀城」にしよう。

あれほど期待していたレンコンが見当たりません。駅前には巨大なレンコンのオブジェや「岩下の新生姜 ミュージアム」のようなレンコン・ミュージアムがあるのではないかと妄想していた私。



(土浦市イメージキャラクター「つちまる」。耳が気に入りました。土浦市HPより)

レンコン料理のお店やレンコンの直売所が門前町よろしく並んでいるものと思い込んでいました。

午後0時50分、タリーズで濃厚なチーズケーキを食べ終え、集合場所の観光案内所に向かいました。すでに30人ほど集まっています。

(へつづく)


(伊達の山里は春色)

福島市飯坂の果樹園を望む高台。掘りごたつに入りながら親戚と受粉をめぐってしばしの対話。

「モモの受粉ってどうするんですか。耳かきの梵天のでかいやつでやるんですか」

「機械でやるんだよ」

「機械で、ですか」

「モモは自分の花の花粉では実がならない。違う種類の花粉を受粉させないとダメなんだ」

「へ〜。知りませんでした。違う種類の花粉を受粉させて品種がおかしくなったりしないんですか」

「受粉させる花粉は決まっていて、なんでもいいわけではない。最近は中国から輸入した花粉を使う」

「花粉を中国から輸入しているんですか。知りませんでした」

花粉の品種とめしべの品種が異なる。どういうことか。よく理解できません。後日、植物に詳しい会津の師匠に教えを請うこととしよう。

「でも、うちではお金をかけないように、違う種類のモモの花を摘んで、乾燥させながら、花粉を採取している。それをファンで送って、羽毛を機械で回転させて受粉させている」

その機械を見せてもらいました。なるほど、先端に羽毛が付いています。手作業で行う「耳かきの梵天の親分」も見せてくれました。

果樹園はピンクの花が満開です。まさに桃源郷。

「よく実がなるように花のうちにいくつか摘み取る必要があるんだ。間引きだね」


(ストーンヘンジのような男子トイレ)

果樹畑によってピンクの色がまばらなもの、花が密集しているものがありました。その違いがわかりました。

帰路、先月オープンしたばかりの「道の駅 伊達の郷りょうぜん」に寄りました。トイレに入った途端、映画『2001年宇宙の旅』のモノリスをほうふつとさせる便器群にたじろぎました。

環状列石です。モアイ像が屹立しているかのようでもあります。ここは霊山(りょうぜん)。日本のストーンヘンジか。

厳粛な気持ちで小用させていただきました。


(会津に住む師匠からいただいたチューリップ。2回目の春です)

毎度通過するだけ。いつしか申し訳なさまで募ってきていた土浦。「水戸を出ますと次は土浦、終点上野となります※」の車内アナウンスを幾度となく聞いてきました。

よく知らない土地を私たちはたった一つの言葉でレッテル貼りをしてしまいがちです。

「今治(いまばり)」と言えば、タオル。「尾道(おのみち)」と言えばラーメン、というように。

本年2月に訪れ、今治と尾道の多様な文化と歴史、産業を学んだ私。そのようなレッテル貼りがいかに誤っているか、思い知らされました。

しかし、こと土浦について言えば、レンコンしか思い浮かばないのです。土浦即レンコン、レンコン即土浦。土浦さながらレンコン、レンコンさながら土浦。

悲しいかな、これが私の土浦に抱くイメージなのです。

それから、常磐線で東京に向かう際、土浦を過ぎて20分ほどすると交流から直流に切り換るデッドセクションがあることくらいでしょうか。

蛇足ながら、このデッドセクションは茨城県石岡市にある気象庁地磁気観測所の観測に影響を与えないようにするための措置です。法律で規定されています。

さて、レンコンの土浦ではいけない。矮小化したイメージを払拭する必要がある。そう思うようになりました。

もっと土浦の奥深さを知りたい。レンコンの埋まっているその奥深くにある人々の息遣い、喝采、悲哀、においに触れてみたい。

というわけで、土浦を探訪します。

ちなみに、レンコンの出荷量日本一は土浦市ですが、その次は鳴門市。これは驚きです。

私にとって鳴門は「なると金時」しか思い浮かびません。栗のようにほくほくとした食感。

その鳴門市と会津若松市は友好都市(国内親善)を締結しています。

なぜ鳴門と会津若松なのでしょうか。

第一次世界大戦後の板東俘虜収容所長の松江豊寿(とよひさ)氏の故郷が会津若松であったからです。

ドイツ人俘虜を人道的に扱い、地元の住民とドイツ人俘虜を交流させた話は有名です。映画『バルトの楽園』の主人公としても知られています。

異国の俘虜の身に戊辰戦争で国賊とされた故郷の人々を重ねたのでしょうか。

ともあれ、レンコンの穴のように見通しのよい人間になりたいです。


※常磐線は日暮里駅・岩沼駅を区間としますが、2015年3月から運行上は品川駅まで延伸され、東北の玄関口としての上野駅は消滅しました。上野駅到着後に流れる間(ま)の伸びた「うえの〜うえの〜」の駅名のアナウンスが好きでした。


(近所の諏訪神社にて)

親しみやすいが仕事ができない。親しみにくいが仕事ができる。スタッフとしてどちらを欲するか。今なら躊躇(ちゅうちょ)なく後者を選びます。

十数年前のことです。国内最大手の製薬会社の人事部の副部長の講演を聞く機会がありました。

「性格が悪くても成果を出せばよい。どんなに性格が良くても成果を出せない人間は要らない」

窓外は夕立でした。激しい雷鳴とともに講師の言葉が胸に深く刻まれました。この講演は、親和動機の強い私にとって忘れられない思い出になっています。

職場の中で挨拶をし、挨拶を返そう、と私はつねにスタッフに訴えています。特に出勤時の朝の挨拶の励行を強調しています。

しかし、長年の習慣や個性などからでしょうか、全員が明瞭な声で挨拶できるとは限りません。

でも、それでいいのです。そう思うようになりました。挨拶と仕事の成果とはスタッフレベルにおいてはさほどの相関関係はないと感じるようになったからです。

親しみやすさは人間関係を構築する上で重要な要素ではあります。が、その観点で組織を作るとグループを築くことはできても、チームは作れません。


(近所の諏訪神社の夜桜)

親しみやすさはとは感情の領域です。感情はときに揺れ動きます。うつろいやすく、壊れやすい。感情のもつれが起きれば、そのグループは解散です。結婚も、結婚当初はグループに類するのかもしれません。

一方、チームはどうか。ある目的を達成するために各々の持ち分を果たすための組織です。感情の領域ではなく、理性の領域による結合と言えるでしょう。

芸能界の複数メンバーの集まりはほとんどがグループに分類されるでしょう。でも、いかりや長介さんが健在だったころのドリフターズはチームだったような気がします。

最近、思うようになったことがあります。

チームが円滑に活動できるようにするためには、その長が、厳しさとともに人間的魅力、作り物ではない親しみやすさも必要なのではないか、と。

とは言うものの、言うは易く、行うは難し。一番苦手な四字熟語は「言行一致」です。だから、つぶやくだけの「星々のつぶやき」に逃避するのです。


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