(田植え前の田んぼが好きです)

いつもより少し早く起きて庭に出てみました。山の端が水面に映っています。鏡面のような田植え前の田んぼを私はこよなく愛します。

車のエンジンをかけ、ガソリンスタンドに向かいます。セルフ式で市内で知っている限りでは最安の店です。


(セルフ式で給油しているときの“忘我感”はコイン精米機で味わうそれと似ている)

満タンにしたら自分のお腹も満たしたくなりました。

スタンド併設のカフェで軽食を注文。客は私以外誰もいません。静謐の店内で未明に見た夢を反芻(はんすう)します。


(常磐道東海PAの藤の花)

子どものころから幾度となく見てきたUFOが飛来する夢です。今回は円盤型ではなく、巨大なステルス機のような飛行物体でした。

毎回、非常にリアルです。目が覚めたとき夢だったのか現実なのか、判別できず混濁することがあります。


(俳聖 松尾芭蕉「奥の細道」矢立初めの地 千住)

「平家物語」足摺の一節「夢かと思ひなさんとすればうつつなり。 うつつかと思へばまた夢のごとし」を彷彿(ほうふつ)とさせるミステリー体験です。

気を取り直して一路、常磐道を南下し南千住へ向かいました。南千住では以前苦い思い出があります。詳しくは「困難の逆襲」をご覧ください。


(芭蕉は伊達藩の内情を探る幕府のスパイだったという説があります)

渋滞に巻き込まれることもなく南千住に到着。下町風情の残るこの町が好きです。所用を済ませ、浪花家のたい焼きをお土産に購入。

帰路の途につくも、松戸に新聞記者を務めていた知人のあることを思い出し、車中より架電。幸い在宅とのこと。

近くのデニーズでマンゴーパフェを食べながら旧交を温めました。書籍を3冊頂戴しました。


(南千住は昭和な匂いがいっぱい)

帰宅後、録画しておいたNHK Eテレ「香川照之の昆虫すごいぜ!」を見ました。

「昆虫は親に育てられない。生まれたときからひとりで生きていかねばならない」などとの香川さんの熱い叫びに心が共振。

宇宙人に背後から締め付けられて夢の中で恐怖に怯えていた自分が恥ずかしくなりました。昆虫に負けないように生きていこうと決意を新たにした一日でした。


(静謐な佇まいを見せる採石場跡)

瀬戸内海に浮かぶ北木島。岡山県笠岡市にある面積7.49km、人口1千人余の島です。初めて訪れました。

かつて良質な花崗岩の産出で栄え、北木石として知られていました。大阪城の石垣や日本銀行本店の建材にも使われています。

晴れの国といわれる岡山。あいにくの曇天です。雲は私が持ち込んだに違いない。

笠岡港から白石島を経由して北木島へ約1時間。船内の雰囲気がどこか懐かしい。磐越東線のボックス席で談笑する、あの一団の醸し出す雰囲気に似ています。


(往時は百数十人はいたであろう中学校もいまや生徒5人)

船が北木島に近づくと港で友人が待ってくれていました。神戸で合流した京都の友人と手を振って応えました。今年1月に3人で嵐山で会って以来の再会です。

島は空き家が多いという。その一宅に私たちは居候させてもらいました。

3人の話題はときに「星々のつぶやき」に登場するテーマであったり、健康問題であったり、多岐にわたりました。

(漁港沿いに立つ旅館もいまは空き家)

「満たされないことの方が幸せなのではないか」

「病や仕事でうまくいかないことにも全部意味がある」

そんな多少硬い語らいを楽しみました。三人三様に悩みを抱えています。


(北木島の優しい波)

今回の旅で二つの発見がありました。

一つは、海ほたるです。

友人が仕掛けた瓶に無数の海ほたるが入っていました。あのハワイアンブルーの美しい色はそこでしか味わえない贅沢な宝石。そう思いました。

もう一つは、蚊の刺され方です。

蚊に刺されやすいと自認している私です。島には脚の長い蚊が飛んでいました。が、私は刺されず、連れの友人が集中攻撃されていたのです。


(ありがとう北木島。さようなら北木島)

蚊も人を選ぶ時代なのだと感じました。

北木島で感じたこと、考えたことは、もう少し熟成させ、発酵させて文字にしたいと思っています。


(那須甲子の空)

1300年の歴史を誇る那須湯本温泉の鹿の湯。硫化水素の臭いが漂う典型的な硫黄温泉です。41、42、43、44、46、48度の6種類の浴槽があります。

猫舌で、身体も同様の私は41度と42度の浴槽の往復で終わりました。46度の浴槽に数名いましたが、48度には誰も入っていませんでした。

48度の浴槽に入ったらいったいどんなことが起きるのか。想像もつきません。

さて、湯浴みを終え、硫化水素臭を自ら放ちながら私は殺生石を目指しました。岩肌がむき出しとなった斜面に岩石がごろごろとしています。

「殺生石」という名にふさわしい荒涼とした風景です。硫化水素、亜硫酸ガスといった有毒ガスが噴出し、動植物を死滅させているようです。

雲行きが怪しくなり、雷が轟き始めました。

急ぎ木道を降りようとしたとき、踊り場で50代後半と思(おぼ)しきおじさんがスマホを殺生石に向けて盛んにスワイプしています。

そうです。ポケモンGOです。

おじさんが毒ガスにもめげず、殺生石でポケモンGOに夢中になっています。

ときおり雷鳴が響く殺生石の木道でポケモンGOに興じているおじさん。その姿を見て私は不思議な感慨にとらわれました。

なぜ、殺生石でポケモンGOなのか。

おじさんの姿がいまなお目に焼き付いて離れません。

ただただ、この不思議な感覚を共有したくて今回は綴りました。それ以上でもそれ以下でもありません。

帰り道、チーズガーデン那須本店に寄り大好きなチーズを買いました。

小学生の夏休みの作文のような文章になってしまいました。申し訳ありません。


(夕暮れの田んぼ)

「こんなに麦畑が広がってるってわがんながったね」。往路は私、復路はスタッフが運転しての往復500キロの出張。

アーモンドフィッシュの製造工場を視察。防塵服に着替えた後、爪ブラシも使っての入念な手洗。そして、コロコロで防塵服に付着したチリを除去。

エアシャワールーム内では両手を挙げて体をくるくると回転させるよういわれました。

真っ先に案内されたのが、アーモンドフィッシュの原料のにぼしの選別ライン。幅50センチ程度のベルトコンベアににぼしが流れてきます。

熟達の目が厳しく異物をチェック。きびきびと動く手がロボットのようです。

ただひたすら、ただひたすら“流れてくるにぼし”を見つめる作業。

「この作業は合う人と合わない人がいるんです。酔ってしまってできない人がいます」

品質管理室長の説明に頷く私。

5分ほどじっとベルトコンベアを見ていたら目が回りそうになりました。

私の目の前のご婦人は、1日何時間もこの“流れてくるにぼし”を見ているのだ。そう思うと尊崇の念がいやがうえにも湧いてきます。

周りを見渡すと、アーモンドの流れるベルコンベアや桜えびの流れるベルトコンベアもありました。

やはり熟達の女性従業員が厳しい目つきで異物が混入していないか確認しています。

目視に加えて、金属探知機やエックス線探知機でも異物混入をチェックします。


(こういうところでぼんやりしてるのが好きです)

「しらす干しのラインもご覧になりますか」

「せっかくの機会ですのでぜひお願いします」

棟が違うため、再度、別な使い捨ての防塵服に、入念な手洗いとエアシャワー。

「原料のしらすは冷凍で運ばれてきます。そして室温5度の倉庫で24時間から48時間かけて解凍します」

「そんなに時間をかけて解凍するのですか」

「美味しさを保つために水っぽくならないようにゆっくりと解凍します」

「労働集約的な作業を国内で行うこだわりは、なんですか」

「付加価値を付けるためにはこのように手間暇をかけなければ競争に勝てない。国内で手作業で行うことに価値がある。私たちはそう思っています」

しらす干しのベルトコンベアでは、複数の熟達者がエアの吸い込みホースを手にして、異物を除去しています。

「フグの稚魚が入らないよう入念に取り除いています。食品衛生法違反になるからです」

仕事の真髄とは、創造性が発揮されにくいこのような反復作業の中にこそある。

まさに鍛え抜かれた者たちの極みの世界。そう実感するとともに己の仕事への姿勢を省みました。


(『日本の水洗トイレ 〜誕生と発達〜』)

2015年にオープンした2つのミュージアムが気になっています。1か所は栃木市「岩下の新生姜ミュージアム」、もう1か所は北九州市「TOTOミュージアム」です。

岩下の新生姜ミュージアム」は、「岩下の新生姜」でおなじみの岩下食株式会社の施設。2015年6月に開設しました。

「『岩下の新生姜』を素材として様々な『楽しさ』を感じて頂くことを目的に、 アミューズメントを充実させた施設」

「新生姜の部屋、ジンジャー神社、新生姜料理だけのカフェ、新生姜色のグランドピアノでのライブ、世界一大きな新生姜のかぶりもの」があるという。

「新生姜の部屋」にも惹かれますが、「世界一大きな新生姜のかぶりもの」に心動かされます。

「新生姜のあるシアワセ」を感じることができるという同ミュージアム。

早く行ってみたい。そして、被ってみたい。

TOTOミュージアム」は、いわずと知れたTOTO株式会社の施設。2015年8月にオープンしました。

巨大な便器を思わせる白亜の建物。施設内は、TOTOのあゆみやTOTOのこころざしが貴重な映像や展示品を使ってわかりやすく紹介されているという。

「TOTO創立者・大倉和親。かれは視察のために訪れた欧米で衛生陶器を目にし、『日本にも快適で衛生的な生活文化を普及させたい』」と決意。

その創立者の思いが詰まったTOTOミュージアムです。

TOTO製品の進化を、大便器、小便器、パブリックトイレ、バスルーム、水栓金具、キッチン、洗面所のカテゴリーごとに紹介。

大便器は洗浄水量や給水タンク、便座といった切り口でその変遷を追っているというのですから、トイレコンシェルジュとして垂涎の展示です。

目下、北九州の後輩が送ってくれた『日本の水洗トイレ 〜誕生と発達〜』を予習のため熟読中。

本年、この2か所のミュージアムを制覇すれば、私の所期の目的は完遂となります。


(超高層は苦手なので地上階のカフェで休憩)

街路に面したカウンター席。狭いスペースにいすが3つあります。私は右端でくつろいでいます。2つは空席。

北十間川を見ながら、築地場外市場での呼び込みのおじさんとの会話を振り返っています。

「もう外国人ばっかり」

「ほんとですね。多いですね」

「私はね、15か国語で声をかけられるんですよ」

「へ〜すごいですね」

「だいたいどこの国の人か顔を見ればわかるんです」

そこに欧米系と思しき男性が通りかかりました。

「ハーイ、インビテーション!」

そう、いいながらおじさんは寿司セットの割引券を渡そうとします。が、先方は首を横に振りながら去って行きました。

おじさんのいう15か国語の一つは「Hi! Invitation!(やあ、招待!)」だということがわかりました。

「ディスカウント・クーポン」といったほうが通じるのでは思いつつ、辞去しました。

と、場外市場での出来事を思い返していたら、カウンター席にカップルがきました。

男性が左端に先に陣取り、女性が真ん中、つまり私の左脇に座りました。

ん〜。この男性は女性を守るよりも壁際の快適さを選んだのだと思いました。

というわけで、カフェを出て大学芋の名店「千葉屋」に歩いて向かってみましょう。


(やっぱりカフェは落ち着く。トイレが手の届く先にありますもの)

団体旅行に参加。いったい何年ぶりでしょう。「参加」などという第三者的な表現は不適切です。当該組織の責任者なのですから。

築地場外市場は面白い。初めてきました。数十年前の香港やバンコクに息づいていたアジアンな熱気を思わせる活気があります。


(旅立ちはここから)

テリー伊藤の実家の「丸武」の卵焼き(100円)を早速つまみ食い。甘い。


(薄利多売の原点を見た思いがします)

となりの店の卵焼きをじっくり見ていたらみんなとはぐれてしまいました。幼少のころから、調理の様子を見るのが好きです。自分が見られるのは嫌ですが。


(この卵焼き器が欲しくなりました)

「近大マグロ」に惹かれて入店した海鮮丼屋。日本人は私だけ。近畿大学はフロンティア精神に満ちています。養殖分野においてじつにチャレンジングです。


(どうしても「ひまつぶし」に見えてしまいます)


(chopped fatty tuna 「ぶつ切りした脂ぎったマグロ」)

中国系のお姉さんと隣合わせになりました。私の食べ方を見ています。模範を示さねばと背筋を伸ばし、力んでしまいました。

アメ横など露店系の集合体はけっして嫌いではありません。むしろ好む場所です。

でも、どうしてもトイレが不安になります。不安が不安を呼び、大腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)が亢進されてしまうのです。


(近大マグロの赤身と中トロ丼)

そろそろ、脱出の時です。銀座方面に向かえばカフェがあるはず。

築地本願寺近くの交差点で信号待ちしているとアジア系の6人(両親と子ども4人か)がタクシーに乗り込もうとしています。

運転手は両手の人さし指でバッテンを作り、乗せられないと訴えています。一方、一家は、いいじゃないか乗せろと強気です。

日本もやがてアジアンなルールに席巻(せっけん)されてしまうのでしょうか。


(14時55分。一生来なかったかもしれない場所にいま来ています)

船戸与一『猛き箱船』を持ってローカル線に乗りました。物語の舞台は西アフリカ。気分はとっくにモロッコの砂漠の中です。まもなく第1巻読了。

ローカル単線は、乗客が無口です。前回、この路線を使ったときのことは「相対性理論を読み解く」に記しました。

4人掛けボックスで見知らぬご婦人と至近距離で対面したときの心理を相対性理論を用いて読み解いてみました。


(いつか運転してみたい)

頭の中は西アフリカに染められつつも、胃袋はなぜかベトナム料理を欲していました。

20年近く前にカナダ・ケベックに滞在していたとき、よくベトナム料理店に行ったものでした。決まって食べていたのがフォーと呼ばれる米粉の麺。

なぜケベック州にベトナム人が多いのでしょうか。不思議です。当然、ベトナム料理店も多くありました。

フランス語が同州の公用語であることと関係があるのかもしれません。


(路地裏の屋台を思わせる作りに気持ちが昂ります)

メニューをじっと見ます。好きなものだらけです。だらけといえば、スカパーの「ダラケ! 〜お金を払ってでも見たいクイズ〜」が密かに好きです。

さて、迷ったあげく、チキンライス(タイでいうところのカオマンガイ)とミニフォー・ガーセットという欲張りな組合せを注文。


(チキンライス)


(ミニフォー・ガー)

いったいフォー・ガーのどこがミニなのか。全部合わせて980円(税込)。このボリューム。安い。そして、美味い。

チキンライスもカオマンガイとは若干異なるものも、これはこれで美味です。ごはんはきちんと長粒種を使っています。

夕餉はベトナムから北上して中国の四川に行くことにしました。珍満です。


(店名の響きに特段違和感を感じません。大人になりました)

このように、西アフリカから始まった旅はベトナム、そして中国へと行き着きました。満足です。

風邪でダウンした体力もようやく復元してきました。明日は『鬼平犯科帳』を読みながら帰途につこうと思います。

蛇足ながら、鬼平の祖先は私の実名と同姓同名。ネットで検索すると位牌や墓石の画像を見ることができます。未来を垣間見ることができ光栄です。

職務質問されたりして、ご先祖に恥をかかせないよう、一層慎み深く生きたいと思う今日このごろです。


(石畑踏切)

からつづく)

湯本駅前の沖縄料理店「A家食堂」。ソーキソバに添えられている叉焼の存在感が圧倒的です。こんなに入れていいのか、と思いました。申し訳なくも完食できませんでした。

エネルギーを充電して、湯本駅前から旧国道6号に向かいます。

歩いて感じることは、町が、歩く速度で見せる(魅せる)作りになっていないということです。


(東京から194.4km地点)

当然といえば当然です。東京都23区の約2倍の市域にもかかわらず、常磐線10駅、磐越東線4駅の合計14駅しか鉄道駅がないのですから。

鉄道網の発達した町の場合、基本的に徒歩での来客を想定しています。そこが違う。歩く速度で見せる(魅せる)町が形成されていきます。

そんなことを考えながら、旧国道を南下し出しました。旧国道とはいえ、交通量は多く、交差点付近では渋滞も見られます。

道路の右側を歩いているので、北上する車の視線を強く感じます。歩いているのは私だけ。

50メートルほど数珠つなぎになっている渋滞個所では、物言わぬ奇異な視線を浴びせられながら、徒競走選手のように足早に歩いていきます。


(夕暮れのドブ川が物悲しい)

いよいよ常磐下船尾から常磐岩ケ丘にかけての工場地帯に入りました。緊張が走ります。夕暮れの侘しさが不安感を助長します。

この工場地帯に足を踏み入れると、存立危機事態の対処施設は、1キロ先のセブンイレブン小名浜島店しかありません。

私の徒歩速度は、100メートル1分(時速6キロ)。10分間を乗り切れるか。

下腹部が下痢に急襲された場合、歩ける距離は、これまでの経験則上、100メートルが限界です。

それ以上の距離があるときは、「言語能力の大切さ」で紹介した日村勇紀さん考案の「ヒール・ストップ」に頼らざるを得ないかもしれません。


(工場ばかりです)

結局、下痢は杞憂に終わり、無事、工場地帯を抜け、セブンイレブン小名浜島店をも過ぎることができました。

やればできるではないか。なんだか自分に自信が湧いてきました。


(極楽湯は文字通り極楽です)

己のことを己自身がほめたたえる。大事なことだと思います。そこで、自分への賞与として極楽湯福島いわき店を目指しました。

ついに歩いての極楽湯入店。

「やっとたどり着いた」。正直な感想です。玄奘三蔵が天竺に入域したときの感動もかくありなんと感じました。

サウナと温泉で汗をかき、身を清め、髭をそり、髪を整え、向かった先は、マンマ・マリィ泉店。

ボジョレー・ヌーボーをいただきました。


(ボジョレー・ヌーボーを飲む集いに参加)

この「ヌーボー」という語感はどうにもなじめません。というか、好きではありません。

フランス語圏でテレビCMを見ていると、やたらに「ヌーボー!」と叫びます。日本でいう「新発売!」です。

そんなことを思いつつ、4種類のボジョレー・ヌーボーを交互に飲みながら、きょう一日のことを振り返ろうとしました。が、酔いが先に回り、なんの反省もなく終わりました。

ヌーボーとした一日でした。


(温泉情緒の漂う湯本駅)

ひとり歩き(下)」の続編です。前回は湯本駅に到着したところで終わりでした。一つ南下して泉駅を目指しましょう。

ところで、湯本駅の発車メロディーは当地にゆかりのある野口雨情作詞による「シャボン玉」。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ
(1995年、著作権失効)

生まれすぐに亡くなった野口雨情の子を悼んで作ったという説もあります。そうなのかもしれません。心が痛みます。

私の友人は「強風が吹いて、屋根まで吹き飛ばされて家が壊れて消えたのだと思っていた」という。

童謡から憲法まで人の解釈というものは、多様なのだと改めて思いました。だから面白いのです。


(いつか入ってみたいと思っている天都居。「あどりぶ」と読みます)

さて、ひとり歩きに話を戻します。

健脚とまではいえないものの歩くことには自信があります。心配なのはお腹の具合です。

田んぼを主体とした、地元でいう裏道をナビは推奨しています。が、私の場合、突然の下痢に対処する必要があります。

存立危機事態に対応可能な施設の充実度を勘案し、旧国道6号線、いわゆる陸前浜街道を選択したいと思います。

地元では「6国(ロッコク)」と呼びます。

東京都道318号環状七号線の略称が「環七」を思うと数字を先に置くのは変な気もしますが、そんなことをいう人は誰もいません。

ロッコク沿いには施設がたくさんあります。

湯本駅から旧国道に入り、数キロは心配無用。さがみ葬祭会館いわき店、ローソン常磐関船店、常磐消防署、パチンコからしまなどがあるからです。

その後もダイソーいわき湯本店、ツルハドラッグいわき湯本店、いわき中央警察署常磐分庁舎(常磐交番)と続き、大丈夫そうです。

しかし、その後、常磐下船尾から常磐岩ケ丘にかけての沿線は工場ばかりです。


(A家食堂のソーキソバ。叉焼がすごい)

この工場地帯が難所となりそうです。不安がよぎります。存立危機事態に至らず、無事に切り抜けることができるでしょうか。

まずは、ソーキソバを食べてエネルギーのチャージです。

(につづく)


Calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

Archive

Recommend

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM