(ゲストハウス「あなごのねどこ」)

秘密基地を作って心騒いでいたころの興奮が蘇ってきました。尾道駅南口を降りて東側に延々と続くアーケード商店街。

意図的なのか、あるいは図らずもそうなってしまったのか。商店街はじつに昭和の匂いが濃く漂っています。

傘の付いた昔ながらの電球が淡い灯火となって照らしています。何故にこの傘付き電球に郷愁を感じるのでしょう。


(いつまでも眺めていたくなる傘付き電球)

「雨の日、風の日、街角に立ち、通りを見ています、眺めています」

電力会社のCMだったでしょうか。電柱を擬人化した歌がこの街には似合います。

尾道商業会議所の資料展示受付の方に尋ねました。


(尾道商業会議所)

「この商店街のレトロな感じは意図的に残しているんですか」

「そのまま残ってしまっていると言えるでしょうね。尾道は戦災に遭っていないんです。代々お店をやってきた方がそのまま居着いてお店をやってはるんです」

「そうなんですか。昭和な感じがとってもいいですね」

「ここの人はどこがいいんだろうって言ってはりますけどね。政治は広島、経済は尾道と言いまして、ここは栄えたんです。豪商がいっぱいいました」


(アーケードの横道にも昔のまんまの店が立ち並ぶ)

異なる種類のアーケードをいくつか歩いて、その行き着いた先にゲストハウス「あなごのねどこ」はありました。ひっそりと佇んでいました。

同ハウス付属の「あくびカフェ」脇の細く薄暗い廊下がアナゴになった気分にさせてくれます。

商店街の一角を再生して作られた「あなごのねどこ」。同じ部屋に京都から来た親子といっしょになりました。


(アナゴの寝床にふさわしい空間です。素泊り2800円)

「お姉さんと弟さんかと思いました。お母さんと息子さんだったんですね」

「暗いからそう見えたんでしょう。高校進学のために来たんです。前回は入試で、今回は説明会のために来ました」


(「パン屋航路」外観)

「説明会ということは合格されたんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。この商店街のもう一つ向こうのアーケードに美味しいパン屋さんがあります。カレーパンが美味しいですよ」


(「パン屋航路」店内)

息子さんの前途を祝しつつ別れの挨拶をしました。早速、教えてもらった「パン屋航路」に立ち寄り、カレーパンとベーグルを購入。ベーグルが充実していて嬉しくなりました。

「ただでさえパン屋さんは早いのにベーグル作りは大変でしょう」

店員さんに尋ねました。

「そうなんです。ベーグルは茹でないといけないですから。熱くて熱くて」

ゲストハウスに戻ると、居間に岡山から来たという二人の若い女性がいました。こたつを囲んで笠岡沖の北木島のことでしばし歓談。

「岡山にいながら、北木島のこと知りませんでした。島で取れた石が大坂城や日本銀行の建築資材として使われていたんですね」


(「あくびカフェ」)

ゲストハウス隣の「あくびカフェ」でゆっくりと朝食を取りました。尾道と言えばラーメン。じつはそれしかわからなかった私。

学ぶべきことがこんこんと湧いてくる日本の地域の魅力に圧倒されそうです。徘徊癖にますます拍車がかかる徘徊中年。しまなみ海道の道中は続きます。


(どこか遠くに行きたい)

あさのカフェは旅人の交差点。これから旅立つ人、遠方から来て旅装を解く人、出勤前にくつろぐ人。それぞれの旅人の姿を観察しつつ、ひっそりと混じる私です。

“手の甲冷え性”ゆえ、冬季は室内でも指先を第2関節まで出している手袋を常時はめています。その手指でドトールのモーニングAセット(ハムタマゴサラダのトースト)を食べつつ、私は嘆息。

嗚呼、旅に出たい。無性に思います。渇仰します。

片雲の風に誘われて漂泊の思いやまず。やや年も暮れ、春立つる霞の空に勿来の関こえんとす。

なお、受験生が誤解するといけないので「奥の細道」の原文では白川の関であることを申し添えます。

この勿来の関は歴史上実在したものではないらしい。

かつて菊多の関は存在した。その菊多の関をいつしか短歌の世界で歌われる架空の「勿来の関」に当てるようになったのが真相のようです。

現在の勿来の関跡から山あいに進むと旅人という地に行くことができます。旅人と書いて「たびうと」と読ませる。風雅な地名です。

子どもの頃、旅について不思議に思うことがありました。

よく行く、地元のふつうの温泉にどうして県外から観光バスを仕立ててわざわざ来るのだろう、と。当時の私には理解できませんでした。

非日常を求めて来るのに、日常のありふれた世界にやって来るように私には思えたのです。

後年になって気がつきました。

旅の非日常とは場所ではなく、己の感じ取る心の作用だったのです。その意味では旅情とは非日常を感じたいと欲する心の中に埋め込まれているのかもしれません。

つい、能書きを語ってしまいました。

来年は旅に出よう。今まで行ったことのない処に出かけよう。旅支度に着ぐるみは重い。頭部のかぶりものがいいだろう。

非日常の土地で非日常を振舞う。非日常性を心から味わってみたい。そんな欲望がふつふつと湧いてきます。

私の友人はニューカレドニアに行きたいという。そんなはるか彼方でなくてよい。まずはニュー新橋ビルの「みぼうじんカレー」を旅程の一里塚としよう。


(サザコーヒーの店内。中庭の樹木が美しい)

気になっていたサザコーヒー本店を初めて訪れました。ウェイティングリストに名前を書いて呼ばれるのを待ちます。これが苦にならない。

ドアを開けるとすぐにカフェがあるわけではなく、笠間焼を中心とした食器や雑貨、オリジナルのスイーツなどの物販コーナーがあります。

こんな器でコーヒーが飲めたらなぁ...これはご飯茶碗にも使えそう...などと夢想しながら待ちました。

「将軍カステラ」。ポルトガルのマデラワインを浸し、茨城奥久慈産の地鶏卵と上質なザラメ糖を使用。化学添加物不使用。そそられます。1500円(税込)。


(『茨城・勝田の名店「サザコーヒー」に学ぶ20年続く人気カフェづくりの本』(2017年11月、プレジデント社)

物販コーナーの少し右奥にはギャラリーがあり、地元のアーティストの作品が飾られていました。ギャラリーを見終わったところで名前を呼ばれました。

この“いきなりカフェ”でないところがじつにいい。外界から直接にカフェという聖域に至るのではなくして、呼吸を調え、あるいは、期待を膨らませるひとときが仕掛けとして用意されている。

ここがまず気に入りました。

中庭のよく見える奥の席に案内されました。少しほの暗い落ち着いた雰囲気です。しかし、レトロ一色でもなく、洗練された落ち着きというのでしょうか。不易と流行が融合した空間。そんな形容がふさわしい。

アメリカン(480円税込)とケーキセット(600円同)を注文。ケーキはカフェへの入口脇の大きなガラスケースに8種類ほどの中から選ぶことができます。


(サザコーヒー本店の外観)

笠間産の和栗を使ったモンブランロールケーキを網膜の端に捉えながら、生クリームたっぷりのコーヒーシフォンケーキと無花果入りのゼリー、イチゴショートケーキを瞬時に比較衡量。

最近食べたスイーツの履歴を走馬灯のように脳裏に映し出し、きょう食べるべきは何か。機会費用※も考慮の上、コーヒーシフォンケーキをお願いしました。

コーヒーの香り高いふわふわのシフォンケーキに生クリームがたっぷりと塗られています。芳醇な香り漂いながらもクセのないコーヒー。多幸感が込み上げてくるのを抑えられません。

というわけで、逆流性食道炎のため断っていたコーヒーを久しぶりに解禁し食道がびっくりしていました。食道がびっくりして私もびっくりしました。

しばらくはまた麦茶です。


※機会費用: 複数ある選択肢の内、同一期間中に最大利益を生む選択肢とそれ以外の選択肢との利益の差(出典:ウィキペディア)。


(田植え前の田んぼが好きです)

いつもより少し早く起きて庭に出てみました。山の端が水面に映っています。鏡面のような田植え前の田んぼを私はこよなく愛します。

車のエンジンをかけ、ガソリンスタンドに向かいます。セルフ式で市内で知っている限りでは最安の店です。


(セルフ式で給油しているときの“忘我感”はコイン精米機で味わうそれと似ている)

満タンにしたら自分のお腹も満たしたくなりました。

スタンド併設のカフェで軽食を注文。客は私以外誰もいません。静謐の店内で未明に見た夢を反芻(はんすう)します。


(常磐道東海PAの藤の花)

子どものころから幾度となく見てきたUFOが飛来する夢です。今回は円盤型ではなく、巨大なステルス機のような飛行物体でした。

毎回、非常にリアルです。目が覚めたとき夢だったのか現実なのか、判別できず混濁することがあります。


(俳聖 松尾芭蕉「奥の細道」矢立初めの地 千住)

「平家物語」足摺の一節「夢かと思ひなさんとすればうつつなり。 うつつかと思へばまた夢のごとし」を彷彿(ほうふつ)とさせるミステリー体験です。

気を取り直して一路、常磐道を南下し南千住へ向かいました。南千住では以前苦い思い出があります。詳しくは「困難の逆襲」をご覧ください。


(芭蕉は伊達藩の内情を探る幕府のスパイだったという説があります)

渋滞に巻き込まれることもなく南千住に到着。下町風情の残るこの町が好きです。所用を済ませ、浪花家のたい焼きをお土産に購入。

帰路の途につくも、松戸に新聞記者を務めていた知人のあることを思い出し、車中より架電。幸い在宅とのこと。

近くのデニーズでマンゴーパフェを食べながら旧交を温めました。書籍を3冊頂戴しました。


(南千住は昭和な匂いがいっぱい)

帰宅後、録画しておいたNHK Eテレ「香川照之の昆虫すごいぜ!」を見ました。

「昆虫は親に育てられない。生まれたときからひとりで生きていかねばならない」などとの香川さんの熱い叫びに心が共振。

宇宙人に背後から締め付けられて夢の中で恐怖に怯えていた自分が恥ずかしくなりました。昆虫に負けないように生きていこうと決意を新たにした一日でした。


(静謐な佇まいを見せる採石場跡)

瀬戸内海に浮かぶ北木島。岡山県笠岡市にある面積7.49km、人口1千人余の島です。初めて訪れました。

かつて良質な花崗岩の産出で栄え、北木石として知られていました。大阪城の石垣や日本銀行本店の建材にも使われています。

晴れの国といわれる岡山。あいにくの曇天です。雲は私が持ち込んだに違いない。

笠岡港から白石島を経由して北木島へ約1時間。船内の雰囲気がどこか懐かしい。磐越東線のボックス席で談笑する、あの一団の醸し出す雰囲気に似ています。


(往時は百数十人はいたであろう中学校もいまや生徒5人)

船が北木島に近づくと港で友人が待ってくれていました。神戸で合流した京都の友人と手を振って応えました。今年1月に3人で嵐山で会って以来の再会です。

島は空き家が多いという。その一宅に私たちは居候させてもらいました。

3人の話題はときに「星々のつぶやき」に登場するテーマであったり、健康問題であったり、多岐にわたりました。

(漁港沿いに立つ旅館もいまは空き家)

「満たされないことの方が幸せなのではないか」

「病や仕事でうまくいかないことにも全部意味がある」

そんな多少硬い語らいを楽しみました。三人三様に悩みを抱えています。


(北木島の優しい波)

今回の旅で二つの発見がありました。

一つは、海ほたるです。

友人が仕掛けた瓶に無数の海ほたるが入っていました。あのハワイアンブルーの美しい色はそこでしか味わえない贅沢な宝石。そう思いました。

もう一つは、蚊の刺され方です。

蚊に刺されやすいと自認している私です。島には脚の長い蚊が飛んでいました。が、私は刺されず、連れの友人が集中攻撃されていたのです。


(ありがとう北木島。さようなら北木島)

蚊も人を選ぶ時代なのだと感じました。

北木島で感じたこと、考えたことは、もう少し熟成させ、発酵させて文字にしたいと思っています。


(那須甲子の空)

1300年の歴史を誇る那須湯本温泉の鹿の湯。硫化水素の臭いが漂う典型的な硫黄温泉です。41、42、43、44、46、48度の6種類の浴槽があります。

猫舌で、身体も同様の私は41度と42度の浴槽の往復で終わりました。46度の浴槽に数名いましたが、48度には誰も入っていませんでした。

48度の浴槽に入ったらいったいどんなことが起きるのか。想像もつきません。

さて、湯浴みを終え、硫化水素臭を自ら放ちながら私は殺生石を目指しました。岩肌がむき出しとなった斜面に岩石がごろごろとしています。

「殺生石」という名にふさわしい荒涼とした風景です。硫化水素、亜硫酸ガスといった有毒ガスが噴出し、動植物を死滅させているようです。

雲行きが怪しくなり、雷が轟き始めました。

急ぎ木道を降りようとしたとき、踊り場で50代後半と思(おぼ)しきおじさんがスマホを殺生石に向けて盛んにスワイプしています。

そうです。ポケモンGOです。

おじさんが毒ガスにもめげず、殺生石でポケモンGOに夢中になっています。

ときおり雷鳴が響く殺生石の木道でポケモンGOに興じているおじさん。その姿を見て私は不思議な感慨にとらわれました。

なぜ、殺生石でポケモンGOなのか。

おじさんの姿がいまなお目に焼き付いて離れません。

ただただ、この不思議な感覚を共有したくて今回は綴りました。それ以上でもそれ以下でもありません。

帰り道、チーズガーデン那須本店に寄り大好きなチーズを買いました。

小学生の夏休みの作文のような文章になってしまいました。申し訳ありません。


(夕暮れの田んぼ)

「こんなに麦畑が広がってるってわがんながったね」。往路は私、復路はスタッフが運転しての往復500キロの出張。

アーモンドフィッシュの製造工場を視察。防塵服に着替えた後、爪ブラシも使っての入念な手洗。そして、コロコロで防塵服に付着したチリを除去。

エアシャワールーム内では両手を挙げて体をくるくると回転させるよういわれました。

真っ先に案内されたのが、アーモンドフィッシュの原料のにぼしの選別ライン。幅50センチ程度のベルトコンベアににぼしが流れてきます。

熟達の目が厳しく異物をチェック。きびきびと動く手がロボットのようです。

ただひたすら、ただひたすら“流れてくるにぼし”を見つめる作業。

「この作業は合う人と合わない人がいるんです。酔ってしまってできない人がいます」

品質管理室長の説明に頷く私。

5分ほどじっとベルトコンベアを見ていたら目が回りそうになりました。

私の目の前のご婦人は、1日何時間もこの“流れてくるにぼし”を見ているのだ。そう思うと尊崇の念がいやがうえにも湧いてきます。

周りを見渡すと、アーモンドの流れるベルコンベアや桜えびの流れるベルトコンベアもありました。

やはり熟達の女性従業員が厳しい目つきで異物が混入していないか確認しています。

目視に加えて、金属探知機やエックス線探知機でも異物混入をチェックします。


(こういうところでぼんやりしてるのが好きです)

「しらす干しのラインもご覧になりますか」

「せっかくの機会ですのでぜひお願いします」

棟が違うため、再度、別な使い捨ての防塵服に、入念な手洗いとエアシャワー。

「原料のしらすは冷凍で運ばれてきます。そして室温5度の倉庫で24時間から48時間かけて解凍します」

「そんなに時間をかけて解凍するのですか」

「美味しさを保つために水っぽくならないようにゆっくりと解凍します」

「労働集約的な作業を国内で行うこだわりは、なんですか」

「付加価値を付けるためにはこのように手間暇をかけなければ競争に勝てない。国内で手作業で行うことに価値がある。私たちはそう思っています」

しらす干しのベルトコンベアでは、複数の熟達者がエアの吸い込みホースを手にして、異物を除去しています。

「フグの稚魚が入らないよう入念に取り除いています。食品衛生法違反になるからです」

仕事の真髄とは、創造性が発揮されにくいこのような反復作業の中にこそある。

まさに鍛え抜かれた者たちの極みの世界。そう実感するとともに己の仕事への姿勢を省みました。


(『日本の水洗トイレ 〜誕生と発達〜』)

2015年にオープンした2つのミュージアムが気になっています。1か所は栃木市「岩下の新生姜ミュージアム」、もう1か所は北九州市「TOTOミュージアム」です。

岩下の新生姜ミュージアム」は、「岩下の新生姜」でおなじみの岩下食株式会社の施設。2015年6月に開設しました。

「『岩下の新生姜』を素材として様々な『楽しさ』を感じて頂くことを目的に、 アミューズメントを充実させた施設」

「新生姜の部屋、ジンジャー神社、新生姜料理だけのカフェ、新生姜色のグランドピアノでのライブ、世界一大きな新生姜のかぶりもの」があるという。

「新生姜の部屋」にも惹かれますが、「世界一大きな新生姜のかぶりもの」に心動かされます。

「新生姜のあるシアワセ」を感じることができるという同ミュージアム。

早く行ってみたい。そして、被ってみたい。

TOTOミュージアム」は、いわずと知れたTOTO株式会社の施設。2015年8月にオープンしました。

巨大な便器を思わせる白亜の建物。施設内は、TOTOのあゆみやTOTOのこころざしが貴重な映像や展示品を使ってわかりやすく紹介されているという。

「TOTO創立者・大倉和親。かれは視察のために訪れた欧米で衛生陶器を目にし、『日本にも快適で衛生的な生活文化を普及させたい』」と決意。

その創立者の思いが詰まったTOTOミュージアムです。

TOTO製品の進化を、大便器、小便器、パブリックトイレ、バスルーム、水栓金具、キッチン、洗面所のカテゴリーごとに紹介。

大便器は洗浄水量や給水タンク、便座といった切り口でその変遷を追っているというのですから、トイレコンシェルジュとして垂涎の展示です。

目下、北九州の後輩が送ってくれた『日本の水洗トイレ 〜誕生と発達〜』を予習のため熟読中。

本年、この2か所のミュージアムを制覇すれば、私の所期の目的は完遂となります。


(超高層は苦手なので地上階のカフェで休憩)

街路に面したカウンター席。狭いスペースにいすが3つあります。私は右端でくつろいでいます。2つは空席。

北十間川を見ながら、築地場外市場での呼び込みのおじさんとの会話を振り返っています。

「もう外国人ばっかり」

「ほんとですね。多いですね」

「私はね、15か国語で声をかけられるんですよ」

「へ〜すごいですね」

「だいたいどこの国の人か顔を見ればわかるんです」

そこに欧米系と思しき男性が通りかかりました。

「ハーイ、インビテーション!」

そう、いいながらおじさんは寿司セットの割引券を渡そうとします。が、先方は首を横に振りながら去って行きました。

おじさんのいう15か国語の一つは「Hi! Invitation!(やあ、招待!)」だということがわかりました。

「ディスカウント・クーポン」といったほうが通じるのでは思いつつ、辞去しました。

と、場外市場での出来事を思い返していたら、カウンター席にカップルがきました。

男性が左端に先に陣取り、女性が真ん中、つまり私の左脇に座りました。

ん〜。この男性は女性を守るよりも壁際の快適さを選んだのだと思いました。

というわけで、カフェを出て大学芋の名店「千葉屋」に歩いて向かってみましょう。


(やっぱりカフェは落ち着く。トイレが手の届く先にありますもの)

団体旅行に参加。いったい何年ぶりでしょう。「参加」などという第三者的な表現は不適切です。当該組織の責任者なのですから。

築地場外市場は面白い。初めてきました。数十年前の香港やバンコクに息づいていたアジアンな熱気を思わせる活気があります。


(旅立ちはここから)

テリー伊藤の実家の「丸武」の卵焼き(100円)を早速つまみ食い。甘い。


(薄利多売の原点を見た思いがします)

となりの店の卵焼きをじっくり見ていたらみんなとはぐれてしまいました。幼少のころから、調理の様子を見るのが好きです。自分が見られるのは嫌ですが。


(この卵焼き器が欲しくなりました)

「近大マグロ」に惹かれて入店した海鮮丼屋。日本人は私だけ。近畿大学はフロンティア精神に満ちています。養殖分野においてじつにチャレンジングです。


(どうしても「ひまつぶし」に見えてしまいます)


(chopped fatty tuna 「ぶつ切りした脂ぎったマグロ」)

中国系のお姉さんと隣合わせになりました。私の食べ方を見ています。模範を示さねばと背筋を伸ばし、力んでしまいました。

アメ横など露店系の集合体はけっして嫌いではありません。むしろ好む場所です。

でも、どうしてもトイレが不安になります。不安が不安を呼び、大腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)が亢進されてしまうのです。


(近大マグロの赤身と中トロ丼)

そろそろ、脱出の時です。銀座方面に向かえばカフェがあるはず。

築地本願寺近くの交差点で信号待ちしているとアジア系の6人(両親と子ども4人か)がタクシーに乗り込もうとしています。

運転手は両手の人さし指でバッテンを作り、乗せられないと訴えています。一方、一家は、いいじゃないか乗せろと強気です。

日本もやがてアジアンなルールに席巻(せっけん)されてしまうのでしょうか。


Calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728   
<< February 2018 >>

Archive

Recommend

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM