(けさのお弁当)

たまに食べると美味しい緑のたぬき。熱湯を注いで3分。すぐにできる即席麺です。即席麺には不思議な魅力があります。

不思議なことに「星々のつぶやき」においても、練りに練りあげた、構想1週間、作成2日間のような記事は意外にも人気がありません。

ふっと思い浮かんだことを15分程度で仕上げたものがよく読まれます。

どういうわけなのでしょう。

いま構想中の記事の一つは、息子が私に投げかけた一言です。

「お父さん、社会の先生がね、国の名前って実際は名前の意味と違う政治体制なんだって言ってたよ」

「どういうことなの」

「例えばね、朝鮮民主主義人民共和国って言うけど、民主主義じゃないんだって」

「あぁ、なるほどね。そうだね」

これは政党名でも言えるかも、と思いました。ほかのことでも言える汎用性があるかもしれない。

昔、NHK総合であさに放送していた「明るい農村」。子ども心にも番組名に欺瞞性を感じていました。

そういえば、「野望の党」の代表は、もしかすると実際は、逆に野望などという大それたことは抱いていないのかもしれない。

むしろ、まっとうなことを主張している可能性もある。

ふと、そんなことを自分で作った弁当を食べながら思いました。

当記事は構想30秒、作成8分です。


(お彼岸に詰めてみました。器って大事)

スタッフ帯同の車中会話。「雰囲気」をめぐっての語らいです。

「さっきの先生の言っていたこと、大事なことだよね。何よりも地域社会の『雰囲気』が大切だって話」

精神障がい者の地域移行について精神科医の先生に意見を伺いました。地域で受け入れるに当たって何が大切かを尋ねたときの答えが「雰囲気」でした。

「温かく迎え入れる雰囲気を地域に醸成すること、すなわち、他者を認知し受け入れることだって先生は言っていたね」

「雰囲気って大事なんですね」

「雰囲気という言葉は漠とした言葉だけど、厳として何かが存在するよね。雰囲気のいい職場、雰囲気の悪い職場ってあるものね」

「ありますね」

「以前ね、県内の他市で勤務医を務めている友人に尋ねたんだけど、どうしてここは医師があまり来ないのかって。医師不足の原因はなんなのかって」

「原因はなんと言っていたんですか」

「それがね、そういう雰囲気だからというのが答えだったの。どういうことかって言うと、医師が進んで行きたいという雰囲気ではないということなんだ、と」

「へ〜そうなんですか」

「そういう雰囲気だということが医師仲間で共有されているというんだよ。だから行かない。行きたいと思わないって言うんだ」

というわけで、せめて我が課の雰囲気はよくしたいと思っています。まずは自分の鼻毛からチェックです。


(中身はまったく同じ黒豆)

黒豆の煮豆が大好きです。いくらでも食べられます。でも、上手に炊けない。市販品を買ってしまいます。

ふっくらと、しかも皮にしわなく色つやよく炊いてみたいと思い数十年が過ぎました。煮豆はどうにも不得手です。

煮豆講習会なるものがあれば、万難を排して参加したい。そう思っています。

さて、黒豆の市販品と言えばフジッコです。神戸市中央区に本社を置く食品メーカー。刻み昆布の「ふじっ子」で知られています。

そのフジッコが製造するセブンプレミアムの黒豆。異なるパッケージで2種類販売されているのをご存じでしょうか。

62グラム入りの容器が2段重ねになっているタイプ(写真左)と袋に115グラム入りのもの(写真右)です。

この2つの存在を否定するものではありません。そんな意図は毛頭ないのですが...。

値段がどうしても気になってしょうがないのです。価格設定がおかしくないか、と思い続けて数年。いや増してもやもや感が募ります。

62グラム2個入り、つまり124グラムの方は149円(税込)。一方、115グラムの袋タイプは159円(税込)です。いずれもヨークベニマル好間店で購入。

124グラムで149円。1グラム1.2円。
115グラムで159円。1グラム1.38円。

おかしいと思いませんか。パッケージの手間は2個入りの方がかかっているはずです。家族に訴えても冷笑されるだけ。

気になって気になってしょうがない。黒豆を見るたびにもやもやしてしまいます。


(出穂=しゅっすい のとき)

友人からサボテンの種が送られてきました。友人の勤務するミュージアムではサボテンが栽培されています。そこで採れたものなのでしょうか。

ピンク色のゼリー状の実の中に芥子粒ほどの黒い種が30個ほど入っています。初めて見ました。まじまじと見ています。不思議な種です。

どんなサボテンなのでしょう。そして、どんな花を咲かすのでしょう。興味が尽きません。

封書には名刺も入っていました。職名は植物係長。「いきもの係だ!」と思いました。

「お元気ですか?サボテンの種を送ります」

ひとこと書かれた付箋とサボテンの種。ただそれだけのメッセージです。

だからこそというのでしょうか、友を思いやる、何とも言えない温かさが伝わってきます。


(ピンク色の中につぶつぶが入っている)

サボテンと言えば、子どものころ、我が家にはサボテンの鉢植えがありました。

金鯱(きんしゃち)と呼ばれるサボテンです。サボテンの王様と呼ばれています。

マッチ棒の先のような丸みを帯びたフォルムとクリーム色の鋭いトゲ。

父はこのサボテンが好きだったようです。歩行器に乗っている弟の顔のすぐわきに金鯱を並べて撮った写真が数葉あります。

サボテンと我が息子の組み合わせ。危ないと思うのです。父は何を意図したのでしょう。さっぱりわかりません。

サボテンの名前はシャボン(石けん)に由来するという。その昔、南蛮人がサボテンの樹液で服などの汚れを取っていたのだそうです。

チューリップの代表作「サボテンの花」。歌詞に「シャボンの泡がゆれていた」とあるのは、なかなかにしてシンクロニシティを感じさせます。

というわけで、なんだか「サボテンの種」という歌詞が書けそうな気がしてきました。


(羽田空港見学デッキにて。みな何を想う人ぞ。私はベーグルを買いに来ただけ)

淡い交わりの魅力について「淡交」でも取り上げています。淡い交わりになぜ多幸感を感じるのか。

おそらくは、ただ単に交わるだけの関係だからなのでしょう。

指示されたりする指揮命令系統にないからなのか。あるいは、サービス提供者と顧客といった利害関係にないからなのか。

ともかく、いわゆる「裃(かみしも)」を脱いだ付き合いなのが淡い交わりの良さです。

年に一度の県下都市職員交歓卓球大会。その様子は「寒苦鳥(かんくちょう)」でも述べています。

確かに同業者の集まりではあります。しかし、そこに仕事の話は一切出ません。夜の宴席で隣席の方がしんみりと話しかけてきました。

「仕事が辛くて辛くて、年に一度のこの集まりを目標に頑張ってきました」

「そうだったんですか。上司との関係ですか」

「そうです」

試合では颯爽と振る舞う方です。その姿からは想像できない言葉が発せられ、私はただただ耳を傾けるだけでした。


(ただ飲んでるだけなのですけどね。東京ミッドタウンにて)

6年前に東京財団週末学校という市町村職員を対象とした研修プログラムに半年通いました。3年前には政策研究大学院大学で「教育行政上級プロフェッショナル研修」という、ものすごい名前の研修を10日間ほど受講しました。

そのそれぞれのOBOG会が都内でたまたま同じ日に催されてハシゴして参加。

「それにしても『上級プロフェッショナル』ってすごい名前だよね。今年度から無くなっちゃったのは残念だね」

「教育長になっちゃいそうな研修だよね」

近況報告を交換。命にも及ぶような事故に遭ったこと、重責を担い奮闘する様子などを伺うことができました。来年の夏にまた集い合いことを約して別れました。

時を置いて集い合う。淡い交わりだけど必ず相見(あいまみ)えることを忘れない。次に会う日までお互いの健闘を祈りつつ、エールを送る仲間。

このような淡いつながりの持つ力を大切にしたい。そんなふうに思った東京での集いでした。


(平田村のcafe暖らん)

炎には思い出があります。炎には飽きない不思議な魅力があります。

古代ペルシャに起源を持つ、火に向かって礼拝するゾロアスター教。私はシンパシーを感じます。

偶像も何もなくただひたすら火を拝む。炎への畏怖と魅力にとらわれた人間の本源的な姿なのかもしれません。

私の炎の思い出は小学校低学年のときにまでさかのぼります。

社宅の物置の裏で火遊びしていたことが母親に発覚。壺に落ち葉を入れて燃やし、揺らめく炎に見とれていただけだったのに。

母親にきつく叱られました。

後にも先にも親に尻を叩かれたのはこの火遊びのときだけでした。

「桃太郎」の絵本に出てくるような桃の絵の描かれた大きなマッチ箱を持って物置の裏で火を点けていました。

火焔と呼べるような炎を見たのは小学校高学年のとき。父の勤務先である火力発電所のボイラーをのぞき穴から見たときの感動は忘れられません。

その炎は、まるで龍が空を舞っているかのようでした。


(cafe暖らんの外観)

祖父の家でも炎の思い出があります。

風呂焚きです。石炭で焚く風呂でした。率先してやりました。石炭の炎は薪とは異なる味わいがありました。

ただ、灰が人間の焼骨のような感じがするのが嫌でした。

長じて思い出に残っている炎との出逢いは、学生時代です。いまから30年前。

私のアパートに居候していた先輩の身体から発生したものでした。

「あのさ、屁って燃えると思う?」

「さあどうなんでしょう。メタンガスも含まれていますから...」

すると先輩は仰向けに寝転がり、脚を天井に上げて、放屁するや否やライターを点けました。

するとぽんっと高いを音を立てて青白い炎とともに小さな爆発を起こしました。

「先輩!燃えましたよ!屁が」

「燃えるんだよ」


(ショートケーキを食べながら炎に見とれていました)

屁は燃えるのかとの問いに対して、私は確信を持って「燃える」と答えることができます。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

というわけで、毎日のように炎を眺めることのできる薪ストーブが欲しくなりました。写真のストーブは73万円(税別、工事費別)です。

cafe暖らんは薪ストーブも販売しています。

炎を拝めるようになるのはまだまだ先のようです。


(人間ナナフシ)

27年前にタイ南部のハジャイで出会ったタイの友人が仙台に来ているとの連絡がありました。数日後に帰国するという。

これは行くしかない、と決断。

ソンクラ大学歯学部准教授の彼は東北大学歯学部との交流で9名の同僚教官とともに来日。

仕事を1時間早退し、一路、常磐道を北上しました。

東北大学歯学部主催の懇親会会場に厚かましくも乱入。学部長ほか同大の先生方に感謝感謝です。

国分町の「かまど料理銀兵衛」での会話。

「27年ぶりだね。会えて本当にうれしいよ」と私。

「遠いところ車でよく来てくれたね」

「タイから来たことに比べれば遠くないよ」

「お父さん、元気にしてる?」

「うん、85歳になったけど、元気だよ」

「うれしいね」

オーストラリアの大学院で学び、タイに帰国後、地元の国立大学で歯学の博士号を取得したという。

現在、タイ政府は急速に進む少子高齢化への対策として日本に学べと、どんどん人材を派遣しています。相当に危機感を持っているようです。

旧友と別れたあと、私とのツーショットを彼がSNSに投稿。

すると、27年前同じ寮にいた彼と私の共通の友人(タイ・パタヤ在住の歯科医)が反応。

驚いたことに、当時撮った、私の写っている写真を次々とアップ。さらに、私が贈った魚の本をいまも大切に保管しているのだという。

「魚の本。贈ったっけ」と私が思い出せないでいると「これだよ」と写真をアップ。

釣り好きだという彼のために贈ったことをようやく思い出しました。


(「釣りの魚」)

それにしても、27年前の写真や贈られた本を瞬時にSNSに投稿できるその「保管力」に私は度肝を抜かれました。

さらに、SNSの彼のプロフィール写真を拡大してびっくり。

てっきり樹木の写真と思いきや木の枝に擬態した昆虫の「ナナフシ」のように枝に彼の身体が巻き付いているのです。しかも、頭部が幹側に、足が空の方向に仰角に向いています。

この27年の間にいったい彼になにがあったのでしょうか。

牛たん炭焼「利久西口本店」で一人で焼酎を飲みながら、不思議な余韻に浸るのでした。


(朝の駅の風景)

会話から得るものは楽しい。知人宅にお見舞いに行く途中の会話です。

「中学3年生からアルバイトしてたんですか」

「そうなんです。家が貧乏だったので。北区の花屋さんで働いていました。朝、市場に行ったりもしましたね」

「菊をたくさん買ってきて湯あげするんです」

「湯あげってなんですか」

初めて聞く言葉に俄然興味が湧きます。「湯あげ」とはなんのか。

「根を切った菊はそのままだと水を吸い上げずに枯れてしまうんです。そこで熱湯に切り口を浸して、再度切り落とすんです」

「熱湯にですか!?」

湯気の立つ熱湯地獄に菊が浸かっている様子を想像しました。

「熱湯で殺菌します。生花が枯れるのは細菌にやられる場合もあるんです。茎を熱湯にくぐらせることで元気になります」

「へ〜初めて聞く話です。どのくらい花屋さんで働いていたんですか」

「10年くらい働いていました」

湯あげについて調べてみました。殺菌に加え、茎の導水管内の空気を吐き出させて、吸い上げをよくする意味もあるという。

花談義に花を咲かせながら、いつのまにか知人宅に到着。

「湯」という字を思い浮かべていたら、無性に参鶏湯(サムゲタン)が食べたくなりました。参鶏湯といえばソウルの「土俗村(トソクチョン)」。

また行ってみたい。


(可憐な花が好きです)

アントニン・ドヴォルザークの交響曲第9番、いわゆる「新世界より」は勇壮な曲です。金管楽器が奏でる主旋律は、さながら咆哮(ほうこう)のよう。

現代社会にあって新世界はあるのか。未知の世界を知るにはその世界を知悉(ちしつ)する人から話を聞くことが手っ取り早い。

「星々のつぶやき」通信員のYさんと、しばし懇談。お互いの入手した新鮮な情報を交換し合います。

「最近、駅前にメイドカフェができたの知ってますか」とYさん。

「いや知らないです。そもそも、メイドカフェがどんなものかさえ知りません」

メイドカフェ、あるいはメイド喫茶と呼ばれる業態。名称は知っています。秋葉原にたくさんあることも。

ただ、メイドカフェと聞いて私が連想するのは、1998年(平成10年)に発覚した「大蔵省接待汚職事件」。通称「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」です。

「いや、そんな店じゃないんです。風営法は適用外になっていて、営業時間は正午から午後8時までなんです」

「へ〜。夜は8時で終了ですか」

「高校生が働いてますし、従業員を撮影してはいけないとか、個人的に贈り物をしてはいけないとか、いろいろとルールが厳しいんです。もちろんボディへのタッチは厳禁です」

「そうなんですか。で、お料理とかが出るんですか」

「料理はさほど品数はないですね。アルコールも出ます。パンケーキを注文すると可愛い絵を描いてくれます。そうそう、料金は品物の代金のほか時間単位でも加算されていきます」

「なるほど。なにを楽しむところなんですか」

「そうですね。メイドとのコミュニケーションでしょうか。料理が運ばれてくると、『おいしくな〜れ萌え萌えファ〜』と魔法をかけてもらえます。飲み物の場合は『萌え萌えキュン』となります」

「萌え萌えキュン、ですかぁ」

「可愛らしいポーズをとって魔法をかけるんです。料金を払えばその場でポラロイドの生写真を撮ることができます」

「魔法に生写真ですか...で、どんな人がお客さんで来るんですか」

「高校生のほか、そうですね女の子もいましたよ。65歳以上や高校生を割引にしているので、そういった客もターゲットなんでしょうね。午後8時で終わるということは酔客は対象外なんでしょうね」

私には不可思議な、それこそ新世界そのものです。思わずY通信員の話に聞き入ってしまいます。

「あとはなにか、メイドカフェで特徴的なことがありますか」

「そうですね。入店すると『お帰りなさい』といわれます。帰るときは『いってらっしゃい』です」

「ほう。その発想は面白い。最初にそういう文化を作ろうとした人がすごい」

私は「これだ」と思いました。膝を打つ思いです。

いまや我が国は、単独世帯が最多世帯となりました。2015年国勢調査によれば、1人の世帯が一般世帯の34.5%と最も多くなり、一般世帯の3分の1を初めて超えたという。

「お帰りなさい」

そう声がけしてくれることを求める人が確実に増えているのでしょう。

その意味では人間の帰巣本能を満たしてくれる仮の空間がメイドカフェなのかもしれない。

そういう私も、はたして「萌え萌え」するものなのかどうか。というか、「萌え萌え」なるものが理解できません。

ちょっとハードルが高い新世界です。せいぜい知っているのは「パチンコ新世界保原店」くらいです。

やはり「持つべきは友」だと思いました。


(秋の装いですね)

今春オープンした福島県環境創造センター交流棟(コミュタン福島)を見学してきました。そこで霧箱なるものを生まれて初めて見ました。

桐箱ではありません。霧の箱です。ちなみに、私は奥会津産の桐が好きです。

さて、霧箱とは何か。

ウィキペディアでは「蒸気の凝結作用を用いて荷電粒子の飛跡を検出するための装置。1897年にチャールズ・ウィルソンが発明した」と解説されています。

簡単にいってしまえば、放射線が可視化できるということです。その原理はどうなっているのか。

「過冷却などを用いて霧を発生させた気体の中に荷電粒子や放射線を入射させると気体分子のイオン化が起こり、そのイオンを凝結核として飛跡が観測される」

大脳が弱っている昨今、さっぱりわかりません。しかし、とにかく放射線が飛んだことがリアルタイムで見えるのです。

ただ、電磁波の一種であるガンマ線の飛跡は見ることができません。太く短い飛跡のアルファ線、細く長いベータ線の飛跡を観察することができます。

煙が湧き立つように飛跡が突然生じます。こんなにも放射線がうようよ飛び交っているのかと、私は、正直驚きました。


(コミュタン福島)

同センターのスタッフの説明によると主に宇宙から飛んでくる宇宙線や空気中のラドンから発せられる放射線だという。

見ていて不思議な感覚にとらわれます。うようよ、というより、うじゃうじゃと放射線が私たちの周りを飛び回っているのです。

改めて私は思うのです。見えなくていいものは見えなくていいのだ、と。

恋人の鼻毛を切る様子。
手に付着している常在菌。
コンビニのおにぎり工場の製造ライン。

そう、私も思い出します。

学生のとき、所属していた研究会でリンゴ飴とイカ焼きの屋台を学祭で出店。

部室で夜な夜なぞうきんでリンゴをぴっかぴかに磨いていた日々を。

部室にあるカッターナイフでイカを切り刻んでいたことを。

というわけで、放射線を自分の目で見てみたい方、必見です。

三春町の福島県環境創造センターへ足を運んでみてください。目からうろこの新鮮な驚きに包まれること間違いなしです。

そして、三春町に行かれたら、「TO-FU Cafeおおはたや」の豆乳を使った自家製デザートをぜひご賞味ください。美味しいです。

今回は業務だったため、おおはたやには寄りませんでした。残念です。


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