(平田村のcafe暖らん)

炎には思い出があります。炎には飽きない不思議な魅力があります。

古代ペルシャに起源を持つ、火に向かって礼拝するゾロアスター教。私はシンパシーを感じます。

偶像も何もなくただひたすら火を拝む。炎への畏怖と魅力にとらわれた人間の本源的な姿なのかもしれません。

私の炎の思い出は小学校低学年のときにまでさかのぼります。

社宅の物置の裏で火遊びしていたことが母親に発覚。壺に落ち葉を入れて燃やし、揺らめく炎に見とれていただけだったのに。

母親にきつく叱られました。

後にも先にも親に尻を叩かれたのはこの火遊びのときだけでした。

「桃太郎」の絵本に出てくるような桃の絵の描かれた大きなマッチ箱を持って物置の裏で火を点けていました。

火焔と呼べるような炎を見たのは小学校高学年のとき。父の勤務先である火力発電所のボイラーをのぞき穴から見たときの感動は忘れられません。

その炎は、まるで龍が空を舞っているかのようでした。


(cafe暖らんの外観)

祖父の家でも炎の思い出があります。

風呂焚きです。石炭で焚く風呂でした。率先してやりました。石炭の炎は薪とは異なる味わいがありました。

ただ、灰が人間の焼骨のような感じがするのが嫌でした。

長じて思い出に残っている炎との出逢いは、学生時代です。いまから30年前。

私のアパートに居候していた先輩の身体から発生したものでした。

「あのさ、屁って燃えると思う?」

「さあどうなんでしょう。メタンガスも含まれていますから...」

すると先輩は仰向けに寝転がり、脚を天井に上げて、放屁するや否やライターを点けました。

するとぽんっと高いを音を立てて青白い炎とともに小さな爆発を起こしました。

「先輩!燃えましたよ!屁が」

「燃えるんだよ」


(ショートケーキを食べながら炎に見とれていました)

屁は燃えるのかとの問いに対して、私は確信を持って「燃える」と答えることができます。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

というわけで、毎日のように炎を眺めることのできる薪ストーブが欲しくなりました。写真のストーブは73万円(税別、工事費別)です。

cafe暖らんは薪ストーブも販売しています。

炎を拝めるようになるのはまだまだ先のようです。


(人間ナナフシ)

27年前にタイ南部のハジャイで出会ったタイの友人が仙台に来ているとの連絡がありました。数日後に帰国するという。

これは行くしかない、と決断。

ソンクラ大学歯学部准教授の彼は東北大学歯学部との交流で9名の同僚教官とともに来日。

仕事を1時間早退し、一路、常磐道を北上しました。

東北大学歯学部主催の懇親会会場に厚かましくも乱入。学部長ほか同大の先生方に感謝感謝です。

国分町の「かまど料理銀兵衛」での会話。

「27年ぶりだね。会えて本当にうれしいよ」と私。

「遠いところ車でよく来てくれたね」

「タイから来たことに比べれば遠くないよ」

「お父さん、元気にしてる?」

「うん、85歳になったけど、元気だよ」

「うれしいね」

オーストラリアの大学院で学び、タイに帰国後、地元の国立大学で歯学の博士号を取得したという。

現在、タイ政府は急速に進む少子高齢化への対策として日本に学べと、どんどん人材を派遣しています。相当に危機感を持っているようです。

旧友と別れたあと、私とのツーショットを彼がSNSに投稿。

すると、27年前同じ寮にいた彼と私の共通の友人(タイ・パタヤ在住の歯科医)が反応。

驚いたことに、当時撮った、私の写っている写真を次々とアップ。さらに、私が贈った魚の本をいまも大切に保管しているのだという。

「魚の本。贈ったっけ」と私が思い出せないでいると「これだよ」と写真をアップ。

釣り好きだという彼のために贈ったことをようやく思い出しました。


(「釣りの魚」)

それにしても、27年前の写真や贈られた本を瞬時にSNSに投稿できるその「保管力」に私は度肝を抜かれました。

さらに、SNSの彼のプロフィール写真を拡大してびっくり。

てっきり樹木の写真と思いきや木の枝に擬態した昆虫の「ナナフシ」のように枝に彼の身体が巻き付いているのです。しかも、頭部が幹側に、足が空の方向に仰角に向いています。

この27年の間にいったい彼になにがあったのでしょうか。

牛たん炭焼「利久西口本店」で一人で焼酎を飲みながら、不思議な余韻に浸るのでした。


(朝の駅の風景)

会話から得るものは楽しい。知人宅にお見舞いに行く途中の会話です。

「中学3年生からアルバイトしてたんですか」

「そうなんです。家が貧乏だったので。北区の花屋さんで働いていました。朝、市場に行ったりもしましたね」

「菊をたくさん買ってきて湯あげするんです」

「湯あげってなんですか」

初めて聞く言葉に俄然興味が湧きます。「湯あげ」とはなんのか。

「根を切った菊はそのままだと水を吸い上げずに枯れてしまうんです。そこで熱湯に切り口を浸して、再度切り落とすんです」

「熱湯にですか!?」

湯気の立つ熱湯地獄に菊が浸かっている様子を想像しました。

「熱湯で殺菌します。生花が枯れるのは細菌にやられる場合もあるんです。茎を熱湯にくぐらせることで元気になります」

「へ〜初めて聞く話です。どのくらい花屋さんで働いていたんですか」

「10年くらい働いていました」

湯あげについて調べてみました。殺菌に加え、茎の導水管内の空気を吐き出させて、吸い上げをよくする意味もあるという。

花談義に花を咲かせながら、いつのまにか知人宅に到着。

「湯」という字を思い浮かべていたら、無性に参鶏湯(サムゲタン)が食べたくなりました。参鶏湯といえばソウルの「土俗村(トソクチョン)」。

また行ってみたい。


(可憐な花が好きです)

アントニン・ドヴォルザークの交響曲第9番、いわゆる「新世界より」は勇壮な曲です。金管楽器が奏でる主旋律は、さながら咆哮(ほうこう)のよう。

現代社会にあって新世界はあるのか。未知の世界を知るにはその世界を知悉(ちしつ)する人から話を聞くことが手っ取り早い。

「星々のつぶやき」通信員のYさんと、しばし懇談。お互いの入手した新鮮な情報を交換し合います。

「最近、駅前にメイドカフェができたの知ってますか」とYさん。

「いや知らないです。そもそも、メイドカフェがどんなものかさえ知りません」

メイドカフェ、あるいはメイド喫茶と呼ばれる業態。名称は知っています。秋葉原にたくさんあることも。

ただ、メイドカフェと聞いて私が連想するのは、1998年(平成10年)に発覚した「大蔵省接待汚職事件」。通称「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」です。

「いや、そんな店じゃないんです。風営法は適用外になっていて、営業時間は正午から午後8時までなんです」

「へ〜。夜は8時で終了ですか」

「高校生が働いてますし、従業員を撮影してはいけないとか、個人的に贈り物をしてはいけないとか、いろいろとルールが厳しいんです。もちろんボディへのタッチは厳禁です」

「そうなんですか。で、お料理とかが出るんですか」

「料理はさほど品数はないですね。アルコールも出ます。パンケーキを注文すると可愛い絵を描いてくれます。そうそう、料金は品物の代金のほか時間単位でも加算されていきます」

「なるほど。なにを楽しむところなんですか」

「そうですね。メイドとのコミュニケーションでしょうか。料理が運ばれてくると、『おいしくな〜れ萌え萌えファ〜』と魔法をかけてもらえます。飲み物の場合は『萌え萌えキュン』となります」

「萌え萌えキュン、ですかぁ」

「可愛らしいポーズをとって魔法をかけるんです。料金を払えばその場でポラロイドの生写真を撮ることができます」

「魔法に生写真ですか...で、どんな人がお客さんで来るんですか」

「高校生のほか、そうですね女の子もいましたよ。65歳以上や高校生を割引にしているので、そういった客もターゲットなんでしょうね。午後8時で終わるということは酔客は対象外なんでしょうね」

私には不可思議な、それこそ新世界そのものです。思わずY通信員の話に聞き入ってしまいます。

「あとはなにか、メイドカフェで特徴的なことがありますか」

「そうですね。入店すると『お帰りなさい』といわれます。帰るときは『いってらっしゃい』です」

「ほう。その発想は面白い。最初にそういう文化を作ろうとした人がすごい」

私は「これだ」と思いました。膝を打つ思いです。

いまや我が国は、単独世帯が最多世帯となりました。2015年国勢調査によれば、1人の世帯が一般世帯の34.5%と最も多くなり、一般世帯の3分の1を初めて超えたという。

「お帰りなさい」

そう声がけしてくれることを求める人が確実に増えているのでしょう。

その意味では人間の帰巣本能を満たしてくれる仮の空間がメイドカフェなのかもしれない。

そういう私も、はたして「萌え萌え」するものなのかどうか。というか、「萌え萌え」なるものが理解できません。

ちょっとハードルが高い新世界です。せいぜい知っているのは「パチンコ新世界保原店」くらいです。

やはり「持つべきは友」だと思いました。


(秋の装いですね)

今春オープンした福島県環境創造センター交流棟(コミュタン福島)を見学してきました。そこで霧箱なるものを生まれて初めて見ました。

桐箱ではありません。霧の箱です。ちなみに、私は奥会津産の桐が好きです。

さて、霧箱とは何か。

ウィキペディアでは「蒸気の凝結作用を用いて荷電粒子の飛跡を検出するための装置。1897年にチャールズ・ウィルソンが発明した」と解説されています。

簡単にいってしまえば、放射線が可視化できるということです。その原理はどうなっているのか。

「過冷却などを用いて霧を発生させた気体の中に荷電粒子や放射線を入射させると気体分子のイオン化が起こり、そのイオンを凝結核として飛跡が観測される」

大脳が弱っている昨今、さっぱりわかりません。しかし、とにかく放射線が飛んだことがリアルタイムで見えるのです。

ただ、電磁波の一種であるガンマ線の飛跡は見ることができません。太く短い飛跡のアルファ線、細く長いベータ線の飛跡を観察することができます。

煙が湧き立つように飛跡が突然生じます。こんなにも放射線がうようよ飛び交っているのかと、私は、正直驚きました。


(コミュタン福島)

同センターのスタッフの説明によると主に宇宙から飛んでくる宇宙線や空気中のラドンから発せられる放射線だという。

見ていて不思議な感覚にとらわれます。うようよ、というより、うじゃうじゃと放射線が私たちの周りを飛び回っているのです。

改めて私は思うのです。見えなくていいものは見えなくていいのだ、と。

恋人の鼻毛を切る様子。
手に付着している常在菌。
コンビニのおにぎり工場の製造ライン。

そう、私も思い出します。

学生のとき、所属していた研究会でリンゴ飴とイカ焼きの屋台を学祭で出店。

部室で夜な夜なぞうきんでリンゴをぴっかぴかに磨いていた日々を。

部室にあるカッターナイフでイカを切り刻んでいたことを。

というわけで、放射線を自分の目で見てみたい方、必見です。

三春町の福島県環境創造センターへ足を運んでみてください。目からうろこの新鮮な驚きに包まれること間違いなしです。

そして、三春町に行かれたら、「TO-FU Cafeおおはたや」の豆乳を使った自家製デザートをぜひご賞味ください。美味しいです。

今回は業務だったため、おおはたやには寄りませんでした。残念です。


(寝転がって秋空を仰ぐ)

地元の小学校の体育館で選挙事務の仕事に携わっていました。午後5時40分、市外転出で投票権のない方が見えました。

あと20分で投票所を閉じようというときです。

先月末に山形県に転出されたようです。市外に転出するとなぜ選挙権がないのか根拠を示してほしいと訴えます。

丁寧に説明し、なんとか納得してお帰りいただきました。

国政選挙の場合は市外転出でも投票権があります。それと誤解されていたのでしょうか。

そして、いよいよ投票箱を閉じようとしたときのことです。

私のズボンが急にゆるくなりました。いったいどうしたのでしょう。お腹がゆるくなるよりはマシですが、ベルトにトラブルが発生したようです。

ワニの口のようにベルトの末端を噛み押さえるところからベルトが脱落して切れてしまいました。

ナンタルチアです。

投票数の最終計算や各種報告書の取りまとめをしなければならないのにズボンがゆるゆるです。

最近の減量によって7kg痩せてしまたったため、ズボンがぶかぶか。

取りまとめはいいとして、このあと総合体育館に移動し開票事務があります。これでは開票しながらズボンがずり落ちる。

これはまずい。新聞の社会面に登場する事態はなんとしても避けなければならない。

そういえば、振り返ると私の人生はこういうことばかりです。

地域団体の視察の添乗でマイクロバスに乗っているときに腹痛に見舞われたことがありました。

農協に寄ってもらいトイレに駆け込んだところ、いずれのボックスにも紙がないのです。紙にも見捨てられる私。

いったん弛緩した括約筋の復旧作業はそれはそれは大変でした。

詳細は「西郷村の魅力」を参照。

というわけで、スマートフォンやスマートグリッドなどとと「スマート」が喧伝されていますけど、己の生き方をまずスマートにしたいと思う今日この頃です。


(梁の力強さが空に映えます)

常磐ハワイアンセンター(現 スパリゾート・ハワイアンズ)に行ったときのことです。館内の南国の雰囲気に心地よさを感じ写真に撮りたいと思いました。

父が持っていたカメラを借りて写真を何枚か撮りました。いまと違って、フィルムを巻き取ってカメラ屋さんに現像とプリントをお願いしたものです。



(しゃがむ。下腹部を圧迫するリスクがあります)

ちなみに、「焼き回し」は誤用で、正しくは「焼き増し」というそうです。子どもの頃は「焼き回し」といっていたように思います。

さて、数日後、期待に胸を膨らませながら、受け取りに行きました。写真を取り出してみるとがっかり。

訴えるものを何も感じないじつに平板な仕上がりになっていました。

あのトロピカルな雰囲気がすっぴんな風景に変質していました。



(素材に迫る。背後を中学生が遠巻きに通り過ぎて行きます)

自分の声を初めてテープレコーダーで聞いたときの驚愕にも似たガッカリ感。マクドナルドハンバーガーを袋から初めて取り出したときの落胆にも似たニセモノ感。

幼心にもショックでした。

時、下り40年。いま私はスマホ撮影の師匠がいます。

杉並・阿佐ヶ谷の花屋さんです。直接の指導はありません。神々しいばかりの師匠の作品を通じて背中から学んでいます。



(仰ぐ)

第一に、しゃがむこと(かがむこと)
第二に、迫ること
第三に、仰ぐこと
そして、陰影に目を配ることです。

スマホ撮影は素材をどう切り取るか、つまり、アングルが生命です。ときに用水路に落ちそうになりながら、ときに不審者に間違われそうになりながら、写真道に邁進しています。



(陰影をどう生かすか、難しい)

久しぶりにスパリゾート・ハワイアンズに行き、幼き日の失敗の雪辱をしようかと心秘かに、かつ、捕まらないようにたくらんでいます。

師匠、腕章を作成した方がいいでしょうか。


(「くさの根」にて。海鮮丼550円)

嗜好の変化なのか、近ごろ、タコがとても好きになりました。それと、ぬか漬けの野菜。以前は、ぬかくさいのが嫌だったのに、最近、心から美味しいと感じるようになりました。

ところで、ナガミヒナゲシ(長実雛罌粟)の精から「星々のつぶやき」編集部に窮状を訴える便りが寄せられ、対談することになりました。

ナガミヒナゲシは、ケシ科の一年草。

国立研究開発法人農業環境技術研究所によると、「1961年に世田谷区で最初に発見された比較的新しい外来植物で、近年、全国の幹線道路沿いに急速に広がって」いるという。

「オレンジ色の花が可憐で美しいので、一般の方に好まれ、中には種を取って、意図的に増やしている方」もいるらしい。


(通勤途上に見かけるナガミヒナゲシ)

ところが、「もともと地中海沿岸原産の雑草で、輸入穀物などに混じって、非意図的に日本に入ってきたものと思われ、繁殖力が強く、どんどん雑草化し生態系へ影響を及ぼす可能性も」と、警告しています。

ここで、ナガミヒナゲシさんにご登場いただきます。

編集部:ナガミヒナゲシさん、どうされましたか。

ナ:私の名前を検索してみてください。みんな私の悪口をいっています。ひどすぎます。「侵略者」とか、「危険外来植物」だとか、「毒々しい」などといわれています。
私、そんなにひどいことしたんでしょうか。

編集部:確かにネットで検索すると「可憐な花だけど駆除して!」などと書かれていますね。何がそこまで嫌われるのでしょうか。思い当たるものはありますか。

ナ:きっと私の持つアレロパシーのせいだと思います。

編集部:は?アレロパシー?超能力の一種ですか。


(アレロパシーとは何なのか。その正体は。次号へつづく、と思う。たぶん)


(優しさが伝わってきます。ミヤコワスレ)

会津には不思議な魅力があります。「津」は一言でいえば、集まる場です。その名称には歴史に由来したきちんとしたいわれがあるのでしょうけど、会津とは、人が出会い、集まる場といってもいいかもしれません。

同じ県内でありながら、異なる雰囲気、匂い、気風、風土を感じさせる会津。気候や地理が大きな影響を与えていることは間違いありません。

と同時に、そこに住む人々が意図して築いてきた、あるいは無意識に作り上げてきたものが集積して、今を形作っているのでしょう。


(磐梯山)

ところで、作家・外務省元主任分析官の佐藤優氏によると、ロシアの人々は自国の大統領を批判することは珍しくないそうです。

しかしながら、その自国の大統領を批判する人に対して外国人(たとえば日本人)がロシア大統領を批判することは許さないという。

会津の人々から叱られそうですけど、会津に対して私は似たような気質を感じざるを得ません。

そして、そこまで強く我が郷土を思う会津の人々をうらやましく思います。

なぜか強く惹きつけられる会津の人々。これからも末永くお付き合いください。


(永崎海岸のへそ石)

防潮堤の復旧工事の最中に10年ぶりに見つかったというへそ石。元の場所から移動すると災厄に見舞われるという。

へそといえば、子どものころ、よく母がへその緒を見せてくれました。

桐の箱に脱脂綿に包まれていました。キヨスクで売られている乾燥した梅干しに似ていました。

「これであなたとお母さんがつながっていたのよ」

ミイラのようなへその緒が気味が悪く、私は嫌いでした。

でも、いまなら、母の気持ちがわかるような気がします。

「つながっている」ということ。それを人は確認したいのです。

ところで、支援物資というものについて改めて考えています。

支援したい人はもちろん善意で支援物資を送ります。大事なことは、必要としている人に必要なものが届くことです。

5年前の東日本大震災。オムツが不足しているという情報が流れたのでしょう。

オムツがたくさん送られてきました。大人用も赤ちゃん用も。

大人用オムツに男と女の違いがあり、尿だけ用のものなど多種多様なものがあることを知りました。

また、赤ちゃんのオムツも年齢に応じて様々なものがあります。

たったオムツ一つとってもじつに多くの種類があり、仕分けされないまま、あっという間に山積みされていきます。

善意の支援物資はどのようなものがどのくらい来るかのかわからない。「発注」というシステムなしでモノが届けられる。

いわば福袋状態でどんどんモノが集まってきます。

災害時の支援物資は流通のプロが不可欠だと強く感じました。

人々のニーズというのは、災害時においても幅広い。災害時だからこそ一人ひとりの被災状況によって、いっそう多種多様となるともいえます。

次第に私は思うようになりました。

日常生活の物資はやはり流通のプロであるスーパーマーケット(流通業者)に任せる。仮設店舗でもいいし、移動販売でもいい、流通の機能を回復させることが最良なのではないか、と。

一定期間、被災者はその物資を無料で買えるようにし、スーパー側には追って義援金を充てる。

あるいは、速やかに義援金を被災者に支給し、スーパーで購入できるようにすることも一案でしょう。

モノでの直接支援は初期を除き、中長期的には、その仕分けと配布の困難さから、物資が滞留してしまいがちです。

また、一定の物資が大量かつ長期に流入すると被災地の小売業に不振をもたらすという影響も出てきます。

その意味で災害時においては、お金こそ支援の中心に据えられるべきと私は思います。

初期の緊急支援以後は、支援物資の供給についてはプロの流通業者に委ねる。もちろん、流通業者が機能できるよう行政が全力で後方支援する。

そういったことこそが被災者にとって助けとなるのではないかと私は考えるようになりました。

人々の善意がきちんとつながること。そのことについて、もう少し深掘りして考えていきたいと思います。

最後にもう一つ。

善意の物資というものは、余剰が生じた場合において、善意なるがゆえに容易に処分できないという受け手にとって新たな課題をも被災地にもたらします。


Calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

Archive

Recommend

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM