(猪苗代湖上空を飛行)

練習をするということ。最近、まったくと言ってよいほどやっていません。もうほとんどすべて“出たとこ勝負”。そのような己の姿勢を省みる機会がありました。

「星々のつぶやき」の愛読者のFさんのお誘いを受けました。経営コンサルタントの社長さんを務めています。事務所内は書籍や資料が整然と並べられています。お人柄が見て取れます。

忍びの術の屋敷のようにその部屋はありました。まるで隠し部屋のよう。本格的な航空シミュレーターが奥の院に鎮座していました。

Fさんから離陸時のチェックリストを読み上げるよう指示されました。英語のチェックリストを読み上げると、Fさんが復唱。確認の動作やスイッチ類を入れていきます。

Parking Brake
Throttle
Engine Instruments

なんだか副操縦士になったような気分です。いよいよエンジンスタートです。

「エンジンをスタートする前は周りに誰もいないか、窓を開けて大きな声で『クリアー』と叫び、確認をします。プロペラが回りますから」

エンジンが始動。滑走を始めると、エンジン音がうなりだします。機内で味わう飛行機の音そのものです。エンジンの回転に応じて音が変化。振動まで伝わってくる気配がします。映像もまたリアルです。

猪苗代湖上空で操縦を交代させてもらいました。簡単そうで難しい。

航空機に関する書籍は好きで、現役パイロットが著したものから航空機事故を扱ったノンフィクションなど様々なものに触れてきました。

知識で分かっていることと、実際にシミュレーターとは言え操縦桿を握るのとはずいぶんと違うものだと思いました。

初めての今回のシミュレーター体験で飛行機とは慣性で動くものなのだ。方向舵の変化がすぐに伝わらないのです。一方で、方向舵の変化が余韻と言うのでしょうか、しばらく継続することも知りました。

Fさん曰く「◯◯を扱うように優しく操縦することが大切です」

ご経験に裏打ちされた、わかりやすい説明に得心しました。右に左に方向を変えるのがじつに難しい。加えて、真っすぐに飛ぶこともこれまた意外に容易ではないのです。

「このシミュレーターは実機での訓練にやはり役に立ちましたか」

「もちろんです。免許取得の際、このシミュレーターのおかげで実機での飛行時間を短縮することができました」

様々な事態を想定して練習を積むこと。練習なくして実地での成功はあり得ない。改めて実感しました。

最後は伊丹空港に向かいました。文字通り手取り足取りの的確なF教官のご指導により墜落も着陸復行もなく無事に着陸できました。

というわけで、我が人生、いまだ滑走路上で右往左往している始末。無事に離陸できる日はいつなのか。大型旅客機の操縦もセスナ機の免許所得から始まるという。何事も一足飛びはないのです。

練習と言えば思い出します。20年近く前のことです。会議開催の通知文の宛名を間違えて書いてしまったことを。会議当日にお叱りを受けました。

「おれの名前は練習の練ではなく、鍛錬の錬だ。糸と金とは違うんだ」

まだまだ鍛錬が足りません。どなたか“人生シミュレーター”をお借りできないでしょうか。


(伊丹上空から日本列島が見えました。昆陽池公園です)

「当機は着陸態勢に入りました。シートベルトをしっかりとお締めください」。そのアナウンスのあとのことです。

左眼の後ろから額にかけて激烈な痛みが走りました。どんどん強くなってきます。これまでに経験したことのない頭痛です。

死の恐怖を感じ始めました。くも膜下出血かもしれない。あるいは脳梗塞か。

意識は清明かどうか、自問自答します。意識の混濁なし。いま思えばそんな自問自答できること自体問題のないことの証し。でも、そのときはそんな余裕さえなかったのです。

次に私は右手をグーパーして開いたり閉じたりしました。左脳に問題があれば右手に影響が出るはずだからです。

グーパーはできる、と思いつつ、仕事でよく見る障害認定の医師の意見書(診断書)がよぎりました。後遺症が残るかもしれない。悲観主義の私は悪い方悪い方にと考えてしまいます。


(どうしてこんな巨体が飛ぶのだろう)

段々痛みがひどくなっていく中で、スマホを手に取り「飛行機 ひたい 痛み」と検索サイトで調べてみました。ちなみにANAは本年4月からWiFiサービスがフリーになりました。

ありました。

「飛行機頭痛」

脳神経外科クリニックのブログがヒット。ドクターが体験談を寄せています。

「機内でウトウトしていたのですが、飛行機が下降し始め着陸体勢に入った時、突然左眼の奥からおでこにかけて激しい痛みが出現しました。痛みは激烈で、医者である私も一瞬何が起きたのか分からない状況でした」(八重洲クリニック脳神経外科)

私の症状とまったく同じだ。

現在は飛行機頭痛として知られ、「飛行機に搭乗している時にのみ起こる頭痛で、突き刺すような、又は殴られたような激しい痛みが、突然、片側の眼の奥から前頭部に出現」(同)と記載されていました。

正確な原因はわかっていないものの、副鼻腔と気圧が関係しているのではないかとのことです。

一時は乗務員を呼ぼうかと真剣に考えた私。大騒ぎせずよかったと胸をなでおろしました。

というわけで、伊丹に着いて痛みは消えました。そうです。それを言いたかったのです。


(久しぶりのコーヒー&タルト コネッション。ロダンから車で2分)

30数年来通う理髪店「ロダン」。ヘアーショップ・ロダンと称することも、またヘアーサロン・ロダン、あるいはヘアークリエイティブ・ロダンとも言う。

いずれにしろ高校生のときから「ロダン」に通っています。

30数年にわたって整髪してくれていたマスターが昨年夏に亡くなりました。

私は頭とともに心もお世話になっていました。愉快なこと、ときに苦しいことなど、いつも私の話に耳を傾けてくれていました。

店に来るたびに、もうマスターはいないのだ、と言い聞かせています。

東京で修業していたご子息が店を継ぐことになりました。昨夏以来マスターの奥様に髪を切ってもらっていた私。きょう初めて店長であるご子息が私の髪を切ります。

「◯◯◯さんの後頭部は左側が出ていて、右側がぺたんってなってるでしょ。触ってみて」と奥様。

「失礼します。おっ、ほんとだ。こりゃ難しいね」

奥様と店長が私の後頭部を交互に撫でます。

「でね、後頭部の真ん中辺りが出っ張ってるから、ここを気をつけないとだめ」


(コネッションの入口)

「そうなんです。変に出っ張ってるでしょ。うちの二男も後頭部の真ん中が私以上に出っ張っていて、心配になって、何か入ってるんじゃないかと思って、MRIかけたんですよ」と私が割り込みます。

二男も私も後頭部が溶岩ドームのように隆起しています。

「で、どうだったんですか」

「何でもなかったんです」

「よかったですね〜。でね、店長、この耳元ね、生え際が耳のすぐそばまで来ているので、ここを切ってあげると、日にちが経っても耳に髪がかからないようになるのよ」

お母様は指導に余念がありません。お母様監修の下、火星の衛星「フォボス」のようにいびつな私の頭を見事に整えていく店長。

そして、ついに店長によって私の髪が仕上がりました。いい感じです。

というわけで、変な頭を自分でも撫でてみました。これは相当におかしな頭蓋骨だと思いつつ、午後のまったりとした時間をカフェで過ごしました。


(セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ いわきLATOV店にて)

からつづく)

)で完結できませんでした。こういうのを浅慮と言います。もとより浅い人間ゆえ、ご了承ください。さて、「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」の報告の最終回は図書館長の講演です。

駅前に昨年11月下旬にオープンした土浦市立図書館。

館長の入沢弘子さんはかつて博報堂で企業広報を担当。その後、つくば市が公募したプロモーションマネージャーに就くといった異色の経歴の持ち主です。

図書館の広報戦略について語ってくれました。図書館を通じて街のにぎわいをどう創出するか。入沢館長の念頭にあるのはこの一点のようです。

「リピーターを大切にする」

「新規利用者を掘り起こす」

「本好きの人を満足させる」

このように誘客につながる広報戦略を入沢館長は考えているという。ときに全方位的に広報し、またあるときは対象者を絞って周知する。

顧客の階層を意識した広報戦略、言い換えれば、ターゲットの設定です。なお、「戦略」とは、何を略するかであり、何をしないか、つまり捨象する対象を決めるということ。

階層と言えば、当ブログの読者の階層をめぐる考察を「大切なF1層」と題して論じています。腹痛ものばかり取り上げるとF1層が離れるという話です。

ちなみにF1層とは20歳から34歳までの女性の意。広告業界のマーケティング用語の一つです。

閑話休題。土浦市立図書館の入居するアルカス土浦の地上階にはイベント広場があります。

先に述べた「リピーター」「新規利用者」「本好きの人」を意識しての角度を付けたイベントを開催。その入込客数と図書館利用者数を把握し、連動性を統計分析。

さらに、土浦市立図書館が新聞記事として取り上げられた回数、つまり、露出度とその見出しの取り上げられ方を肯定的・否定的(懸念)かを分析し、次の広報戦略にフィードバック。

さすがだ、と思いました。

ともすると行政はハコモノは作って終わりのきらいがあります。どう生かすか、どう生かし続けるかの視点に立っての広報戦略は目から鱗でした。

というわけで、土浦はかつて交通の要衝にあり、にぎわいがありました。しかし、隣接のつくば市やかすみがうら市などのひらがな市との競争の中で優位性が沈下。

土浦はいま生き残りをかけ、熱気のある人々によって戦いが始められた。そう、私は感じました。

土浦礫層という堅固な土台がある土浦です。必ずや蘇るものと確信します。

(この稿おわり)


(桜は散るから美しい)

よりつづく)

「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」の第2部は講演会です。図書館長とNPO法人まちづくり活性化土浦事務局長のお話。講演の前段に土浦市職員の方から興味深い話を聞きました。

「土浦の中心市街地に高層ビルが多いと思いませんか。なぜ土浦が都市となったのか。その理由は地層にあります」

確かに駅周辺に高層建築物が多い。私もいぶかしく感じていました。レンコンの栽培に適した土地柄なはず。地盤は大丈夫なのだろうか、と。

土浦礫層(れきそう)という耳慣れない言葉について語り始めました。

桜川市に源を発し、JR土浦駅近くで霞ヶ浦にそそぐ一級河川の桜川。なお、土浦市内は8本の一級河川が流れる。

3万年前、先史時代の氷期の土浦には、流量の多い川が流れていた。現在の桜川の低地を流れていたその川はかつての鬼怒川であったという。これを古鬼怒川と称する。

この古鬼怒川沿いの地中は安山岩の礫層となっている。安山岩は火山岩である。

近くにある筑波山は形状から火山のように見えるが、火山ではない。深成岩(花崗岩)が風雨で削られた山である。

土浦の地中に礫層となっている安山岩の由来は日光連山のそれであるという。

3万年前、川の水量が多く、激しい時期に日光から100km以上旅してきた石が砂礫となって蓄積し、礫層となり、土浦の地盤を堅固なものとしている。

古鬼怒川は霞ヶ浦の湖心にまで及んでいる。湖底をボーリングすると同じ礫層を確認することができるという。

日光連山の安山岩と土浦の礫層の一致は炭素年代測定によっても明らかになっているとのこと。

私は不思議な感慨にとらわれました。レンコンのイメージしかなかった土浦です。私の中で化学変化が起き始めました。

地理、歴史、文化の多面から土浦は面白い。沼地だと思っていた土浦の地底は日光の石で固められているというのです。

川について付言すれば、茨城の人々にとっては当たり前の徳川家康による利根川改修、つまり東遷(とうせん)の歴史。しかし、県境を越えた福島人にとってはなじみがありません。

家康は江戸入府とともに東京湾に注いでいた当時の利根川を流れ(瀬)を東へ変更します。家康亡き後もその改修は続けられ、現在のように銚子沖に流れるようになりました。

というわけで、「土浦礫層」は私の脳髄に刺激を与えました。次に登壇する図書館長の話もまたなるほど、と膝を打つ視点がありました。(続)で簡潔に触れたいと思います。

へつづく)


(夜の土浦駅)

)からつづく

生まれて初めて土浦駅を降り立つ私。レンコン一色の色眼鏡でまちを歩き始めました。「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」のスタートです。

まず、昨年11月に駅前の再開発ビルとして整備された複合施設「アルカス土浦」を見学。4階建てでメインは図書館(2〜4階)で、そのほか銀行や交番、学習塾などが入居。

図書館は56万冊を所蔵可能で茨城県内最大規模。閲覧席は約650席。施設の素晴らしさもさることながら、何よりも新図書館の初代館長の入沢弘子さんが面白い。

博報堂で働いていたという入沢館長の視点、戦略に膝を打ちました。やっぱり人だよな、と思いました。ハードをどう生かすか、結局のところ人なのです。

アルカス土浦とつながっている駅の商業ビル「プレイアトレ土浦」。日本最大級の体験型サイクリングリゾートであるという。


(プレイアトレ1階のバイクショップ)

アトレは、JR東日本グループが展開している駅ビル。その新しい業態が先月末にオープンしたこのプレイアトレです。

物販依存からの脱却を図り、体験の提供、コトの発信を目指すプレイアトレ。なるほど、これまでの駅ビルにない躍動感の予感を感じました。

プレイアトレは、サイクリングコース「つくば霞ケ浦りんりんロード」(全長180km)のスタート地点にもなっています。シャワールームやコインロッカー、レンタサイクル、サイクルショップ、カフェなどがあり、まさにサイクリングのベース(基地)です。

駅ビルの中に直接、自転車で乗り入れできるところに意外性を感じました。2019年秋以降のグランドオープンに向けて、サイクリングホテルやレストラン、フードマーケットなどもオープン予定となっています。

土浦がこれほど自転車に力を入れているとは思ってもみませんでした。競輪場を持つ我がいわき市も負けていられない。そう思いました。

プレイアトレの真向かいには土浦市役所があります。ペデストリアンデッキで直結。かつてのイトーヨーカドー土浦店であった建物に2015年に市役所が移転したものです。セブン&iの直方体の看板が「土浦市役所」に変わっていました。

駅前には地元の乗合バスに加えて、NPO法人が運営する「まちづくり活性化バスキララちゃん」のバス乗り場があります。全国に数多くのコミュニティバスがありますが、NPO法人の運営は珍しい。 これほどまでに駅前に力を入れる理由は何か。危機感からなのか。手に垢の付いた感のある言葉「中心市街地の活性化」なのでしょうか。


(モール505)

「まちづくり活性化バスキララちゃん」に乗り、土浦城址(亀城公園)をめぐり、亀城の名称の由来を聞き、旧水戸街道沿いの「土浦まちかど蔵」を歩き、最後に「モール505」にたどり着きました。

正式には「川口ショッピングセンターモール505」と称する商店街。全長505m、3階建ての商店街です。 高架道路のカーブに沿って5棟の低層ビルが連結。一風変わった趣を持っています。

しかし、そこには「活」という文字の対極にある世界が広がっていました。静であり、錆であり、虚です。痛々しさのあまり、見てはいけないものを見てしまったような気がしました。

かつては相当に賑わい、市外からも観光客が訪れ、憧れの場所でもあったという。

JR内郷駅近くにあった内郷ショッピングセンター。その取り壊し前の店内に漂っていた、同じにおいがここモール505にもありました。

何か蘇生術はないのか。そう思いながら、第2部の講演会に参加。そこには熱い人たちが待っていました。

(つづく)


(夏井千本桜)

ひとりで露天風呂に浸かっていると、60代後半の方が湯船に入ってきました。

「あ〜っ」と大きな声を上げました。ひらがなでは表現できない音声です。

濁点を付した「あ」の音がフェルマータで伸びつつ、徐々に息の音に近づき、hと曖昧母音の組み合わさった音で終わる。肺胞の空気をすべて吐き出すかのような音です。

あさ目が覚めて伸びをするときの音声にも似ています。

以前よりこの「あ〜っ」を因数分解したいと思っていました。慨嘆でもない、苦悩でもない、もちろん喘ぎでもない。この「あ〜っ」は、いったい何なのか。

まずもってこの「あ〜っ」の主たる生成要因は温度なのだろうと思います。

冷たいプールでは発生し得ない。サウナの冷水風呂でも起きないでしょう。冷水風呂であえて発するとすれば、1オクターブ上がった「うぉ〜」や「ひぃ〜っ」等の忍耐的声音(こわね)となります。

では、熱い湯に浸かるとなぜ思わず「あ〜っ」を吐き出すのでしょうか。

それは、熱い湯がもたらす一瞬の辛さとその後に訪れる温められることによる快感。浮力の発生による身体の心地よさ。これらが混然一体となって脳髄を刺激するのでしょう。

さらに、仕事や家庭などの日常生活という鎧(よろい)を脱ぎ去り、文字通り裸となって湯に身をゆだねる。その解放感もあるでしょう。

人との会話、電話、メール等々の外界からの情報が遮断され、入力される刺激は五感を通した湯のぬくもりと温泉の香り、そしてせせらぎの音だけ。

したがって、総合すれば、露天風呂に浸かったときに発する「あ〜っ」とは、熱さによる辛さとぬくもりの快感と俗世間からの解放感の混合による雄叫びであると訴えたい。此岸(しがん)から彼岸へ渡る瞬間の「嗚呼」なのだ。

と、思索にふけっていると、部屋備え付けの袋から取り出したままの濡れていないタオルをヘリの石に置いて、今まさに湯船に入らんとするおじさんが出現。

たぶんおしりを洗っていないだろう、このおじさん。

あ〜っ!


(早朝のドトール。日経新聞をマーキングしながら読む女性にまた出会う)

タイ料理教室に参加しました。いわきの小さなタイ料理教室「herb.」。ご自宅の2階が素敵なキッチンになっています。

公民館での料理教室のように参加者が講師の話を聞きながら作るというのではなく、先生のデモを見て学ぶスタイルです。

ゲーン・キャオワン(グリーンカレー)、ラープ(煎り米とひき肉のサラダ)、カイルーク・クイ(義理の息子のたまご)を作ります。

いずれも30年前のタイ留学中によく食べたものです。馴染みの料理ばかり。


(ゲーン・キャオワン)

ゲーン・キャオワンの「ゲーン」は汁物を意味し、「キャオ(キーアゥ)」とは緑色、「ワン(ワーン)」は甘いという意味です。したがって、緑色の甘い汁風のカレーということになります。

「herb.」ではペーストから作ります。私自身グリーンカレーはたびたび作ってきました。が、市販のペーストを使っていました。

材料は、緑のプリッキーヌ(タイの小粒の激辛唐辛子)、緑の甘長唐辛子、タクライ(レモングラス)、カー(タイの生姜)、にんにく、パクチー(根っこも全部)、コリアンダーシード、クミンシード、塩、白粒胡椒、カピ(タイの蝦醤)。


(タイの石臼「クロック」)

ペーストの作り方は、コリアンダーシードとクミンシードは前煎りしてクロックでパウダー状にする。そして、すべての材料をフードプロセッサーにかけ、ペースト状にして出来上がり。

このとき初めて何故にグリーンカレーは緑色なのかを知る(汁)に至りました。

唐辛子とパクチーの緑色だったのです。まったくもって考えたこともありませんでした。なぜゲーン・キャオワンが緑色なのか。

私は疑問に思わずに今日までのうのうと生きてきたことに心なしか恥ずかしさをも感じました。

手作りペーストのグリーンカレーはハーブの香りがフレッシュで美味しが際立っていました。本物を体験することの大切さを実感しました。


(カイルーク・クイ)

今回、ラープ(煎り米とひき肉のサラダ)においても煎ったもち米のパウダーが入っていることやひき肉を炒める際に油を引かず水を使うことも知りました。

そういうことだったのか、なるほどと思うことばかりでした。カイルーク・クイ(義理の息子のたまご)の意味も知ることができました。

私は思うのです。

齢(よわい)を重ねても素朴な疑問を持つことは大切であり、むしろ「当たり前」と思っていることに「そもそもどうなのだ」と感じる感性こそ中年以降のQOL(生活の質)の必須要件なのではないか。

というわけで、課題図書として佐藤明男著『なぜグリーン車にはハゲが多いのか』(幻冬社新書)を注文するかどうか迷っています。そもそも、なぜグリーン車と称するのでしょう。


(パシフィコ横浜。こちらが表側なのか裏側なのか)

私自身が期待値を上げすぎたのだろうと思います。300kmを走破してたどり着いたカフェでの出来事です。

元はと言えば、職場の売店で見つけたプリンでした。ガラス張りの冷蔵庫の最下段に1個だけあったプリン。プリン好きの私をそそる、ある甘味料が使われていました。

ネットで検索するとある地域の山林で採れたものだという。その甘味料の商品化にはその地域のカフェが関わっていることを知りました。

行こう。行ってみよう。高速道路を使ってでも行ってみたいカフェ探訪の始動です。

想像していたよりも遠く、山奥でした。標高も高いのでしょう。耳奥が詰まった感じなりました。

目指すカフェに到着。店内は若いカップルや子連れのお母さん方でにぎわっています。

木材をふんだんに使った造りです。自然な雰囲気が落ち着きを醸し出しています。

目的のスイーツをいただいたあと、レジの可愛らしい店員さんに尋ねました。

「オーナーの方にご挨拶したいのですが」

「少々お待ちください。呼んでまいります」

しばらくすると40歳前後の女性のオーナーがやってきました。

「職場で見つけたプリンに誘われて福島からここまで来ました。とっても美味しかったです」

「あ、そうなんですね」

オーナーの素敵なブログも読み込み、期待値をマックスにして臨んだ私。感謝や喜びの言葉を期待していた私。

「そうなんですね」--- 胸の中でフェルマータが付され、低く響いていました。

そ、そうなんだよ。そういうことなんだ。勝手に舞い上がっていた私が悪かったのだ。所詮、そういうことなんだ。求めてはいけないのだ。

30年前の若き日に味わった苦みにも似た感覚になりました。

あんなに美味しかったスイーツも味気なくなりました。もう二度と来ることはないだろう、山奥のカフェを後にしました。

週明けの職場、お昼の鐘が鳴ってすぐのこと。入口付近で入ろうか入るまいか、ためらいがちのご婦人がいました。

「手話通訳の講座を申し込みたくて...」

「あ、そうなんですね。どうぞ、どうぞ、担当者を呼びますのでおかけください」

担当者に引き継ぎし、私は手洗いに向かいました。

あっ、しまった。感謝の言葉を添えるのを忘れていた。しかも、「そうなんですね」と言ってしまった。

というわけで、人生、詰まるところは、そうなんですね。


(サザコーヒー 水戸芸術館店)

7年目の節目の日に国家試験「知的財産管理技能検定3級試験」を受検(検定のため「受検」と言います)。会場は水戸です。

会場までの交通手段。車で行くか、鉄路を乗り継ぎ水戸駅より徒歩で向かうか。

車の場合。自宅から会場まで高速を使って100km、1時間半。ガソリン代は往復約2300円。高速料金往復3720円(ETC休日割引)。

一方、鉄路の場合。小川郷駅からいわき駅経由で水戸駅まで104km、2時間弱。水戸駅より徒歩で1.5km、15分。往復普通運賃3326円(小川郷駅・いわき駅は定期券所持のため除く)。


(いつの日か童謡「チューリップ」を弾きたい。水戸芸術館にて)

メリット・デメリットについて考えます。環境変数を入れて比較考量する脳作業です。

まず簡便さ。やはり車でしょう。自宅の玄関先から乗れるのですから。

費用はどうか。意外にも車の方がかかります。交通費だけで鉄路の倍近くの費用です。加えて駐車場も有料となります。

交通障害も考えなければなりません。

常磐線は風の影響や架線のトラブルでよく遅延します。首都圏の人身事故の影響を受けることもあります。


(水戸芸術館外観)

一方、この時期、常磐道は雪の影響を受けることはまずありません。万が一、交通事故で通行止めになったとしても余裕をもって出発していれば一般道でたどり着けます。

次に腹痛という名の存立危機事態になった場合の対応はどうでしょう。

鉄路は電車にトイレが備え付けられています。紙不足への対応さえきちんとしておけば心配無用です。

高速道路は15kmから20kmおきにパーキングエリア等があります。10数分も走れば間に合う。とはいえ、過去にこのわずかな時間に深刻な危機に見舞われたことがあるので油断大敵ではあります。

どうにも間に合う見込みがないときは路側帯に反射板を立て、露営方式の選択もやむを得ないと覚悟しています。


(「ご褒美」というまじないを唱えると罪悪感なく食べられます。サザコーヒー 水戸芸術館店)

というわけで、車中、試験勉強ができること、いくばくかの旅情を味わえること、費用が安いことなどにより、鉄路で向かうことに決定しました。

7年前の3月、夏井川のハクチョウたちを見て杜甫の「春望」を思いました。人は苦しみの淵にいるのにハクチョウはそれを知らずに水面を泳ぐ。

國破れて 山河在り
城春にして 草木深し
時に感じて 花にも涙を濺ぎ
別れを恨んで 鳥にも心を驚かす
(抜粋)

今ここに己があることに感謝です。今日のお受検の結果は桜が散ったころに判明。見事に咲かすのか、はたまた散るのか。


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