(健やかに成長しています)

出勤時、知り合いの同僚といっしょになりました。職場の前の交差点での会話です。

「Sさん、東京で楽しんでいるようですよ」と私。

「楽しいでしょうね」

「やっぱり、みぼうじんカレーですよ」

「みぼうじんカレー、気になってしょうがないんです」

東京事務所の入居する「ニュー新橋ビル」という古いビルに「みぼうじんカレー」という気になる名前のカレー店があります。

何故に店名に「みぼうじん」を称するのか。しかも、カレーを修飾する言葉として使われていることに俄然興味がそそられます。

同僚曰く、「みぼうじんカレーは身体にいいんです。風邪を引いたとき食べると一発で治ります」。

「やっぱりスパイスがいいんでしょうね」

恐るべしみぼうじんカレー。早く食べたいみぼうじんカレー。

新橋駅西口を降りてすぐのニュー新橋ビル3階「みぼうじんカレー」。

「健康とおいしさにこだわった、とっておきのカレーをご提供。淡路島のタマネギ、長野県のエノキ、など選りすぐりの野菜も産地直送で。月〜土まで、明るく元気に営業しております」(みぼうじんカレーホームページより)

urlも次の通りみぼうじんカレーです。http://miboujin-curry.com/

野菜炒めカレー850円
チキン野菜炒めカレー950円
ビーフ野菜炒めカレー1,000円
スペシャル野菜炒めカレー2,000円(ビーフ、チキン、大盛り野菜炒め、ごはん500g、R-1ラッシー、岩戸の塩付)
小さな野菜炒めカレー650円
小さなチキン野菜炒めカレー700円
小さなビーフ野菜炒めカレー750円

夜だけメニュー(17:00-22:00)

旨辛たたき胡瓜380円
秘密の串焼きチキン580円
生キャベッジの特製辛味マヨディップ480円
ポテトの辛味マヨ焼き580円
カレーとチーズの湯豆腐580円
みぼうじんカレー焼きそば980円
北海道産枝豆380円
(全て税込価格)

みぼうじんを目当てに近日参上予定。


(酒縁てる)

元の職場の仲間と懇親の一席。お店はかねてから行きたいと思っていた「酒縁てる」。

JR常磐線泉駅を降りてすぐの場所です。本年5月にオープンしました。

いわき駅で乗車し泉駅で降車。地元で電車を使って飲みに行くのは新鮮な感覚です。

席はカウンターのみ。ご夫婦で切り盛りしている素敵なお店です。

お通しはポテトサラダと鯨カツ(たぶん)。そのあと出されたのは、もずくの天ぷらでした。

外側はほどよくカリッと揚がり、中身はあくまでもほくほくとしている。どんどん口に入れてしまいます。塩で食べるのもよし、大根おろしを入れた天つゆでもよし。

もずくの天ぷらは揚げるのが意外に難しい。

私自身何度か試しているものの、納得のいく仕上がりになりません。大将の知人はもずくを揚げている最中に爆発させてしまったそうです。

大将曰く。このところの台風の影響で海がしけているため、水揚げが少ない。納得のいく魚を求めて、わざわざ市内の港を歩いて“常磐もの”を探したのだという。

「お店の名前の文字がいいですね。どなたかに書いてもらったのですか」

「地元の書家に書いてもらったんです」

「やわらかくていい字ですね」

「気に入っています。じつは200枚ほど書いてもらって、そこから消去法でこの字を選んだのです」

「200枚とはすごいですね。プロはやっぱりすごいですね」

次にお造りが出されました。

“常磐もの”のイシモチの刺身を初めて食べました。いままで塩焼きででしか食べたことのなかったイシモチ。刺身もまた美味しい。

「さっきの200枚の話で思い出したんですけど、以前、日経新聞の記者さんにこんなことを聞いたんです」と私が大将に話し始めました。

「取材のためこちらに記者さんが来たときです。カメラマンも随行して来ました。記者とカメラマンの2人体制ですけど、記者が撮影することはないんですか、と」

「あるのはあるけど、基本的には写真はカメラマンが撮る、というんです。で、カメラマンと記者が写す写真は何が違うんですか、って聞いたんです」


「答えは、枚数です、と。1枚の写真のために、数百枚撮るのだそうです」

次に出てきたのは鯛(花鯛でしょうか)の奉書焼き。

厚みのある昆布で身を包み、さらに奉書で包む。それをこんなにと思うほどの大量の塩の中に埋めて蒸し焼きにしたものです。

昆布と鯛の旨味が淡い塩味によって引き出されています。嗚呼、熱々の白いご飯がほしい。

炭水化物チストを自認する私は、本当に美味しい肴が出てくると白いご飯で食べたくなるのです。

時計を見ると下り列車の時間です。楽しい時間は過ぎるのが早い。またお邪魔したいと思います。

ちなみに「酒縁てる」の向かいには私の心の中のプリンランキング1位の関根菓子店があります。


(野らぼうは小さなビニールハウス)

いわき市添野町の田んぼの中にある小さなビニールハウス。これが「野らぼう」です。米粉の焼き菓子とプリンが人気です。

前回は初訪問するもお休みでした。

お目当はプリンです。私はプリンが好物。プリンが美味しいと聞けば、店を探索し買いに出向きます。

心の中に市内のプリンランキングができています。トップの座は動かないままで今日まできました。

トップはJR常磐線泉駅前の関根菓子店の半熟プリン。何個でも食べたい。そんな誘惑に駆られる逸品です。

しかし、野らぼうのカスタードプリンを食べた始めた途端、トップの座が揺らぎ始めました。久しぶりにいいプリンに出逢えた。そう思いました。


(自然の食材で手作り)

「このプリン、美味しいですね。ほんとに美味しいです」

「ありがとうございます。安心して食べられるプリンをということで娘が作っているんです」

「お母さんはお店の番をしているんですか」

「はい。向こう(の家)で娘がいま作っています。召し上がっていただいているのはカスタードプリンなんですけど、チーズプリンも濃厚で美味しいんですよ」

「いやあ、このカスタードプリン、十分に濃厚で美味しいです」

小さなビニールハウスの中でお茶をいただきながら、お母さんと談笑。


(見過ごしてしまいそうな野らぼう)

「私はじつはこっちの地域の生まれなんです。小学校はこの向こうの植田小です」

「あら、そうなのげ。私は生まれは◯◯◯なんですよ」

「あ、あのオリーブ畑のある、あそこですか」

「そう、そう。オリーブ畑やってるKさんは親戚なんです」

「あら、私、Kさんに仕事でお世話になってるんです。不思議なご縁ですね。また、来ますね。ご馳走さまでした」

というわけで、視野の片隅に捉えていた米粉シフォンケーキ(900円)を気にしつつ、野らぼうを辞去したのでした。


(とんかつにはマカロニサラダが似合う)

半ば依存症と化しています。野菜スパゲティーサラダです。飽きるほど食べたいと思うときもあります。

庶民系サラダについて私の胃袋では序列が決まっています。野菜スパゲティーサラダがナンバーワンであり、次にマカロニサラダ、そしてポテトサラダときます。

ポテトサラダは、間違いなくおふくろの味ではあります。美味しいことは美味しい。

しかし、それゆえにどこか垢抜けしていない。山のようにラーメンどんぶりに盛られた思い出のせいなのか。

あるいは、つぶしたポテトの中に潜む玉ねぎの繊維が醸し出す、あのしゃりっとした“がっかり感”のせいなのかもしれません。

歯間に繊維が挟まれば、なおのことです。つい舌打ちしたくなります。

そんな地位にポテトサラダは置かれています。

それにひきかえ、マカロニサラダは一段高い。弁当の控え目な脇役として添えられるとき、その出世の本懐を遂げているように見えます。

八王子市の大衆系老舗とんかつ店「みのや」のとんかつ定食に添えられているマカロニサラダ。これは絶品です。しかし、どんなに絶品でも所詮は、脇役は脇役に過ぎません。

あの半端な長さのマカロニのせいで口中一杯の頬張り感が味わえないのです。どうしても一本一本箸でつまみ、口に運ぶ。一遍に大量捕獲しようとしてもせいぜい数本が限界です。

そこで最後に登場するのが野菜スパゲティーサラダです。

くちびるにまとわりつくマヨネーズのねっとり感。つまみ食いのマカロニでは達し得ない食感です。

長麺のパスタにまとわりつくシャキッとしたレタス、キュウリやニンジン、コーンの絶妙なハーモニー。

非連続性のマカロニでは成し得ないところにスパゲティーサラダとマカロニサラダとの懸隔(けんかく)があると言っても過言ではありません。

これらの特質によって、野菜スパゲティーサラダはそれ自体において主役にも抜擢(ばってき)され得る可能性を秘めています。

したがって、野菜スパゲティーサラダはかつて学校給食でフォーク型おたまによってメインディッシュとして搔き出された歴史があるのです。

というわけで、きょうもヨークベニマル好間店で野菜スパゲティーサラダを買ってしまいました。


(蛙の目で用水路を覗いてみました)

どうしても納豆が食べたい。そんな思いを手紙に書いて送ったところ、タイ・バンコクに滞在中の私に友人が日本から納豆を持ってきてくれました。

仮に成田空港で買ったとしてもすでに6時間以上は経っています。もちろん保冷剤もなにもなく素のままでのお土産でした。

ふたを開けると豆がぬらぬらと怪しげに光り、生気を失っているのを感じました。超発酵というのでしょうか、とにかくにおいました。

いまから30年前、学生時代の話です。もちろん食べました。

当時、とにかく納豆が好きで、「納豆讃歌」なる長編詩を作りました。限られた友人だけではありましたが、アランフェス協奏曲に乗せて朗読も披露しました。

「おお!納豆。虐げられし汝の悲哀の歴史.../箸を入れ、おもむろにかき混ぜる。眠りから覚醒へ、そして躍動に変わる」

そんな言葉で綴られていたはずです。我ながらちょっと“きていた”なと思います。若かったのでしょう。

その10年後、カナダ・モントリオール滞在中、やはり納豆がどうしても食べたくなり、寝ても覚めても納豆のことばかり考えるようになりました。禁断症状です。

モントリオール市内の韓国食材店に製造日が数か月前の納豆を発見。寮に戻り、ご飯を炊きました。

納豆のふたを開けました。冷蔵庫の中で水分が蒸発してしまったのでしょう。南極越冬隊御用達のような干からびた豆が佇んでいました。

においがありません。鼻を近づけるとほのかにアンモニアに似た納豆臭が鼻腔の奥に感じました。

とにかく硬い。よく噛み締めると、じわじわと納豆の味が蘇ってきます。その余勢をかってご飯をかきこみました。

本年1月31日発表の総務省家計調査(対象:都道府県庁所在地及び政令指定都市)によると納豆消費量日本一を誇っていた福島市が敗れ、水戸市が奪還したとのこと。

というわけで、どうでもいいことではありますが、私は納豆をあまりかんまがしません(かき混ぜません)。

ちなみに私の居住地は福島市よりも水戸市に行く方が近い地理にあります。


(コンビニに売っていないのが至極残念)

瞬時にできるところがいい。手軽に作れてしかも美味しい。そこが気に入っています。

ほとんどの料理において私は、目分量で作り、計量スプーンなどを使いません。とにかく面倒くさがり屋です。

唯一と言っていいほどきちんと分量を量って作るのがハウスのフルーチェです。

かつて適当に牛乳を入れて固まらず、悲しい目に遭いました。

爾来、そのいい加減な姿勢を省み、いまや表面張力の側面まで綿密に見るようになりました。200ccきっちり注ぎます。

それにつけてもフルーチェの手軽さはなんなのでしょう。もっと特筆されていいと思います。日清カップヌードルがなぜこれほど売れ、愛されているのか。

それは、やはりフタを開けてお湯を注ぐだけという調理法のシンプルさにあると思います。最近の奇をてらったカップ麺は、一体全体どうしたことでしょう。

やれかやくを入れろ、やれスープをフタの上で温めておけ等々うるさいことこの上ない。スープの袋もスープ本体と油脂が3対1に分かれているようなものもある。そういった切りにくいものに出くわすと思わず血がのぼります。

閑話休題。

フルーチェは必ず自分で作ります。大事な楽しみゆえ。

かつて家人に頼んだことがあります。瞬時にできるはずなのに、なかなか出てこない。不審に思い、台所を覗くと、レトルトパックが鍋で湯煎されていました。

確かにパッケージには「フルーチェは冷やさないでね!」と記載はされていますが、温めろとは書かれていません。

ま、湯煎されたフルーチェも再冷却して使用可能だということが立証できたという意味では有意義な「実験」でした。味も固まり方もふつうでした。

基本的にフルーチェはストロベリーを買います。ハーゲンダッツアイスクリームもストロベリーです。

フルーチェとハーゲンダッツの共通点は定番商品をメインストリームに据えつつ、変化球を投げてくるところです。変化球に弱い私。今回は「蜜リンゴ味」を購入しました。

こっそり作ってひとりで全部食べれば、まさに蜜の味です。あした作ります。


(「あの時のお礼です」と言われても)

これ大好きなんです。ココナッツサブレ。止まらない、やめられない。特段に身体にいいものでもなさそうとわかってはいるんですが、止まらないんです。

舌が欲しています。いや、舌だけでありません。耳もです。

サブレを噛んだときのサクサク、カリカリという音が下顎と上顎で鳴り、頭蓋骨全体で共鳴しています。

この音が脳にサブレをリマインドさせています。またサクサクしたい。そのように脳細胞がささやくのです。刻印されているってこわい。

たくあんをかじる他人の音はなんとなく嫌でも我が身に起きるサブレ音は快感です。「サブレを食べている」と心から実感します。

こんなことで幸せを感じていいのだろうか。低燃費な幸せに我ながら自問自答しています。でも、しっかりと幸福を味わっています。

じつは奥歯もサブレを欲しています。サブレをほぼ噛み砕き、嚥下し終わったあと、奥歯にココナッツの繊維が残っています。残渣ココナッツの美味しさです。

シャリリ、シャリリとゆっくりと上下の奥歯で噛み締めます。嗚呼、幸せ。ココナッツはこの繊維が命です。

残渣と言えば、サッポロ一番塩ラーメンのどんぶりの底に残った一連の細かくなった麺や切り胡麻、刻みネギを食べるときの幸福感も得も言われぬものがあります。

もう一枚ココナッツサブレを食べます。

焼けてほどよく溶けた砂糖がサブレの表面で輝いています。私の顔もきっと輝いていることでしょう。

Since1965ココナッツサブレ讃歌、おしまい。


(澤上商店)

「隣の芝生は青い」。そう見えるのではなく、事実であることもあります。いや、多々あるといってもいいでしょう。

隣接の市ではないものの、とかく比較することの多いK市に行ってきました。私の欲するものがあるからです。

「人生の喜びの85パーセントは食べ物で得られる」とは、星々のつぶやきで生まれた格言です。

私の食べたいものがK市にはあります。まず、澤上商店。ベトナム料理店です。


(ほの暗い店内)

店内の雰囲気はまさに東南アジアのひなびた食堂。店内に入るとニョクマム(タイのナンプラー)と香辛料のにおいが脳を刺激します。

海南鶏飯(タイでいうカオマンガイ)とフォー(米粉麺)を注文。

嗚呼、においがたまらない。鼻を寄せ、吸い込み、鼻腔の奥に送り込みます。

脳髄に圧縮されていた30年前のタイ滞在中の記憶が解凍されていきます。においによってタグ付けされた過去の記憶が走馬灯のようによみがえります。


(海南鶏飯。皿の模様がパイナップル)

身震いするような快感を覚えます。

こんなお店のあるK市はいいなぁ。羨望の思いに駆られます。才覚と資金があれば自分でお店をやってみたい。

次に、ヨシダベーゴーに初入店。ベーグルのお店です。

ベーグルは、パンの一種。東欧系ユダヤ人の食べ物として知られています。基本的にバター、卵、牛乳を使用していません。


(素敵なお店 ヨシダベーゴー)

こねた生地をドーナツ状にして湯にくぐらせてから、焼きます。もっちりとした触感がたまりません。

20年前に滞在していたカナダ・モントリオールの日々を思い出させる食べ物です。

横から輪切りにして、クリームチーズを塗って食べるのが主流です。

こんなお店のあるK市はいいなぁ。なぜわが市にはないのだろう。不満が募ります。才覚と資金があれば自分でお店をやってみたい。


(冷凍で1か月保存できます)

というわけで、退職後の夢は、タイ料理とベーグルを楽しめる店を開店することです。

が、才覚も資金もないのでときどきK市に行くことにします。 冬はわが市よりずっと寒いので行きません。


(日々弁当作りに挑戦)

「学ぶ」は「まねぶ」と語源が同じだという。学ぶことはまねること。というわけで、だし巻き玉子作りについてです。

昨年、職場旅行で築地に行きました。玉子焼きの店に引き寄せられました。

じっと作り方を見ていました。30分ほど観察。いろんなことに気づきます。

まず道具がいい。銅製の玉子焼き器がほしくなりました。自宅の鉄製のとはやっぱり風格が違う。

そして、菜箸がやけに太い。使いづらいのではないか、と不審に思いました。讃岐うどんをゆでるときに使う、麺箸に似た四角柱の箸です。

先端も太いまま。のちに自分でだし巻き玉子を作るようになって菜箸の太さの意味がわかりました。

はじめに油を均等に引きます。

この場合、「ひく」なのか「しく」なのか、私は迷います。NHK放送文化研究所によると引き延ばすようにして油を引くので「ひく」なのだそうです。

ちなみに、鉄道は「しく」で、水道は「ひく」とのこと。日本語は難しい。

さて、油を丁寧に引いたあと、溶き卵を玉子焼き器に流し込みます。

マグマのように溶いた卵が沸き立ちます。ところどころ円墳状に膨張します。

名人はその円墳を菜箸の角で軽く叩きつぶします。沸き立ちが鎮静すると、遠い側から玉子を巻きながら手前に寄せていきます。


(築地にて。この店は銅製ではありませんでした)

これがじつに上手い。ここで再度、油を引きます。巻いた玉子の下にももぐらせるように引きます。

溶き卵を流し込みます。このとき、巻き上がった玉子を少し持ち上げて、溶き卵を迎え入れます。このプロセスが大事です。

「迎え入れ」なくしてだし巻き玉子は焼けぬ、といっても過言ではありません。この「迎え入れ」によって巻き上がった玉子と焼いている最中の“平面玉子”とが接合するのです。

巻き上がった玉子を今度は向こう側に転がしながら巻いていきます。

だし巻き玉子は意外にも重量があります。2度、3度と巻いていくにしたがい、どっしりとしてきます。

通常の菜箸で転がそうとすると玉子との接触面が小さいため、玉子に傷がついてしまうのです。押そうにもなかなか転がりません。

ここで表面積の広い四角柱の太い箸の本領発揮です。太い四角の箸には意味があったのです。

築地でそんなことを学びました。いま私のだし巻き玉子の完成度は85パーセントです。


(昨日と同じような写真です)

「美味しい」と心の底から感じた思い出は、これまで生涯で3回ほどあります。1回目は中学3年生のとき。2回目は大学1年生、そして3回目は4年生のときです。

中体連(卓球)東北大会の会場は岩手県大船渡市でした。大会数日前から高熱を発し学校を休んでいました。

が、私が出場しないと団体戦が成立しないため、熱を帯びたまま両親の看護のもと大船渡に向かいました。

数日間、食欲がなくほとんど食事をしませんでした。一ノ関から大船渡線に乗り換えました。

車中でどういうわけか、なめこ汁が販売されていました。なめこ汁なら飲めそうな気がし、母に頼んで注文。

なめこ汁を口にした瞬間、こんな美味しいなめこ汁があるのか、と思うほど。まさに五臓六腑になめこ汁が染み渡りました。

大船渡駅前の喫茶店で食べた塩味の利いたトマトサンドイッチも忘れられません。ずいぶんと体力が復活したような気がしました。

でも、試合は負けました。

美味しい思い出の2回目は、お金がなく2日間、食事をしていなかったときのことです。母親が手作りの梅干を寮に送ってくれました。

さっそくご飯を炊いて、その梅干で食べました。この世にこんな美味しい梅干があったのか、と感動すら覚えました。

最後の美味しい思い出は大学4年生のとき、タイ留学中での出来事です。

南部のソンクラー県ハジャイを旅したとき、宿泊先で日本人の駐在員と出会いました。大手缶詰メーカーに勤めているという。

翌日、ハジャイ市内のシーチキン製造工場に案内してもらいました。

ブラックライトの下で女性の従業員が手作業で小骨を取り除いていました。骨は紫外線に当たると発光するのです。

できたてのシーチキン缶詰をその場でいただきました。もう、ぎゃお〜っと叫びたいほどの美味しさでした。できたてはまったく違うのです。

ぬめっとした生気を失ったいつものシーチキンとは似ても似つかぬ味わい。シーチキンとは別物だと感じました。

というわけで、以上が生涯で美味しいと心の底から感じた思い出の陳述でした。

最後の思い出からかれこれ30年が経過しようとしています。「飢餓状態」が美味しさのポイントなのだろうことは薄々わかってきました。


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