(鮨酢は酢4、砂糖3、塩1の割合です)

孫子曰く、「軍争は利たり、軍争は危たり」。軍争はうまくやれば利となるが、下手をすると危険をもたらすという意。機先を制することはリスクを伴うということでしょうか。

節約主義の私は三男の誕生日に手製の海鮮丼を作ることにしました。外食禁止令発動中にあって二男が丼を覗き込みます。

「お父さん、これ本物のかに?」

「そう、本物のかにかまだよ」

「そうなんだ...」

「そう、本物のかにかま」

何事も本物というところが大切です。ズワイガニ5%含有などというニセの「かにかま」に騙されてはいけません。本物で真っ向勝負。

質屋さんは言います。真贋を見極めるには、本物を見ること、本物に触れることだ、と。

というわけで、本物のかにかまを食べて息子たちは満足しているように見えました。


(上戸浜から望む猪苗代湖)

門下3名で師匠を囲みました。いつもなら師匠宅で師自らの手料理に舌鼓を打ちながら厳愛の箴言(しんげん)をいただくところです。

今回は趣きを変えての催し。いわゆる外呑みです。15年ぶりの会津若松の夜の街歩きになります。暑くもなく寒くもない。夕刻の微風が心地よい。

師が育てるサボテン。いままさに花咲かんとする蕾に見送られ、鶴ヶ城の外堀跡を歩き出しました。

師厳選の最初の店は鮨屋です。店名が大将の修行の淵源に由来するという「二葉鮨」。

浜に生まれ育った私は正直大きな期待は抱いていませんでした。師が選ぶからにはいい店なのだろうくらいの期待感でした。


(外呑みを終えて戻ると私たちを迎えるかのように花開いていました)

浦島草に似た鳥貝が旬だという。はじめにシャリなしで鳥貝と赤貝が桂剥きした大根つまにふわっと載せられて出てきました。皿の四隅には本わさびがお灸を据えたかのように豪奢に盛られています。

じつに甘い。甘くて気持ち良い歯ごたえです。

「貝がこんなに美味しいなんて...」

門下Aさん。海辺に生家があるにもかかわらず貝が苦手という。ところが、この貝には参ったようでした。きっと誰もが降参することでしょう。

貝もさることながら、桂剥きの大根つまがきらきら光りシャキッとしていたことに私は大将のこだわりを感じました。


(手前が金目鯛、奥が穴子)

よく見かけるごわごわと連なる大根つまとは別物です。集合体でありつつ、一本一本がパラパラと離れる。わずかにねじれが入りつつ、ぴんと生気を帯びている。そんなつまです。どんな技を施しているのだろうと思いました。

食の専門家の門下Nさんも感嘆の連続です。

鯛の刺身と小鰭(こはだ)がシャリなしで、代わりに大葉が挟まれて出てきました。

鯛も小鰭も、さっき海から泳いできたかのような新鮮さ。小鰭は軽く締めてあるだけなのか。もう少し下処理がされているのだろうか。小鰭本来の旨味を味わうことができました。

大将は修行と努力の末にこの味を文字通り味得(みとく)したのだろうと想像しました。


(桔梗の一種だという。師匠の育てる鉢の一つ)

いよいよ寿司を握ってもらいます。

鰯と烏賊。鰯がこんな贅を尽くした味なのか、と思いました。シャリが結合の限度ぎりぎりに握られています。口に入った途端にパラパラとなる、そんな具合です。烏賊の歯ごたえも良し。

牡丹海老の握りと牡丹海老の海老味噌の軍艦巻き。

師匠曰く。「この牡丹海老はこれを目的に獲ろうと思って得られるものではなく、他の漁で網にかかるものなのだよ」と。

肉厚の希少な牡丹海老を一気に喰らいます。多幸感が脳髄を貫きます。旨味と歯ごたえの協奏が口中に広がります。

そして海老味噌の軍艦巻きを頬張ります。ぷんと香る磯の匂い。良質な海苔を使っているに違いない。海老味噌と海苔とシャリのハーモニーに私はやられました。

最後に金目鯛と穴子です。少し炙りの入った金目鯛。良質なバターを思わせる脂の甘さを舌先で感じながら、歯ごたえを味わいます。金目鯛とはこのような魚だったのか。見直しました。

最も深い感動を与えてくれたのが穴子。穴子についての私の常識が打破されました。焼き具合、蒸し具合、そして付けダレが穴子の醍醐味を得るように絶妙に施されている。穴子を食べに行くためだけにいわきから高速を走らせてもいい。そう思いました。

というわけで、久しぶりに回らない寿司屋で、会津若松という海に無縁の地で極上の寿司を堪能いたしました。本物の職人に出会えた喜びを謝しつつ店を後にして河岸(かし)を変えました。

(へつづく)


(Vege Herb Cafe。いわき市四倉町戸田)

四半世紀前のことです。午前10時、市北部の支所に係の先輩と訪問。先輩と言っても20歳以上も歳上のベテランです。

用務はすぐに終わり、次の行先まで間がありました。

「そこ曲がって、まっすぐ行ってみて」

「あ、はい。こんなところに喫茶店があるんですね」

田園を走る幹線道路沿いにちょっとした叢林の陰にひっそりと佇む古い喫茶店がありました。まるで隠れ家のようです。

「ホットコーヒー2つ」

カウンターを見ると籐籠(とうかご)にゆで卵が盛られています。ほかに客はいません。

「ゆで卵、食えっぺ?」と先輩。

「あ、はい」

コーヒーを飲みながらゆで卵を食べ始めたそのときです。店主のおばさんが声をかけてきました。

「さっき、◯◯支所にいませんでした?」


(Vege Herb Cafe。白壁が青空に映える)

一瞬の間合いののち先輩と私は顔を見合わせ、卵を口中いっぱいに頬張りながら、答えました。

「いえいえ」

嘘を付いた罪悪感。暇つぶしをしていた後ろめたさ。お昼前にゆで卵を食べていた気恥ずかしさ。

こういったもろもろの思いが織り混ざり私たちはいたたまれなくなりました。そそくさとコーヒーを飲み、店を後にしました。

隠れ家どころか敵陣に迷い込んだような感覚を味わいました。

先日その喫茶店の跡地にハーブのカフェがオープンしました。木のぬくもり溢れる瀟洒(しょうしゃ)な建物です。


(Vege Herb Cafeから田園を望む)

もちろん、休日に伺いました。ゆったりとした気持ちで椅子に腰掛けることができました。ガパオライスを注文。飲み物はアサイーが入ったハーブティー。

あれから25年。カウンターにはゆで卵はなく、抹茶シフォンケーキが籠に入っていました。お腹いっぱいなのに別腹が瞬時に起動。

シフォンケーキを食べながら、カウンターにはやっぱりゆで卵を置いてほしいと思いました。


(大好きなハナミズキ)

このところインドカレーの店が増えています。インドカレーではありますが調理人も含め店員はネパール人です。不思議なほど日本語が上手い。

どのような経緯でネパールの人がここにやってきてインドカレー店を営業しているのか、尋ねてみたいと思いつつ、ただ食べるだけの関係です。

店内で食べるときはナンのおかわりは自由。でも未だかつておかわりはしたことがありません。

キャベツの千切りのサラダにかけられているドレッシングが独特です。色合いは小学校のとき教室の床に撒いた、とろっとろのワックスに似ています。

蛇足ながら、あのオレンジ色のワックスで滑りやすくなった床の上を滑走するのが楽しみの一つでした。マンゴージャムを見ても、あのワックスを思い出します。

さて、店舗ではなくテイクアウトでカレーとナンを購入。家で息子たちと食べ始めました。

「お父さん、インドとかって左手で食べちゃいけないんだっけ」

「そうそう、右手で食べるんだよ。タイでも左手は不浄な手っていうことで卒業証書も右手だけでもらうんだよ」

「どうしてなの」

ウコン色のチキンカレーにナンを付けながら私は息子の疑問に答えます。

「タイのトイレはかつては水でお尻を拭いていたんだ」

腰をかがめ、しぐさをデモンストレーションする私。実地ほど大切なものはない。

「小さな洗面器を右手に持って、さっと左手で水をすくってお尻を洗うんだ」

「へ〜」

二男は色の濃いマトンカレーを美味しそうに食べています。

「お父さん、イスラムの人って豚肉、食べちゃダメなんでしょ」

三男が具がごろごろと入っている野菜カレーをナンに取り分けながら尋ねます。

「そうだよ。インドではビーフカレーは食べられないんだ。ヒンズー教では牛は神聖な動物だからね」

デモンストレーションをしたせいでしょうか、私はいくぶん食欲が減退しました。

食事と話題の選択には気をつけないといけないと反省しました。

息子たちは耐性があるのか、関連性に気がついていないのか、美味しかったと言って平らげていました。


(衝動買いしそうなくらい美味しい)

なんだ、いわしか、と思いました。コンビニの棚にたたずむセブンプレミアム「釧路産いわし 煮付 生原料使用」。手に取り、私は買うかどうか迷い始めました。

その缶詰のとなりには、セブンプレミアム「いわし煮付 国産いわし使用」の缶詰が並んでいます。

値段は釧路産が228円(税抜)、国産いわし使用の方が188円(同)。内容量は同じく150グラム。

40円の差に何が隠されているのか。気になり出しました。表記から読み取れるものを列記します。

釧路産が「生いわし」と称し、もう一方は「国産いわし使用」と言う。国産いわしは、おそらくは産地はバラバラでしかも冷凍の可能性が大であることがわかります。

栄養成分表示を確認します。釧路産・国産いわしの順で記します。

エネルギー:399kcal 301kcal
たんぱく質:17.4g 21.8g
脂質:32.4g 16.3g
炭水化物:9.5g 17.0g

釧路産の方が脂質が2倍あることがわかります。したがって、エネルギー量も大きいわけです。これは期待できそうです。

「千円チャージしてください」

毎度せこいnanacoチャージをする私。器が小さい。たまに1万円分のチャージをする人を見ると卑屈な気分になります。

いわし(鰯)の名の由来は諸説あります。水揚げするとすぐに弱って腐りやすいとか、卑しい身分の者が食べるものである等々。私にこそいわしは似合う。そう思います。

帰宅。家には誰もいません。しめしめであります。

真っ白なご飯を用意。「釧路産いわし 煮付 生原料使用」を開封しました。静まり返った沼に潜む主のように胴の太い煮付が納まっていました。

予想していた臭みはまったくない。これは驚きです。さすが「生いわし」の力。

熱々のご飯にいわしを乗せ、口に入れました。あっ、旨い。癖のないとろけるような不飽和脂肪酸の味わいが口中に広がります。

脳髄に旨さが伝達し、思わず自分の太ももを握りしめました。

精白した穀物は本当は身体には好ましくない。頭ではわかっています。だからこそ炭水化物は嗜好品なのです。

でも、やっぱり美味しいおかずは真っ白なご飯に限ります。

釧路産いわし煮付に自家製梅干しの梅肉を添えてご飯といっしょに食べてみました。なんという絶妙な組み合わせを見つけてしまったのか。叫びたい思いです。

唾液がこんこんと湧いてきます。食欲中枢にじかに働きかける魔力。

茶わんを口に付け、かっこみたい欲動に駆られました。が、逆流性食道炎を患っている身です。耐えました。

胴太のいわしをふたたび見つめます。生前の姿に私は思いをはせます。

オホーツクの海で悠々と泳いでいたいわし。魚影が探知され、近づく船団。まき網によってぴちぴち青い背を見せながら跳ねるいわしの群れ。

朝焼小焼だ
大漁(たいりょう)だ。
大羽鰮(おおばいわし)の
大漁だ。

浜(はま)はまつりの
ようだけど
海のなかでは
何万(なんまん)の
鰮(いわし)のとむらい
するだろう。


出典:JULA出版局『金子みすゞ童謡全集』

というわけで、私はいま、いわしに食べられた何万ものプランクトンをとむらう詩を考えています。

結局、どっちもどっち。お互い様なのです。


(かぼちゃのモンブランケーキ)

アトリエ・バーゼルを初訪問。「住宅街にたたずむ、木のぬくもり、手作り感覚を大切にした、心温まるケーキカフェと生活雑貨のお店」(同店ウェブサイト)

「自家製ケーキ各種、焼き菓子ギフト、生活雑貨、ケーキとお茶とランチが楽しめるお店」(同)

八王子の奥座敷(そもそも八王子が東京の奥座敷かもしれませんが)とも言うべき南大沢にあります。気に入りました。

「STAUBのお鍋をオーブンで一晩かけてじっくり煮込む『コトコト煮込み』が人気メニュー」(同)

このコトコト煮込み。事前予約が必要です。まるごとの玉ねぎ、セロリ、にんじんなどが若鶏を囲むように煮込まれています。

野菜と肉の旨味がゆっくりと溶け出し融合しています。作り手の優しさが伝わってくる、そんな煮込み料理です。

素朴な味なのに深い味わい。スープを一口飲むだけで幸せな気持ちになります。身も心も温まります。


(お手洗いも素敵な造りです)

かつて母ががんを患っていたとき、いろいろな野菜を丸ごとじっくり煮込んで、そのスープをよく飲んでいました。味付けは塩だけです。

野菜だけなのに思いのほか美味しかったのを記憶しています。そのときのスープの味を思い出しました。

雪の残る八王子。2月の末に逝って四半世紀。亡き母を想いながら、シメはかぼちゃのモンブランケーキを喰らいます。至福のひととき。

ちなみに私、栗、芋、かぼちゃ系のスイーツがたまらなく好きです。

案内してくれた友に感謝。味付けは違いますが、なんだか参鶏湯(サムゲタン)が食べたくなってきました。


(春遠からじ)

よりつづく)

「酒縁てる」を再訪するに当たって、私は鯵フライを食べさせたいお客様を連れて行くことを事前に伝えておきました。期待しつつも、やっぱり“たかが鯵フライ”なのではないか。

そう思っていました。

出された鯵フライを見て、まずその大きさに驚きました。鯵フライと言えば、背開きでハート型のものが主流です。「酒縁てる」のそれは違っていました。

三枚おろしでした。鯵フライが二切れ盛られていました。おそらくは元の鯵の大きさは40センチ以上はあったのではないでしょうか。

小骨がきれいに取られていました。これにも感動です。

大きさもさることながら、その身の肉厚なことに二度びっくり。身をつまむ箸にずっしりと重量を感じます。

「大将、この鯵のフライも絶品です。美味しいです」

「魚がいいですから。この辺の鯵じゃだめなんです。九州から取り寄せました。で、下ごしらえが大事なんです。塩を振って、私の場合、5時間冷蔵庫に入れておきます。一手間、かけなきゃだめなんです」

「手間が大事なんですね」

「生の鯵をそのままフライにすると身がぼさぼさになってしまうんです」

カリッと軽やかに揚がった外側と身のほくほくとした旨味がたまりません。本当に美味しい肴に出会うと、炭水化物を欲する貧乏性が首をもたげます。

通常は真っ白なご飯です。でも、今回は違っていました。食パンが合うと思いました。

上質な食パンにしゃっきしゃきのキャベツの千切りを乗せ、ソースをかける。そして、熱々の超肉厚のこの鯵フライを乗せて食べたら、どうなることでしょう。

カリカリ、ふわふわ、しゃきしゃきのオノマトペが混然一体となって湯気とともに口中に多幸感が広がるに違いありません。

きょうここに来た目的、もっと大そうな言葉でいえば、“来店の本懐”は、この鯵フライを食べるためにあったのだと私は確信しました。

もちろん、大将が東奔西走して探してくれたホウボウやイシモチなどの常磐物の刺身やマグロの頬肉も美味ではありました。

が、鯵フライのインパクトがあまりにも強すぎて影に隠れてしまった感がありました。

次回、食パンを持参で来店してもよいでしょうか、大将。


(春はもうすぐ...かな)

大事なお客様をお迎えしての新年会。仕入れの準備もあると思い、事前に鯵フライとナポリタンは注文。午後7時過ぎに小さな宴席が始まりました。

きんぴら風のお通しのあとにまず出された一品が真鱈の揚げだし。小皿の上で鱈の身が丘陵のようにあふれんばかりの存在感を主張しています。

衣はさくさくで身はふわっふわです。スーパーで見かける鱈の身は、煮ても揚げてもほぐれやすい。そのうえ、一片の身の大きさがせいぜい数センチ大。

ところが、目の前の鱈は、それらと隔絶したサイズ。ほぐした身の一片の大きさが見たことのないものでした。

大根おろしを添えながら絶品の真鱈の揚げだしで身も心も満たされていきます。

「大将、鱈、美味しいですね。本当に美味しい。こんなに美味しい鱈、食べたことがありません」

「魚がいいんです」

大将は謙遜しながら答えます。一方、それはまた真実であろうと思いました。

以前、板前の知人が言っていました。

「いい材料を使って美味しい料理を作るのは当たり前。安いふつうの材料で美味しく作るのが板前の腕の見せどころ」

なるほどそういうものかな、としばらくは知人の考えに賛同していました。が、「酒縁てる」の大将の姿勢に触れて、私は考えを改めました。

いい素材を追求する、執念にも似た大将のこだわり。そのこだわりがあって初めて真に美味しい料理は供せられるのではないか。

この席で生まれて初めて鱈の刺身をいただきました。ほのかに甘みのある、柔らかな味わい。珍味であり、逸品です。

「鱈は沖で食え」と言われるほど傷みやすい魚です。その上、アニサキスの心配もあります。この新鮮で大振りの鱈を得るためだけに大将がどれほど奔走したか。

私は思いを馳せました。

次に出された一品がまた驚きの大きさの鯵フライでした。

「こ、これが鯵フライなのか。ものすごく大きい。そして身が厚い」

(下へつづく)


(きょうの課題図書)

技術進歩は凄まじい。最新のハイスピードカメラは熱伝導の様子が捉えられる。

熱伝導は光速の6分の1の速さ。1兆分の1秒の世界を写すことのできる技術です。このカメラでくしゃみの瞬間を撮ってほしい。くしゃみ顔の6000億枚の写真展。

まだ発展途上ではあるものの量子コンピュータなるものも登場。従来のコンピュータは0か1かのビットを単位とし、どちらかしか表し得ない。

一方、量子コンピュータは「量子ビット」により重ね合わせの状態で計算ができるというもの。つまり、あれもこれもの可能性を同時に計算できるとされています。書いている本人もよくわかりません。

こういったテクノロジーの進歩に負けないくらい、いま干し芋が進化していると私は確信しています。生産現場を見たわけではありません。

でも、私の舌がそのように訴えているのです。

スーパーマーケットで干し芋のコーナーをご覧ください。紅はるかの干し芋が陳列されています。黄金色に輝いています。高いです。

わきに並んでいる安価な中国産のスティック干し芋はきょうはやめましょう。

芋は収穫ののちに寒晒しをします。寒さから身を守るため糖化酵素ジアスターゼによってデンプンが糖化していきます。寒すぎると腐ってしまいます。完熟とは腐りかけの一歩手前のこと。

まるごと蒸(ふか)します。そのあと裁断は包丁ではなくピアノ線を用います。ゆで卵を輪切りにするアレです。

このあとの乾燥が大変です。機械と天日を使って、柔らかさを残す干し芋に仕上げるのです。芋の出来や蒸し具合、気温・湿度に気を配りながら乾燥させていきます。

もともと干し芋は保存食として作られていました。硬くて粉が吹いている昔ながらの干し芋がそうです。前歯でかじって手で引っ張る。くだんの食べ方です。

しかし、黄金色の紅はるか干し芋はまるで高級スイーツのよう。

ふわっと前歯でかじりとります。適度な硬さの食感です。次に臼歯を使ってすりつぶしていきます。20回、30回と噛んでください。

犬歯の外側に若干の塊がつくことがあります。舌を巧み使って口中中央部にかき集めましょう。

50回目に至ると唾液のアミラーゼによって未糖化のデンプン質までもが糖化されていきます。干し芋本来のジアスターゼによる麦芽糖と唾液腺アミラーゼによる糖化作用が相まって、じつにミルキーな味覚が現出するのです。

嚥下の誘惑に負けず80回の咀嚼に突入。未知の世界です。もはや栗きんとんのペースト。高級和栗モンブランにも勝るとも劣らない味わいです。

さあ、まずは紅はるかの干し芋を手に入れましょう。確かに高価です。が、試す価値はあると断言いたします。


(バンコクの屋台でよく鴨ご飯を食べていました)

子どものころチャボを飼っていました。庭の樹木の木陰を散歩する姿が愛らしかったのを覚えています。

ただ、アパートの1階で飼育していたので、いま思えば早朝からの鳴き声はいい迷惑だったと思います。

卵を産んでいないか、鳥小屋の中を確認するのが楽しみでした。もちろん食用にしていました。

鶏卵は物価の優等生と言われています。60年間ほとんど鶏卵の価格は変わりません。

これまた不思議なことです。誰かが不当に苦しみ、誰かが不当に利益を得ているのではないか。詳細はわかりません。

さて、五反田の家庭料理「うさぎ」で女将さんにぽつりと言いました。

「玉子焼きって難しいんですよね。弁当のおかずに出汁巻き玉子を作っているんですけど、やっと失敗しないようになりました」

「お写真を見ると上手に焼いていますよね」

「いやいや、最初は駄目でした。本当は砂糖を入れて甘くした玉子焼きを焼いてみたいんですけど、どうしても焦げてしまって。子どものころ母がよく焼いてくれました」

「そうなんですよね。砂糖を入れて焼くときは、水か牛乳を少し加えるといいんですよ。もし焦げそうになったときはフライパンを火から離すのも手です。それから大事なのは余計な油分を取ることです」

「私も底にクッキングペーパーを敷きます」

「敷くだけではなく、くるっと包んでぎゅっとやるんです。そうすると、余計な油が取れて、お弁当を開いたときに嫌な臭いがしないで済むんです」

「なるほど〜。やってみます」

女将さんの作ったベーコンと玉ねぎの入ったオムレツをいただきながら、玉子焼きのコツを教えてもらいました。

「このオムレツに入っている玉ねぎ、なんて甘いんでしょ。甘味は加えていないんですよね」

「一切加えていません」

「こんなに甘い玉ねぎがあるんですね。本当に美味しいオムレツです。絶品です」

「このオムレツの卵は卵かけご飯用の卵とは別なんです。焼くと固まり過ぎてふわふわとならないんです」

鶏卵一つにもこだわる「うさぎ」のプロフェッショナルの流儀に心打たれる私。

卵と言えば、小学生のとき、理科の時間に気圧の実験を行いました。

空の牛乳瓶にゆで卵を乗せ、瓶を冷水で冷やします。だんだん吸い込まれて瓶の中に落ちていきました。食べられないゆで卵を恨めしそうに眺めていたことを思い出しました。


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