(師匠宅の庭先で可憐に咲く花)

からつづく)

鮨屋、串焼き屋とめぐり、締めはスナック「茶色の小びん」。店名の由来は、アメリカの往年のジャズナンバーの一つ「茶色の小瓶」をオーナーが愛していたからだという。

店の前まで来て、まざまざと私は思い出しました。15年前にもこの店で師匠と飲んだことを。日誌には7月11日金曜日とありました。

その際、私は飲みすぎて店外のフェンスにもたれて夜風に吹かれていました。いつの間にか師匠がそばに寄ってきて、覗き込むようにして尋ねました。

「○○○さん、戦ってる」

思っても見ない質問に私は答えに窮しました。いや、正確に言えば、戦っていない自分が恥ずかしく答えられなかったのです。

いま思えば師は戦っている渦中にあったのだ。15年の月日が過ぎ、顧みてわかります。

長所と短所、言い換えれば、光と闇を、他との比較においてではなく、師は透徹した眼であくまでも己を俯瞰します。自身に才能あることを客観視すると同時に闇の部分にもあえて目を凝らします。

その同じ眼差しで私も射抜かれてきました。光も闇も。

店に戻ると、師匠はマイクを握って「妖怪人間ベム」の主題歌を歌っていました。

「早く人間になりたい」

師匠の思いを代弁しているのだろうか、何らかの比喩なのだろうか、師はじつは妖怪人間なのか。

歌の中でそのフレーズが流れるたびに、私は考えてしまいました。妖怪人間というよりは「人間妖怪」なのかもしれない、と。

走馬灯のように15年前を振り返りつつ、席に座りました。前回はテーブル席でした。今回は美しいママを対してのカウンター席。


(夜の会津若松)

お通しが美味です。別腹が即座に起動。冷たいサラダと郷土料理風の夏野菜の入った茄子炒りです。じつに美味しい。

この店に似合うのはやっぱりバーボン。フォア・ローゼズの水割りを飲みながら、師匠の歌う曲に耳を傾けました。

テレサテンの「つぐない」
なかなかに哀切の漂う歌い方です。ペーソスというのでしょうか、歌声から切なさが伝わってきます。

酒井法子の「碧いうさぎ」
「あとどれくらい切なくなれば、あなたの声が聴こえるかしら」。これまた胸に迫ってくる歌です。

ちあきなおみの「黄昏のビギン」
初めて聞く曲です。「雨に濡れてたたそがれの街 あなたと逢った初めての夜。ふたりの肩に銀色の雨...」。哀愁を感じます。素敵な歌詞。一つ一つの言葉が胸奥に沁み入ります。

山本コウタローとウィークエンドの「岬めぐり」
「二人で行くと約束したが 今ではそれもかなわないこと...悲しみ深く胸に沈めたら この旅終えて 街に帰ろう」

師匠の胸には何が去来するのだろう。「かなわないこと」という言葉がたまらなく切ない。

というわけで、千鳥足で師匠宅に戻り、梨のリキュールを飲み始めたところまでは記憶しています。翌朝午前5時前に目が覚めました。シャワーを浴びて寝静まった家から逃げるように辞去しました。

サボテンの花や庭先の花を盗っ人のように撮影。じつに濃厚な会津若松の夜でした。師匠に深謝。


(師匠お手植えのデンドロビウム)

)よりつづく

二葉鮨で極上の鮨を堪能。河岸(かし)を変えて、次に向かったのは「串」。炭火で串を焼く居酒屋です。

私の師匠は古くからここに来ているらしい。いや、通っているらしい。

店は一部屋のみの小さな造り。カウンター5席に囲炉裏端は8人ほど座れそうです。囲炉裏の鉄瓶から湯気が出ています。青森から来たというお客さんが囲炉裏端を囲んでいました。

師匠と門下Aさんは地酒を注文。門下Nさんは麦焼酎のお湯割り、私は芋焼酎のお湯割り。お通しが出されるまでの間、二葉鮨でつぶやいた門下Aさんの言葉を私は反芻しました。

「多くの人の共感を得ることよりも、一人の人に深く刺さることが大切だと思います」

門下Nさんも賛意を示し、こう述べました。

「私も目の前の一人の人に理解してもらうことを心がけています」

二人の言う通りだ。一人の人を大切にしよう。そう私は思いました。

こりこりとした新鮮な鯛の刺身と枝豆が出されました。枝豆は両端が切り落とされ、食べやすくなっている。店主の心遣いを感じます。

店内が禁煙なのもうれしい。しかも師匠は今年から禁煙中。

つくねを注文。じっくりと炭火で燻され、焼かれている香ばしいにおいが漂ってきます。たれ壺につくねを通し、さらに焼きを重ねます。

洋がらしが添えられ熱々のつくねの串焼きが目の前に置かれました。

あっ、おひしぃ。たまらない。


(炭火串焼き「串」)

表面も芯も熱い。いや、中の方がより高温です。遠赤外線がつくねのコアまで行き届いています。

つなぎを極力抑えているので弾力性はさほどありません。たれの甘さもひかえめ。

鶏肉本来の旨味を引き出そうとしていることがわかる、これまた極上のつくねでした。

「こんな美味しいお店が自宅の近くにあっていいですね」

私が師匠をうらやみつつ言うと店主が答えました。

「いや、健康に良くない。体を壊しますから」

一同、呵呵大笑。客の視点で考えられる店主の姿勢に私は惹かれました。

最後に出されたのが高麗人参スープ。

飴色の澄んだスープで、見た目はコンソメスープのよう。松の実、くこの実、香味野菜の刻みが入っています。3日間かけて作ったという。これには驚きました。

「コンソメスープのようにも感じるのですけど、ベースには何が入っているのですか」

「コンソメと似ているかもしれないですけど、肉や昆布、鰹節、野菜など様々なものが入っています。身体が熱くなりますよ。体温が上がるんです」

「どの味と表現することが難しい味ですね」

複雑でいて、それぞれの旨味が相殺することのない味というのでしょうか。野菜のエキスもほんのりと味覚が捉えます。まさに旨味の交響曲。名指揮者はもちろん店主です。

「このスープ作りは温度が大切です。旨味が出るぎりぎりのところまで温度を上げ、また下げる。これの繰り返しで濁りのない澄んだスープができます。温度管理を間違うと不味くなってしまう。難しいんです」

店主はどれほどの研究と試行錯誤を繰り返してきたことか。陰の労苦はけっして他の人には見えない。師匠の姿にも通ずる何かを私は感じました。

カウンターに置かれている高麗人参の焼酎漬けを眺めながら、滋味溢れる最上のスープを飲み干すと全身にエネルギーが漲ってくるように感じました。

パワーをチャージしたところで、次なる店「茶色の小びん」に移動です。着いてみるとそこは思い出の場所でした。

(下へつづく)


(広瀬川流れる岸辺)

その方の記憶力に驚嘆しました。仙台で開催された勉強会で私の自治体の隣町の役場職員と名刺交換した際のことです。

「以前、生活バス路線の補助業務を担当していませんでしたか」

「あ、はい、平成17年度から2年間担当しておりました」

「役場でお会いしていますよね。バスの補助路線の廃止のことで」

「◯◯町役場に行った記憶はありますけど、お会いしたかどうかは...」

「お顔を覚えております」

「そうですか。すごいですね。私は記憶力はほんとに弱くて、申し訳ありません。そのために日誌を付けています。職場に戻ったら確認してみます」

その職員の名前で日誌を検索。次の通り出てきました。詳細な協議が行われ、関係市町との間で合意がなされていたことがわかりました。

12年前のたった一度の出会いで顔を覚えられる。良質な部分の田中角栄的素質と言えます。羨ましい限りです。

H18年7月14日(金)
午後1時25分、○○町総務課にて同町総務課の○○○○課長、総務課企画推進係の○○○○○係長、企画推進係の○○○さん、○○町企画調整課企画係の○○○主査と○○線(○○交通)の今後の維持対策について協議。

(以下、協議内容は省略)

日誌によるとこの日の前後に数度にわたり電話でもその方と話をしていたことが判明。当時はお互い係長でした。

その方は珍しい姓です。記憶していてもよさそうなものなのですが、いかんせん脳細胞が壊死(えし)しているのではと思うほど、記憶力が乏しい私です。

日誌は不思議です。そんな私でも読むと情景がたちどころに思い浮かびます。協議をした部屋の雰囲気も思い出しました。

古池や蛙飛び込む水の音

私の日誌は松尾芭蕉スタイルで事実を淡々と綴ることを課しています。

事実を描写する写実主義こそが日誌を価値あるものにする。嬉しいこと悔しいことなど感情や思い出は一切記載しない。役職を正確に、名前は姓名を記す。指示、依頼、協議内容を簡潔に無駄なく残す。

というわけで、私のよすがとも言える、この日誌のせいで余計に記憶力が減退しているのではないか。そう思い悩むきょうこの頃です。

ちなみに証人喚問で数年前のことを尋ねられたら、「記憶にございません」と挙動不審なく、堂々と言える自信があります。


(いわき陸上競技場にて)

障がい者スポーツ大会で投擲(とうてき)の表彰(メダル授与)を担当しました。投擲は投げる競技。難しい字です。「擲」の手偏の右側はどんな意味があるのでしょうか。

さて、砲丸投は直径2.135メートル(7フィート)のサークルから前方に砲丸を投げます。34.92度の扇形の内側の地面に落下したものだけが有効となります。

サークルの近くに「炭マグ」と記された白い粉の入った箱がありました。炭と書いてあるのに白い粉。なぜだろうと不思議に思いました。

滑り止めの炭酸マグネシウムの略だと知りました。通称、タンマグ。便秘薬の主成分でもあります。

最近知った漫画喫茶の略語「漫喫」とともに大脳皮質のどこかにインプットされました。

じつは、「漫喫」は、漫画喫茶での刺殺事件を報じたニュースの見出し「漫喫刺殺」から覚えたものです。凄惨な事件とその語感との乖離(かいり)。やるせない気持ちにさせられます。

閑話休題。

競技が始まると、白杖を突きながら砲丸投の円内に向かった方がいました。50代半ばでしょうか、視覚障がい者の方です。どのように方向を定めるのでしょう。見守っていました。

「真ん中に立って手を叩いてください」

扇形のフィールドに立つ飛距離計測のスタッフに向かって叫びました。

「もう一度、もう少し長く叩いてください。はい、大丈夫です」

サークルのフィールドに近い側の縁(へり)を足で確認。ここを越えてはファウルになります。その後、外縁に右足を付け、勢いを付けて砲丸を投げました。10メートルほど飛びました。

競技を終え、控えのベンチに戻る際、誘導の補助をしました。

「このあとどうされるのですか」

「帰ります」

「では、トラックの外までご案内しましょう」

左手で私の右腕をそっとつかみ、フィールド内をいっしょに歩みを進めます。誰か迎えに来ているのだろうと私は思いました。

「どちらまで帰るのですか」

尋ねると県南地方だという。こちらに来るときは、東北本線と磐越東線を乗り継ぎ、いわき駅からは路線バスを使い、陸上競技場まで歩いて来たとのこと。

「帰りは鹿島街道のバス停からバスに乗ります。競技場からは自分で行きますからここで大丈夫です」


(いわき陸上競技場にて)

「いやいや、ここからバス停までは1キロ以上ありますよ。ご案内します」

陸上競技場からバス停までは坂とカーブが続き、障害物も多数あります。人や車の出入りも激しい。

途中、側溝のふたに白杖の先端が挟まったり、グレーチングで滑りそうになるなど、私が脇にいても危ない目に遭いました。

「お料理はどうされているのですか」

「一人で住んでいますが買い物も含めて全部自分でやっています」

「ヘルパーさんの派遣は頼んでいないのですか」

「はい。身の回りのことはすべて自分でやっています」

「それはすごいですね」

「白杖を持っているということでバカにされたりすることもあります」

「そんなこともあるのですか。じつは私は軽度の難聴なのです」

「そうですか。障害者手帳を持っているのですか」

「手帳を取るほどではないのですが、仕事上では補聴器なしでは聞き取れません」

「そうなんですか」

「補聴器を付けていても会議などで頓珍漢な受け答えをすることがあります。恥ずかしいですし、落ち込みます。でも、きょうお話を伺って勇気をいただきました」

強い日差しの下、私たちは20分ほど歩いて汗をかきました。ちょうどバスが到着。私の右腕から手が離れました。

乗車券を取って、手渡し、別れを告げます。

バスが出発しました。私はいつまでも手を振っていました。思いはきっと届いていることでしょう。


(飛行機雲を見ていると旅に出たくなる)

声をかけられたにもかかわらず、まったくもって思い出せません。いったい誰なのか。どのような関係なのか。どこで出会ったのか。

昼休みに2階の職場からロビーに降りていきました。

月曜日と木曜日は障がい者施設からお弁当やおかず、スイーツの出店があります。弁当は持参しているので、お目当ては豆乳シフォンケーキ(税込100円)。しっとりしてじつに美味しい。

若い女性の後ろに並んでいました。

「こんにちは。この4月に○○課の○○係に異動になりました」

「そうだったんですね」

と答えつつ、はてな、名前も、誰なのかも思い出せない。親しげに話しかけてきます。当方の内情もよくわかっているようです。

「課長のところは忙しいでしょ」

「ええ」

繕(つくろ)いつつ、脳内を急速サーチ。やっぱり思い出せない。話題の中から糸口を探ろうと試みたものの、何も出てこない。

あなたは誰なのだ。あなたと私はいったいどういう関係なのか。まさか友達以上、恋人未満。あるいは解と係数の関係であるとか。

職場に戻り異動名簿を確認。名前は判明しました。見覚えのある名前。3年前に入庁した職員です。

そうだ、私の閻魔帳を検索してみよう。誰とどこでどのような会議、協議、打合せ、電話を受けたか・かけたかを記録している日誌です。A4判2000ページ弱あります。

過去3年分検索しました。が、ヒットしません。あるいは、SNSの友達なのか。調べてみました。が、該当者はいません。

エイリアンによるアブダクション(誘拐)によって記憶を消されれしまったのか。微小なチップが埋め込められているのだろうか。

ここは恥も外聞も捨て、勇気を出して問うてみるのも一興かもしれない。

「あなたと私はどのような関係ですか」と。

よもや泣き崩れるようなことはあるまい。呆れ、軽蔑の眼差しに晒されることでしょう。

というわけで、本気で認知症外来に行こうかと迷っています。


(静謐の森に包まれる「岩塙山荘珈琲店」)

長く憧れていた岩塙山荘(いわばなさんそう)珈琲店。北茨城の山里にあります。初めて訪れました。

「以前からお邪魔したいと願っていました。こちらに来る機会ができたので伺いました」

「それはそれはありがとうございます」

ブラジル産の豆を自家焙煎したコーヒーを注文。手作りのブルーベリータルトも合わせてお願いしました。


(甘さ控えめのしっとりとしたブルーベリータルト。癖になりそう)

窓外の樹林を眺めながら、ブログのネタに思いをめぐらせる私。憧れていた由を伝えて「あ、そうなんですね」と言われまいか、心配でした。杞憂に終わり安堵。

ブルーベリータルトが美味し過ぎて徐々に思考が停止。脳内にアルファー波が満ちてくるのを感じました。

「土日が休業日と伺い、なかなか来れずにいました」

「祝日は営業していますのでいらしてくださいね」

これはいい情報を得たと思いました。足で稼ぐ情報は有益です。


(いつまでくつろいでいたくなる雰囲気です)

また来店することを約し、岩塙山荘珈琲店を辞去しました。

夕刻になって自分の手帳がないことに気づきました。機密情報も含む手帳です。どうやら店に忘れてきたようです。

「もしもし、今日の12時半ごろにお邪魔した者ですが...」

「あっ、お忘れ物ですね。お預かりしていますよ」

「そうなんです。お店は何時までやっていますか」

「自宅がすぐ近くですから気にせずいらしてください。お待ちしています」


(新緑の季節にまた行こう)

到着するとお店はもう終わっていました。ドアを開け薄暗い店内に声をかけました。

「こちらですね。お預かりしていました」

「またすぐに来てしまいました。また伺います。ありがとうございました」

アルベール・カミュ『異邦人』の主人公ムルソー風に言えば、手帳を忘れた理由は、「タルトがあまりにも美味しかったから」ということになるでしょうか。

というわけで、岩塙山荘珈琲店への超高速リターンでした。


(毎年見ても飽きない桜かな)

施設の竣工式に出席しました。初めて訪れる県外の施設です。式典のあと内覧会となりました。

「こちらは理美容の部屋となります。理美容師に出張してもらいます」

「なんだ、リビョウって」

地元の市長が施設職員に尋ねます。

「頭を切っていただく部屋です」

「あ〜、床屋か。床屋って言えよ」

「女性の入所者もおりますので、女性は美容をご利用になります」

なかなか矜持(きょうじ)のある職員です。証人喚問にも耐えられそうな気位が漂っています。私には無理だ、と思いました。

“リビョウ”に触発されたのか、廊下の隅でこの市長と地元選出の県会議員とが頭髪のことを話題にし始めました。

「俺よ、きょう頭を切ってきたんだけど、この辺ハゲちゃってさ」

左側頭部を撫でながら県会議員に訴えます。確かに薄い。すだれ状になっています。県会議員はノーコメント。賢明な判断です。

黙して語らず。組織で権力者に重用されるにはしゃべり過ぎないことです。特に官房系の部署においては。おしゃべりは、時に干され、そして刺されます。

脱線しました。市長が続けて言います。

「このハゲは選挙でできちゃったんだよ」

私なら愛想笑いをするところ。が、件(くだん)の県会議員はうなずくだけです。処世術の一端を垣間見る思いがしました。

春光輝く竣工式。桜の花のほころびを数葉撮って会場を後にしました。

選挙とはハゲができるほど苛烈なものなのか。そこまでしてやる動機はいったい何なのか。

今後、調査研究してまいります。


(家の近くの春の小川)

これまで福島市の花見山を見に行ったことがありません。15年前に仕事で2年間同市に滞在していたにもかかわらずです。

皆が勧めます。行ってきた人はその美しさを愛でます。私も憧れてはいるのです。行ってみたいな、と。

が、どうにもこうにも、あの人混みを思うと足が向きません。人混みが根っからの苦手。人が群れをなしているのを見るだけ気疲れし、ましてその中にいると疲労困憊してしまいます。

群れをなしている動物を見ると尊敬の念を禁じ得ません。

さて、絵葉書などの花見山の写真には人は写っていません。でも、数千人もの人がカメラを構えているのだと思うと、ぞっとします。

人気(ひとけ)のない地に咲く桃の花を眺める方がよほどいいと思ってしまいます。

ところが、来月中旬に花見山に行くことになりました。タイの友人とです。バンコクから南に約1000kmに位置するタイ南部のソンクラー県から来日します。

タイ南部の最古の国立大学であるPrince of Songkhla 大学(通称ソンクラー大学)の歯学部の准教授を務める友人です。

30年前、タイ・バンコクに留学していたときに同大学の歯学部の女子学生に会いに行った際、泊まらせてもらった歯学部の男子寮。

網戸のない部屋で、たくさんの蚊に襲撃されました。翌朝、私は学生に質問しました。


(布引高原の春。蚊も人もいないところが好きです)

「蚊の痒さと部屋の暑さを比較するとどちらを選びますか」

「蚊です。蚊は気になりません。暑い方が嫌です」

今回来る友人はその男子寮でお世話になった学生です。

2年前、仙台で28年ぶりに再会を果たしました。東北大学歯学部との交流プログラムでの訪日でした。

今回の来日では、行きたい場所が花見山だというのです。宿泊先は土湯温泉の向瀧旅館。

なかなか渋いチョイスだなと思いました。インバウンド(訪日外国人旅行)はここまで進化してきているのだと驚きました。

NIKKEIプラス1「何でもランキング」(2018年3月3日付け日本経済新聞)で「桃の花咲き誇る春の名所」に花見山が第3位にランクイン。これではますます人が大挙来襲してしまうではないか。

憂鬱ですが、友のため。覚悟を決めて人混みに入ってみようと思います。目下、翌日の旅程を思案中。

残雪の裏磐梯→(表磐梯に移り)→猪苗代湖畔の私好みのカフェ「Taro Cafe」→(磐越道)→塩屋埼灯台→アクアマリンふくしま....。


(春になる寸前の雪)

プラスチック射出成形に関するセミナーの終了後、立食での交流会に参加しました。20人弱がポリ乳酸の射出成形技術の第一人者である講師を囲みながら歓談。

名刺を交換しながら参加者にあいさつを交わします。名刺を渡す際、かすかな気恥ずかしさを伴います。

好きで産業系のセミナーによく参加する私。特にマニアックなテーマほど惹かれます。でも、テーマとは全く無関係の部署にいます。

「障がい福祉課の○○○と申します。仕事とは関係ないのですが、このセミナー(オフタイムサロン)によく参加しています。ほぼ皆勤賞です」

怪訝な顔をされるかなと思いつつ、あいさつをしました。鉄工所の社長さんが声を少し低めに語り始めました。

「じつは、生まれつき重い障がいがある娘が震災後少し経ってから亡くなりました。16歳でした。車いすが乗せられる改造車が目の前で津波で流され、その後が本当に大変でした」

娘さんとともに歩んできた社長さんのお話に耳を傾けました。大変さを吐露しつつ、暗さを感じさせない、むしろ爽やかささえ漂う社長さんの顔(かんばせ)を拝しながら、私は思いました。

社長さんは戦ってきたのだ、と。

次に精密加工会社の生産技術部の課長さんと名刺を交換しました。同じように「これまで福祉と教育畑を歩んできまして、仕事とは関係ないのですが」と言い訳に似たあいさつをしました。

「じつは21歳になる息子が重度の障害を持っていまして...」

私は驚きつつ、お話を伺いました。

「もう自分たちでは面倒を見るのが難しくなり、国立の施設に相談に行きました。ほぼ入所が決まったのですけど、『夜、あまり眠れない子なんです』と一言言ったら、受け入れを断られました」

「そうだったのですか。お子さんのお名前を教えていただけますか」

課長さんはご自身の名刺に息子さんのお名前を書いて渡してくれました。そのお名前を心の中で繰り返し読み、目に焼き付けました。

お二人の話を反芻しながら、ふとキサー・ゴータミーの逸話がよぎりました。

初期仏典に出てくる譬喩の一つです。

我が子を亡くしたキサー・ゴータミーという女性が死んだわが子を抱きながら生き返らせてくれと釈迦に懇願します。

それに対して、釈迦は「死者を出したことのない家からケシの種(一説ではカラシの種)をもらってきたら、その子が生き返る薬を作ってあげよう」と告げます。

わが子を生き返らせるため、必死になってキサー・ゴータミーは家々を回ります。しかし、どの家に行っても家族の死がありました。キサー・ゴータミーはわが子の死を受け入れ、釈迦の弟子になったという話です。

なぜ、キサー・ゴーターミーの逸話を思い出したのか不思議でした。とともに、言い訳がましいあいさつをするのをやめようと思いました。


(雪と竹は似合う)

ポリ乳酸(PLA)の射出成形技術の第一人者が地元にいることを知りました。

第7回ものづくり日本大賞「内閣総理大臣賞」受賞記念講演『福島から世界へ、樹脂成形の世界を変える!!ポリ乳酸(PLA)の射出成形技術への挑戦』を聴講。

小松技術士事務所の小松道男所長の講演に感銘を受けました。小松さんは、技術士に史上最年少で合格。小松技術士事務所を設立し、プラスチック射出成形金型技術の第一人者となる。

石油由来樹脂による環境負荷という課題を解決するため、植物由来・生分解性プラスチック「ポリ乳酸」の独創的な射出成形技術群を世界に先駆け実用化。

乳酸菌とトウモロコシ等を粉末にしたデンプンがポリ乳酸の原料。自然の力で水と二酸化炭素に分解される。海洋ゴミ(Marine Litter)対策技術としても有望であるという。

耐熱性や可塑性、そしてコストの問題を解決。日米欧等で特許権31件(235発明)を取得。

食器安全性、重金属フリーを兼備した幼児食器シリーズ「iiwan」を事業化。ポリ乳酸を原料とした耐熱食器分野及び薄肉射出成形カップ分野で世界シェア100%。

世界、特にフランスが注目している背景に石油系プラスチックの燃焼処理による地球温暖化に加え、海洋ゴミであるマイクロプラスチックによる有害物質の生物濃縮が挙げられる。

文字通り、地中海は外洋との海流が少なく、プラスチックスープとまで言われるほど汚染が進んでいるという。

そのような中、フランスは2020年から「使い捨て食器へ生分解性素材50%以上使用義務法」を昨年9月に制定。2025年には比率を60%以上に引き上げる見通しとのこと。昨年7月からはポリエチレン買物袋の使用が禁止されている。

小松さんは訴えます。

闘う前にかつ戦略が大事である、と。まさに孫子の兵法であると感じました。

「百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

基本特許のまわりを周辺特許で囲い込む。日本・欧州・北米を中心に特許網を構築。どのような大手化学メーカーも太刀打ちできない。

知的財産の重要性を改めて痛感しました。

万里の道も一歩から。3月11日に国家試験「知的財産管理技能検定3級」を受検します。引っかけ問題に引っかかってばかりです。裏の裏で解答すると、裏を読みすぎてまた誤答。

どうすればいいのか。春なのにため息ばかりです。


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