(因島大橋を渡り今治へ)

FC今治の運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」。その代表取締役を務める岡田武史さんの講演会に参加。サッカーへのたぎるような熱き想いに心が揺さぶられました。

披露宴を抜け出して会場のみなと交流センター「はーばりー」に駆けつけたという岡田さん。講演会の後は高知に行かなければならないとのこと。

多忙ゆえ今回の講演への準備はままならなかったと言いつつ、サッカーと今治のまちづくりへの尽きることのない言葉の咆哮が続きます。

「死にものぐるいで考え、死にものぐるいで動く。それしかない」「このまま走っておれが倒れるか、あるいは会社が倒れるかだ」

「命をかけてとまでは言わないが」と謙遜して言うものの、リスクをかけて文字通り日々走っている様子が伝わってきます。

人口16万人の今治でJリーグ昇格を目指す。それがいかに大変なことか。J1に行くにはスタジアムを持たなければならない。岡田さんの熱き想いに賛同してスタジアムは作られた。

イニシャルコストは賄えてもランニングコストをどうするのか。

心震える感動、心踊るワクワク感、心温まる絆を感じられるスタジアム。そういったコンセプトでスタジアムを作り上げていく。

サッカーに興味がない人にも来てもらう。商業施設と一体となった複合型のスポーツパークを実現する。


(講演会会場のみなと交流館「はーばりー」)

岡田さんはスタジアム収容率日本一を掲げる。溶岩のように熱く粘着力のある情熱。片言隻句(へんげんせっく)に想いのの強さと固さを感じました。

今治から日本のサッカーを変える。岡田さんは還暦を超えたそうです。青年のような熱量にこちらまでやけどしそうになりました。

質疑応答で私は尋ねました。

「地元のいわきFCを強くするために地域は何ができるか。地域は何をすべきか」

岡田さんは簡潔に二つのポイントからアドバイスをしてくれました。胸に深く刺さる言葉でした。私自身これから何ができるか模索したいと思います。

現在、岡田さんは「株式会社今治.夢スポーツ」の代表取締役のほか、日本エンタープライズの社外取締役、城西国際大学特任教授、日本サッカー協会副会長の要職にあります。

今治と言えばタオルしか思いつかなかった私。

今治造船が日本一の造船数と技術を持っていること、「伯方の塩」の伯方とは今治市内の地名であることを今治市職員から教えてもらいました。浅学非才に磨きがかかってきたようです。

旅の恥を洗い流すため「坊ちゃん」が泳いで叱られた道後温泉に向かいます。


(春よ早く来い)

5分弱の広報番組の収録に立ち会いました。スポンサーは広報担当の課です。手話通訳のスタッフが関わるため、一度、同席したいと願っていたものでした。

大雪の影響もあって福島市内は道路にも雪が残っていました。午前10時半に制作会社に到着。風が身を切るように冷たい。

初めにナレーションのアフレコを行うとのこと。

映像とナレーションのタイミングを計るため、一同同席のもとフリーアナウンサーの方がナレーションのリハーサルを始めました。

声が美しい。じつに聴きやすい。天性の美声にさらに磨きをかけた声。そんな感じがしました。

音叉(おんさ)のような混じりけのない透明な声です。私の脇でマイクを介さず話しているのに、どこか天井のスピーカーから聞こえてくるような錯覚を覚えました。

いただいた名刺の略歴を見ると喜多方の出身。大学は仙台。生粋の東北人です。軽いショックを受けました。

なぜなら、私は思いっきり訛っているからです。加えて、15年前に県の外郭団体に出向していた際、喜多方出身の同僚のイメージが強く残っていたこともショックの原因でした。

彼は「それで」の意味でよく「そんじぇ」と言っていました。「じぇ」というよりは、むしろ「じぃ」に近かったかもしれません。仲間内でも、クライアントとの打合せでも、出張先の東京でも彼は「そんじぇ」を連発。

いつしか、私の頭の中で「喜多方イコールそんじぇ」の刻印がなされていきました。

プトレマイオス朝最後のファラオ「クレオパトラ7世」は何よりも声が美しかったという。聞く人をして魅了する声と話術の持ち主であったとされています。

嗚呼、私も訛りのない日本語を話してみたい。どうすればいいのでしょうか。訛り除去装置のようなものがあったらいいのにと思う。

というわけで、桜花の季節に予定している「星々のつぶやき」の第2回朗読会「朗ブロ」では、少し磨きのかかったいわき訛りが聞けるかも...。


(この横断歩道の赤信号は永遠に続くかのごとく長い)

秘書を務めていた元上司の話。東京での出来事だったという。切符を買うため券売機に並んでいるとボスが見当たらない。

トイレにでも行ったのだろうか。待つこと数分。さらに待っても、来ない。ここで動いてはお互いにはぐれてしまう。不用意に動けないジレンマ。

30分ほど経ったころにトランシーバー大の当時の携帯電話が鳴った。ボスからだった。

「何をしているのだ」

「切符を買おうと...。どちらにいらっしゃるのですか」

ボスはすでに目的の駅に着いているという。急いで行くと案の定ボスがいました。

こちらの非ではない。そう思った元上司は謝罪の言葉は告げなかったそうです。事情を聞くと、せっかちなボスは秘書が切符を買うのを待っていられなかったのだという。

「どうやって改札口を通ったのですか」

「駅員のいる改札口をそのまま通って行った」

「出るときはどうされたんですか」

「出るときも同じくそのまま通って出た」

要するに切符なしで無賃乗車をしたことが判明。にもかかわらず、駅員から誰何(すいか)も、咎(とが)められることもなく入場と退場ができたというのです。

たしかに威風堂々としています。いわゆるオーラの漂う人でありました。私もかつて一対一で面会をしたことがあります。緊張しました。

そのあまりの堂々たる振る舞いに駅員もやんごとなきお方なのだろうと声をかけることさえできなかったようなのです。

おそらくはご本人もそう自ら信じ切っているからこそなし得る振る舞いなのでしょう。我が王道を歩むまでだという確信。切符などという世事にとらわれてなるものかという信念。

天下国家からすれば切符の一枚や二枚など些末なことです。あとは秘書が良きに計らうだろう。

祇園のお茶屋での支払いに現金のやり取りがないのと同類の感覚かもしれません。やんごとなき人は些事に無関心です。

兎にも角にもというか、私もやってみたくなってきました。

まず、いい背広が必要です。エナメルのピカピカの革靴も。髪も切り揃えましょう。歩き方も練習しなければなりません。背筋をビシッと伸ばし、眼光鋭く闊歩するのみです。

どうでしょう。やれそうでしょうか。やれそうな気がしてきました。エルガー作曲「威風堂々」を聴きながら気分を高揚させるといたしましょう。

新聞の社会面に載ったときは失敗したと思ってください。


(杜のドーナツの豆乳アイスクリーム。150円)

厄介な問題の解決。それは人に会うしかないのだろうと思っています。納められるべきものが未納となっている「滞納問題」がかつて在籍していた部署では厄介でした。

こちらから督促状を送る。送られた方は気持ちが良くない。長時間の苦情の電話も少なくありませんでした。

担当者はできれば滞納者とは面と向かって会うことは避けたい。ですから、文書を再び送る。

外からかかってくる電話の多くがこの滞納問題に関するものでした。しかも一件当たりの時間が長い。

どうするか考えました。

結論は、会うことでした。とにかく会おうと思いました。しかも、ヘビーでハードなケースから対応していこうと腹を決めました。

思い出に残る出会いがいくつかあります。

伺ってみるとご自宅は魚屋さんでした。

こちらが説明をしていると、突然、鯨カギ(木製の柄の先に鉄製の鋭いツメが付いているもの)で目の前のカツオをぐさっと刺しました。思わず後ずさりしました。

「わかったよ。わざわざ来てくれたんだから」

また別なお宅では明らかにそのスジの方のように思えました。

聞いたことのない鳴き声の鳥が飼われていました。大きな亀もいました。お客さんの背後には鎧兜が私の方を見据えています。

「香りのいいお茶ですね。これは椎茸茶ですか」

「違うよ。松茸茶だよ」

「す、すみません」

椎と松には大きな違いがあります。謝る私。気分を害してしまったかもしれない。

1時間は話し合いをしたでしょうか。時折、鋭い鳴き声が響きます。よく伺うと滞納には理由がありました。

なぜか、この訪問を機に過去の滞納分はもちろんのこと毎月の分も払ってくれるようになりました。

こういった訪問を数か月するうちにいつの間にか苦情の電話は途絶えていました。

パレートの法則を引き合いに出せば、苦情の8割は2割のヘビーでハードな苦情主によるものである。その2割への対応を優先して行えば、解決への道が大きく広がると言えます。

問題事例のすべてが話し合いで解決するとは思いません。が、人と人との関係に起因する厄介な問題はやっぱり会うことなのでしょうね。

そして、大事なことは話し合っても解決しない事案は、当地で言うところの“うるかして”おけばよいのです。

完璧を求めるあまり心を煩わすのは非生産的ではないか。最近そのように思うようになりました。


※「うるかす」とは、米を水に入れて浸潤させることを意味する。付随してそのままにしておくことの意味もありますが、良い意味では使われない。


(早暁の徒歩通勤)

利久大和町店。午前11時30分の開店の時間と同時に入店しました。旧友と約20年ぶりの再会。二人とも牛たんヘルシーセットを注文。

米国に渡って20年余。現在、国連本部事務局に勤めている友。PKOの担当だという。

「雇用ってどんなふうなの。ずっと勤められるの」と私が質問。

「2年ごとの契約更新なんですよ。どのような成果を出したのか評価されるし、分担金拠出国の意向によっても継続雇用となるか判断されるんです」

「そりゃ大変だ。緊張感があるね。雇用打ち切りに備えて人間関係を幅広く作っておかないとだめだね」

「人間関係は大事ですね」

「そうそう、いまねドラッカーの読書会に参加しているんです。アメリカではあまり読まれていないようだけど」

「そうでうすね。私も読んでいますよ。強みを生かすというのは大事な視点で職場でドラッカーを実践しています。弱みに着目するとどうしてもぎすぎすしてまいますからね」

20年前、旧友は以前ドラッカーが在籍していた大学に留学中。当時、彼を訪ねた私はドラッカーについて聞かせられたものの、興味を持ちませんでした。

今思えば惜しいことをしました。生前に偉大なるドラッカーに会えたかもしれないのですから。

次回、ニューヨークのラーメン店で再会することを約し、友と別れました。


(ホテルの朝食が好きです)

いわきワシントンホテルの朝食会場。3年ぶりに地元の友と朝食会を催しました。今回で3回目です。朝7時過ぎ集合で8時解散。

それぞれの取り組みや関心のある分野、新しい動きについて情報交換。

あえて朝に行う。朝食会は濃密なひとときを約束してくれます。山本周五郎著『樅ノ木は残った』の主人公が催す朝粥の会を模して始めたものです。

いつしか話題はブログの朗読会「朗ブロ」に移りました。

「じつは『朗ブロ』は職場の友達に背中を押されて催したんです。誰かを頼む心があったのではだめだ、と。それではインパール作戦の牟田口司令官と同じになってしまう、と言われました」

「そうなんですか」

「察してくださいじゃだめだ、ということです。牟田口司令官は上司である中将に作戦中止を察してほしかったと後年語ったとされています。自分の口からは中止してほしいとは言えなかったんですね」

朝食会を閉じようとしたそのとき友がある報告をしてくれました。自ら語ってくれたことに私は嬉しくなりました。


(懐かしい常磐共同勿来火力発電所と鮫川)

通勤途上で愛読者のYさんからメッセージが入りました。「モノができました」と。

終点のいわき駅を降りて階上に上がり改札口に向かったところ、Yさんがにこやかに立って待っていました。まるで示し合わしたかのよう。

「いや〜偶然ですね」

「待っているとは思いませんでした」

Yさんは常磐線を北上していわき駅に。私は磐越東線をディーゼルカーで東漸して同駅に到着。必ずしも同着するわけではありません。

「これです」

おもむろに2本の黒色のUSBメモリーが差し出されました。私はそれを受け取り速やかにポケットに仕舞い込みました。

「例のモノができました」

「お手数をおかけしました。ありがとうございます。なんだか機密情報を受け取るドラマのシーンのようですね」

Yさんは呵々大笑。

先月初めて開催した朗ブロ(当ブログの朗読)会)。その模様を動画編集してくれたのです。

そして、けさも改札口でいっしょになりました。

ひとしきり最近のエントリーいくつかについて所感を伺ったあと、私が尋ねます。


(情報なき国家の悲劇)

「いいネタ、何かありますか」

「二つあります」

「ほう、二つ」

「一つは、堀栄三です。知ってますか」

「恥ずかしながら知りません」

「大本営の情報参謀だった人です。彼が書いた『大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇』を読み終えたので図書館に返すところです。彼の分析力は際立っていました。でも、残念ながら用いられなかったのです」

そう言いながら、Yさんは時間外返却口に本をすとっと入れました。堀栄三を評価する一方で大本営作戦参謀だった瀬島龍三に対しては手厳しい。

「瀬島龍三と言えば面白い本があります」と私が言うとYさんが興味を示しました。

「共同通信社の『沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか』です」

瀬島龍三は山崎豊子著の『不毛地帯』の主人公のモデルとされています。

というわけで、Yさんの教えてくれた二つのネタのうちあと一つが思い出せなくて自宅で悶々としています。

忘却力にますます磨きがかかってきました。


(職場近くの公園の樹々)

改札口を出ると常磐線下り線を利用している愛読者のYさんに会いました。いっしょに職場に向かいながらの会話です。

「エントリー、力作が続いていますねぇ」とYさん。

「いやいやそんなことないです。力を入れて書いたものは意外にヒットしないんです。時間をかけて推敲したものはダメですね。何気に思い浮かんだことを15分程度で書いたものが読まれる」

「なるほど。推敲したものは左脳で書いているんですよ。言うじゃないですか、降りてくるって。インスピレーションで書くのは右脳なんですよ。自動書記みたいに」

「降りてくるというのは降臨とか降霊ですか」

「そうです。作曲家なんかもそうだって言いますね。ささって書いちゃうみたいな。ブログを読ませてもらって思うんですけど、この世界、見えているようで見えていない」

「そうですね。網膜に映っているからといって必ずしも認識しているとは限らないですものね。いかにふとしたことを表に出すか。表現するかですね」

「そうなんですよ。目が節穴のようで見えていないんですよね」


(Living Stone)

「そんなことないですよ。ちょうどよかった。先日取り上げたコーヒースタンドLiving Stoneの前を通っていきましょう」

「ここですか。ぜんぜん気がつきませんでした。これまでにない雰囲気の店ですね。この店に気がつくというのがすごい」

「28日の朗読会でお待ちしています。星々のつぶやきは、朗読するとまた違うんです。楽しみにしていてください」

というわけで、図らずも通勤途上のオフ会となりました。朗読会では降霊してトランス状態にならないよう気をつけたいと思います。


(コーヒースタンド「Living Stone」11:00-20:00 水曜日定休)

ずっと気になっていました。バーなのかカフェなのか。なんだろう。こじんまりとしたおしゃれなお店です。

ある日、交差点を曲がったとき、ゆっくり走って看板に目を凝らしました。小さな字でCOFFEE STANDと書いてあることを確認。近いうち行ってみようと心に留めました。

土曜日、早起きして鉄路で職場に向かいます。


(列車の窓外は曇天)

来週の来年度当初予算要求協議に備え資料を読み込みます。家計で1千万円という金額は大金です。にもかかわらず、仕事で見る事業費は億単位。

一、十、百、千、万などと位(くらい)を数えなくても億単位の金額をすらすらと読めるようになったことが、この仕事の役得だと思っています。

小学校低学年のとき算数が苦手でした。基本の足し算ができない。消しゴムを粉々にして足し算の計算をしていました。


(店主がにこやかに迎えてくれました。ベーグルをかたどった照明が秀逸です)

例えば、3+4は、消しゴムのかすを3つと4つを作り、合わせた消しゴムのかすがいくつあるかを数えました。

計算がすこぶる遅く、教室でいつも涙ぐむ私。通知票の担任記載欄には「いつも涙ぐんでいます」と書かれていました。

「もうお母さん、泣きたくなっちゃう」と家では母親が嘆いていました。一番泣きたくなるのは当人なんです。できないという辛さは傷になります。


(2階に通じる階段)

さて、仕事帰りにランチをかねてLiving Stoneに寄りました。店主が一人で切り盛りしています。1階はコーヒースタンド、2階はイートインです。

ベーグルとコーヒーのセットを注文。イートインで外を眺めながら私は一人安らかにベーグルを食(は)みます。

うわっ、これは美味い。もっちもちのベーグルです。国産小麦使用の余計なものを入れていない本格的なベーグル。20年前にカナダ・モントリオールで毎日のように食べていた、あのベーグルの食感です。


(外は強風が吹いていました)

「SNSも含め一切広告も宣伝もしていないんです。ホームページもありません」

「これは浄水器ですか。ものすごいフィルターですね」

「コーヒーはやっぱり水で決まります。本当はここまで本格的なものでなくてもいいんですけどね。オブジェの意味も込めています」

「店の前には駐車場もないし、いかに歩いて来てもらうかが勝負ですね」


(浄水器のフィルターが並んでいます)

「そうですね。お客さんといえば、アメリカ国籍の人が来ましたよ。コーヒーが美味しいって。通販で日本のお茶を米国に売る商売をこの町で20年近くやっていると言っていました。お茶は京都で買い付けているそうです」

「へ〜そんな人がここにいるんですか」

この町にこれまでなかったような店を作りたかったという店主。人口動態や都市計画を踏まえて、まちづくりをどうすべきか熱い想いを聞かせてもらいました。

というわけで、1時間ほど店主と意気投合し語らいました。なんだか気持ちのよい土曜日の午後を過ごすことができました。

土曜日半ドンは復活すべきだと改めて思いました。半ドンは出会いもあったしなぁ。


(森の中のカフェ「時季の森」)

そうだ「時季の森」に行ってみよう。久しぶりに森のカフェでくつろぎたいと思いました。

晩秋。色づきは今ひとつでした。天候不順のせいなのか、立ち枯れているように見えます。

合衆国大統領が来日したという。世に流れるニュースのほとんどはエアフォースワンの到着から凶悪犯の素顔まで私の一身上とはなんにも関係がありません。

無関係だからこそ夜がくれば就寝することができ、朝がくれば用を足し、歯を磨く。昼になればランチのことを考え、夕方には帰巣本能のままに家路につくことができるのです。


(もみじの赤が美しい)

私の目下の関心事は明日の弁当のおかずをどうするかです。加えて、今月末に主催するブログの朗読会「朗ブロ」の段取りのことです。

ところで、私はカフェが好きです。こよなく愛しています。

ぼんやりとした時間を過ごせるからなのか。己を省りみて明日の糧を得ようとしているからなのか。あるいは、ただ単に甘いものが好きなだけなのか。

カフェがなぜ好きなのか。深く考えたことがありませんでした。


(暑くても寒くてもカフェのお冷は氷が入っている)

週末にピーター・ドラッカーの読書会に参加しました。参加者は3名。初めて参加した方と名刺を交換しました。

すると、私の住む地域の方でした。しかも、地域でカフェをオープンしようとしているというのです。

私はかねてからこの地域ほどカフェが似合う場所はない、と空の雲に訴え、川べりの鴨に語り、森の中でささやき、馬耳東風の家人に向かって口角泡を飛ばしてきました。

気分はとっくに四面楚歌。

したがって、カフェを開設しようと試みている人と出会い、カフェ談義のできる力強い同志を得た気持ちになりました。


(カフェでぼんやりしていることが好きです)

ドラッカーは訴えます。

予期せぬことに意識せよ。そこにイノベーションのカギがある、と。予期せぬ出会いがありました。幸先の良さを感じています。

というわけで、予期せぬ腹痛にもイノベーションのカギが潜んでいるのでしょうか。熟考する必要がありそうです。


(ブーゲンビリア)

県内同業者の管理者研修に参加。午前10時半から午後4時までです。参加者名簿を一瞥(いちべつ)。既知の職員がいないか探しました。

特に知り合いはいないようです。午前の部を終え昼食をとるため外に出ようとしたところ、I村のSさんに会いました。

「あら、Sさん久しぶり。名簿で見つけられなかったです」

名刺を交換しながらお互いの所属部署を紹介し合いました。

近くの焼肉屋に入店。二人ともカルビ丼を注文しました。

「震災からずっと大変だったでしょ。役場が元の場所に帰還したのは...」

「今年の4月です」

「そうすると、SさんもI村に戻ったんですか」

「戻りました。本当にいろいろ大変でした。病気もしたんです」

「病気?どこか悪くしたんですか」

Sさんと私は10数年前に福島県の外郭団体「シンクタンクふくしま」でいっしょに働いた仲でした。

カラオケが上手なのが印象に残っています。いつもはつらつとして見るからに健康そうでした。

「2年前にくも膜下で救急搬送されたんです」

「えっ、くも膜下ですか。どこで倒れたんですか」

「自宅です。日曜日に机で昼寝していたら、そのままくも膜下になっていたようです。椅子に座ったまま万歳をするように眠っていたそうで、不審に思った家族が救急車を呼びました」

「家族の方が気がついて本当によかったよかった。いまこうやって生きていて本当によかったです。気がついたら病院で目が覚めたっていう感じですか」

「何にも覚えていないんです。痛みも何もなく...。目が覚めたら縛られていて」

「昼寝していてそのままひょっとしたら永眠してしまったかもしれないところでしたね」

「あのまま永眠すればよかったんです。気持ちよく寝ていましたから。痛みも何もなく」

Sさんのその言葉にこの6年半余の辛労が偲ばれました。

午後の部の研修を終え、私はSさんと力強く長く握手を交わしました。

「また会いましょうね。必ず会いましょう。福島でゆっくり飲みましょう」

Sさんはにっこり笑って答えてくれました。Sさんと会えたことは、きょうの研修の最大の成果でした。


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