(職場近くの公園の樹々)

改札口を出ると常磐線下り線を利用している愛読者のYさんに会いました。いっしょに職場に向かいながらの会話です。

「エントリー、力作が続いていますねぇ」とYさん。

「いやいやそんなことないです。力を入れて書いたものは意外にヒットしないんです。時間をかけて推敲したものはダメですね。何気に思い浮かんだことを15分程度で書いたものが読まれる」

「なるほど。推敲したものは左脳で書いているんですよ。言うじゃないですか、降りてくるって。インスピレーションで書くのは右脳なんですよ。自動書記みたいに」

「降りてくるというのは降臨とか降霊ですか」

「そうです。作曲家なんかもそうだって言いますね。ささって書いちゃうみたいな。ブログを読ませてもらって思うんですけど、この世界、見えているようで見えていない」

「そうですね。網膜に映っているからといって必ずしも認識しているとは限らないですものね。いかにふとしたことを表に出すか。表現するかですね」

「そうなんですよ。目が節穴のようで見えていないんですよね」


(Living Stone)

「そんなことないですよ。ちょうどよかった。先日取り上げたコーヒースタンドLiving Stoneの前を通っていきましょう」

「ここですか。ぜんぜん気がつきませんでした。これまでにない雰囲気の店ですね。この店に気がつくというのがすごい」

「28日の朗読会でお待ちしています。星々のつぶやきは、朗読するとまた違うんです。楽しみにしていてください」

というわけで、図らずも通勤途上のオフ会となりました。朗読会では降霊してトランス状態にならないよう気をつけたいと思います。


(コーヒースタンド「Living Stone」11:00-20:00 水曜日定休)

ずっと気になっていました。バーなのかカフェなのか。なんだろう。こじんまりとしたおしゃれなお店です。

ある日、交差点を曲がったとき、ゆっくり走って看板に目を凝らしました。小さな字でCOFFEE STANDと書いてあることを確認。近いうち行ってみようと心に留めました。

土曜日、早起きして鉄路で職場に向かいます。


(列車の窓外は曇天)

来週の来年度当初予算要求協議に備え資料を読み込みます。家計で1千万円という金額は大金です。にもかかわらず、仕事で見る事業費は億単位。

一、十、百、千、万などと位(くらい)を数えなくても億単位の金額をすらすらと読めるようになったことが、この仕事の役得だと思っています。

小学校低学年のとき算数が苦手でした。基本の足し算ができない。消しゴムを粉々にして足し算の計算をしていました。


(店主がにこやかに迎えてくれました。ベーグルをかたどった照明が秀逸です)

例えば、3+4は、消しゴムのかすを3つと4つを作り、合わせた消しゴムのかすがいくつあるかを数えました。

計算がすこぶる遅く、教室でいつも涙ぐむ私。通知票の担任記載欄には「いつも涙ぐんでいます」と書かれていました。

「もうお母さん、泣きたくなっちゃう」と家では母親が嘆いていました。一番泣きたくなるのは当人なんです。できないという辛さは傷になります。


(2階に通じる階段)

さて、仕事帰りにランチをかねてLiving Stoneに寄りました。店主が一人で切り盛りしています。1階はコーヒースタンド、2階はイートインです。

ベーグルとコーヒーのセットを注文。イートインで外を眺めながら私は一人安らかにベーグルを食(は)みます。

うわっ、これは美味い。もっちもちのベーグルです。国産小麦使用の余計なものを入れていない本格的なベーグル。20年前にカナダ・モントリオールで毎日のように食べていた、あのベーグルの食感です。


(外は強風が吹いていました)

「SNSも含め一切広告も宣伝もしていないんです。ホームページもありません」

「これは浄水器ですか。ものすごいフィルターですね」

「コーヒーはやっぱり水で決まります。本当はここまで本格的なものでなくてもいいんですけどね。オブジェの意味も込めています」

「店の前には駐車場もないし、いかに歩いて来てもらうかが勝負ですね」


(浄水器のフィルターが並んでいます)

「そうですね。お客さんといえば、アメリカ国籍の人が来ましたよ。コーヒーが美味しいって。通販で日本のお茶を米国に売る商売をこの町で20年近くやっていると言っていました。お茶は京都で買い付けているそうです」

「へ〜そんな人がここにいるんですか」

この町にこれまでなかったような店を作りたかったという店主。人口動態や都市計画を踏まえて、まちづくりをどうすべきか熱い想いを聞かせてもらいました。

というわけで、1時間ほど店主と意気投合し語らいました。なんだか気持ちのよい土曜日の午後を過ごすことができました。

土曜日半ドンは復活すべきだと改めて思いました。半ドンは出会いもあったしなぁ。


(森の中のカフェ「時季の森」)

そうだ「時季の森」に行ってみよう。久しぶりに森のカフェでくつろぎたいと思いました。

晩秋。色づきは今ひとつでした。天候不順のせいなのか、立ち枯れているように見えます。

合衆国大統領が来日したという。世に流れるニュースのほとんどはエアフォースワンの到着から凶悪犯の素顔まで私の一身上とはなんにも関係がありません。

無関係だからこそ夜がくれば就寝することができ、朝がくれば用を足し、歯を磨く。昼になればランチのことを考え、夕方には帰巣本能のままに家路につくことができるのです。


(もみじの赤が美しい)

私の目下の関心事は明日の弁当のおかずをどうするかです。加えて、今月末に主催するブログの朗読会「朗ブロ」の段取りのことです。

ところで、私はカフェが好きです。こよなく愛しています。

ぼんやりとした時間を過ごせるからなのか。己を省りみて明日の糧を得ようとしているからなのか。あるいは、ただ単に甘いものが好きなだけなのか。

カフェがなぜ好きなのか。深く考えたことがありませんでした。


(暑くても寒くてもカフェのお冷は氷が入っている)

週末にピーター・ドラッカーの読書会に参加しました。参加者は3名。初めて参加した方と名刺を交換しました。

すると、私の住む地域の方でした。しかも、地域でカフェをオープンしようとしているというのです。

私はかねてからこの地域ほどカフェが似合う場所はない、と空の雲に訴え、川べりの鴨に語り、森の中でささやき、馬耳東風の家人に向かって口角泡を飛ばしてきました。

気分はとっくに四面楚歌。

したがって、カフェを開設しようと試みている人と出会い、カフェ談義のできる力強い同志を得た気持ちになりました。


(カフェでぼんやりしていることが好きです)

ドラッカーは訴えます。

予期せぬことに意識せよ。そこにイノベーションのカギがある、と。予期せぬ出会いがありました。幸先の良さを感じています。

というわけで、予期せぬ腹痛にもイノベーションのカギが潜んでいるのでしょうか。熟考する必要がありそうです。


(ブーゲンビリア)

県内同業者の管理者研修に参加。午前10時半から午後4時までです。参加者名簿を一瞥(いちべつ)。既知の職員がいないか探しました。

特に知り合いはいないようです。午前の部を終え昼食をとるため外に出ようとしたところ、I村のSさんに会いました。

「あら、Sさん久しぶり。名簿で見つけられなかったです」

名刺を交換しながらお互いの所属部署を紹介し合いました。

近くの焼肉屋に入店。二人ともカルビ丼を注文しました。

「震災からずっと大変だったでしょ。役場が元の場所に帰還したのは...」

「今年の4月です」

「そうすると、SさんもI村に戻ったんですか」

「戻りました。本当にいろいろ大変でした。病気もしたんです」

「病気?どこか悪くしたんですか」

Sさんと私は10数年前に福島県の外郭団体「シンクタンクふくしま」でいっしょに働いた仲でした。

カラオケが上手なのが印象に残っています。いつもはつらつとして見るからに健康そうでした。

「2年前にくも膜下で救急搬送されたんです」

「えっ、くも膜下ですか。どこで倒れたんですか」

「自宅です。日曜日に机で昼寝していたら、そのままくも膜下になっていたようです。椅子に座ったまま万歳をするように眠っていたそうで、不審に思った家族が救急車を呼びました」

「家族の方が気がついて本当によかったよかった。いまこうやって生きていて本当によかったです。気がついたら病院で目が覚めたっていう感じですか」

「何にも覚えていないんです。痛みも何もなく...。目が覚めたら縛られていて」

「昼寝していてそのままひょっとしたら永眠してしまったかもしれないところでしたね」

「あのまま永眠すればよかったんです。気持ちよく寝ていましたから。痛みも何もなく」

Sさんのその言葉にこの6年半余の辛労が偲ばれました。

午後の部の研修を終え、私はSさんと力強く長く握手を交わしました。

「また会いましょうね。必ず会いましょう。福島でゆっくり飲みましょう」

Sさんはにっこり笑って答えてくれました。Sさんと会えたことは、きょうの研修の最大の成果でした。


(夕闇のアリオスカフェ)

朗ブロ「星々のつぶやき」の会場となるカフェに閉店まぎわに寄りました。ちょっとご挨拶のつもりでした。

もう一つ、朗読会当日と同じ時間帯の雰囲気を感じてみたいということもありました。

店員さんと談笑していると懐かしい同僚のTさんがやってきました。かなり前に仕事でプロジェクトチームを組んだ仲です。

彼が出演する演劇の告知のためにチラシを持ってカフェにやってきたようです。部署が異なるため、しばらくぶりに会いました。

旧交を温めつつ、私の催しについて話をしました。

「時間は大丈夫ですから一杯お飲みになったらどうですか」

店員さんに促され、私たちはお言葉に甘えました。

「じつはね、来月28日にここでブログの朗読会を催すんだよ」

「そうなんですか。当初、プロの朗読者にお願いしようと思っていたんだけど、まずは自分でやってみようと思って...」

「読ませてください。いま、ここで」


(落ち着いた雰囲気の店内)

「ほんとに?演劇をやってるから朗読ももちろんできるもんね。ぜひお願いします」

Tさんは「岩塩低温サウナ」「野望の党
『あ』に濁点の事態」を朗読。

カフェの店員さんも、そして私も大笑いしました。作者であることを忘れて涙を流して笑ってしまいました。

なんという表現力なのでしょう。演劇で培った演出力がなせる技なのでしょうか。

ドラマにおいても作品は脚本家の手から離れたら監督のものだという。演出がいかに大事か、私は改めて思いました。

「もし当日都合がつくようだったら数編、朗読してくれないですか」

「いいですよ」

快諾を得ました。

コラボの力って大事ですね。これぞ相乗効果ですね。 「異体同心」とは算術級数ではなく、幾何級数的なのです。

なんでもかんでも自分でやろうとするといい成果を得られません。自分と異なる人の力をいかに結集するか。生かしていけるか。

その力こそがいま求められているのだ、と野望の党代表は思うのでありました。


(守谷サービスエリア下り線にて)

カフェの店内に掲げてある額縁に惹きつけられました。見ると書道家・武田双雲さんの作品。

右側の壁に篆書体(てんしょたい)で「星」、そして対面の壁には行書体で同じく「星」と書かれていました。見事な大書です。

星乃珈琲店で私は友人と向き合い、話に耳を傾けました。

学生時代、文字通り同じ釜の飯を食った仲です。

いまその彼が苦境にあります。うつを患っています。

「この苦しみはドアのないサウナのようなものだよね」

ひと通り話を聞き終えてから私がいいました。私も10年ほど前にうつを発症。死ぬことまで考えました。

「ドアのないサウナ?」

「そう。サウナはドアがあっていつでも出られるとわかっているから、あの暑苦しい中で耐えられる。でも、もしドアがなかったら苦しみが永遠に続くと感じると思う」

「なるほど」

人はどんなに苦しくても、それがいつまでなのかがわかれば心は軽くなる。乗り越えられます。

サウナもあと5分で出て、次に冷水風呂、そして上がったらビールだ、と思えばこそ、苦しみもまた楽しみになります。

心を込めて私は友人に語りました。

「必ず必ず薄皮をはがすようによくなっていくよ。調子のよいときもあると思う」

でも、と私は続けました。

「それを基準としないことが大事。そして、調子の悪いときも、同じく、それを基準としない。波があるのは当たり前ということ」

調子のよいときは、これで治ったのかと思ってしまいがちです。一方で、調子の悪いときは、もう治らないのかと落ち込む。

「復職に向けて大事なことは、波があるということを知っておくことだと思う。必ず良くなるよ」

かといって、うつの真っ最中は己を達観するなどということはできないものです。ただただ苦しいだけ。

思考の視野狭窄が進み、自分自身を俯瞰(ふかん)できないところにうつの辛さがあります。

いま私の胸には山本周五郎著『樅の木は残った』の主人公・原田甲斐の言葉が蘇ってきます。

禅僧・快川紹喜の辞世をめぐって鬼役(毒見役)に向かう丹三郎に対して甲斐が言います。

「(前略)火中にあって、心頭滅却すれば火もまた涼し、などというのは泣き言にすぎない、けれども、その泣き言を云うところに、いかにも人間らしい迷いや、みれんや、弱さがあらわれていて、好ましい、私には好ましく思われる」

うつにおいては、どうしても周りにどう見られるかが気になります。

しかし、この弱さをさらけ出せる友を持つこと、寄り添う友の存在こそが肝要です。

自分自身のときもまさに寄り添う友によって救われました。

当初まったく予定になかった今回の語らい。お互いが引き寄せ合い、星と星が出逢ったかのようです。

まさに星々のつぶやきにふさわしい。


(落石注意)

会津から自宅への帰り道。市内に至り、国道49号線からは近道を使おうと思いました。

いわき三和インターから県道66号線を経由し、いよいよ山深い道に入ります。県道135号三株下市萱小川線です。

車1台がやっとの隘路(あいろ)です。ときおり「落石注意」の看板が目に入ります。

「落石注意」を見て、いつも私は思い悩んでいました。

すでに落ちた石に注意を払えということなのか、あるいは石が落ちてくるかもしれないことへの注意喚起なのか。いったいどちらなのだ、と。

家人に言うと、「どっちもなんじゃない」との返答。納得です。これぞアウフヘーベン(止揚)。

さて、車をしばらく走らせると、対向車の気配。軽自動車が見えてきました。

すれ違い困難の隘路です。私が後退して山側に幅寄せをしました。すると軽自動車が止まり、80歳過ぎの男性の運転手が降りてきました。

「どこさ行くんだい」

「自宅に帰るところです。この先は通れますか。台風の被害はないですか」

「ああ、大丈夫だよ。家はどこ」

「○○です」

「ああ、うちの近くだね。新しい団地のほうげ」

「もともとの家で、義父が昔から住んでいます。義父は○○と申します」

「ああ、知ってる。むかし、いっしょに働いていたもの」

「お名前はなんとおっしゃるのですか」

「○○だよ」

「もしかしたら息子さん市役所の...私もなんですよ。どちらに行くんですか」

「どこにも行がね。栗、拾ってんだ。ほら、これだ。山には上がんね。道路に落ちてる山栗、拾ってんだ」

「ずいぶん採りましたね」

「そんなごどねぇ」

「では、お気をつけて」

車は木漏れ日の中に消えていきました。

台風のあとは栗拾いの絶好の機会なのですね。山の幸も海の幸も台風のあとはおこぼれにあずかることができます。

以前「今日もアワビなのか」に記しました。台風後に海辺に流れ着いた無数の鮑を父が拾ってきたことがあります。

もう見るのも嫌だと思うほどアワビを食べた思い出です。


(「はじまりの美術館」を初訪問。撮影可が嬉しい)

半世紀も生きていると己の至らぬ点や短所を指摘してくれる人はまれになります。勇気の要ることですから。

その意味でそのような指摘をしてくれる人を持つことは幸せです。しかも、真心からの発意であればなおのことです。

会津の地に仕事の師匠を訪ねました。


(左奥は鈴木祥太氏製作の作品。「はじまりの美術館」)

冷製茶碗蒸し、たたききゅうりの漬物、鶏のケチャップ炒めブロッコリー添え、まいたけとぶなしめじと豚肉の炒め、筋子の酒粕漬け等々。

手料理を作ってくださいました。すじこは絶品でした。熱々のご飯でかっこみたい誘惑に何度も駆られました。

真心の品々に舌鼓を打ちながら、語りに熱が入っていきます。


(鈴木祥太氏製作 同)

師匠の指摘は鋭く、ときに容赦ない。

たとえて言えば、浴室の鏡に濡れた己の頭髪が映り、思いのほか貧弱になっていることを知ったときのショック。

あるいは、ビルのガラスに映る己の歩く姿の弱々しさに気づいたときの気持ちといったところでしょうか。


(宮原克人氏製作 同)

いずれも自分自身も薄々とは感じているのです。頭ではわかっているのです。

でも、それを直視できない。否、直視しようとしない。つまり、己の弱さに勝てないのです。ずるい生命(いのち)です。

一夜の語らいによって心洗われ、お腹も満たされ、師匠宅を辞去。次は真冬の会津を訪れたいと願っています。


(中央と左は片桐功敦氏、右は今村文氏製作 同)

雪のない浜の人間のわがままです。


(神戸方面を望む。たぶん)

30年前に友人とタイ南部のハジャイを旅しました。ハジャイ(Hatyai)とは大きな浜を意味します。

現地の大学の学生たちとJBホテルという中規模クラスのホテルのラウンジで夜に飲むことになりました。

ステージでは演奏が奏でられ、女性の歌手がタイ語の歌を歌っていました。男性の歌手がステージに立ちました。

聞き覚えのあるイントロが流れ始めました。

んっ、何だろう。と思っていると歌い始めました。

♪目を閉じて何も見えず

そうです。谷村新司さんの名曲「昴」です。じつに上手い。どうしてこんなに上手に歌えるのだろう。熱唱でした。

異国の田舎町で聞く昴。熱帯で聞く昴。妙に旅情が高揚したのを覚えています。

ハジャイはマレーシアに近い町です。イスラム系住民も少なくない。辺境の地と言っていいかもしれません。

こんな場所で完璧に昴を歌う人に出会ったことに胸が熱くなりました。

しかし、不思議な歌詞です。

「目を閉じて何も見えず」

当たり前のことです。当たり前のことなのですが気になる言葉です。

ハジャイで昴を聞いて10年後、成田空港で谷村新司さんを偶然見かけました。どうもあの頭髪を見ると芸人のコロッケのパカパカ動かすカツラを連想してしまいます。

モノマネは大切な価値を毀損する場合もあると感じました。

さて、その10年後、2007年にハジャイのJBホテルはテロの脅威にさらされます。爆弾が爆発し多数の死傷者が出ました。

そして、その10年後の本年、ハジャイやその近隣から青少年たちが研修でいわき市を訪問。50日間の滞在中、何度か交流させていただきました。

というわけで、ふと思い出したことを備忘録として書き留めました。

動画サイトで谷村新司さんの昴を久しぶりに聞いてみました。が、やっぱり頭髪のパカパカが気になって厳粛に聞くことができませんでした。


(畦道に咲く花。名前がわからない)

東日本大震災の前年のことです。うつから立ち直って1年半ほど経ったとき職場のメンタルヘルス研修を受講しました。

講師の話に深く共鳴し、癒され、そして勇気づけられました。研修終了後の控室に講師を訪ねました。

しかし、いま、講師の話の何に共鳴し、納得したのか。情けないことに思い出せません。

勇気づけられた、励まされたという心の作用だけが温かな灯となっていまもなお続いています。

先日、月刊誌の編集部の知人から連絡がありました。

特集記事の取材先でのこと。インタビューをする中で出身地のことが話題になったという。知人は、私のいま住むまちと同じであることに気づいたそうです。

もしかしたら知り合いかもと思い尋ねたところ、研修の受講生であったことを覚えてくださっていたとのこと。

昨日、発行されたばかりの「潮」10月号が贈呈として送られてきました。早速ページを開きました。

懐かしい顔写真とともに「社員のメンタルヘルスと企業に経営倫理」と題した記事が載っています。根本忠一さん(公益財団法人日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所主幹)は訴えます。


(特集は「ストレス社会を生きる」です)

「過労自殺を生む最大の要因は、労働時間の問題というより、むしろ個々人が抱える孤立感と虚しさ、そして先行きの不安にあると私は考えています」

その通りだ。私自身の経験も踏まえ、納得がいきます。

「各企業が実施しているストレス対策を見ていると、『チャレンジをすれば社員にストレスがかかってしまう。だからあまり無理をさせるな』という暗黙のメッセージを感じますが、それが組織としての合意を得られるとは思えません」

「大切なことは『チャレンジをしてストレスがかかったとしても、会社はあなたを守る』というメッセージを、いかに社員に伝えるかということです。チャレンジなくして組織の活性化はあり得ません」

根本さんはこう結論します。

「自らの仕事に意味を見出すことこそが、じつは最大のストレス対策になるのです」と。


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