(夜桜)

次回の朗ブロ(「星々のつぶやき」の朗読会)を求める声がちらほら寄せられています。どうしようか。迷っています。

ふらっとアリオスカフェに寄りました。

「朗ブロでは大変にお世話になりました。ご面倒もおかけしました。反省点も多々あります」

「いえ、こちらこそ、いろんなことが見えてきました」

「今回の朗ブロでは開会してすぐに朗読に入りました。お料理が運ばれたものの口に入れることをためらっているように見受けられました」

「せっかくご注文いただいたのに...」

「ですから、次回は開会後約30分は気兼ねなく食事を召し上がり、参加者同士でお話をしていただいたりするなどの時間に充てられたらと思っています」

「次回はいつ開催しますか」

「次回ですか...そうですね。充電期間が必要です。今回の朗ブロ開催にはそれなりにエネルギーを使いました。作品も積み重ねていかないといけないですし。腹痛物はよかったのかどうか」

「腹痛物、共感します。じつは私も...(中略)...(後略)」

人は誰しも筆舌に尽くし難い体験を持っているものなのだ。そんな感慨にとらわれながら、アリオスカフェの窓外に目をやりました。

桜の木がありました。そうだ夜桜を観ながらの朗ブロはどうだろう。

「桜の季節にまた催したいと思います。夜桜を観ながらはどうでしょうか」

「いいですね。ビールなども飲めるようにしましょうか」

外の桜の木を見ながら妄想が膨らんできます。

干し芋の食べ方」を聞いてもらいながら、参加者の皆さんに実際に紅はるかの干し芋を召し上がっていただく。80回の咀嚼を体験してもらうというのはどうか。

同じように「禁断のレーズンアンドバター」の朗読の際、レーズンアンドバターを塗った厚切りトーストをお出しする。

朗読とリアルが融合した、朗ブロです。新たな地平線が見えてきました。

バーチャル・リアリティが跋扈(ばっこ)する昨今。五感をもって詩心を感じる、そんな試みがあってもいいのではないか。むくむくとチャレンジングな思いがもたげてきました。

紅茶をすすりながら一人ほくそ笑む私。干し芋やレーズンアンドバターを提供してくれるスポンサーを探さねば。


(子どもころよく来た小浜海岸)

著名なゲームクリエイターの方のお話を聞く機会がありました。公民館で子どもたちに交ざって聴講しました。

一つのゲームソフトを作るのに数億円もかかるものがあることや5年も費やして開発するものもあることを知りました。

ゲームキャラクターの設定を参加者とともに行うワークショップようなこともしました。

性別、年齢、人あるいはモンスター、性格などを参加者の子どもたちから聞きだします。

次に、その設定を基に講師がイメージをホワイトボードを描いていきます。

完成品を見せて、講師は子どもたちに想像通りか、あるいは違うかを尋ねました。

「違う」「もっとかっこいいイメージ」といった意見が出ました。

講師はこのギャップ、違いこそが大事だといいます。

ゲームクリエイターの重要な仕事は、コミュニケーションにあることを強調しました。

「こうしてほしい」という要望に対し、それを受け止める側。そのギャップをきちんと確認し埋めていく作業が大切である、と。

ゲームクリエイターのお話を聞きながら、ふと、我が社で起きている事象を思い出しました。

日によって指示内容や記憶が明らかに違うことがあります。しかも、それを指摘できない自分がいます。

仕事によるストレスは、このわかり合えないというギャップに起因していることの方が多いのかもしれませんね。

以前は指摘し、意見する気力が充実していました。

近ごろは、炭水化物不足のせいか、「どうせ」という思いが先に立ち柔(やわ)になってしまっているようです。

子どもころ大好きだった絵本『きかんしゃ やえもん』が読み返したくなってきました。腹を立てたいのかもしれませんね。

さあ、来週も、炭水化物という名の燃料をしっかり摂って乗り切ります。


(旅先のホテルでハーゲンダッツを食べながらゴルゴ13を読むのが私の小確幸)

「ゴルゴ13シリーズ」がなぜ好きなのか。一つには、類型化されたシーンが忘れたころに登場する、そのわかりやすさにあります。

例えば、いまにも命が尽きそうな老人が「あいつは許せねぇ。ゴルゴ13、お願いだ。あいつをやってくれ。あり金はこれだけだ。頼む」といってゴルゴ13に懇願。

「やってみよう」

「おお、そうか、やってくれるか」

そして、見事に仕事をこなすゴルゴ13。

ターゲットが何者かによって殺害されたと新聞などで報じられ、病床に伏す依頼人がそれを知って涙を流す。

「う〜っ、ゴルゴ13が約束通りやってくれたのだ。ありがとう...」

もう一例挙げると、とんでもないライフルの特注(調整)をゴルゴ13から依頼される職人とのやり取りも好きです。

「旦那、こんなの明日までに作れだなんて、無理でっせ。しかも、いったい何に使うんだい」

「何に使うかはお前の知ったことではない。いわれた通りに作れ。俺のスペック通り作れるのは世界にお前しかいない」

こういうパターン化したシーンになぜか惹きつけられます。安心感といってもいいでしょう。


(和食給食。鰹節とムロアジ節を使った出汁で味付け)

ところで、学校給食の催しで地元の板前さんのお話を聞く機会がありました。料理の鉄人・道場六三郎さんに10年師事したという。

見えない部分、正確にいえば、人が気がつかない部分に強いこだわりを持っていることに感銘を受けました。

東日本大震災で店が営業できなくなり、ようやく4月に入って営業再開の準備をしていたころのこと。

いよいよというときに4月11日の余震で3年かけて作った鰻用のタレが倒れて流出してしまったそうです。さすがに心が折れそうになったという。

3年かけて作ったタレ。和食の店ではありますが鰻専門店ではありません。

でも、鰻の蒲焼き一品を提供するにあたって、そのタレに専門店以上のこだわりを持つ板前さん。プロフェッショナルの流儀を感じました。

出汁についても鰹節の削り具合、ムロアジ節を鰹節にある割合で混ぜることによって最高の旨味が出せるという。たゆまぬ工夫と努力に感動しました。

というわけで、プロフェッショナル中のプロフェッショナルであるゴルゴ13を読むときは、今後、襟を正し、アイスクリームはあとで食べようと思います。


(海街っていう名前がいいですね)

先日読んだ本に「映画を観ると人生が豊かになる。映画をたくさん観よう」といったことが書かれていました。確かに映画をよく観る人は心優しい。

私も人生を豊かにしてみようかなと思い、仕事帰り、ふらっと映画館に寄ってみました。

当日最終のショーはレイトショーということで大人料金1000円。いちばん早く始まるレイトショーは「海街diary」の18:50でした。

都会では考えられない早い“レイトショー”です。

人生を豊かにする前にまずは、お腹を豊かにしようと、映画館脇のラーメン屋で味噌チャーシュー麺、ギョウザ、そしてレモン酎ハイを注文。

18:40に映画館に入りました。10本ほど作品がかかっていました。「海街diary」は5階の部屋でした。私のほかにお客さんは2人。

最初、火葬場での葬式の場面が出てきました。煙突から立ち上る煙を見ているうちに眠くなり、うとうとし始めました。

そのうち、キャーっという叫び声がして、画面を見ると、風呂場に便所バッタ(カマドウマ)が出てきて大騒ぎしていました。

江ノ電や美しい鎌倉の風景が映し出されたかと思いきや、また寝てしまいました。ハッと気がついたら、終了10分前。

また葬式の場面でした。

結局、ストーリーがさっぱりわからずに終わってしまいました。

葬式→便所バッタ→葬式。頭に残ったのはこれだけです。

そういえば、最近便所バッタをまったく見かけなくなりました。どこに行ってしまったのでしょう。

本日の教訓。

人生を豊かにするためには相当数作品を観なければならない。

それから、満腹にして映画を観てはいけない。


(親友にいただいた東山魁夷のカレンダー)

子どものころ住んでいた火力発電所の社宅。4階の北側の窓から阿武隈山系を源流とする鮫川の河口を眺めていました。

当時砂利の採取が行われていました。川中に川底から砂利を吸い上げる小さな船があり、ゴム製の黒いパイプが川岸の砂利選別機につながっていました。

砂利選別機は単純な構造です。網目の入った筒状のふるいが横たわっていて回転しています。筒の先に砂利を含む水をそこに流すと、粒子の細かい砂は筒の末端まで行かず、途中で下に流れ落ちるという仕組みです。

大きめの砂利や小石は、筒のもう一方の先から転がり落ちてきます。

子どものころの音の風景といえば、回転するふるいと砂利がぶつかるカラカラとした響きです。

いつも砂利の弾く音がしていました。


(こんな感じです。怪獣ではありません)

ところで、日本画家・東山魁夷の作品を見ていると私は音を感じます。静かな響きが伝わってきます。

没後15年記念「東山魁夷と日本の四季」展が東京で開かれます。

山種美術館(渋谷区)では、日本経済新聞社との共催で特別展「東山魁夷と日本の四季」を本年11月22日から翌2015年2月1日まで開催。

日本の各地の自然と風景を詩情豊かに描き続けた日本画家・東山魁夷。同展はその没後15年となる本年に「日本の四季」をテーマに魁夷の画業を師や仲間の作品とともに振り返る特別展として開催されるもの。

ちなみに共催者の日本経済新聞社の社章「太陽樹」は東山魁夷の筆によるものです。

山種美術館はカフェも有名です。その時々の展覧会の作品を題材としたスイーツを創作しています。

港区青山の「美術館通り」をご存じですか。山種美術館を起点として北上すると、岡本太郎記念館、根津美術館、国立新美術館、サントリー美術館をめぐることができます。

少し離れていますけれど、周辺には東京都写真美術館や森美術館もあります。

ご覧のとおり私は絵が下手です。

絵画のことはよくわからないので、ミュージアムカフェをまわってスイーツの食べ比べをしようかなと思案中のだいこんくんなのでした。


(みんなに食べてほしかった文化センター地下食堂のカレー)


イベント(催事)で大切なことは、トイレと食事。特に野外でのイベントはトイレへの配慮は欠かせません。

「東京砂漠」を歌わせたら日本一の元上司は、講演会などの催事で「運転手さんの食事は大丈夫か」と私に確認を求めたものでした。元上司の意味するところは、運転手さんの食事まで配慮できればイベント全体に目配りがされているということなのでしょう。

きめ細やかな配慮のできる上司でした。

ところで、昨日、講師お二人を招いての講演会を催しました。

「催す」といえば、学祭のときに「催してもいいですか?」という言葉をプリントしたオリジナルTシャツを友人が着ていたことをふと思い出しました。私は頻便で、よく催します。

さて、多忙を極めるお二人の講師を迎えるにあたって沮喪があってはならない。講師のうち一人は、九州からわざわざこの講演会のためにお越しになる。

控室には、殺風景にならないようにテーブルに小さな花を飾りました。クーラーボックスで冷やした冷たいおしぼりを4本用意。講師到着時には、まず氷を入れずに冷たい麦茶を差し出し、講演後は氷を入れた麦茶をお出ししました。

ステージには、数日前の別なイベントで使ったものではありましたが、胡蝶蘭と花瓶を配置しました。

講演時の演壇にも冷たいおしぼりとミネラルウォーターを置きました。

なにが起きるかわからない世情です。暴漢対策用のサスマタも用意しておきました。なお、サスマタは1本では危険で、2本が必須です。

茶といえば、石田三成の「三杯の茶」のエピソードがよく知られています。仮に後世の創作だとしても好きな逸話です。

鷹狩りの帰りにのどの渇きを覚えた秀吉が寺に立ち寄り、寺小姓に茶を所望しました。寺小姓は最初に大きめの茶碗にぬるめの茶を、次に一杯目よりやや小さい茶碗にやや熱めの茶を、最後に小振りの茶碗に熱い茶を出したとされています。

寺小姓の気配りに感じ入った秀吉が、この寺小姓(石田三成)を家来にしたという話です。

講演会に話を戻します。

講演会が終わり、講師がおしぼりに感銘を受けていたとスタッフから聞きました。控室にも、演壇にもおしぼりがあるというのはありそうでないと。

おしぼりなどという些細なことに気が付く、この講師がすごいと私は思いました。驚きました。ふつうはおしぼりがあることなど気にも留めず、当たり前と思うものです。

ただ、残念なことに、昨日はスタッフの昼食に失態がありました。営業していると思った会場地下の食堂がやっていなかったのです。私の事前確認に甘さがありました。

まだまだだなと悔やみながら、久しぶりに日本一の「東京砂漠」を聞きたくなっただいこんくんなのでした。


ファン(換気扇)のぶーんという低い音が苦手です。職場のビルのボイラー室からも聞こえてきます。

両親は私が20代のときに亡くなりました。斎場で荼毘に付しているとき、通奏低音のように響いていたのが炉のファンの音でした。

高速道路のサービスエリアのトイレでも類似の音が鳴っており、「あのとき」を想起させます。温泉の大浴場でも聞こえます。

ファンの音に身をゆだねていると意識が遠くなることがあります。あの世へ誘(いざな)う音に聞こえます。

母が亡くなった歳まであと5年、父が亡くなった歳まで残り9年。

知人からご招待を受けたので、「終活とエンディングノート」というセミナーに参加してみようと思います。

この「星々のつぶやき」の投稿も頻度が増えてきました。このごろ不思議と書き残しておきたいという欲求が湧いてきます。

親は私の年齢のときに何を考え、何を思っていたのでしょう。もう尋ねることもできません。

ふと思ったこと、思っていることをこれからも綴っていきます。


線路脇の農道にカメラを携えた人たちが集まってきました。

ネットで調べてみると臨時列車が走るとのこと。しばらくして、「風っこストーブ夢街道号」が通過しました。

寒い中、カメラを構えていた撮り鉄さんたちに温かいコーヒーを差し上げたところ、喜んでくれました。



先日、絵本作家ののぶみさんのワークショップに運営スタッフとして参加しました。

準備が一段落し、スタッフのみなさんと昼食をとっているとき、ワークショップでのぶみさんが怪獣の着ぐるみを着ることが話題になりました。

スタッフの一人が、そう言えば、○○○さんも茄子だかだいこんだか、なにかの着ぐるみを着るんですよねと私に尋ねました。

その方の職場の同僚が私とフェイスブックの友達で私が着ぐるみが好きなことを知っていて、周りの人に話しているというのです。


私にまつわる機密情報がこんなふうに漏えいしていたとは・・・。

学生のときに、寮のコンパで上級生から、「己を捨てるんだ!」と脅され、さまざまな芸に挑戦していく中で、いつしかおかしなことをやるのが好きになっていきました。

いまでは、己を捨てることなく自然にできます。

もう少しすると歓送迎会の季節になりますので、さらに芸を磨いてまいりたいと思います。


絵本作家ののぶみさんのワークショップにスタッフとして初めて参加しました。


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