(カツオの竜田揚げ。早朝から揚げていました)

スマホで動画を視聴していて、最近、気になることがあります。いや、気にかかることといったほうがよいかもしれません。

音質の優れたホールでのコンサートなどでの拍手の音です。

唐揚げの油の跳ねる音に聞こえてしますのです。いったん唐揚げの音と思ってしまうと、唐揚げ以外何物にも聞こえない。脳が認識を固着してしまいます。

拍手のたびに唐揚げを連想し、まるで台所に立っているような気分になります。

閑話休題。

NHKスペシャル「メルトダウン6 原子炉冷却12日間の深層〜見過ごされた危機」(2017年3月12日放送)を動画サイトで視聴しました。

福島第一原発の当時の所長が事故後10日余り間断なく指揮を執っていました。その間の発話の内容やトーンを人工知能(AI)を用いて解析。

所長は原子炉の冷却という最重要のテーマ以外にも職員の食料や土木作業など、ありとあらゆることについて報告を受け、判断しています。

また、解析によって10日経過して所長の発話に変化が起きていることをAIは明らかにしていました。

その後、所長は体調の変調を機に他の人に指揮権を渡し、抱きかかえられるようにして席を外す姿がありました。

日本との比較において安易に米国を引き合いに出すのは好きではありません。

しかし、組織のマネジメントという点ではやはり参考になるものがあります。

システムとは「他の人に代わり得る仕組み」と定義するとしましょう。

アポロ13号(1970年4月)の事故では、ヒューストンの管制室の複数の飛行主任(フライト・ディレクター)が8時間交替で対応に当たっています。「交替で」というところがポイントです。

加えて、NASAの役員は管制室にすべて任せ、後方支援のみを行っていました。強力な権限を東電本店が有していた6年前の原発事故対応と比べ、その点でも違いがあります。

東日本大震災の際、米軍が展開した「トモダチ作戦」。

その米国国務省の指揮本部では、やはり責任者が8時間交替で超過勤務をすることなく対応にあたっていたという(ケビン・メア『決断できない日本』(2011年、文春新書)。

「他の人に代わり得る仕組み」の構築のカギは何か。自分の職場でいえば、私が長期休暇を取ることかなぁと思っています。

課長がいてもいなくても回る組織。これぞ理想の組織です。


(トトロの木)

「あるものをないとはいえない」--- それがいえるようになるのが大人になるということなのでしょうか。

その意味では私は稚児なのかもしれません。

報道を仄聞(そくぶん)するに感じること3点。

一つ目は、「あるものをない」ことにするのはよくない、ということ。これは当たり前です。議論の余地はありません。

二つ目は、「トップの意向」への対処の仕方についてです。基本的に逆らってはいけないのではないでしょうか。

違法な指示でない限り、トップの意向を貫徹するのが組織であろうと思います。

まして、選挙によって選ばれた人間の指示(仮にあったとして)が役人によって阻まれることの方が問題があるような気がします。

社長のいうことを聞かない会社組織は立派な組織でしょうか。

課長の指示に従わない課はいい組織でしょうか。

三つ目は、「歪められた」云々のくだりについてです。「公平公正であるべき行政のあり方がゆがめられた」と発言しています。

これは政策判断の類いです。おかしいと思うのであれば、在職中に具申すべきです。辞めてから発言するのは本当の勇気ではない。

もちろん、辞職後においてもそれを発言することの覚悟は相当なものだとは思います。が、辞めてからいってはいけないのです。

在職中に諌めることができなかったことは、加担したこととイコールなのです。

そんなことを徒然に思いながらけさは東京駅丸の内で購入したベーグルを食べました。

それにしてもベーグルはクリームチーズがよく合う。じつに美味しい。

「ベーグル讃歌」という詩を作ろうかと思うほどです。


(けさも早起きして作りました)

日々使っているのに、いやもう日常生活と一体不可分となっているのに、スマホの地位は低いような気がします。もっと品位ある扱いを受けるべきと思っています。

あらゆることができるといっても過言ではないスマホ。にもかかわらず相応しい地位が与えられていない。

例えば、読書。

書物の本を読む姿は称賛されることはあっても、ふつうは非難されるものではありません。

でも、スマホで読書をすると同じ書物を読んでいるのに、本を読んでいる時のような静謐で知的なオーラが出ません。

読書だったら、親に「ほう、珍しいな。何を読んでいるんだ」と問われるのに、スマホは「スマホばっかりいじくって。勉強でもしなさい」といわれてしまいます。

なぜなのでしょう。

次に、写真。

スマホのカメラの品質はものすごく向上しました。コンパクト・デジタルカメラが売れない最大の理由になっています。

にもかかわらず、例えば、戦場カメラマンが銃撃現場をスマホで撮ったら、不謹慎のそしりを免れないかもしれません。

戦火を逃れ、川を渡る親子を一眼レフで撮ることはピュリッツァー賞の可能性があります。が、同じ構図を撮ったとしてもスマホで撮影するとどうでしょう。

雰囲気がまるで軽い。川で親子の水遊びの様子を撮るには最適なスマホ。

人差し指でシャッターを押すのがよくないのでしょうか。その軽さがダメなのでしょうか。気安さがよくないのでしょうか。

やはり、戦場カメラマンのスタイルとしては、タケノコのような望遠レンズを構えて匍匐(ほふく)しながら撮影することが求められているのかもしれません。

さらに、文章作成。

「星々のつぶやき」もその多くがスマホで入力して記事を投稿しています。

パソコンで作成すると知的作業をしている感じがあるのに、スマホで指で入力するとなんだか劣化したイメージを与えます。

なぜなのでしょう。わかりません。

かくもスマホは軽い。スマホは所詮いじってなんぼのものなのでしょうか。

というわけで、いつの日か世の親御さんに子どもたちが「早くスマホでもいじってなさい」といわれる時代が到来することを切に願っています。


(家路)

過去の訪問調査の備忘録として記します。

目の前の地域の生活課題に懸命に取り組むうちにいつのまにか「仕組み」ができていたといえる。

そのことを豆腐とおからの関係で考えてみたい。

「いつの間にかそういう風土になった」(松江市忌部地区社会福祉協議会会長)

重要なことは、風土・土壌をつくることにあるのではないかと思う。「仕組み」とは、結果としてできるあがるものなのではないか。

「地域をよくしていきたい」、「地域をよくしていこう」という風土が漲るとき、地域には支え合いの仕組みができる。そのように思う。

例えを用いれば、豆腐をつくるときにおからができる。おからは副産物としてできるものである。

「豆腐」は、地域をよくしていこうという「風土」であり、「仕組み」は結果としてできる「おから」と言えるのではないだろうか。

風土が熟していないところに、仕組みを無理やり移植しても、その仕組みは回らない。「仕組み」という「おから」にばかり注目してはダメである。

美味しい「豆腐」をつくろうという努力をする中で、素晴らしい「おから」ができるのだろうと思う。


(庭先の芝桜)

(からつづく)

数字は冷厳です。精緻な分析に基づいた立派な計画を作ったとしても、実行が伴わないものは画餅に帰すだけ。

南相馬市ではどのような取り組みがなされているのでしょうか。ベビーラッシュの理由は何なのでしょうか。

同市では行政、企業、民間団体が力を合わせ「産みやすく、育てやすく、産んでも働きやすい」という三位一体の施策を進めているという。

・行政の取り組み
一つには保育料の無料化。「子供の数を増やすうえで、重要なポイントは一人目の子供を産むハードルを下げること」「一人目を安心して産み育てた方は、積極的に二人目を産む傾向」にある。

さらに、保育士の確保のための「保育士宿舎借り上げ支援事業」(家賃を上限7万円まで補助。5年間の時限事業)を行っている。

・企業の取り組み
「育児と仕事の両立を目的として、労働時間の短縮に努めたり、育児休暇の積極的な取得を進めたりしている」

・民間団体の取り組み
放射線への正しい知識を身につけるための勉強会の開催や子供連れの集える場所や遊び場の整備といった保育環境の充実にNPOや民間団体が取り組んでいる。

同レポートでは結びに「『少子化対策』になにが必要か」と問いかけています。

「震災を経験した南相馬市の若い世代、いわゆる『ミレニアル世代』は、安心できる環境があれば子供をもうけたいと考えているよう」だとしています。

さらに、周囲がやるべきここととして、「産みたくなる『安心スイッチ』をいかに入れるか」であり、「産みやすい環境作り→育てやすい環境作り→働きやすい環境作りという三位一体で考えること」が重要だと結論付けています。

南相馬市の今後の動きに目が離せません。


(東南アジアの運河を思わせる夏井川の風景)

ほぼ毎日チェックする「岡本全勝のページ」。最新の記事で紹介されていたのが「原発25キロ圏内『ベビーラッシュ』の理由」(PRESIDENT Online)でした。

「南相馬『よつば保育園』からの報告」との副題で同園事務長の近藤貴之さんがレポートしています。

マイナスの環境においてマイナスの結果が出るのは当たり前。プラスの結果が出ているのには必ずワケがある。出ているのではなく、「出している」のだと私は思います。

誰かが尋常ではない地道な努力を重ね、その誰かと結びついた人と人のつながりでムーブメントが起きているはずです。

さて、レポートに入りましょう。

「よつば保育圏」は福島第一原発から約25キロの距離にあります。「事故当時は『基本的に子どもは住まない方が望ましい」とされた地域」です。

一時休園した除染後に再開。200人近くした園児は一時20人ほどまでに減った。しかし、現在、「約250人にまで増え、さらに希望者がいるため待機児童が発生」しているというのです。

震災前の南相馬市の合計特殊出生率は1.88人。元々、子育て環境がいい地域といわれてきたとのこと。

2010(平成22)年の全国平均が1.39人、福島県が1.52人。同年の都道府県での最高が沖縄県の1.87人であることを考えれば、同市の合計特出生率の高さがうかがえます。

これはこれで深掘りすべきテーマだと思います。

「震災前の南相馬市では、一年間に約750人の新生児が生まれていました。それが震災後、約300人にまで落ち込みました」

ところが、「ここ数年で、妊婦が目立つようになり、最終年には年に約400人の新生児が生まれるまで回復」。

ただ人々が願っているだけではこのような回復はなしえないはずです。何が起きたのでしょうか。

(へつづく)


(阿佐ヶ谷の花屋さんで購入したブーゲンビリア)

介護保険料のことで義父と軽い口論になることがあります。健康で何もお世話になっていないのになぜ払わなければならないのか、と。

「介護保険料って何だ。なんでこんなの払わなっきゃなんねぇんだい。介護を受けている人から取ったらいいべ」

「健康でお世話になっていない人が支えているのが介護保険なんです」

いつもはこれで会話は終わりです。

以下は私の脳内の妄想会話。こんなやり取りができたらいいなぁと思っています。

「行政サービスは負担とサービスが非対称なことが多いんです」

「非対称ってなんだ。わがんね」

「たとえばコンビニで100円のコーヒーがあったとします。誰が買っても100円です。お金持ちも高齢者も子どもも同じ値段です」

「当たりめだっぺ」

「ところが役所が提供するサービスはちょっと違うんです」

「児童手当っていう現金を給付するサービスがあります」

「子どもいる世帯に金をやんだっぺ。知ってるよ」

「そうです。厳密にいうと18歳に達する日以後の最初の3月31日までの児童を養育する者に支給されます。基本的には親に支給ですね」


(まもなく若鮎の姿が見られます。夏井川)

「わがってるよ」

「財源として子どものいない人も税を負担しています。同じ税金を払っていても、受けられるサービスとそうでない場合があるというこです」

「なるほど」

「難しい言葉でいうと所得の移転が行われているんです」

「何だ、所得の移転って」

「子どものいない人から、子どものいる人に所得が配分されているんです。同じように健康保険は、健康な人から病気の人に所得が移転しているんです。公的年金も自分に積んでいるようでじつは違うんです。働く世代が年金受給者を支えているんですよ」

「なんだかよくわがんね」

「お義父さんがいつも疑問に思っている介護保険料も、お義父さんのようにぴんぴんしている人の保険料が介護の必要な人に充てられているということです。これが所得の移転です。所得税なんかは税そのものが所得移転なんですけど、その話はまたの機会に」

「金を払ったからといって何かもらえるというのとは違うのだな」

「いいことに気づきましたね。そこがコンビニでの買い物と違うところなんです。そのことを非対称性っていいます」

「お義父さんの払っている介護保険料は要介護の人を支える大事なお金なんですよ」

「なるほどね〜」

「だから行政において何かを無料化するとか、給付するというサービスを始めるときは誰かの所得を誰かに移転させるという仕組みを作らなければならないんです。役所は油田ももっていないし、金塊もありませんから」

「確かに無料っていうのは聞こえがいいけど、誰かが負担すんだよな」

「そうです。全員が満足する行政サービスなどありえない。こっちからあっちに持っていく。非対称だから行政がやるんです。誰かの満足を犠牲にする。ただし、そのサービスの目的に社会的な利益、法律では『公共の福祉』っていいますけど、を持たせるんです」

「なんとなくわかってきた」

「わかってくれてうれしいです。目的と同時に大事なのがプロセスです。それは次回にお話しますね」

ってな会話ができたらいいなぁって思っています。無理だべなぁ。


(田植えのあとはカエルの大合唱です)

花屋さんに少年が来店。お母さんのためにカーネーションがほしいという。少年は白いカーネーションが気に入り、所望しました。

店員は赤いカーネーションを勧めました。しかし、少年はどうしても白いカーネーションが買いたいといって聞きません。

少年といえども顧客です。お客さんがそこまでいうのであればと白いカーネーションを売りました。

少し経って、少年のお母さんから苦情の電話が店に寄せられました。

なぜ白いカーネーションを売ったのか。花屋なら白いカーネーションを売る意味を知っているだろう、と。

やはり危惧していたことが起きました。

以上は花屋さんに勤める親友から聞いた話です。一部、記憶違いで異なるかもしれませんが大筋は合っているはず。

顧客を教育すること。それは売り主としては難しい選択ですね。ほしいというものを売る。それが普通です。

母の日の淵源は、1907年5月12日。米国のアンナという少女が教会で母親の好きだった白いカーネーションを配ったのがきっかけです。

母の死をきっかけに母を敬う機会を作ろうとアンナは「母の日」を米国全土に広める活動に取り組みました。

このようなことから白いカーネーションは生前の母親に、赤いカーネーションは生きている母に贈られるようになりました。

ちなみに日本の法律では母に感謝する日は5月5日となっています。これまで私は知りませんでした。

「こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」(国民の祝日に関する法律 抜粋)

蛇足ながら、父に感謝するという規定はありません。


(翩翻とひるがえる日章旗と鯉のぼり)

職場では決裁をする正式な文書以外にも様々な読み物が回覧されます。ただ判を押して回すのではもったいない。

できる限り目を通すようにしています。

そのお蔭で稀有な出会いがあったことを「おさつ大学に学ぶ」で記したことがあります。なお、このエントリーは少々冗漫な文章です。

さて、時事通信社「厚生福祉」。毎週2回火・金曜日発行の情報誌です。時事通信ニュースのスピンオフともいえるもので、独自性はあまりありません。

その第6319号(2017年4月25日)の1頁に「ときめき」と題した医療法人誠志会砥部病院院長の中城敏氏の文章が目を引きました。

「心臓にやけどを負った私は、妻からもっと優しくしてもらえるはずだった」

ミステリアスな書き出しです。

「心臓にやけど」とはいったいどういうことなのか。それと奥様との関係は...。興味をそそります。

心理を宙ぶらりん(suspense)にする、このような手法を私も身につけたいものです。

さて、氏の恩師の「芸の一つも身につけた方が良い」との助言に従い、奥様に内緒で料亭の美人女将に民謡や都々逸の手ほどきを受けていたという。

氏は率直に語ります。

「女将に会えると思うと『ときめき』を覚えた」


(私の好きな田植え前の田んぼ)

その後、女将は料亭をたたむ。が、それでも「ときめき」が続く。心電図を取ると発作性心房細動だった。

後輩の名医に心筋を電極で焼くカテーテルアブレーション手術を施してもらう。全身麻酔で苦痛なく3時間の手術は終了。

ところが、退院の日、迎えに来るはずの奥様が来ない。奥様は総胆管結石で救急搬送されるところで、氏も同乗。

「私の療養のための3日間は、妻の付き添い入院となってしまった。美人女将にうつつを抜かしたせいである」

結びに「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」との都々逸を引きます。

「妻に気づかれまいと鳴かずの」氏は心筋を焦がし、奥様に付き添う間に「ときめき」は消失してしまったという。

構成も文章も素敵です。一読して氏にお会いしたくなりました。


(矢車草が咲きました)

職場から最寄り駅までの道のりは1キロ半。途中、赤提灯が誘蛾灯のように私を誘惑します。おいで、おいでと手招きしているかのよう。

炭火で燻(いぶ)された焼き鳥の香ばしい匂いが鼻腔の奥に侵入。炭水化物の焦げた匂いに誘われて思わず店先に佇みます。

嗚呼幸いなるかな、焼き鳥を喰らう人。嗚呼哀れなるかな、煙にまかれ佇む人。さっさと帰りて円居(まどい)せん。

焼き鳥屋の向かいの珈琲豆専門店。毎日、麻袋から取り出された生豆が焙煎されています。

回転する焙煎機から聞こえてくる生豆の擦れる音。シャリシャリ、シャリシャリ。

焙煎機の排気ダクトから深い芳香が煙とともに吐き出され、容赦なく私の脳髄を刺激します。

珈琲豆店の少し先にパン屋があります。焼きあがったばかりのパンの香ばしさもまた私の行動を変容します。

小麦とバターの焼ける匂いに誘われて、気がつくと右手にトングを持ってカチカチと鳴らしています。

最後の関門は駅前の商業ビル「ラトブ」のエスカレーター。2階に上ると珈琲館の脇に出ます。


(二ッ箭山を望む)

珈琲館のショーケースにいつも6個並べられているモンブランケーキ。420円です。本当に美味しそう。

いつも、なぜか、いつも必ず6個鎮座しています。

誰も買ってくれないのだろうか。小学校の下校時に道端で売られていたひよこのように売られないままのモンブランケーキ。心配になります。

精肉店のサーロインのブロックのように飾りなのか、とふと思ってしまう。

いつかは買うのだと胸奥に決心しつつ、ケーキの前を通過して早5年が経ちました。我思う、我強し。

このモンブランケーキを見るたびに国語の教科書に載っていた短編小説『一切れのパン』を思い出します。結局は木片だったという一切れのパン。

本当の慶事を祝うべきときにこそ、あのモンブランケーキを食べよう。待て、しかして希望を持て、と。

徒歩通勤の家路は、かくも壮絶な葛藤の一大叙事詩なのです。


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