(カフェは水の入ったグラスが似合う)

図書館にて吉田麻子著『小説でわかる名著「経営者の条件」人生を変えるドラッガー』を読了。その後、同図書館主催の上映会に参加。そして夜は小さな勉強会に。

『小説でわかる名著「経営者の条件」人生を変えるドラッガー』は、ある読書会の課題図書です。知人に勉強会への参加を勧められました。

著者は眼光紙背に徹する思いでP・ドラッカー著『経営者の条件』を読んだのでしょう。良書だと感じました。

単にドラッカーをわかりやすく、物語風に描いたというのではなくして、ドラッカーが何を訴えようとしたのか、その真の目的に肉薄しようとの試みを感じました。

図書館での上映作品は「氷雪の門/樺太1945年 夏」でした。いわゆる「真岡郵便電信局事件」を扱った作品です。ドキュメンタリーではなく脚色を交えての物語といってよいでしょう。

樺太は当時日本領でした。1945(昭和20)年8月15日以後も日本軍とソ連軍との戦闘が続いていました。

真岡郵便局の電話交換手は疎開ぜず業務に当たる中、8月20日に真岡にソ連軍が上陸。女性電話交換手12名のうち10名が局内で自決を図り、9名が死亡したという事件です。

昨今、レッドラインとかチキンレースといった、どこか上滑りしたテレビのワイドショーのような感覚で、戦争を他人事のように感じている自分がいました。

同映画を見て自らを省みました。

戦争ほどむごたらしいものはなく、悲惨なものはない。戦争とは、リアルに肉親が死ぬ、いや、殺されることである、と実感しました。

夜は知人主催の小さな勉強会に参加。地元の大学の先生を講師に招いてのお話でした。


(読みやすい本です)

スマホの電話料金がなぜ高いのか、格安スマホとは何なのかといった話題からふるさと納税のメリット、ネットバンキングの利点等これまで触れたことのない知見を得ることができました。

勉強会に参加して思いました。

知らないということのおそろしさです。知る者と知らざる者との格差は広がるばかり。

読書によって自ら一次情報を得る地道な努力も必要なことでしょう。

今月は夏休みもあり現時点で7冊を読み終えました。でも、頑張っても月に10冊がいいところです。ちなみに7冊目は橳島次郎著『これからの死に方』でした。

やはり思うのです。

一次情報としての書籍を読む努力を重ねつつも、人の出会いが大事である。つまり、「知っている人を知る」ということが並行して必要なのではないか。

わからないことがあったら知っている人に教えてもらえばいいのです。

己ひとりが知ることのできる範囲は極めて狭い。時間も限られています。いつの間にか半世紀も過ぎてしまいました。あと何年生きられるのか。

今後は、「知っている人を知る」営みにも力を入れていきたい。そんなふうに思った学びの土曜日でした。

美味しい店を知っている人、特に繋がっていきたいと切に願っています。


(川内村のカフェAmazon)

私は「真剣な無料」に弱い。無料なので当然費用は発生しない。気楽に構えていいはず。でもちょっと違うメンタルなのです。

GoogleやYahooといった検索エンジンやfacebookなどのSNSも無料ではあります。が、どこかに商業主義が見え隠れし、遠慮の気持ちは起きません。

広告も出てきますし、検索の傾向をAIに分析させて、利用しているんだろう、と邪推、いや推測しています。

だから、無料であることに引け目は感じません。お互い様でしょ。私のことも利用してますよね。そんな気持ちです。

少し前にユニークな形のハチミツ・スプーンをネット上で見つけ、どのショップが安いか比べたことがあります。

たかがスプーン、されどスプーン。こちらも真剣です。

結局、購入はしなかったのですが、しばらくの間、検索エンジンを使うたびに、そのスプーンの広告が表示されていました。

しつこいぜAI。恐るべしAI。

ところが、そういったものと異なる種類の無料があります。私はそれを「真剣な無料」と名付けたいと思います。

日経ビジネスオンライン(通称NBO)

じつにクオリティの高い情報を提供しています。最新の時事や企業の動向など鋭い視点からの記事に毎度多くの学びがあります。

無料で読むことに、恐縮の思いを抱き、極端な言い方をすれば良心の呵責に苛まされそうです。

WEEKLY GLOBAL COACH

株式会社コーチ・エィが発行する公式メールマガジンです。世界で18万人を超えるビジネスリーダーたちが愛読しています。

エグゼクティブコーチによるビジネスコラムのほか、コーチング研究所の分析レポートなど、毎回、そうか、なるほどと思う、含蓄に富んだ内容のメルマガです。

毎週毎週読ませていただくたびに、「無料で読んですみません」という思いに駆られます。

トライアート通信

地元の会社「有限会社トライアート」の広報紙です。毎月発行。この8月で90号を数えます。

同社はサインの会社。いわゆる看板屋さんです。

A3判カラー見開きの「トライアート通信」は表紙の絵に新進気鋭のアーティストの作品を用いる力の入れよう。

記事は「TRYARTのお仕事」「アート日記」「スタッフのひとりごと」「社長の部屋」「東京営業所より愛をこめて 浅草橋日和」「かわらばん」のほか「それいけ!サンドマン」という4コマ漫画もあります。

かなり手間暇がかかっているはずです。

ヘッダー(ページの最下部)には「言葉のサプリ」という欄があります。

今号では「『@』を@マークと呼ぶのは日本だけ」や「現代のサンドバックの中身は『砂』ではない」とさらっとトリビア的なことが記されていて勉強になります。

とにかく面白い。内容が濃い。私は「社長の部屋」と「浅草橋日和」が大好きです。

毎月無料で郵送されてきます。この頃、“恐縮感”が募ってきています。

「真剣な無料」には、不思議な力がある。そう思います。

心の中で信頼と紐帯の気持ちが芽生え、強力なファンになってしまっているのです。

あなたの周りにもきっと「真剣な無料」があるはずです。


(ドトールのあさ。昨日と座る位置が違う)

ふと恩師の言葉がよみがえります。「事実であっても、言っていい立場とそうでない立場があるんだよ」。

A国がB国を占領。そのお蔭でB国のインフラや教育が発展したという「事実」があったとします。

恩師曰く。

「そのことについてB国の人が言及するのはいい。でも、A国の人が言ってはだめなんだ。事実だからといって言っていいとは限らないのだよ」。

国際関係とはまったく関係のない卑近な例でもこれは言えます。

頭髪が薄い。娑婆世界では「ハゲ」と言います。私も最近抜け毛を大量生産し危機感を抱いています。

その事実を他人が言ってはだめです。本人が言及するのであれば構わないでしょう。

ま、その場合であったとしても「本当に薄くなったよね」などと言ってはいけないでしょう。

むしろ「そんなことありませんよ。心なしか濃くなってきているように見えますよ」。

そのように言うことは、個人の感想としてならばよいでしょう。あくまでも個人の感想ですから偽りではありません。思いやりの心です。

繰り返します。

事実であるということと、言及していいということは別次元の問題なのです。

冒頭のA国とB国について言えば、占領したという事実こそA国の人々は直視すべきでしょう。

靴は踏まれた方はその痛みをいつまでも覚えているものです。踏んだ側はすぐに忘れてしまうのに。

マレーシアに長く駐在していた方のメルマガを拝してそんなことを思いました。


(職場の隣の公園)

休み明けの職場。身体が鈍(なま)っているのを感じます。頭の回転も鈍い。回覧されてきたスタッフ作成の報告書を読んでいます。

尋ねます。

「事業所を訪問しての実態調査の報告書のようだけど、なぜこの時期に訪問したの」

「法律の改正に伴って基準が変わり、その基準に合致しているか調査するよう国の通知があったからです」

「なるほど、理由はわかりました。改正された基準に合っているか調べるというものだね。では、対象となる事業所は市内に何か所あるの」

「3か所です。うち1か所は休止中なので2か所を調査することになります。この報告書はその1か所目で、追ってもう1か所分の報告が上がってきます」

「まさににいま教えてくれた『なぜ』の部分と『調査対象の事業所数』、休止中が1か所あることを含めて、報告書の冒頭に書いてほしい」

「あ、はい」

石川啄木の短歌「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」を引いて、私は報告書の書き方についてアドバイスしました。

「この報告書に間違いはない。詳細に調査結果について書かれています。でも、なぜいまこの報告書が作成されたのか、なぜこの事業所だけが調査されたのか、が記されていない」

「はい」

「石川啄木の短歌で言えば、『われ泣きぬれて蟹とたはむる』の部分についてのみ書かれているということです。背景や全体像に当たる『東海の小島の磯の白砂に』が欠けている」

いぶかしげな表情を浮かべたのでさらに説明を加えました。

「報告書というものは、作成者やいまここにいる職員が全員異動したとしても、わかるものでなければならない。どのような経緯で作成されたのか、5年後の担当職員が見ても理解できるものであるべきなのです」

鳥瞰(ちょうかん)する眼を持っていた石川啄木。空の高みから東海を見、そこに浮かぶ小島の磯にズームアップ。

白砂にいる自分自身の状況を描いています。小さな生き物である蟹とたはむれている様子を。

ちなみに、今号のブログで言えば「休み明けの職場」が「東海の小島」に当たります。

というわけで、明日はもう金曜日。なんだかちょっと嬉しい。

今夜の課題図書は木下芳一著『つらい「胸やけ」スッキリ―胃食道逆流症といわれたら』です。しっかりと酒とたはむれる身体になりたいものです。


(真夏の雲)

「寂しいお盆になりました」。なぜ、そう声をかけられるのか、当初わかりませんでした。

大学を卒業した年の9月に父が亡くなり、翌年、新盆を迎えたときのことです。

来る人、来る人が同じことを言うので、当地の挨拶だということにようやく気がつきました。特段寂しくもなかったものですから、いぶかしく感じていました。

新盆回りは、回る人も、迎える人も大変です。

通夜や葬儀も、もちろん喪主は大変です。が、時間が限定されています。短時間に大雨が降るスコールのようなものです。

特に昨今は、葬祭場で行われることが多いため、通夜においても終わる時間が決まっています。

父が亡くなったときは自宅葬でした。通夜は夜遅くまで縁側を開放し、弔問客に備えていたのを覚えています。

もうそのような通夜は見なくなりましたね。

一方、新盆は様相を異にします。少なくとも3日間、葬家では朝から夕方まで連日弔問客に応対しなければなりません。

葬儀のときのような悲しみの急性期は過ぎ、多くの場合、肉親の死を受容した心理状態にあります。

弔問客への対応といっても、特段、難しいことはありません。

が、横になるわけにもいかず、かといって、かしこまっている必要もない、なんとも宙ぶらりんな身構えです。

そこで交わされる会話は、なかなかにしてうつろです。急性期を過ぎているとはいえ、笑いをとるような面白い話や盛り上がる話題はご法度です。

「寂しいお盆になりましたね」

「暑い中、わざわざありがとうございます」

「もうお盆ですものね。早いものですね」

「そうですね、早いですね。そうそう、お飲み物はビールがいいですか」

「いやいや、車で来ましたので...」

「奥さんが運転すればいいでしょう。お飲みになってはいかがですか」

「いやいや、これからもう少し行かないといけないところがあって...」

「では水ようかんなら召し上がれますね。どうぞ召し上がってください」

気の抜けたサイダーのような会話が、ときに間を置きながら、さみだれのように断続的に続きます。

扇風機が首を振っているのをちらっと眺めます。

蚊取り線香から煙が立ち上り、風鈴の音が遠くから響いてきます。

そうこうするうちに玄関の呼び鈴がピンポーンと鳴ります。

「では、そろそろ」

「もう少しいらっしゃればいいのに」と言いつつ、お返しの品をお渡します。

何か打合せするのでもなく、決定するのでもなく、相談を聞くのでもない。時候の挨拶に毛が生えた程度の会話を音楽のテンポでいえばラルゴで行う。

それがお盆の作法です。迎える方も、回る方も疲れます。


(ネジバナ)

経験則は確かなエビデンス(挙証データ)に基づいているものではない。にもかかわらず惹きつけられる何かがあります。

研修会や勉強会でなるほどと思う経験則を二つほど学びました。

一つ。家庭内で虐待があるかどうか。

家庭訪問でまず見る場所が水まわりだという。台所、トイレ、浴室などの水まわりを見ればその家庭がどんな状況にあるかわかるのだ、と。

これまで何百という事例を見てきての専門家の言葉には重みがありました。

水まわりと虐待にいかなる関連性があるのかわかりません。証明することもできないでしょう。

しかし、私にはすとんと腑に落ちるものがありました。水まわりがきれいな家で虐待は想像しにくい。うまく説明できないのですが、そんなふうに思います。

一つ。おならのくさい人にはお金を貸してはいけない。


(置物が可愛い。「時季の森」にて)

実家が江戸期、庄屋を務めていたという講師の話です。庄屋ですので村人にお金を貸すこともあったのでしょう。

家訓としておならのくさい人にお金を貸すとお金が戻ってこないと言い伝えられてきたのだという。

おならがくさいとは腸が健康ではないことを示している。腸が健康ではないことは身体が頑健ではないことを意味する、と。

いまでこそ大腸は腸内フローラと呼ばれ数百種類600兆個の菌が花畑(フローラ)にように生息していることがわかっています。

腸内フローラの状態は健康や病気に直接間接に関係しているのだそうです。

というわけで、貴重な経験則を二つも学ぶことができました。半世紀生きてきて自分も何か会得(えとく)した経験則はないものか、己の大脳皮質に照会してみました。

残念ながら何もありませんでした。

ただ、本日、水まわりの一つである浴室を丁寧に掃除。しつこいカビを取り、すっきりしました。

学んだ経験則によって重い腰が動きました。脅されると動くタイプです。


(「時季の森」。遠くに石森山が見える)

自宅から車で10数分。森の中に入って行くとカフェレストラン「時季の森」があります。高原の風が吹いています。

クヌギが高く繁り、様々な広葉樹に覆われています。

金土日のみの営業です。今週、気にかけていた仕事が無事に終わりました。


(抹茶アイスクリーム入りクリームあんみつ)

ふと自分にご褒美を与えてもいいのではないか。そんな甘いささやきが視床下部から聞こえてきました。大脳皮質も賛同し即行動。「時季の森」に向かいました。

人生の幸福は糖質で決まる、とは私がかねがね訴えているところの法則です。

身体に良くないのかもしれない。けれど、多幸感に最も寄与するのが糖質であると私は確信します。


(自然の風合いの木道が好きです)

その速効性においても糖質はずば抜けています。舌で喜び、胃が歓喜します。

抹茶アイスクリームのほのかな苦味と餡の甘み、そして黒蜜。寒天が甘さを中和しながら妙なる甘味のハーモニーを奏でます。

今週、嫌なこともありました。一方で、嬉しいこともありました。森を眺めながら反芻します。

嫌なことをどう捉えるか。その嫌なことはきっと意味があるのだ。つまり、「我が身の肥しなり」と思えるかどうかが、価値ある人生への登攀(とうはん)のY字路なのかもしれない。


(イングリッシュガーデンに咲く花)

間も無く人間ドック。にもかかわらず、糖質過多の道を邁進する我が身です。我が身を肥やしています。

(盛り付けは戦いであると思う)

やればできる。そう思いました。朝起きと月曜日と桜餅が苦手な私が早起きして弁当を作るようになりました。

息子2人に自分の分を含め3個。革命に近い出来事です。いや、革命と言ってよいでしょう。

庭先に実ったミニトマトやナスを早朝に収穫するなど、朝の惰眠を貪っていた過去の私からは想像すらできません。

朝起きはいまも苦手であることに変わりありません。

でも、いざ包丁を握るとスイッチが入ります。3口のガスコンロをフル稼働させながら、出汁巻玉子、メインのおかず、味噌汁を作ります。

弁当箱にご飯を入れ粗熱を取ります。

前夜に作っておいた一品も加え、盛り付けをします。この盛り付けが意外に時間がかかる。面倒この上ない。ときにカーッと頭に血が上ります。

箸が床に落ちる。ソースが股間に滴る。「あっ」に濁点の事態が次々に発生します。


(庭で採れたミニトマトを添えて)

弁当作りの一連の作業、つまり、材料を刻む、焼く・揚げる・煮る、盛り付けるを行う中で脳が活性化されていくのを感じます。覚醒です。

時間と戦いながら、調理し、順番をよく考え、最終形の盛り付けを思い描く。

これほど脳を創造的に働かせるものはないのではないか、と思い至るようになりました。

昼休みに己の作った弁当をおもむろに開けます。

鬼役(毒味役)のように神妙な面持ちで食べます。見た目はどうか。味はどうか。触感はどうか。腐敗はしていないか。

反省すべきは反省し明日につなげます。特におかずの沈下は意外な落とし穴です。貧弱に見えてしまう。たゆまず改良にチャレンジしています。

最大の反省点は股間に付着したソースやタレに気づかないまま職場に行ってしまうことです。

でも、心配いりません。アルコール入りウェットティッシュをデスク脇に常備しています。拭くはいっときの恥です。


(羽田クロノゲート)

夏は暑い。この言葉は私にとって格別の意味があります。暑い、暑いと嘆いても、涼しくなるわけではない。つまり、解決には結びつかない。

「夏は暑い」という前提に立つこと。当たり前として受け入れることが大事だということです。

仕事の師匠に教えていただいた言葉です。私の心の深層でセルフコントロールのキーワードとなっています。

さて、暑い季節になると暑い国に滞在していたことを思い出します。30年前のタイです。

面積は日本の1.4倍。約1年の滞在のほとんどをバンコクで過ごしました。

お気に入りの場所がありました。タマサート大学経済学部の食堂です。

チャオプラヤー川沿いの建物の2階にその食堂はあります。母なる大河を行き交う大小さまざまな船。

エンジンをむき出しにした高速船、対岸を往復するだけのはしけ船、貨物を満載しゆっくりと走る船、観光用のクルーザー等々。

渋滞で有名なバンコク。当時はスカイトレイン(BTS)も地下鉄もありませんでしたので、船を使ってバンコク市内を移動することもしばしばでした。

コーヒー色に濁った川面を浮き草がぷかぷかとゆっくりと川下に流れていきます。

経済学部の食堂は空調のある部屋と川のすぐ脇のオープンエアのエリアに分かれていました。空調のないベランダ風の川脇の席が私は好きでした。

流れゆく浮き草を見ながら、ぷりぷりとしたエビ入りチャーハン(カーオパットクン)を食べるとき、得も言われぬ幸福感を感じたものです。

長粒種(インディカ米)のパラパラとしたご飯とエビの組み合わせが絶妙。エビのためにご飯があり、ご飯のためにエビがある、と叫びたい気持ちになります。

チャーハンには半分に切られた小さなライム(マナーオ)が添えられています。ぎゅっと絞ってご飯にかけます。

その数滴の天のものなるライムの汁は鼻腔を伝って私の胃を刺激します。塩気の強いナンプラー(魚醤)を振るのもよいでしょう。

ところで、経済学部食堂から対岸まで約200メートル。シリラート病院という有名な病院があります。先年まで前国王が入院していました。

病院の敷地内にはホルマリン漬けの死体博物館(正式には「法医学博物館」と「解剖学博物館」)があります。当時、複数の友人に誘いを受けました。

けっこう執拗でした。私に何を期待したのでしょうか。

医学部に通う女子学生にも誘われました。

デートコースとして選んだのでしょうか。お断りしたので、その後、何の誘いもありませんでした。

もう一歩の勇気が必要でした。


(夜の表参道)

「夢と現実にギャップがあるとき、本人にどう接したらいいのか」 --- 会場からの質問です。講師から明確な答えはありませんでした。

就労支援に関する勉強会でのことです。誰が講師であったとしても難問だろうと思います。

先日、私の職場で働く6名のチャレンジ就業員のみなさんに私の就職の体験を話しました。

大学を卒業する少し前、タイの大学院に進学するため、バンコクに滞在。両親が重病で入院したため、留学はあきらめ、卒業と同時に帰郷。

その後、就職をせず、両親を看病しながら、自動車学校に通う日々を半年。

家の中では「無職のブルーレット」※と呼ばれる。自動車学校で出会った年配の男性に「語学の勉強は断じてあきらめるな」と激励を受ける。

父が亡くなり、生命保険会社の地元の営業所に就職。数か月後、保険のお得意様である市内の電子部品製造会社へタイ人研修生のための通訳の手伝いをするよう所長から指示を受け奮起。

と同時に保険の顧客である塾経営者から夜に講師を務めるよう依頼を受け、週に数日高校受験の中学生を指導をするように。

生命保険の営業職を1年半務めたのちに、地元の市役所に就職。母も死去。5年目のときにカナダ・モントリオール大学に1年間派遣研修生として留学。

市役所に入庁して四半世紀。

千客万来とまではいかないまでも、タイからお客様が頻繁に来市。今春、約30名のタイの青少年が研修のため当市に50日間滞在。年年歳歳、タイの人々と交流を重ねている。

そのような体験談をチャレンジ就業員のみなさんに語りました。

「タイに行きたいという夢はいまも持っているのですか」

「いい質問です。夢はいまも持っています。毎朝出勤時にタイ語のリスニングをしています」

夢は基本的に実現しません。夢は打ち砕かれるものです。現実は厳しい。

でも、その打ち砕かれた夢のかけらに次の可能性が秘められています。

超新星爆発のかけら(ガス)から新しい星が形作られるように夢のかけらを拾い集め、大切にしていきたいと思うのです。夢のかけらから違う形となって夢の星が生まれてきます。

「夢と現実にギャップがあるときどうすべきか」との問いに私はこう答えるでしょう。

「ギャップがあるのは当たり前。夢は打ち砕かれるもの。でも、その打ち砕かれた夢のかけらを捨てないでほしい」と。

好きな道を行くのではなく、行く道を好きになることもまたできるのです。

※当時、小林製薬から「無色のブルーレットおくだけ」という製品が発売され、それにかけて無職の私が揶揄されていたもの。祖母には「げーぶん(外聞)わりぃ」といわれました。


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