(朝の弁当作りは戦争です)

朝は忙しい。平日は息子たちと自分の弁当を作っています。できる限り手作りを心がけています。

弁当を作りつつ、朝食を食べながらの二男との会話です。

「お父さん、おれ、腕時計、買った。これ」

デジタルの腕時計です。弁当箱におかずを詰めながらちらっと見ます。

「へ〜」

「これさ、900円」

「安いね。中国製じゃないの」

「カシオだよ。しっかりしてんだっけ。お父さん、テロリストのアルカイダって知ってる」

「知ってるよ」

「そのアルカイダが時限爆弾で使っていた時計がこれなんだっけ」

「なるほどアルカイダが使うくらい、信頼性があるってことだ」

「そう。一度、電池を入れると7年は持つんだって」

「へ〜、そうなんだ」

「そんで、テロの現場にこの腕時計をかけていると危ねぇんだっけ」

「テロリストに間違えられるってこと」

「そう」

「腕をもぎ取られないように気を付けな」

「うん」

お父さんは弁当を作りつつ、朝食も食べつつ、身支度をしつつ、二男の腕時計をめぐる話題に耳を傾けるのでした。


(かがり火と夜桜。諏訪神社にて)

師匠から送られてきたメルマガに触発されて、雑踏のことをつぶやきたくなりました。タイ・バンコクに滞在していた30年前のことです。

寮の近くにあったスアン・オーイという路地裏。スアン・オーイは胃の躍動とともに記憶に刻まれています。私のお気に入りです。

タイ語では小路のことをソーイと称します。ソーイ・スアン・オーイをGoogleマップのストリートビューで見てみました。

嗚呼、懐かしい。

あのときの面影がまだ残っています。脳髄が締め付けられるようなめまいを覚えました。甘くて苦い青春時代の思い出。走馬灯のようにコマ送りされました。

スアン・オーイの魅力は夕方、気温が下がってからです。砂糖に群がるアリのようにどこからともなく屋台が集まってきます。屋台以外にも路地には大衆食堂、雑貨屋、床屋などが軒を並べています。

路地の店舗と屋台が混然一体となって作り上げられる喧噪、雑多、無秩序。雑踏が醸し出す、この雰囲気をこよなく愛します。

財布に余裕があるときはフルコースで食べました。1店舗でフルコースではなく、店舗をはしごする、文字通り食べ歩きです。

まずは、大きな平たい鉄板で焼く海鮮お好み焼き「ホイトート」。巻き上がる美味しい香りがそこらじゅうにホイトート調理中を知らしめます。

日本人もなじみの味。新鮮なカキを溶いた小麦粉、卵、もやしなどを混ぜ、多めの油で炒めます。炒めるというより揚げるといった方が正確です。

書いているいま、胃が唸りかけています。嗚呼!

次に麺類。私が好きなのは米粉で作ったクィティアオ。太麺のセンヤイを注文。センは線を、ヤイは太いを意味します。

これも辛くありません。むしろ薄味です。

テーブルに備え付けの砂糖、酢、ナンプラー(魚醤)をスプーンでくわえて調味します。スプーン1杯の砂糖は格段に美味しさを増します。これは驚きでした。

屋台は驚きがいっぱい。前の客が食べた皿を水の入ったバケツに上下に入れて、それを「洗った」ということにしていたのです。ざっざっと、上下1回だけのクランク運動でした。

お腹がいっぱいになったところで、アセチレンランプの灯るスイーツ屋台に移動。揺らめくランプに映し出されるケーキや菓子類。

カボチャをくり抜いてココナッツミルクで作るプリン「サンカヤー・ファクトーン」をいただきます。ふわふわしたココナッツとほくほくのカボチャの相性が抜群です。

嗚呼、食べたい。最後にしばらくしてから、シメの中華風粥「ジョーク」を別腹に入れます。これがまた美味い。詳細は割愛。

というわけで、今週末、「いわきの小さなタイ料理教室herb.」でタイ料理を学びます。


(近所の諏訪神社にて)

親しみやすいが仕事ができない。親しみにくいが仕事ができる。スタッフとしてどちらを欲するか。今なら躊躇(ちゅうちょ)なく後者を選びます。

十数年前のことです。国内最大手の製薬会社の人事部の副部長の講演を聞く機会がありました。

「性格が悪くても成果を出せばよい。どんなに性格が良くても成果を出せない人間は要らない」

窓外は夕立でした。激しい雷鳴とともに講師の言葉が胸に深く刻まれました。この講演は、親和動機の強い私にとって忘れられない思い出になっています。

職場の中で挨拶をし、挨拶を返そう、と私はつねにスタッフに訴えています。特に出勤時の朝の挨拶の励行を強調しています。

しかし、長年の習慣や個性などからでしょうか、全員が明瞭な声で挨拶できるとは限りません。

でも、それでいいのです。そう思うようになりました。挨拶と仕事の成果とはスタッフレベルにおいてはさほどの相関関係はないと感じるようになったからです。

親しみやすさは人間関係を構築する上で重要な要素ではあります。が、その観点で組織を作るとグループを築くことはできても、チームは作れません。


(近所の諏訪神社の夜桜)

親しみやすさはとは感情の領域です。感情はときに揺れ動きます。うつろいやすく、壊れやすい。感情のもつれが起きれば、そのグループは解散です。結婚も、結婚当初はグループに類するのかもしれません。

一方、チームはどうか。ある目的を達成するために各々の持ち分を果たすための組織です。感情の領域ではなく、理性の領域による結合と言えるでしょう。

芸能界の複数メンバーの集まりはほとんどがグループに分類されるでしょう。でも、いかりや長介さんが健在だったころのドリフターズはチームだったような気がします。

最近、思うようになったことがあります。

チームが円滑に活動できるようにするためには、その長が、厳しさとともに人間的魅力、作り物ではない親しみやすさも必要なのではないか、と。

とは言うものの、言うは易く、行うは難し。一番苦手な四字熟語は「言行一致」です。だから、つぶやくだけの「星々のつぶやき」に逃避するのです。


(柳の芽が美しい)

記憶力が経年劣化により減退しつつある今日このごろ。でも、我が頭骨も熟成の甕(かめ)とはなっているようです。

「人の天分は人によって異なるが、自分の天分すなわち才能を拡げることよりも小さくても自分の才能を何かのために使い切っている実感のほうがはるかに幸福を勝ちとれる」

北海道生産性本部連載の最終回原稿を根本忠一さん(日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所主幹)からいただきました。

心を動かされました。読み終えたとき、私の胸の中で何かが弾けました。

文章は続きます。

「そのために自分の器を大きくする以上に、自分の器を満たすことに意を尽くすことが大事である。そうして、何かのため誰かのために自分が生きていると感じることこそが人に活力をもたらすのである」と。

そうだ。排気量50ccのスーパーカブだっていいのだ。排気量の多寡と幸福感とは直接関係がないのだ。ハーレーに憧れてもしょうがないのだ。

我が現状の器でどんな働きをするかが大事なのだ、と合点(がってん)しました。

何かのため、誰からのために自分の今ある器を使い切ろうとすること。そのことのほうがよほど大事なのだ、と思い至りました。

今まではと言えば、「大きくすること」と「満たすこと」を比べた場合、ともすれば大きくすることのほうに惹かれていました。

方策とか、仕組みとか、技術とか、そういった理屈の知識を増やそうとしていたように思います。「すべき(should)」何かを求めていた私。

この「すべき(should)」には、自分自身のことよりも、むしろ他人をして動かそうとする潜在的権力動機があります。

さて、昨日『映画 ビリギャル』の原作者・坪田信貴さんの講演を聞きました。

じつに情熱的な方です。坪田さんは訴えます。

「人は感動で動くんです。『理動』ではないんです。勉強しなさいという理屈では人は勉強しない。ところが、世の親たちは、押してダメだったら、さらに押すんですね」

根本忠一さんの文章と坪田信貴さんの講演の言葉がいい塩梅(あんばい)に熟成されてきました。

感じることが大事なのだろうなぁ。

というわけで、50ccスーパーカブ、少し方針転換します。

でも、ちょっとだけよ。あなたも好きね。「良いことはかたつむりのようにゆっくり進む」(マハトマ・ガンジー)のです。

(ここで弱音機の付いたトランペットの音色とピンクのスポットライトが浮かぶ人は旧い人です)


(「なぜか埼玉」を聴きながら秩父へ)

ある方が指摘していました。私もそのような気がしてきました。

もしかしたら「忖度(そんたく)」の意味がわからないまま答弁してしまったのではないか。

もしもシリーズ。初の福島出身の首相とスタッフが詰める首相官邸。

執務室でスマホで「そんたく」を検索する総理大臣。


(カフェ「Maple Base」)

「え〜と、そんたく、そんたく、と。えっ!?こんな字を書くの。てっきり『損託』かと思ったよ。なになに意味は『他人の気持ちをおしはかること』だって!?おい、秘書官、官房長官を呼んで」

官房長官がやってきました。

「総理、どうされました」

「あのさ、さっきさ、『そんたく』なんてないって答弁したげどさ、おれ、意味を勘違いしてたよ」

「なんと誤解されていたんですか」


(秩父のカエデから取れたメープルシロップでいただきます)

「いやね、てっきり、損をさせる請託かなって。いま意味を調べて初めてわかったよ。他人の気持ちをおしはかるって意味なんだってね。官僚が政治家に忖度すんのは当たり前だっぺよ。あちゃー」

「んだがら。総理の答弁を聞いていておがしいなぁって思ったんすよ。んですよね」

「官房長官、どうすっぺね。意味がわからなかったと国会で釈明した方がいいがな」

「いや、無理でしょ。同郷ってことで当時の局長をアレするしかないんじゃないっすか」


(まるでケベックのカフェにいるかのよう)

「アレすんのがぁ。悪いなぁ」

「アレにいっさいがっさい被ってもらいましょ。トカゲもいざとなったら我が身を切りますからね。総理、腹を決めましょう」

というわけで、単なる意味の取り違えから、いまや政局にまでなろうとしている、みぞうゆう(未曾有)の事態なのでした。


※この物語はフィクションです。


(どこか遠くに行きたい...)

祝日が土曜日と重なったとき、針の切れたホチキスと知らずにカチッと押したときに似た気持ちになります。個人の感想です。

祝日は年間16日。そのうち、2017年は4回が土曜日と重なり、本年は3回となっています。

5月5日(土)こどもの日。ゴールデンウィーク中とはいえ、やっぱりもったいない。

ちなにみ法律では「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」とあります。

8月11日(土)山の日。いつの間に制定されたのか、山の日。

2016年に制定されたという。無自覚のまま3回目を迎えようとしています。

当初、お盆前の8月12日の案がありました。が、祝日にふさわしくないと国会で反対があり、その前日になった経緯があります。

いずれにしても土曜日はもったいない。

11月3日(土)文化の日。土曜日を祝日にするなんて、まったくもってもったいない。文化的でありません。

というわけで、ハッピーマンデーならぬ花火(はなか)を私は提唱したい。祝日はゴールデンウィークを除き、原則として水曜日にするのです。つい先日の春分の日のように。

身も心も脆弱な私。5日間勤務し続けることが闘いです。まさに匍匐前進するかのごとく家を出ます。

もしも週の真ん中の水曜日が休みならば、持ちそうな気がするのです。頑張れそうな気がします。

憂鬱な月曜日の次に出勤意欲をそぐ、中途半端な火曜日。その火曜日がにわかに魅力的に見えてきます。花金ならぬ花火(はなか)の登場です。

週休二日制の定着で「花金」はもやは死語と化しています。

金曜日ほどの羽目を外すのでない、軽く一杯。あるいはノンアルコールで美味しい食事を...等々。経済効果もあります。

しかも心理的なメリットもあります。

木曜日の朝の目覚めに月曜日と錯覚し、一瞬憂鬱となったその後に「今日は木曜日じゃないか。明日は金曜日」と気分上昇の効用が見込まれるのです。

いかがでしょう。「もり」とか「かけ」とか、そばをめぐる議論ばかりではなく、花火(はなか)の導入を国会で検討していただきたい。

私は切に願っています。


(どうしても「佐清の脚」を連想してしまう)

用を足したあとのこと。弧を描くバタン式のドアを開けるのが嫌い。縦に長いハンドル。バネがけっこう強く、ぐいっと引かなければならない。

せっかく手を入念に洗ったのに汚染されたハンドルを握らなければならないのは切ない。いや、握るのは避けたい。せめてつまむとしよう。

でも、どこが最も汚染度が低いのだろう。最上部か、いや、最下部か。裏をかいて、ありそうでない中間部分だろうか。

押すタイプのドアなら腕や、なんとなく身体の勢いでむんずと押して出て行ってしまうのに、この手前に引いて60度開けるドアがいただけない。

ハンドル部分の上中下の選択を一瞬の躊躇と妥協によって決断する、この意思決定プロセス。これは修士論文の立派なテーマになり得ると私は思う。

結局、ドアを引いて一旦出て行った暁には、ハンドルを掴む前にいかなる逡巡があろうとも、「これでよし」とその決定に後悔の念を持つことなく、次なる行動に移っているのである。

これらの過程を整理すると次のようになる。

躊躇と逡巡→選択と決定→行動と自己肯定→次なる行動と忘却

「躊躇と逡巡」の数秒の間にニューカマー(新来者)が現れれば、すっと入れ違いに退出可能。たちどころに煩悶が解決されるものの、その確率は意外に低い。

かくして、須臾(しゅゆ)の間に人間の大脳は、どうでもいいことにも全力投球。だからどこかで踏ん切りを付ける必要があるのでしょうね。


(来月行こうと思います。猪苗代のTaro Cafe)

聴力が落ちているのか、補聴器が劣化しているのか。おそらく両方なのだろうと思います。

2月議会定例会最終日。追加提案が付託された常任委員会で2人の委員から質問がありました。1件は聞き取れず、もう1件は聞き間違いをしてしまいました。

上司や同僚がメモを渡してくれたり補足してくれて、頓珍漢な私の答弁を修正することができました。有難いことです。

聞き間違いは、子どものころから幾度となく現じてきた失態です。齢(よわい)天命を知るところとなり、面の皮だけは厚みを増してきました。しかし、天命は未だ知らずのまま。

肉厚となった面の皮のせいで以前ほどの落ち込みはなくなりました。が、やっぱりがっくりときます。身も心も萎えます。

何を尋ねられても「文書はすべて破棄した」と威風堂々と言える胆力を備えたいものだと思いました。

ところで、いま付けている補聴器は震災前に購入したものです。両耳で50万円。

私が使っているメーカーの最新の軽・中度難聴用の補聴器「スーパーミニカナール極(きわみ)」は片耳39万円、両耳66.3万円です。ワンランク下は両耳で49.3万円。

「極と極でない補聴器の17万の差ってなんなんですか」

「ぜんぜん違うんですよ」

補聴器店のスタッフが強く勧めます。炭焼き牛タン「利久」の極でさえまだ食べたことがない私。

目下のところ、補聴器を極めるか、家計が極まるかの瀬戸際にあります。

私益かつ私的なクラウドファンディング(ネット上で寄付を募るもの)はできないものでしょうか。

目標額60万円。

(1)寄付額1000円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」二十選冊子。

(2)寄付額3000円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」五十選冊子。

(3)寄付額5000円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」五十選冊子と出張朗読(朗ブロ)。

(4)寄付額1万円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」百選冊子と出張朗読(朗ブロ)。

(5)寄付額5万円の特典
上記の(4)に加え、寄付者の人生の物語を上中下にまとめ「星々のつぶやき」にアップ。

というわけで、落胆した気持ちも癒えました。お騒がせしました。


(道後温泉駅2階のカフェ)

やっぱり関係性で動いているのだろうと思います。特に政治の世界では。権力者との距離で物事が考慮され、忖度され、決定されていくのでしょう。

韓国の時代劇ドラマを見ていると、王とその側近たちのやり取りが頻繁に出てきます。決して、王と民ではありません。

それは主権在民の現代においても権力者は建前としては民を気にしますが、本音は違うのだと思います。

さて、肚に思っていることが顔に表れる人がぶら下がり取材に応じていました。その人の思いを忖度してみます。本音のインタビュー。

Q:進退は考えていますか。

「なんで俺がやめなきゃいけないの。もともとはあれでしょ。あの人の奥さんでしょ。奥さんが変な人に絡まれて。で、うちの部下たちが慮っていろいろやってあげた話でしょ。うちは被害者ですよ。あの人は私のことをクビにはできないよ。身から出た錆でしょ」

Q:被害者とはどういう意味ですか。

「どういう意味も何も、よかれと思ってやってあげたら非難されてるわけですよ。そりゃ、奥さんから明瞭な依頼がなくても、問い合わせがあれば、部下たちもあれこれ考えるわけですよ。それができなきゃだめなんですよ」

Q:明瞭は依頼はなかったということですか。

「あるわけないでしょ。言うはずないじゃないですか。『部屋が暑くないですか』という質問に対して英語ではノーかイエスかもしれないけど、日本では『窓を開けてほしい』『エアコンを入れてほしい』ということなんですよ」

Q:忖度はあったということですか。

「われわれの世界では忖度のゆうむ(有無)が問題なんじゃなくて、どうスマートに慮って事を処理するかが大事なんです。あんたらマスコミは忖度があったのかどうかばかり聞くけど違うんだよ」

Q:職員の処分はないのですか。

「もう辞めたでしょ。十分でしょ。彼だって有能なスタッフなんですよ。かわいそうだ。犠牲者まで出してしまった。われわれは慮ってやったわけで、ほめられこそすれ、非難される筋合いはないんですよ」

Q:国民への説明責任はどうですか。

「ま、こういうみぞゆう(未曾有)の事態になったわけで、これまでをふしゅう(踏襲)するわけにはいかんでしょう。でもね、われわれはあの人のためにと思って動いたことだけは忘れないでほしい。文書のゆうむ(有無)なんて関係ないんですよ」


(さまざまな思いが去来しました)

災厄は誰しも望んでいません。それゆえ、災厄に「見舞われる」と表現するのであり、また、災厄を「被る」とも言います。短く言えば、「被災」、「被害」です。

「被」には「望んでのことではないのに、された」という意味合いが込められています。「被告」しかり、「被曝」も、「被疑者」もです。

「被保険者」という例外もあります。ただ、これも国民健康保険の場合、強制的に保険料が徴収されるという意味では望んでのことではないと言えるかもしれません。

ついでに言います。この「被保険者」という表現が私は嫌いです。まるで主体がない。

市が保険してあげているのですよ。そういう感じがします。「保険契約者」ではダメなのでしょうか。

さて、人は、お祝いをいただいたことは忘れても、罰金を受けたことは忘れません。マイナスのことはいつまでも覚えているものです。

私自身、自動車免許を取得して1か月目のときに40km制限の県道を走っていて、18kmスピード超過で捕まりました。1万円ほどの反則金を納付した苦い思い出は忘れられません。

「お急ぎですか」との警察官の問いに「いえ、急いでいません」と答えました。「58キロで急いでいるわけねーべよ」と思いました。30年前の出来事です。

さて、2年前、長崎を訪れる機会がありました。当ブログでも「苦しみを止揚する力」と題し()()()で綴っています。

東日本大震災の発生から7年が経ち、思いを強くしていることがあります。それは長崎の人々から学んだ「苦しみを止揚する姿勢」です。

長崎市では毎年3月11日午後2時46分にサイレンを吹鳴するという。翻って我が市では8月9日午前11時2分でサイレンを鳴らしているか。否です。一瞬にして7万余の人々が犠牲となった日です。

爆心地に最も近い場所にあった城山小学校(当時 国民学校)では今もなお毎月9日に全校で平和学習を行なっていることを知りました。

この教育の力が7年前の震災発生後すぐに福島の地に長崎からの応援職員の派遣につながったのだ。私はそう思います。

自分の苦しみをそれだけに終わらせず、言わば昇華して他者に同苦する。他者のためにできることを考え、行動する。

7年が経過した今、「された」ではなく「する」、つまり「被」からの転換をどうするか。自分自身を見つめる今日この頃です。


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