(この横断歩道の赤信号は永遠に続くかのごとく長い)

秘書を務めていた元上司の話。東京での出来事だったという。切符を買うため券売機に並んでいるとボスが見当たらない。

トイレにでも行ったのだろうか。待つこと数分。さらに待っても、来ない。ここで動いてはお互いにはぐれてしまう。不用意に動けないジレンマ。

30分ほど経ったころにトランシーバー大の当時の携帯電話が鳴った。ボスからだった。

「何をしているのだ」

「切符を買おうと...。どちらにいらっしゃるのですか」

ボスはすでに目的の駅に着いているという。急いで行くと案の定ボスがいました。

こちらの非ではない。そう思った元上司は謝罪の言葉は告げなかったそうです。事情を聞くと、せっかちなボスは秘書が切符を買うのを待っていられなかったのだという。

「どうやって改札口を通ったのですか」

「駅員のいる改札口をそのまま通って行った」

「出るときはどうされたんですか」

「出るときも同じくそのまま通って出た」

要するに切符なしで無賃乗車をしたことが判明。にもかかわらず、駅員から誰何(すいか)も、咎(とが)められることもなく入場と退場ができたというのです。

たしかに威風堂々としています。いわゆるオーラの漂う人でありました。私もかつて一対一で面会をしたことがあります。緊張しました。

そのあまりの堂々たる振る舞いに駅員もやんごとなきお方なのだろうと声をかけることさえできなかったようなのです。

おそらくはご本人もそう自ら信じ切っているからこそなし得る振る舞いなのでしょう。我が王道を歩むまでだという確信。切符などという世事にとらわれてなるものかという信念。

天下国家からすれば切符の一枚や二枚など些末なことです。あとは秘書が良きに計らうだろう。

祇園のお茶屋での支払いに現金のやり取りがないのと同類の感覚かもしれません。やんごとなき人は些事に無関心です。

兎にも角にもというか、私もやってみたくなってきました。

まず、いい背広が必要です。エナメルのピカピカの革靴も。髪も切り揃えましょう。歩き方も練習しなければなりません。背筋をビシッと伸ばし、眼光鋭く闊歩するのみです。

どうでしょう。やれそうでしょうか。やれそうな気がしてきました。エルガー作曲「威風堂々」を聴きながら気分を高揚させるといたしましょう。

新聞の社会面に載ったときは失敗したと思ってください。

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