(阿佐ヶ谷の花屋さんで購入したブーゲンビリア)

介護保険料のことで義父と軽い口論になることがあります。健康で何もお世話になっていないのになぜ払わなければならないのか、と。

「介護保険料って何だ。なんでこんなの払わなっきゃなんねぇんだい。介護を受けている人から取ったらいいべ」

「健康でお世話になっていない人が支えているのが介護保険なんです」

いつもはこれで会話は終わりです。

以下は私の脳内の妄想会話。こんなやり取りができたらいいなぁと思っています。

「行政サービスは負担とサービスが非対称なことが多いんです」

「非対称ってなんだ。わがんね」

「たとえばコンビニで100円のコーヒーがあったとします。誰が買っても100円です。お金持ちも高齢者も子どもも同じ値段です」

「当たりめだっぺ」

「ところが役所が提供するサービスはちょっと違うんです」

「児童手当っていう現金を給付するサービスがあります」

「子どもいる世帯に金をやんだっぺ。知ってるよ」

「そうです。厳密にいうと18歳に達する日以後の最初の3月31日までの児童を養育する者に支給されます。基本的には親に支給ですね」


(まもなく若鮎の姿が見られます。夏井川)

「わがってるよ」

「財源として子どものいない人も税を負担しています。同じ税金を払っていても、受けられるサービスとそうでない場合があるというこです」

「なるほど」

「難しい言葉でいうと所得の移転が行われているんです」

「何だ、所得の移転って」

「子どものいない人から、子どものいる人に所得が配分されているんです。同じように健康保険は、健康な人から病気の人に所得が移転しているんです。公的年金も自分に積んでいるようでじつは違うんです。働く世代が年金受給者を支えているんですよ」

「なんだかよくわがんね」

「お義父さんがいつも疑問に思っている介護保険料も、お義父さんのようにぴんぴんしている人の保険料が介護の必要な人に充てられているということです。これが所得の移転です。所得税なんかは税そのものが所得移転なんですけど、その話はまたの機会に」

「金を払ったからといって何かもらえるというのとは違うのだな」

「いいことに気づきましたね。そこがコンビニでの買い物と違うところなんです。そのことを非対称性っていいます」

「お義父さんの払っている介護保険料は要介護の人を支える大事なお金なんですよ」

「なるほどね〜」

「だから行政において何かを無料化するとか、給付するというサービスを始めるときは誰かの所得を誰かに移転させるという仕組みを作らなければならないんです。役所は油田ももっていないし、金塊もありませんから」

「確かに無料っていうのは聞こえがいいけど、誰かが負担すんだよな」

「そうです。全員が満足する行政サービスなどありえない。こっちからあっちに持っていく。非対称だから行政がやるんです。誰かの満足を犠牲にする。ただし、そのサービスの目的に社会的な利益、法律では『公共の福祉』っていいますけど、を持たせるんです」

「なんとなくわかってきた」

「わかってくれてうれしいです。目的と同時に大事なのがプロセスです。それは次回にお話しますね」

ってな会話ができたらいいなぁって思っています。無理だべなぁ。

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