(自宅西側の風景)

東山魁夷は、作品の中で背景となる闇を「豪奢な黒」と称しています。黒はけっして無ではありません。

あえて派手に訴えないからこそ、黒はその存在意義を際立たせているといえましょう。それを豪奢と呼んだのかもしれません。

ところで、動画サイトの多くのCMが大音量とともに派手な色彩と動きで視聴者を引き付けようとしています。

見てくれ、頼むという制作者の強い思いが返って私たちを遠ざけます。ときには見ろよと言わんばかりの乱暴さを感じます。

次元は異なりますが、街宣車のがなり声も胸に響きません。傍点だらけの文章もまた強調しているようで、見づらいだけです。訴求効果がありません。

訴えようとすればするほど、伝わりません。

一方、静寂から始まるCMはつい見てしまいます。「静」に潜む期待と可能性。そんなところでしょうか。

「伝える」ということと「伝わる」は異なります。

目立つように伝える人は数多くいます。自分だけが一方的にたくさんのことを訴える人も散見されます。

でも、はたして伝わっているのか。顧みる姿勢が必要です。

本当に大切なことは静かに訴えた方がいい。いや、訴えるよりもずっとよく伝わる方法があります。それは相手のことに耳を傾けることです。

不思議なことに傾聴することによって、こちらの思いも伝わっていくのです。

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