(夜のいわき駅)

旧友と久しぶりに会い、寿司店で夕食を共にしました。翌日、人間ドック受診のため、私は酒抜きでの食事です。

友人はある県庁所在地の地方議員を務めています。政治家の感覚ということが話題になりました。

私が尋ねます。

「国会議員の問題発言とか振る舞いを見てると、やっぱり赤じゅうたんボケってあるのげ」

「あると思うよ。地方議員だってそういう感覚になるもの」

「どういうふうになるの」

「新幹線での移動は視察などの公務はグリーン車なんだ」

「おれは乗ったことないな」

「でね、グリーン車って椅子の幅が違うもんだから、たまに私用で普通車に乗ると狭いって感じるよ」

いまだかつて乗車したことのないグリーン車に思いを馳せていると友人が尋ねます。

「グリーン車と普通車って違うなって感じることがあるんだ。何だと思う」

「何だろうね。客層かな」

「においなんだよ」

「へ〜においね」

「グリーン車から普通車に移動するとわかるんだけど、食べ物やらお客さんのにおいやら、雑多なにおいがするんだ。で、グリーン車に移動すると、その生活のにおいがないんだ」

「なるほどね。においね」

「それから、音も違う。普通車は子どももいるのでがやがやうるさい。でも、グリーン車は静かだ。明確に違う」

友人は言う。グリーン車に乗ることが当たり前という感覚がこわい、と。

私は友人のにおいの話に強く惹きつけられました。

超一流と言われるホテルには、かぐわしい香りがあり、においでホテルのランクがわかるのではないか。かねがね私はそんな考えを持っていました。

ひとしきりにおいの話題で盛り上がったあと、お互いが服用しているクスリの話に花が咲きました。友人は血圧が高いのだという。

「おれ、上が150で下が100なんだよ」

「無理に下げない方がいいんじゃないの。大脳が血液を送ってくれって命令してるんだろうから。ちなみにおれは上が100。飲んでるクスリは逆流性食道炎を抑えるやつ」

というわけで、最後は加齢臭漂う、じつにオヤジくさい話で終わりました。

「特別」が当たり前の感覚になり、さらに、当たり前という意識すらなくなったとき、人間は腐ってくるのだろうなと思いました。

加齢臭はにおっても、人間としての腐臭だけは漂わせたくないものです。

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