(豊間地区にて)

小さなことでも積年ののどのつかえが取れるとうれしいものです。昨日ラジオを聴いていたら、「ウルトラマン80」のテーマソングが流れていました。

中学生になったころ、テレビでウルトラマン80をよく見ていました。テーマソングもカッコよくて好きでした。

ただ、歌詞の中で聴き取れない箇所があり、気になっていました。

昨日のラジオでも耳をそばだてましたが、やはりわからない。

そうだ、いまはインターネツトという便利なものがある。調べてみました。

「ウルトラマン80」と連呼したあと、「リケンクラッタラーター」と私には聞こえていました。が、正確には「He came to us from a star.」でした。

要するに、「星からやってきた」といっていたのです。なにかの決めゼリフを叫んでいたのかと勘違いしていました。

勘違いといえば、「ルパン三世」のオープニングソングの出だしを数十年の間、私は「ルパンだ。パーン」だと思っていました。

「お父さん、違うよ。ルパン・ザ・サード、Lupin the third.っていってんだよ」と息子にいわれ、ショックを受けたのは40代に入ってからです。

私の一番の、そして、積年ののどのつかえは、エジプトのピラミッドがいつ、だれによって、どのように作られたのかということです。

「星からやってきた」を「リケンクラッタラーター」と思っていたくらいですので、ピラミッドの謎の解明など、とてもできるわけないと思う、今日このごろです。


(春宵一刻値千金)

愛読しているメールマガジン「WEEKLY GLOBAL COACH(Vol.785, APRIL 22, 2015)」。そのとおりだと、納得したくだりがありました。

不満を口にすればするほど「不満を言う自分」になり、目標を口にすればするほど「目標に向かう自分」になる。したがって、「目標について頻度高く話す」ことが重要。

「今の自分はこれまで自分が口にしてきたことの結果である」と。

肝に銘じるべき言葉だと思いました。

ところで、連休中にアダム・カヘン著『手ごわい問題は、対話で解決する』(2008年)を読む予定です。

任侠映画を見ていて思うことがあります。GYAOで「首領への道」1〜13を見ました。一気に見ると16時間かかるので要注意。


(けっこう厚みがあります)

手ごわい問題の多くは、シマ(縄張り)をめぐっての争いです。

メンツとシノギがかかっているので、基本的に「やられたら、やりかえす」というのが組織の行動原理。

ちなみに、内部における、手ごわい問題の筆頭は、跡目(後継者)争いです。

これは国家間及び国家の中においてもそうです。

フィクサーの仲介による労も功をなさず、問題の埒(らち)が明かなくなるとどうなるか。敵意を抱く集団同士の感情が過熱し、臨界に達します。

臨界とは「戦争」です。「戦争」とは、血が流れることです。

人間社会は一定の血が流れると、戦いをやめる習性があります。手打ち(休戦協定)です。

逆に言えば、一定の血が流れるまで戦い続ける、ということでもあります。

応仁・文明の乱は、跡目争いとシマ争いが複雑に入り乱れた「戦争」でした。10年もの戦いにより京都は灰燼と化しました。

近代戦争以降、この「一定」の数が爆発的に増大。

フランス革命・ナポレオン戦争における死者数490万人。第1次世界大戦の犠牲者数2,600万人。第2次世界大戦は約5,400万人(戦闘のほか、強制収容所における大量殺人、疾病等を含む)。

血を流さない解決策は、ないのでしょうか。

というわけで、「手ごわい問題は、じゃんけんで決着をつける」を私は提唱したいと思います。

人類の習慣として、どんづまりまでいってしまった問題、どうにもならない問題。それらを解決する手段としては、じゃんけんとする、というふうにするのです。

難問の決着を「確率の世界」に委ねるのです。

そして、「拍手」という習慣が全世界地域を問わず、共通に行われているように、じゃんけんを手ごわい問題の解決方法として定める、というアイデアです。

いかがでしょうか。

国家規模のときは、一定数の国会議員同士がじゃんけんをするといった具合に。両国民が祈るような思いで、じゃんけん戦のテレビ中継にくぎ付けとなります。

任侠の場合は、親分同士がじゃんけんで勝負を決めるのです。

そんなことを思う昭和の日でした。昭和は遠くなりにけり。


(タリーズコーヒーには思い出があります)

仕事の懸案で頭が占められそうになることがあります。俯瞰した目で見ると、その占められている懸案の多くは、過去の出来事への悔いであったり、未来への不安であることに気づきます。

いま、ここで、しなければならないこと、考えなければならないこと。それが厳然としてあります。

でも、そのことよりも、取り戻せない過去やまだ来ない未来のことに悩んでいる自分がいます。

大事なのは、「いま」なのだと改めて感じる昨今です。思考と行動を「いま」に集中(focus on)する癖をつけたいと思います。

ところで、昨日、講演会に参加しました。感じたことがあります。

それは、師匠を持つことの素晴らしさです。講師はなんども自分の師匠を宣揚していました。

師匠を持つ人は、師匠に応えようとするため、永遠に成長できる。

師匠を持つ人は、師匠のお蔭であることを忘れないため、傲慢にならない。

師匠を持つ人は、師匠に喜んでもらうことを喜びとするため、つねに喜びがある。

師匠を持つ人は、師匠が見守っていることを知っているため、苦しみに負けない。

師匠を持つ人は、師匠の考えを広く伝えたいと思うため、師匠から学んだことを独り占めしない。

そんなふうに思いました。さらに、講演会で深く感銘を受けたことがあります。

それは、講演会の運営を支えるボランティアスタッフのみなさんが講師と向き合う参加者としてではなく、講師と同じベクトル(姿勢)で私たち聴衆に接していたということです。

講師と同じ生き方、振る舞いをしたいという思いが伝わってきました。心からすがすがしい気持ちになりました。

関係者の皆様に心から感謝申し上げます。


(うめビー、美味しい)

歩いているときに靴の中に小石が入ることがあります。フォーマルな革靴でも、靴底にひだのあるようなシューズでも、小石を拾ってしまうのです。

徒歩通勤の悩みです。

歩き方がおかしいのか、両脚の長さが違う(左が若干長い)せいか、どういうからくりで混入するのか、わかりません。

通勤途上、歩道で靴の小石を取り除こうとすると「おそ松くん」のイヤミがやるシェーのポーズのようになり、かつ、平衡感覚がよくないので、よろけます。

ですから、同じ小石でも「不快」や「鈍痛」程度のときは職場など“目的地”まで行って、椅子に座って除去するようにしています。

ちなみに、シェーのポーズは、ビートルズや王貞治氏に加え、当時10歳であった徳仁親王(現在の皇太子)も「シェー」を行っているそうです。(出典 ウィキペディア)

ところで、車のウインドウォッシャー液が切れたあと、補充するまでの期間にその人の几帳面度が表れるのではないか。

かねがね思っています。

即日、補充する人は相当に几帳面な人に違いありません。

私は無類の面倒くさがりや。液切れ後、けっこうな期間、放っておきます。

ウインドウォッシャー液の補充の、いったいなにが面倒か。

まず、エンジンルームを開けるのが、心理的にどうにも面倒です。ボンネットを開けるときの心理的バリアは決して低くありません。

運転席右脇のレバーを引くのですけど、つい給油口をぱかっと開ける。気を取り直して、ボンネットのレバーをもう一度引く。

次に、ボンネットなのですが、真ん中あたりにフックがかかっています。一発でフックを探し当てられないのです。何度か、まさぐって解除に至ります。

ときに消えてしまったのではと思うことがあります。

タンクは2リットルの容量。2リットルサイズの液を入れるのですが、毎度ボトルに少し残ってしまうのが、なんともやり切れません。

補充作業をしていると、いつの間にか、手も汚れ、ズボンの腰あたりも黒くなっています。

というわけで、私は思うのです。

フェンダー脇にカバの耳のように、ウインドウォッシャー液の給水口を設けてはどうか。エンジンルームを開けずとも、補充できる車。

そして、ガソリンスタンドで、ガソリンを入れるように、ウインドウォッシャー液専用ノズルで補充するのです。

スギ花粉が舞い上がり、PM2.5(微小粒子状物質)がアジア大陸から越境してくる今日。己の人生は五里霧中でも、フロントガラスは視界良好にしたいと願っています。


(ハナミズキが青空に映えます)

郡山にぶらっとひとりドライブ。気温21度。快晴です。木々は若芽を吹き、緑の濃淡が目に沁みます。

道路沿いには菜の花やヤマブキに加え、ピンクのシバザクラが色を添えています。

いわき市三和町上三坂付近でカメムシが運転席の窓に貼り付きました。

蒼蠅驥尾(そうようきび)に付して千里を致すつもりでしょうか。

最初垂直に姿勢をとりました。触角が後方になびきます。仮面ライダーの赤いマフラーのようです。

脱線しますが、あのマフラーは危ないと思いました。まさにショッカーに首根っこを押さえられるおそれがあると思うのです。

だからなのか、いつの間にかスカーフの着用シーンを見かけなくなりました。

さて、カメムシです。垂直は苦しくなったのか、進行方向に向かって真横になりました。がんばってへばり付いています。


(一旦停車して撮影)

ところが、空気抵抗には最適な姿勢であるものの、重力に対してはしんどいと感じたのでしょう。進行方向に向かって頭を45度上げました。

カメムシのやつ、なかなかやるなと心の中で称賛。あいかわらず触角がなびいています。

車内のスピーカーからは1960年代から70年代にかけてのフォークソング特集が流れ出しました。

「神田川」の歌詞で「ちっとも似てないの」がいつも引っかかります。「下手」とはいっていない。「似てない」です。

きれいな彼女を上手く描けていないのか、きれいではない彼女を美人に描いてしまったのか。いったいどちらなのか。

ふと、カメムシを見ると、疲れが出てきたようで、なんと鉛直方向に逆さまになっています。

郡山市田村町付近で信号待ちしていると、カメムシが羽根を羽ばたかせ、東山悠苑の方向に向かって飛んで行ってしまいました。

ふと、私も飛行機に乗ってどこか遠くへ行きたくなりました。もうすぐ立夏です。


(cafeうずまきのサンドウィッチ)

4月1日からずっと走り続けてきたような感じです。補佐職と長は、違う。改めて思いました。

長には当然に責任がともなう一方で、自分で決められるという、誤解をおそれずにいえば、ある種の“心地よさ”があることも知りました。

マクレランドの欲求理論でいうところの「権力動機」が己にも内在している、あるいは顕在化したことを認識しました。

仏教では、他人を操ることに喜びを見出す様を他化自在天(たけじざいてん)と表現しています。

権力動機は成熟させることが肝要です。そのためには、自分自身を空高くから見下ろす、俯瞰(ふかん)する眼を養う必要があります。

というわけで、きょうは30数年来通う理髪店で散髪し、近くのcafeうずまきでサンドウィッチを食べ、極楽湯に行きました。


(湯上がりはやっぱりコーヒー牛乳)

お風呂に入ったあと受けた整体で幽体離脱しそうなくらい気持ちよくなりました。

が、二つの妨げにより幽体離脱はできませんでした。

一つは、うとうとしかけているときに訊かれる「強さはどうですか」との整体師さんの問いかけです。

もう一つは、私はなぜか身体を揉まれると唾液腺が活性化し、こんこんと唾液が湧いてくるのです。

気持ちよくて意識が混濁し半眼半口(はんがんはんく)になり、顔を伏せている穴から床によだれがしたたり落ちそうに。

はっと気がつき、あふれんばかりの唾液をうつ伏せで飲み込むときのつらさ、切なさ。喉仏がぐびっと動きます。

胃カメラを飲んでいるときのような感じです。

何度もぐびぐびさせて飲み込むものですから、整体師さんに「お客さん、大丈夫ですか」と訊かれてしまいました。

歯科で使う唾液吸引機があったら、気持ちよさが持続し、きっと幽体離脱できるのにと思います。


(「だるま」はインドの古い言葉で「法」の意)

こんなものがあったら売れるのでは、と思うものの一つに微温モードのコタツがあります。

コタツでつい寝入ってしまうことがあります。

でも、コタツでは疲れが取れません。

人間の体温調節機能は、睡眠中は加熱を必要としません。そのため、コタツの電気が入になっていると熱く感じられるのです。

一方で、スイッチを切ると徐々に身体が冷え、寒さを感じます。寝るという観点からはコタツは“帯に短し襷に長し”です。

まどろみながら、スイッチを入れたり切ったりしたことが一度や二度経験されていることと思います。

もちろん、コタツは寝具ではありません。

が、心地よく寝入って、朝まで快眠できるコタツがあってもいいのではないでしょうか。

そこで、微温モード搭載のコタツです。

通常のコタツの熱量では熱すぎる。そのまま眠ると嫌な感じの汗をかくハメになります。加齢臭の発生原因となります。

加齢臭といえば、ぜひコタツに消臭機能を付加してほしい。

足のにおいに加え、コタツで人知れず放屁する人が約68%(筆者調べ)いる現状を考慮すれば、スカトールの除去も必須でしょう。

微温モードの話に戻します。

30度から35度の間を山と谷のようにゆらぎながら微温を発する。それが微温モード。

要するに堂々と快適に眠れるコタツの登場です。つい朝までコタツで寝入ってしまっても、だれからも非難されないコタツ。

コタツで寝ていたい、とだれもが思っているにもかかわらず、そのニーズに応えてこなかったコタツ製造業界の盲点。

コタツ製造業界と寝具製造業界の夢のコラボ。日本中にコタツムリが生まれる予感がします。


(「常磐」って常陸と磐城の文字を合わせたのですね)

残りわずかな歯磨き粉のチューブ。もう出ないとおとといあきらめたのに、きのう、歯ブラシの柄でしごきあげたら、7ミリほどにゅるっと歯磨き粉の頭が出ました。

でも、うっかりすると、チンアナゴが隠れるように、引っ込んでしまいます。チューブ内の気圧が低いために起きる“歯磨き粉雲隠れの術”です。

これに抗するため、しごき切ったまま、チューブ内の圧力を左手で維持しながら、わずかに顔を出した歯磨き粉を歯ブラシにこすりつけます。

これがなかなかやっかいです。

「戻るな!」とチューブに呪文をかけながら、最終局面になると、にゅるっと出た歯磨き粉をダイレクトに歯に付けるという非常手段に打って出ます。

ところで、オリンピックや世界大会で様々な競技で記録更新がなされます。たとえば、100メートル競走。

現時点での世界記録は2009年8月16日にボルトが9秒58を記録。最も速い瞬間で時速44.17キロメートルだそうです。

この記録はいつかまた破られるのでしょうか。その更新された記録もいつかまた破られるのでしょうか。あるいはどこかに限界点というものがあるのでしょうか。

そんなことを思いながら、きょうも歯磨き粉のチンアナゴとの戦いに挑むのでした。


(どこか遠くに行きたい)

ぺんぺん草の名前の由来を勘違いしていたことに気が付きました。ハート形の種子のところを引っ張って、茎から離れない程度にぶらさげて、茎を軸にしてぐるぐる回すと音が鳴ります。

その音がぺんぺんと鳴るからぺんぺん草なのだと思っていました。じつは違っていました。答えは末尾に。

ところで、初めて聞いて以来いまに至るまで、どうにもしっくりこない、違和感のあることわざがあります。

それは、「爪の垢を煎じて飲む」です。

すぐれた人に少しでも似ようと、爪の垢のように極わずかで汚いものであっても煎じて飲むというたとえです。すぐれた人の爪の垢には薬効があるのではないかという意。(故事ことわざ辞典から)

「同じ兄弟なのに、お兄さまはしっかり者なのに、あなたはぐーたら。お兄さまの爪の垢でも煎じて飲ませたいわ」というように使います。

このことわざが、なぜ、しっくりこないのか。

それは、表現が汚くないか、ということです。

優れた人を模範とするよう勧めることわざにしては、品格が微塵も感じられないのです。

比喩であることは十分に承知しています。が、たとえるということは、脳内にイメージが湧いてしまうものです。

ただでさえ不衛生な爪の垢。それを採取して、鉄瓶に入れて、ぐつぐつと煎じ詰める。

いったいどんな色なのでしょう。どんな香りが漂うのでしょう。

煎じ詰めるだけなら、まだしも、それを飲むという比喩なのです。逆流性食道炎が悪化しそうです。

みなさん、どうでしょう。このことわざ、別な表現に変えたいと思いませんか。

表現を改善する提案を全国に募集すれば、きっと素敵なことわざが現れると私は確信します。

いまに至るまでそれをしていないのは、日本人の怠慢であり、懈怠です。

日本語表現における喫緊の課題であるにもかかわらず、国立国語研究所でもNHK放送文化研究所でも議論されている形跡は見られません。

というわけで、ぺんぺん草の名前の由来は、種子の形が三味線の撥(バチ)に似ているからでした。三味線を弾く擬音語が「ぺんぺん」なのです。

三味線草ともいい、本当の名称は「ナズナ」。


(チーズ好きです)

もう少しなんだけどと思うものがあります。チーズを包む薄いアルミ箔の剥離具合とコンビニおにぎりの包装フィルムのそれです。

かなりいいところまで来たました。

チーズの場合、以前は6面あるうちのせいぜい1面しか剥けませんでした。チーズの胴まわり一周分しか誘導テープがなかったのです。

残りの5面を剥離しようとすると、爪にチーズが食い込み、嫌な感じを残しました。

加えて、アルミ箔にもチーズ片が付着し、なんとかならないのかと切歯扼腕したものでした。

ところが、近年のチーズを包むアルミ箔は、細い誘導テープ(写真で赤く写っているライン)の類い稀な進化により、まず間違いなく4面はクリアできます。

これは感動ものです。

開発者の努力と苦闘の積み重ねの結果であると私は確信します。

このような目に見えないたゆまぬ研究開発にこそ世間は注目すべきだと私は思います。細胞が緑色に光るかどうかなどわれわれの日常生活には関係ありません。

ただ、惜しむらくは、最後に残った側面の2面は、手動で剥離しなければならない。残念です。

6面完全剥離包装技術の開発が待たれるところです。

一方、コンビニおにぎりもよく頑張ってきたと思います。

ただ、やはり、惜しむらくは、腕がもぎれたかのように海苔が包装フィルムにもっていかれることが、3回に1回の頻度で発生するということです。

チーズもコンビニおにぎりも、あと一歩、もう少しです。温かく見守りたい。

そんなふうに思う春雨の朝です。


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