- 2017.06.30 Friday
さざなみ浄苑に思う
(畦道のある風景が好きです)
10年前のことです。大規模火葬場を整備する業務を担当しました。当初、あまり乗り気ではありませんでした。偽らざる気持ちです。
太陽と死は直視できないといわれます。火葬場という、文字通り人生終焉の場を忌み嫌う心情があったのだと思います。率直にいえば、死への恐怖です。
ところが、業務に携わる中で次第に火葬場というものの奥深さに惹かれていきました。
火葬について研究している有識者を訪ねたり、全国の火葬場を視察する中で考えが変わっていきました。
ある研究者に見せていただいた近江八幡市の「さざなみ浄苑」の外観写真に衝撃を受けました。
手前にのどかな田んぼが広がり、数寄屋風の屋根のさざなみ浄苑の背後地には緑豊かな低い丘陵。
「さざなみ浄苑 外観」と検索すると画像をご覧いただけます。
その写真では確認できませんが、田んぼの周囲には住宅地があります。
写真を見た瞬間、私は涙が出そうになりました。
ありきたりの景観ともいえます。平凡な風景なのになぜ衝撃を受けたのか。
さざなみ浄苑の配置に地域の人々の信念と、途方もない人々の対話の積み重ねが見えたのです。
通常、ほとんどの火葬場は隔離された場所に建設されます。普段の生活空間には存在しません。いわば隠された場所にあります。
ところが、さざなみ浄苑は、誰もが目にすることのできる場所にあります。田植えや稲刈りをしながら野辺の送りを見守る構図。
「この道は霊柩車を走らせないでほしい」
むしろこのような要望が寄せられるのが火葬場整備です。
さざなみ浄苑がこのような場所に、このような形で整備するに至るまでは、どれほどの議論があったことか。
強い反対もあったことでしょう。納得しない人もあったことでしょう。
誰もが迎える死。終焉の場にふさわしい火葬場のあり方はどうすべきか。深い話し合いがなされたことと思います。
苑内には命の大切さについて読み聞かせをする部屋もあるという。
いつの日か近江八幡に行ってみたいと思います。
- 思うこと
- 12:37
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- by だいこんくん