(自宅近くの夏井川。藤が咲いています)

鼻毛が伸びていることに気づきました。思わずつぶやくと高校生の三男が反応しました。

「お父さん、おれ、鼻毛カッター、買ったよ」

鼻毛の処理も高校生の身だしなみに欠かせないようです。

「鼻毛カッター?へ〜、貸してみて」

スイッチを入れ、モーターが唸りだします。恐る恐る鼻の中に入れてみました。

あっ、だめだこりゃ。

あの嫌な感覚を思い出してしまったのです。幼少の頃から私はよく耳鼻咽喉科に通っていました。手術も2回経験しています。

耳鼻咽喉科は幼き私にとってさながら改造人間の手術台でした。

ペンチのような鼻鏡がひんやりと侵入してきます。額帯鏡(凹面鏡の真ん中が空いているやつ)を付けた先生が鼻鏡で私の鼻穴を拡張して覗き込みます。


(自宅から車で5分のカフェ「時季の森」)

心拍が激しくなり、肩に力が入ります。

ユニット台に差し込まれているノズルが嫌いです。大概4本細い首を出しています。1本が吸引用、残る3本が薬剤を注入するスプレーです。

プシュ。薬剤が鼻の奥に注入され、喉の後ろから流れてきます。まさに後鼻漏。舌の奥で苦味を感じます。嫌な感じです。

スプレーだけで終わらず時には細いステンレス製の棒が差し込まれることもあります。これが痛い。薬剤の入っている瓶に棒の先が挿入され脱脂綿に薬剤が浸潤していきます。それが私の鼻の奥に挿されるのです。

鼻で最も辛いのは空気通しです。昔はゴムラッパのゴム玉のようなものを先生がぺこぺこやって鼻と耳にチューブを入れて空気を通しました。現在は電動ポンプで空気を送ります。

もうほとんど拷問でした。耳鼻咽喉科の器具は私にとって拷問器具に等しかったと言えます。

喉は喉でこれまた辛い。


(定番のあんみつ)

喉の奥を見ようと先生がステンレス製のヘラを舌に押し当てます。咽喉の奥まで見るときは、ヘラよりガタイのしっかりした舌圧子で舌をぐいっと押しやられます。思わず、うぇっとなります。喉頭鏡後鼻鏡で喉の最深部を覗かれるのです。

ふたたび口を開けさせられて、仕上げに赤い薬剤が付けられた喉頭捲綿子(指を入れるリングが2つあるやつ)が咽頭に塗られて、うぇっとなります。

これら一連の嫌な思い出が鼻毛カッターを入れた瞬間に走馬灯のように思い出したのです。フラッシュバックというやつですね。

大型連休はこのような感じでスタートを切りました。カフェにでも行ってスイーツを食べようかと思います。


(元気なイチョウ。私の胃腸もかくあってほしい)

ラジオ番組が中断し地震情報が流れました。「この地震による津波の心配はありません」。

ずっと前から気になっていたこの表現。様々に論じられていることは知りつつも、どうにも引っかかる。

考えないようにねじ伏せていたのに、またもや首をもたげてきました。

おそれを強調する気象庁がこと津波に関しては心配ないとわざわざ言うのか。そこが第一の疑問です。

例えば、台風が2日後に接近するとしましょう。

2日前の時点で「明日は大雨の心配はありません」と言うだろうか。むしろ、進路によっては直撃のおそれがあることを強調し、万全の備えを訴えるのではないだろうか。

なぜ、心配しなくてよいと言い切るのだろうか。通常の天気予報のように「津波はないでしょう」ではだめなのでしょうか。

津波が来る場合、その報じ方に切迫性があるのは当然です。納得がいきます。ただ、津波の来ないことに関しても急ぎ「心配ありません」と断言してしまう。ここが解せない。

台風の場合は、進路にあたる可能性が少しでもあれば、大雨や強風について、狼少年よろしくあれほど煽るにもかかわらずです。無用な不安と心配を掻き立てます。

でも、津波は来ないと判断されるや否や、きっぱりと言います。心配ありません、と。

なにゆえ即断してしまうのでしょう。なぜ急ぐのでしょう。不安をすぐに取り除く理由があるのでしょうか。

気象庁という役所は、仮に予報が外れたとしても、大事をとって警戒を怠るなというアラートを発する、そんな役割を担っているのではないだろうか。

したがって、繰り返しになりますが、地震が起きて数分後に津波の心配を取り除く必要はなく、単に「津波はないでしょう」で十分なのです。明日の天気が100パーセント晴れとわかっていても「明日は晴れでしょう」なのですから。

というより、「津波の心配はありません」という日本語表現そのものに私は違和感を感じます。客体たる津波の有無の言及を超越して、主体たる人間の心理状況を述べることに不自然さを覚えます。

事実を述べずに「心配」という主体が抱いているであろう不安を除去しようと科学と事実に基づく気象庁が呼びかける。

私は思うのです。ただ津波のあるやなしやを伝え、「津波あり」の場合は当然のこととして即刻警戒を呼びかければよいのです。

当地で言うところの「心配すっごどねぇ」と気象庁から言われたくないのであります。ただそれだけです。

私、だんだんと面倒くせぇ人間になってきました。


(久しぶりのコーヒー&タルト コネッション。ロダンから車で2分)

30数年来通う理髪店「ロダン」。ヘアーショップ・ロダンと称することも、またヘアーサロン・ロダン、あるいはヘアークリエイティブ・ロダンとも言う。

いずれにしろ高校生のときから「ロダン」に通っています。

30数年にわたって整髪してくれていたマスターが昨年夏に亡くなりました。

私は頭とともに心もお世話になっていました。愉快なこと、ときに苦しいことなど、いつも私の話に耳を傾けてくれていました。

店に来るたびに、もうマスターはいないのだ、と言い聞かせています。

東京で修業していたご子息が店を継ぐことになりました。昨夏以来マスターの奥様に髪を切ってもらっていた私。きょう初めて店長であるご子息が私の髪を切ります。

「◯◯◯さんの後頭部は左側が出ていて、右側がぺたんってなってるでしょ。触ってみて」と奥様。

「失礼します。おっ、ほんとだ。こりゃ難しいね」

奥様と店長が私の後頭部を交互に撫でます。

「でね、後頭部の真ん中辺りが出っ張ってるから、ここを気をつけないとだめ」


(コネッションの入口)

「そうなんです。変に出っ張ってるでしょ。うちの二男も後頭部の真ん中が私以上に出っ張っていて、心配になって、何か入ってるんじゃないかと思って、MRIかけたんですよ」と私が割り込みます。

二男も私も後頭部が溶岩ドームのように隆起しています。

「で、どうだったんですか」

「何でもなかったんです」

「よかったですね〜。でね、店長、この耳元ね、生え際が耳のすぐそばまで来ているので、ここを切ってあげると、日にちが経っても耳に髪がかからないようになるのよ」

お母様は指導に余念がありません。お母様監修の下、火星の衛星「フォボス」のようにいびつな私の頭を見事に整えていく店長。

そして、ついに店長によって私の髪が仕上がりました。いい感じです。

というわけで、変な頭を自分でも撫でてみました。これは相当におかしな頭蓋骨だと思いつつ、午後のまったりとした時間をカフェで過ごしました。


(向う岸に向島を望む)

広島県尾道市向島(むかいしま)。これまではまったく関心がありませんでした。いま報道されている脱走劇についても見過ごしていたことでしょう。

しかし、私は少し前に尾道を旅しました。向島にも渡りました。

旅先で一組の親子と出会い、そのお子さんが向島の高校に進学するのだと聞いたことから瀬戸内に浮かぶこの島は、私にとってただの島ではなくなりました。

件(くだん)の事件が発生して以来、当の高校生本人も、そして親御さんもさぞ不安であろう。そう思い、尋ねてみました。

しかし、予想と違った反応がありました。

「島民の方々や尾道中学、高校に通われている生徒は勿論のことですが、逃げている犯人も心休まらないでしょうね。誰もが心休まれる日が来ることが一番だと思います」

ふつうは、というより、私の場合、まず自分自身の抱いている感情を真っ先に吐露(とろ)してしまうものです。

「もうほんとにまったく。不安で不安でしょうがないですよ。迷惑な話です。早く捕まってほしい」


(あなごのねどこ)

私ならこう答えるでしょう。

でも、この方は、我が子のことではなく、まずは島民、そして生徒に思いを向けます。さらには、心休まらない対象に逃げている犯人をも包含し、慈しみの目を向けます。

私にはできない。はっとさせられました。恥ずかしさと同時に私の心の奥底に潜む、ヒヤリとした闇を垣間見た思いがしました。

どれほどか人知れぬ苦労をしてきたのか、と思いました。辛労を尽くしてきた方にしか持ちえない心の温かさを感じました。

私は思います。「悪」のレッテルが貼られてしまうと、当該人物は、全身悪であり、圧倒的に悪であり、不可逆的に悪であると思い込んでしまう。しかも、そういった情報に共振し、増幅さえしてしまう。

いったん悪と見做せば、思いやる対象から100万光年先に追いやってしまう。考慮すべきではない、はるか向こうの人にしてしまうのです。

もちろん、悪事を容認しているのではありません。寛容であれと訴えているのでもありません。この論考を読まれている方はそのことをわかっていると信じます。

焦点は相手ではなく、己の心です。我が心の在り様が問われているのです。

というわけで、省察(せいさつ)の旅に出立し、尾道プリンを食べに行こうかと思案しています。宿はもちろんゲストハウス「あなごのねどこ」です。


(セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ いわきLATOV店にて)

からつづく)

)で完結できませんでした。こういうのを浅慮と言います。もとより浅い人間ゆえ、ご了承ください。さて、「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」の報告の最終回は図書館長の講演です。

駅前に昨年11月下旬にオープンした土浦市立図書館。

館長の入沢弘子さんはかつて博報堂で企業広報を担当。その後、つくば市が公募したプロモーションマネージャーに就くといった異色の経歴の持ち主です。

図書館の広報戦略について語ってくれました。図書館を通じて街のにぎわいをどう創出するか。入沢館長の念頭にあるのはこの一点のようです。

「リピーターを大切にする」

「新規利用者を掘り起こす」

「本好きの人を満足させる」

このように誘客につながる広報戦略を入沢館長は考えているという。ときに全方位的に広報し、またあるときは対象者を絞って周知する。

顧客の階層を意識した広報戦略、言い換えれば、ターゲットの設定です。なお、「戦略」とは、何を略するかであり、何をしないか、つまり捨象する対象を決めるということ。

階層と言えば、当ブログの読者の階層をめぐる考察を「大切なF1層」と題して論じています。腹痛ものばかり取り上げるとF1層が離れるという話です。

ちなみにF1層とは20歳から34歳までの女性の意。広告業界のマーケティング用語の一つです。

閑話休題。土浦市立図書館の入居するアルカス土浦の地上階にはイベント広場があります。

先に述べた「リピーター」「新規利用者」「本好きの人」を意識しての角度を付けたイベントを開催。その入込客数と図書館利用者数を把握し、連動性を統計分析。

さらに、土浦市立図書館が新聞記事として取り上げられた回数、つまり、露出度とその見出しの取り上げられ方を肯定的・否定的(懸念)かを分析し、次の広報戦略にフィードバック。

さすがだ、と思いました。

ともすると行政はハコモノは作って終わりのきらいがあります。どう生かすか、どう生かし続けるかの視点に立っての広報戦略は目から鱗でした。

というわけで、土浦はかつて交通の要衝にあり、にぎわいがありました。しかし、隣接のつくば市やかすみがうら市などのひらがな市との競争の中で優位性が沈下。

土浦はいま生き残りをかけ、熱気のある人々によって戦いが始められた。そう、私は感じました。

土浦礫層という堅固な土台がある土浦です。必ずや蘇るものと確信します。

(この稿おわり)


(桜は散るから美しい)

よりつづく)

「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」の第2部は講演会です。図書館長とNPO法人まちづくり活性化土浦事務局長のお話。講演の前段に土浦市職員の方から興味深い話を聞きました。

「土浦の中心市街地に高層ビルが多いと思いませんか。なぜ土浦が都市となったのか。その理由は地層にあります」

確かに駅周辺に高層建築物が多い。私もいぶかしく感じていました。レンコンの栽培に適した土地柄なはず。地盤は大丈夫なのだろうか、と。

土浦礫層(れきそう)という耳慣れない言葉について語り始めました。

桜川市に源を発し、JR土浦駅近くで霞ヶ浦にそそぐ一級河川の桜川。なお、土浦市内は8本の一級河川が流れる。

3万年前、先史時代の氷期の土浦には、流量の多い川が流れていた。現在の桜川の低地を流れていたその川はかつての鬼怒川であったという。これを古鬼怒川と称する。

この古鬼怒川沿いの地中は安山岩の礫層となっている。安山岩は火山岩である。

近くにある筑波山は形状から火山のように見えるが、火山ではない。深成岩(花崗岩)が風雨で削られた山である。

土浦の地中に礫層となっている安山岩の由来は日光連山のそれであるという。

3万年前、川の水量が多く、激しい時期に日光から100km以上旅してきた石が砂礫となって蓄積し、礫層となり、土浦の地盤を堅固なものとしている。

古鬼怒川は霞ヶ浦の湖心にまで及んでいる。湖底をボーリングすると同じ礫層を確認することができるという。

日光連山の安山岩と土浦の礫層の一致は炭素年代測定によっても明らかになっているとのこと。

私は不思議な感慨にとらわれました。レンコンのイメージしかなかった土浦です。私の中で化学変化が起き始めました。

地理、歴史、文化の多面から土浦は面白い。沼地だと思っていた土浦の地底は日光の石で固められているというのです。

川について付言すれば、茨城の人々にとっては当たり前の徳川家康による利根川改修、つまり東遷(とうせん)の歴史。しかし、県境を越えた福島人にとってはなじみがありません。

家康は江戸入府とともに東京湾に注いでいた当時の利根川を流れ(瀬)を東へ変更します。家康亡き後もその改修は続けられ、現在のように銚子沖に流れるようになりました。

というわけで、「土浦礫層」は私の脳髄に刺激を与えました。次に登壇する図書館長の話もまたなるほど、と膝を打つ視点がありました。(続)で簡潔に触れたいと思います。

へつづく)


(飛行機雲を見ていると旅に出たくなる)

声をかけられたにもかかわらず、まったくもって思い出せません。いったい誰なのか。どのような関係なのか。どこで出会ったのか。

昼休みに2階の職場からロビーに降りていきました。

月曜日と木曜日は障がい者施設からお弁当やおかず、スイーツの出店があります。弁当は持参しているので、お目当ては豆乳シフォンケーキ(税込100円)。しっとりしてじつに美味しい。

若い女性の後ろに並んでいました。

「こんにちは。この4月に○○課の○○係に異動になりました」

「そうだったんですね」

と答えつつ、はてな、名前も、誰なのかも思い出せない。親しげに話しかけてきます。当方の内情もよくわかっているようです。

「課長のところは忙しいでしょ」

「ええ」

繕(つくろ)いつつ、脳内を急速サーチ。やっぱり思い出せない。話題の中から糸口を探ろうと試みたものの、何も出てこない。

あなたは誰なのだ。あなたと私はいったいどういう関係なのか。まさか友達以上、恋人未満。あるいは解と係数の関係であるとか。

職場に戻り異動名簿を確認。名前は判明しました。見覚えのある名前。3年前に入庁した職員です。

そうだ、私の閻魔帳を検索してみよう。誰とどこでどのような会議、協議、打合せ、電話を受けたか・かけたかを記録している日誌です。A4判2000ページ弱あります。

過去3年分検索しました。が、ヒットしません。あるいは、SNSの友達なのか。調べてみました。が、該当者はいません。

エイリアンによるアブダクション(誘拐)によって記憶を消されれしまったのか。微小なチップが埋め込められているのだろうか。

ここは恥も外聞も捨て、勇気を出して問うてみるのも一興かもしれない。

「あなたと私はどのような関係ですか」と。

よもや泣き崩れるようなことはあるまい。呆れ、軽蔑の眼差しに晒されることでしょう。

というわけで、本気で認知症外来に行こうかと迷っています。


(静謐の庭が語りかけてくる)

「最も重要なことに集中せよ」とドラッカーは言う。第9回いわき学びカフェはP.F.ドラッカー著『経営者の条件』の第5章です。

「成果をあげるための秘訣をただ一つだけ挙げるならば、それは集中である。成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない」

本当か。本当にそんなことできるのだろうか。章の冒頭からストレートに攻めてきます。

ドラッカー先生、私もわかっちゃいるんです、と愚痴とも嘆息とも言い難い独り言を言いながら事前の読み込みを進めます。

「集中のための第一の原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである」

先生、それができたら苦労しないのです。

「いくつもの球を操ることは曲芸である」

先生はそうおっしゃる。北の元帥様も並進路線をやめるという。

でも、私は並進路線はおろか、上海雑技団の皿回し並みに同時多発的にいくつものことに取り組んでいます。

当面落ちそうにない皿は放置し、落ちそうになる皿に遠心力をかけ、落ちた皿には相応しい言い訳を考える、そんな曲芸です。

「古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。アイデアが不足している組織はない。創造力が問題なのではない。せっかくのよいアイデアを実現すべく仕事をしている組織が少ないことが問題である。みなが昨日の仕事に忙しい」

そうなんです。過去の始末ばかりなんです。先生は本当によくご存じだ。でも、変えられないのです、私には。

「実は、本当に行うべきことは優先順位の決定ではない。優先順位の決定は比較的容易である。集中できる者があまりに少ないのは、劣後順位の決定、すなわち取り組むべきではない仕事の決定とその決定の遵守が至難だからである」

やらないと決めることほど難しいものはない。痛感しています。では、どうすればいいのか。

「(前略)最も重要なことは分析でなく勇気である」

そっかぁ、勇気かぁ。勇気はないものなぁ。胃カメラを飲むのがマックスの勇気ですもの。


(大好きなハナミズキ)

このところインドカレーの店が増えています。インドカレーではありますが調理人も含め店員はネパール人です。不思議なほど日本語が上手い。

どのような経緯でネパールの人がここにやってきてインドカレー店を営業しているのか、尋ねてみたいと思いつつ、ただ食べるだけの関係です。

店内で食べるときはナンのおかわりは自由。でも未だかつておかわりはしたことがありません。

キャベツの千切りのサラダにかけられているドレッシングが独特です。色合いは小学校のとき教室の床に撒いた、とろっとろのワックスに似ています。

蛇足ながら、あのオレンジ色のワックスで滑りやすくなった床の上を滑走するのが楽しみの一つでした。マンゴージャムを見ても、あのワックスを思い出します。

さて、店舗ではなくテイクアウトでカレーとナンを購入。家で息子たちと食べ始めました。

「お父さん、インドとかって左手で食べちゃいけないんだっけ」

「そうそう、右手で食べるんだよ。タイでも左手は不浄な手っていうことで卒業証書も右手だけでもらうんだよ」

「どうしてなの」

ウコン色のチキンカレーにナンを付けながら私は息子の疑問に答えます。

「タイのトイレはかつては水でお尻を拭いていたんだ」

腰をかがめ、しぐさをデモンストレーションする私。実地ほど大切なものはない。

「小さな洗面器を右手に持って、さっと左手で水をすくってお尻を洗うんだ」

「へ〜」

二男は色の濃いマトンカレーを美味しそうに食べています。

「お父さん、イスラムの人って豚肉、食べちゃダメなんでしょ」

三男が具がごろごろと入っている野菜カレーをナンに取り分けながら尋ねます。

「そうだよ。インドではビーフカレーは食べられないんだ。ヒンズー教では牛は神聖な動物だからね」

デモンストレーションをしたせいでしょうか、私はいくぶん食欲が減退しました。

食事と話題の選択には気をつけないといけないと反省しました。

息子たちは耐性があるのか、関連性に気がついていないのか、美味しかったと言って平らげていました。


(夜の土浦駅)

)からつづく

生まれて初めて土浦駅を降り立つ私。レンコン一色の色眼鏡でまちを歩き始めました。「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」のスタートです。

まず、昨年11月に駅前の再開発ビルとして整備された複合施設「アルカス土浦」を見学。4階建てでメインは図書館(2〜4階)で、そのほか銀行や交番、学習塾などが入居。

図書館は56万冊を所蔵可能で茨城県内最大規模。閲覧席は約650席。施設の素晴らしさもさることながら、何よりも新図書館の初代館長の入沢弘子さんが面白い。

博報堂で働いていたという入沢館長の視点、戦略に膝を打ちました。やっぱり人だよな、と思いました。ハードをどう生かすか、結局のところ人なのです。

アルカス土浦とつながっている駅の商業ビル「プレイアトレ土浦」。日本最大級の体験型サイクリングリゾートであるという。


(プレイアトレ1階のバイクショップ)

アトレは、JR東日本グループが展開している駅ビル。その新しい業態が先月末にオープンしたこのプレイアトレです。

物販依存からの脱却を図り、体験の提供、コトの発信を目指すプレイアトレ。なるほど、これまでの駅ビルにない躍動感の予感を感じました。

プレイアトレは、サイクリングコース「つくば霞ケ浦りんりんロード」(全長180km)のスタート地点にもなっています。シャワールームやコインロッカー、レンタサイクル、サイクルショップ、カフェなどがあり、まさにサイクリングのベース(基地)です。

駅ビルの中に直接、自転車で乗り入れできるところに意外性を感じました。2019年秋以降のグランドオープンに向けて、サイクリングホテルやレストラン、フードマーケットなどもオープン予定となっています。

土浦がこれほど自転車に力を入れているとは思ってもみませんでした。競輪場を持つ我がいわき市も負けていられない。そう思いました。

プレイアトレの真向かいには土浦市役所があります。ペデストリアンデッキで直結。かつてのイトーヨーカドー土浦店であった建物に2015年に市役所が移転したものです。セブン&iの直方体の看板が「土浦市役所」に変わっていました。

駅前には地元の乗合バスに加えて、NPO法人が運営する「まちづくり活性化バスキララちゃん」のバス乗り場があります。全国に数多くのコミュニティバスがありますが、NPO法人の運営は珍しい。 これほどまでに駅前に力を入れる理由は何か。危機感からなのか。手に垢の付いた感のある言葉「中心市街地の活性化」なのでしょうか。


(モール505)

「まちづくり活性化バスキララちゃん」に乗り、土浦城址(亀城公園)をめぐり、亀城の名称の由来を聞き、旧水戸街道沿いの「土浦まちかど蔵」を歩き、最後に「モール505」にたどり着きました。

正式には「川口ショッピングセンターモール505」と称する商店街。全長505m、3階建ての商店街です。 高架道路のカーブに沿って5棟の低層ビルが連結。一風変わった趣を持っています。

しかし、そこには「活」という文字の対極にある世界が広がっていました。静であり、錆であり、虚です。痛々しさのあまり、見てはいけないものを見てしまったような気がしました。

かつては相当に賑わい、市外からも観光客が訪れ、憧れの場所でもあったという。

JR内郷駅近くにあった内郷ショッピングセンター。その取り壊し前の店内に漂っていた、同じにおいがここモール505にもありました。

何か蘇生術はないのか。そう思いながら、第2部の講演会に参加。そこには熱い人たちが待っていました。

(つづく)


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