(神戸方面を望む。たぶん)

30年前に友人とタイ南部のハジャイを旅しました。ハジャイ(Hatyai)とは大きな浜を意味します。

現地の大学の学生たちとJBホテルという中規模クラスのホテルのラウンジで夜に飲むことになりました。

ステージでは演奏が奏でられ、女性の歌手がタイ語の歌を歌っていました。男性の歌手がステージに立ちました。

聞き覚えのあるイントロが流れ始めました。

んっ、何だろう。と思っていると歌い始めました。

♪目を閉じて何も見えず

そうです。谷村新司さんの名曲「昴」です。じつに上手い。どうしてこんなに上手に歌えるのだろう。熱唱でした。

異国の田舎町で聞く昴。熱帯で聞く昴。妙に旅情が高揚したのを覚えています。

ハジャイはマレーシアに近い町です。イスラム系住民も少なくない。辺境の地と言っていいかもしれません。

こんな場所で完璧に昴を歌う人に出会ったことに胸が熱くなりました。

しかし、不思議な歌詞です。

「目を閉じて何も見えず」

当たり前のことです。当たり前のことなのですが気になる言葉です。

ハジャイで昴を聞いて10年後、成田空港で谷村新司さんを偶然見かけました。どうもあの頭髪を見ると芸人のコロッケのパカパカ動かすカツラを連想してしまいます。

モノマネは大切な価値を毀損する場合もあると感じました。

さて、その10年後、2007年にハジャイのJBホテルはテロの脅威にさらされます。爆弾が爆発し多数の死傷者が出ました。

そして、その10年後の本年、ハジャイやその近隣から青少年たちが研修でいわき市を訪問。50日間の滞在中、何度か交流させていただきました。

というわけで、ふと思い出したことを備忘録として書き留めました。

動画サイトで谷村新司さんの昴を久しぶりに聞いてみました。が、やっぱり頭髪のパカパカが気になって厳粛に聞くことができませんでした。


(宇宙と同じ名前のコスモス)

選挙事務の一日でした。ほどよい暑さの中、物憂い午後の3時過ぎのことです。目が開いたまま、一瞬夢を見てしまいました。

意識が遠のく経験はたびたびあります。3年前の12月14日施行の衆議院総選挙。寒すぎて、新田次郎著『八甲田山死の彷徨』の場面が次から次と浮かんできました。

詳細は「寒さに震えながら考えたこと」を参照ください。

今回、開票事務も行いました。年々、事務を行う人が減っているようで、昔から従事している老壮年代が活躍しています。うわによると若い職員が忌避しているとのこと。

さて、開票所である総合体育館に到着。ふと、周りの職員の服装を見ると、ほとんど紺のスラックスに白のワイシャツ。私は警察官の制服によく似た青色のシャツに茶色のチノパン。

ありぁ、なんかお達しがあったっけ、と思いました。そういえば、ポロシャツやアロハはダメとのお触れが回ってきたを思い出しました。

私、思うんです。日本人のここが怖いなって。思考なしで行動できる日本人の怖さです。「何のため」という思考が欠落しているように思います。

アロハを着ろと言われれば、みんなアロハシャツを着て仕事をする。市議会でもアロハシャツを着ての「アロハ議会」が話題になりました。

選挙は厳粛な場なのでアロハはダメ。意味するところはわかります。では、厳粛な場であるはずの市議会の議場はいいのでしょうか。

お上からこうしろと言われると、瞬時にそうする。ダメと言われると、即座にそうする。ここが怖いんです。思考しない日本人のここが。

というわけで、岸見一郎/古賀史健著『嫌われる勇気』をこれから読もうと思います。心理学者のアドラーは嫌われる勇気を持てと訴えています。

ため池のザリガニのように背中を丸めながら逃げてばかりの私。ちっとも勇気がありません。


(ウキクサの競演。世界一小さな花を咲かせます)

あるコンビニ大手では業績不振に陥った店舗があると真っ先に行うことがあるという。それは清掃指導です。

店内の清掃を徹底して行うようにするのだと聞きました。コンビニでは汚いけど売れている、“きたなシュラン”はあり得ないのでしょうね。

次元は異なりますが、中学・高校生のとき試験前になると私は部屋の掃除をしたものでした。机の上や周囲を整理整頓し、気持ちもすっきり。

身辺がきれいになったところで、さあ勉強しよう。そう思うのですが、それができない。

勉強すればいいのに私がしたことは、読書でした。試験前になるとなぜか本が読みたくなる。小説を読み出し、止まらなくなる。

本道を歩めず脇道にそれる癖はこの頃に身に付いたようです。

「星々のつぶやき」もつねに脱線ばかりしています。申し訳ありません。

ところで、まちは選挙の宣伝カーから候補者の名前が連呼されています。3人の候補者は4年前の前回と同じ顔触れ。

選ぶ基準を持たねばと思いつつ、確たる物差しを持たずに今日まで至ります。基準がないと頭の中が混沌とし、思考が整理整頓できません。

人を見る物差しがほしい。そんなふうに思っていたら松下幸之助氏の言葉が蘇ってきました。

「あんさんは運がよろしいか」

松下電器に入社しようとする人に対して松下氏はこう尋ねたという。運が強いと思うか、と。そして「運が悪い」と答えた人は不採用だったそうです。

この質問を仮に3人の候補者に投げかけたらどんな答えが返ってくるだろうか。想像すると、なんとなく見えてくるものがあります。

私はどうか、ですか。言わずもがなです。


(畦道に咲く花。名前がわからない)

東日本大震災の前年のことです。うつから立ち直って1年半ほど経ったとき職場のメンタルヘルス研修を受講しました。

講師の話に深く共鳴し、癒され、そして勇気づけられました。研修終了後の控室に講師を訪ねました。

しかし、いま、講師の話の何に共鳴し、納得したのか。情けないことに思い出せません。

勇気づけられた、励まされたという心の作用だけが温かな灯となっていまもなお続いています。

先日、月刊誌の編集部の知人から連絡がありました。

特集記事の取材先でのこと。インタビューをする中で出身地のことが話題になったという。知人は、私のいま住むまちと同じであることに気づいたそうです。

もしかしたら知り合いかもと思い尋ねたところ、研修の受講生であったことを覚えてくださっていたとのこと。

昨日、発行されたばかりの「潮」10月号が贈呈として送られてきました。早速ページを開きました。

懐かしい顔写真とともに「社員のメンタルヘルスと企業に経営倫理」と題した記事が載っています。根本忠一さん(公益財団法人日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所主幹)は訴えます。


(特集は「ストレス社会を生きる」です)

「過労自殺を生む最大の要因は、労働時間の問題というより、むしろ個々人が抱える孤立感と虚しさ、そして先行きの不安にあると私は考えています」

その通りだ。私自身の経験も踏まえ、納得がいきます。

「各企業が実施しているストレス対策を見ていると、『チャレンジをすれば社員にストレスがかかってしまう。だからあまり無理をさせるな』という暗黙のメッセージを感じますが、それが組織としての合意を得られるとは思えません」

「大切なことは『チャレンジをしてストレスがかかったとしても、会社はあなたを守る』というメッセージを、いかに社員に伝えるかということです。チャレンジなくして組織の活性化はあり得ません」

根本さんはこう結論します。

「自らの仕事に意味を見出すことこそが、じつは最大のストレス対策になるのです」と。


(山の端の残照が好きです)

声に出して読んだとき味わいのあるものに。そんな思いで「星々のつぶやき」は綴っています。

ただ、私のだみ声では興ざめです。幼いときにアデノイド(咽頭扁桃)を摘出し、高校2年の夏に扁桃腺を取りました。

今度生まれ変わるときは美声の主になりたいと願っています。歌の上手な人を羨ましく思います。子どものころ「音痴」は心理的重圧でした。

閑話休題。本年6月、ある勉強会で朗読のプロフェッショナルの方とお会いする機会がありました。美しい声、明瞭で柔らかい語り。

この方に「星々のつぶやき」を朗読していただきたい。即座に思いました。


(蛙は鳴りを潜め、虫たちの歌声が響く草むら)

8月いっぱいまで忙しいという。

「秋の虫が鳴くころにご連絡しますね」と私は申し上げました。出会いから3か月が過ぎました。

そろそろ連絡を取ってみようと思います。

5編程度の朗読と昼食。10名ほどの小さな小さな朗読会。1千数百のつぶやきから何を選ぶか。秋の夜長の楽しい宿題です。

ついに夢見た「星々のつぶやき」オフ会を今秋催したいと思っています。場所は森の中のあのカフェがいいなぁ。目下夢想中です。


(あのときも蘇鉄が生えていました)

常磐ハワイアンセンターの思い出を一言で言えばハワイアンの音楽と蘇鉄の緑となります。

ハワイアンミュージックには人を和ませる不思議な魅力があります。効率性の追求や目標達成といったビジネスマインドを砕く、脱力系の音色が好きです。

45年ほど前、どういった経緯かは記憶していませんが、常磐ハワイアンセンターに家族で泊まることになりました。

ホテル本館ではなく、レストハウスと呼ばれる廉価な施設を親は予約したようです。いずれにしてもホテルに宿泊するということは一大事でした。

私はもちろん姉や弟も興奮していたことでしょう。自家用車はありませんでしたので、汽車とバスを乗り継いで来たのだろうと思います。

ホテルの玄関に入るとロビーは広くふかふかした絨毯に覆われていました。黄土色だったように記憶しています。

3歳になるかならないかの弟がそこで靴を脱ぎ出しました。

「ここは靴を脱がなくていいんだよ」

親や私たちが弟を笑うと、弟はたちまち顔を真っ赤にしました。悔しさと不甲斐なさに溢れた表情を見せました。

そういう私もうすぼんやりして反応が遅かっただけで、じつは靴を脱ごうとしていました。弟の方が機敏で律儀だったのです。

ここに来るたびに真っ赤になった弟の顔を思い出します。

きょうはこれから研修会です。ロビーに流れるハワイアンギターが眠気を誘います。夢の世界に入ってしまいそうです。

最前列に座っています。居眠りして赤面しないように気をつけます。


(蛙の目で用水路を覗いてみました)

どうしても納豆が食べたい。そんな思いを手紙に書いて送ったところ、タイ・バンコクに滞在中の私に友人が日本から納豆を持ってきてくれました。

仮に成田空港で買ったとしてもすでに6時間以上は経っています。もちろん保冷剤もなにもなく素のままでのお土産でした。

ふたを開けると豆がぬらぬらと怪しげに光り、生気を失っているのを感じました。超発酵というのでしょうか、とにかくにおいました。

いまから30年前、学生時代の話です。もちろん食べました。

当時、とにかく納豆が好きで、「納豆讃歌」なる長編詩を作りました。限られた友人だけではありましたが、アランフェス協奏曲に乗せて朗読も披露しました。

「おお!納豆。虐げられし汝の悲哀の歴史.../箸を入れ、おもむろにかき混ぜる。眠りから覚醒へ、そして躍動に変わる」

そんな言葉で綴られていたはずです。我ながらちょっと“きていた”なと思います。若かったのでしょう。

その10年後、カナダ・モントリオール滞在中、やはり納豆がどうしても食べたくなり、寝ても覚めても納豆のことばかり考えるようになりました。禁断症状です。

モントリオール市内の韓国食材店に製造日が数か月前の納豆を発見。寮に戻り、ご飯を炊きました。

納豆のふたを開けました。冷蔵庫の中で水分が蒸発してしまったのでしょう。南極越冬隊御用達のような干からびた豆が佇んでいました。

においがありません。鼻を近づけるとほのかにアンモニアに似た納豆臭が鼻腔の奥に感じました。

とにかく硬い。よく噛み締めると、じわじわと納豆の味が蘇ってきます。その余勢をかってご飯をかきこみました。

本年1月31日発表の総務省家計調査(対象:都道府県庁所在地及び政令指定都市)によると納豆消費量日本一を誇っていた福島市が敗れ、水戸市が奪還したとのこと。

というわけで、どうでもいいことではありますが、私は納豆をあまりかんまがしません(かき混ぜません)。

ちなみに私の居住地は福島市よりも水戸市に行く方が近い地理にあります。


(コンビニに売っていないのが至極残念)

瞬時にできるところがいい。手軽に作れてしかも美味しい。そこが気に入っています。

ほとんどの料理において私は、目分量で作り、計量スプーンなどを使いません。とにかく面倒くさがり屋です。

唯一と言っていいほどきちんと分量を量って作るのがハウスのフルーチェです。

かつて適当に牛乳を入れて固まらず、悲しい目に遭いました。

爾来、そのいい加減な姿勢を省み、いまや表面張力の側面まで綿密に見るようになりました。200ccきっちり注ぎます。

それにつけてもフルーチェの手軽さはなんなのでしょう。もっと特筆されていいと思います。日清カップヌードルがなぜこれほど売れ、愛されているのか。

それは、やはりフタを開けてお湯を注ぐだけという調理法のシンプルさにあると思います。最近の奇をてらったカップ麺は、一体全体どうしたことでしょう。

やれかやくを入れろ、やれスープをフタの上で温めておけ等々うるさいことこの上ない。スープの袋もスープ本体と油脂が3対1に分かれているようなものもある。そういった切りにくいものに出くわすと思わず血がのぼります。

閑話休題。

フルーチェは必ず自分で作ります。大事な楽しみゆえ。

かつて家人に頼んだことがあります。瞬時にできるはずなのに、なかなか出てこない。不審に思い、台所を覗くと、レトルトパックが鍋で湯煎されていました。

確かにパッケージには「フルーチェは冷やさないでね!」と記載はされていますが、温めろとは書かれていません。

ま、湯煎されたフルーチェも再冷却して使用可能だということが立証できたという意味では有意義な「実験」でした。味も固まり方もふつうでした。

基本的にフルーチェはストロベリーを買います。ハーゲンダッツアイスクリームもストロベリーです。

フルーチェとハーゲンダッツの共通点は定番商品をメインストリームに据えつつ、変化球を投げてくるところです。変化球に弱い私。今回は「蜜リンゴ味」を購入しました。

こっそり作ってひとりで全部食べれば、まさに蜜の味です。あした作ります。


(「あの時のお礼です」と言われても)

これ大好きなんです。ココナッツサブレ。止まらない、やめられない。特段に身体にいいものでもなさそうとわかってはいるんですが、止まらないんです。

舌が欲しています。いや、舌だけでありません。耳もです。

サブレを噛んだときのサクサク、カリカリという音が下顎と上顎で鳴り、頭蓋骨全体で共鳴しています。

この音が脳にサブレをリマインドさせています。またサクサクしたい。そのように脳細胞がささやくのです。刻印されているってこわい。

たくあんをかじる他人の音はなんとなく嫌でも我が身に起きるサブレ音は快感です。「サブレを食べている」と心から実感します。

こんなことで幸せを感じていいのだろうか。低燃費な幸せに我ながら自問自答しています。でも、しっかりと幸福を味わっています。

じつは奥歯もサブレを欲しています。サブレをほぼ噛み砕き、嚥下し終わったあと、奥歯にココナッツの繊維が残っています。残渣ココナッツの美味しさです。

シャリリ、シャリリとゆっくりと上下の奥歯で噛み締めます。嗚呼、幸せ。ココナッツはこの繊維が命です。

残渣と言えば、サッポロ一番塩ラーメンのどんぶりの底に残った一連の細かくなった麺や切り胡麻、刻みネギを食べるときの幸福感も得も言われぬものがあります。

もう一枚ココナッツサブレを食べます。

焼けてほどよく溶けた砂糖がサブレの表面で輝いています。私の顔もきっと輝いていることでしょう。

Since1965ココナッツサブレ讃歌、おしまい。


(猫じゃらし)

少し古い石と比較的新しい石。発掘された地層はほとんど同じです。もちろん石自体に個性もあるので新旧以外にも特色はあります。

もう一つの石は他の二つとはタイプが違います。

二つの意味で新しい。一つは古くないという意味で、さらに旧式ではないという意味でも新しい。

三つの石、いずれも御利益があるという。それぞれ他の二つといかに違うかを訴えています。

どんな利益を出せるか。その「どんな」を競っています。

「どんな」とは、AかBかCかの選択の違いなので可変です。変わり得ます。

ですから、どの石でもある意味で同じと言えます。

じつは「どんな」をもって判断することはある程度は参考にはなり得ても、可変であるゆえ、決定打にはなりません。

重要なのは、「どのように」というプロセスであり、マネジメントであろうと思います。御利益を出すためにどう人を動かすのか。そのダイナミズムがあるのかどうか。

そこが問われているのです。

かつて、生命保険の営業職にあったとき訪問先の遺跡発掘業を営む社長さんが語っていました。

「ここはね、遺跡はいっぱい出るんだよ。あちこちにあるんだ。だけど、みんな小粒なんだよね。ここを大きく統一するような大きな人はいなかったんだろうね」

「何を」ではなく、石自体が持つ力を見極める必要があると思っています。大きいのかどうかということです。

案外に大きさにはさほどの違いはないのかもしれません。


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