(早暁の徒歩通勤)

利久大和町店。午前11時30分の開店の時間と同時に入店しました。旧友と約20年ぶりの再会。二人とも牛たんヘルシーセットを注文。

米国に渡って20年余。現在、国連本部事務局に勤めている友。PKOの担当だという。

「雇用ってどんなふうなの。ずっと勤められるの」と私が質問。

「2年ごとの契約更新なんですよ。どのような成果を出したのか評価されるし、分担金拠出国の意向によっても継続雇用となるか判断されるんです」

「そりゃ大変だ。緊張感があるね。雇用打ち切りに備えて人間関係を幅広く作っておかないとだめだね」

「人間関係は大事ですね」

「そうそう、いまねドラッカーの読書会に参加しているんです。アメリカではあまり読まれていないようだけど」

「そうでうすね。私も読んでいますよ。強みを生かすというのは大事な視点で職場でドラッカーを実践しています。弱みに着目するとどうしてもぎすぎすしてまいますからね」

20年前、旧友は以前ドラッカーが在籍していた大学に留学中。当時、彼を訪ねた私はドラッカーについて聞かせられたものの、興味を持ちませんでした。

今思えば惜しいことをしました。生前に偉大なるドラッカーに会えたかもしれないのですから。

次回、ニューヨークのラーメン店で再会することを約し、友と別れました。


(ホテルの朝食が好きです)

いわきワシントンホテルの朝食会場。3年ぶりに地元の友と朝食会を催しました。今回で3回目です。朝7時過ぎ集合で8時解散。

それぞれの取り組みや関心のある分野、新しい動きについて情報交換。

あえて朝に行う。朝食会は濃密なひとときを約束してくれます。山本周五郎著『樅ノ木は残った』の主人公が催す朝粥の会を模して始めたものです。

いつしか話題はブログの朗読会「朗ブロ」に移りました。

「じつは『朗ブロ』は職場の友達に背中を押されて催したんです。誰かを頼む心があったのではだめだ、と。それではインパール作戦の牟田口司令官と同じになってしまう、と言われました」

「そうなんですか」

「察してくださいじゃだめだ、ということです。牟田口司令官は上司である中将に作戦中止を察してほしかったと後年語ったとされています。自分の口からは中止してほしいとは言えなかったんですね」

朝食会を閉じようとしたそのとき友がある報告をしてくれました。自ら語ってくれたことに私は嬉しくなりました。


(懐かしい常磐共同勿来火力発電所と鮫川)

通勤途上で愛読者のYさんからメッセージが入りました。「モノができました」と。

終点のいわき駅を降りて階上に上がり改札口に向かったところ、Yさんがにこやかに立って待っていました。まるで示し合わしたかのよう。

「いや〜偶然ですね」

「待っているとは思いませんでした」

Yさんは常磐線を北上していわき駅に。私は磐越東線をディーゼルカーで東漸して同駅に到着。必ずしも同着するわけではありません。

「これです」

おもむろに2本の黒色のUSBメモリーが差し出されました。私はそれを受け取り速やかにポケットに仕舞い込みました。

「例のモノができました」

「お手数をおかけしました。ありがとうございます。なんだか機密情報を受け取るドラマのシーンのようですね」

Yさんは呵々大笑。

先月初めて開催した朗ブロ(当ブログの朗読)会)。その模様を動画編集してくれたのです。

そして、けさも改札口でいっしょになりました。

ひとしきり最近のエントリーいくつかについて所感を伺ったあと、私が尋ねます。


(情報なき国家の悲劇)

「いいネタ、何かありますか」

「二つあります」

「ほう、二つ」

「一つは、堀栄三です。知ってますか」

「恥ずかしながら知りません」

「大本営の情報参謀だった人です。彼が書いた『大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇』を読み終えたので図書館に返すところです。彼の分析力は際立っていました。でも、残念ながら用いられなかったのです」

そう言いながら、Yさんは時間外返却口に本をすとっと入れました。堀栄三を評価する一方で大本営作戦参謀だった瀬島龍三に対しては手厳しい。

「瀬島龍三と言えば面白い本があります」と私が言うとYさんが興味を示しました。

「共同通信社の『沈黙のファイル―「瀬島 龍三」とは何だったのか』です」

瀬島龍三は山崎豊子著の『不毛地帯』の主人公のモデルとされています。

というわけで、Yさんの教えてくれた二つのネタのうちあと一つが思い出せなくて自宅で悶々としています。

忘却力にますます磨きがかかってきました。


(職場近くの公園の樹々)

改札口を出ると常磐線下り線を利用している愛読者のYさんに会いました。いっしょに職場に向かいながらの会話です。

「エントリー、力作が続いていますねぇ」とYさん。

「いやいやそんなことないです。力を入れて書いたものは意外にヒットしないんです。時間をかけて推敲したものはダメですね。何気に思い浮かんだことを15分程度で書いたものが読まれる」

「なるほど。推敲したものは左脳で書いているんですよ。言うじゃないですか、降りてくるって。インスピレーションで書くのは右脳なんですよ。自動書記みたいに」

「降りてくるというのは降臨とか降霊ですか」

「そうです。作曲家なんかもそうだって言いますね。ささって書いちゃうみたいな。ブログを読ませてもらって思うんですけど、この世界、見えているようで見えていない」

「そうですね。網膜に映っているからといって必ずしも認識しているとは限らないですものね。いかにふとしたことを表に出すか。表現するかですね」

「そうなんですよ。目が節穴のようで見えていないんですよね」


(Living Stone)

「そんなことないですよ。ちょうどよかった。先日取り上げたコーヒースタンドLiving Stoneの前を通っていきましょう」

「ここですか。ぜんぜん気がつきませんでした。これまでにない雰囲気の店ですね。この店に気がつくというのがすごい」

「28日の朗読会でお待ちしています。星々のつぶやきは、朗読するとまた違うんです。楽しみにしていてください」

というわけで、図らずも通勤途上のオフ会となりました。朗読会では降霊してトランス状態にならないよう気をつけたいと思います。


(コーヒースタンド「Living Stone」11:00-20:00 水曜日定休)

ずっと気になっていました。バーなのかカフェなのか。なんだろう。こじんまりとしたおしゃれなお店です。

ある日、交差点を曲がったとき、ゆっくり走って看板に目を凝らしました。小さな字でCOFFEE STANDと書いてあることを確認。近いうち行ってみようと心に留めました。

土曜日、早起きして鉄路で職場に向かいます。


(列車の窓外は曇天)

来週の来年度当初予算要求協議に備え資料を読み込みます。家計で1千万円という金額は大金です。にもかかわらず、仕事で見る事業費は億単位。

一、十、百、千、万などと位(くらい)を数えなくても億単位の金額をすらすらと読めるようになったことが、この仕事の役得だと思っています。

小学校低学年のとき算数が苦手でした。基本の足し算ができない。消しゴムを粉々にして足し算の計算をしていました。


(店主がにこやかに迎えてくれました。ベーグルをかたどった照明が秀逸です)

例えば、3+4は、消しゴムのかすを3つと4つを作り、合わせた消しゴムのかすがいくつあるかを数えました。

計算がすこぶる遅く、教室でいつも涙ぐむ私。通知票の担任記載欄には「いつも涙ぐんでいます」と書かれていました。

「もうお母さん、泣きたくなっちゃう」と家では母親が嘆いていました。一番泣きたくなるのは当人なんです。できないという辛さは傷になります。


(2階に通じる階段)

さて、仕事帰りにランチをかねてLiving Stoneに寄りました。店主が一人で切り盛りしています。1階はコーヒースタンド、2階はイートインです。

ベーグルとコーヒーのセットを注文。イートインで外を眺めながら私は一人安らかにベーグルを食(は)みます。

うわっ、これは美味い。もっちもちのベーグルです。国産小麦使用の余計なものを入れていない本格的なベーグル。20年前にカナダ・モントリオールで毎日のように食べていた、あのベーグルの食感です。


(外は強風が吹いていました)

「SNSも含め一切広告も宣伝もしていないんです。ホームページもありません」

「これは浄水器ですか。ものすごいフィルターですね」

「コーヒーはやっぱり水で決まります。本当はここまで本格的なものでなくてもいいんですけどね。オブジェの意味も込めています」

「店の前には駐車場もないし、いかに歩いて来てもらうかが勝負ですね」


(浄水器のフィルターが並んでいます)

「そうですね。お客さんといえば、アメリカ国籍の人が来ましたよ。コーヒーが美味しいって。通販で日本のお茶を米国に売る商売をこの町で20年近くやっていると言っていました。お茶は京都で買い付けているそうです」

「へ〜そんな人がここにいるんですか」

この町にこれまでなかったような店を作りたかったという店主。人口動態や都市計画を踏まえて、まちづくりをどうすべきか熱い想いを聞かせてもらいました。

というわけで、1時間ほど店主と意気投合し語らいました。なんだか気持ちのよい土曜日の午後を過ごすことができました。

土曜日半ドンは復活すべきだと改めて思いました。半ドンは出会いもあったしなぁ。


(森の中のカフェ「時季の森」)

そうだ「時季の森」に行ってみよう。久しぶりに森のカフェでくつろぎたいと思いました。

晩秋。色づきは今ひとつでした。天候不順のせいなのか、立ち枯れているように見えます。

合衆国大統領が来日したという。世に流れるニュースのほとんどはエアフォースワンの到着から凶悪犯の素顔まで私の一身上とはなんにも関係がありません。

無関係だからこそ夜がくれば就寝することができ、朝がくれば用を足し、歯を磨く。昼になればランチのことを考え、夕方には帰巣本能のままに家路につくことができるのです。


(もみじの赤が美しい)

私の目下の関心事は明日の弁当のおかずをどうするかです。加えて、今月末に主催するブログの朗読会「朗ブロ」の段取りのことです。

ところで、私はカフェが好きです。こよなく愛しています。

ぼんやりとした時間を過ごせるからなのか。己を省りみて明日の糧を得ようとしているからなのか。あるいは、ただ単に甘いものが好きなだけなのか。

カフェがなぜ好きなのか。深く考えたことがありませんでした。


(暑くても寒くてもカフェのお冷は氷が入っている)

週末にピーター・ドラッカーの読書会に参加しました。参加者は3名。初めて参加した方と名刺を交換しました。

すると、私の住む地域の方でした。しかも、地域でカフェをオープンしようとしているというのです。

私はかねてからこの地域ほどカフェが似合う場所はない、と空の雲に訴え、川べりの鴨に語り、森の中でささやき、馬耳東風の家人に向かって口角泡を飛ばしてきました。

気分はとっくに四面楚歌。

したがって、カフェを開設しようと試みている人と出会い、カフェ談義のできる力強い同志を得た気持ちになりました。


(カフェでぼんやりしていることが好きです)

ドラッカーは訴えます。

予期せぬことに意識せよ。そこにイノベーションのカギがある、と。予期せぬ出会いがありました。幸先の良さを感じています。

というわけで、予期せぬ腹痛にもイノベーションのカギが潜んでいるのでしょうか。熟考する必要がありそうです。


(ブーゲンビリア)

県内同業者の管理者研修に参加。午前10時半から午後4時までです。参加者名簿を一瞥(いちべつ)。既知の職員がいないか探しました。

特に知り合いはいないようです。午前の部を終え昼食をとるため外に出ようとしたところ、I村のSさんに会いました。

「あら、Sさん久しぶり。名簿で見つけられなかったです」

名刺を交換しながらお互いの所属部署を紹介し合いました。

近くの焼肉屋に入店。二人ともカルビ丼を注文しました。

「震災からずっと大変だったでしょ。役場が元の場所に帰還したのは...」

「今年の4月です」

「そうすると、SさんもI村に戻ったんですか」

「戻りました。本当にいろいろ大変でした。病気もしたんです」

「病気?どこか悪くしたんですか」

Sさんと私は10数年前に福島県の外郭団体「シンクタンクふくしま」でいっしょに働いた仲でした。

カラオケが上手なのが印象に残っています。いつもはつらつとして見るからに健康そうでした。

「2年前にくも膜下で救急搬送されたんです」

「えっ、くも膜下ですか。どこで倒れたんですか」

「自宅です。日曜日に机で昼寝していたら、そのままくも膜下になっていたようです。椅子に座ったまま万歳をするように眠っていたそうで、不審に思った家族が救急車を呼びました」

「家族の方が気がついて本当によかったよかった。いまこうやって生きていて本当によかったです。気がついたら病院で目が覚めたっていう感じですか」

「何にも覚えていないんです。痛みも何もなく...。目が覚めたら縛られていて」

「昼寝していてそのままひょっとしたら永眠してしまったかもしれないところでしたね」

「あのまま永眠すればよかったんです。気持ちよく寝ていましたから。痛みも何もなく」

Sさんのその言葉にこの6年半余の辛労が偲ばれました。

午後の部の研修を終え、私はSさんと力強く長く握手を交わしました。

「また会いましょうね。必ず会いましょう。福島でゆっくり飲みましょう」

Sさんはにっこり笑って答えてくれました。Sさんと会えたことは、きょうの研修の最大の成果でした。


(夕闇のアリオスカフェ)

朗ブロ「星々のつぶやき」の会場となるカフェに閉店まぎわに寄りました。ちょっとご挨拶のつもりでした。

もう一つ、朗読会当日と同じ時間帯の雰囲気を感じてみたいということもありました。

店員さんと談笑していると懐かしい同僚のTさんがやってきました。かなり前に仕事でプロジェクトチームを組んだ仲です。

彼が出演する演劇の告知のためにチラシを持ってカフェにやってきたようです。部署が異なるため、しばらくぶりに会いました。

旧交を温めつつ、私の催しについて話をしました。

「時間は大丈夫ですから一杯お飲みになったらどうですか」

店員さんに促され、私たちはお言葉に甘えました。

「じつはね、来月28日にここでブログの朗読会を催すんだよ」

「そうなんですか。当初、プロの朗読者にお願いしようと思っていたんだけど、まずは自分でやってみようと思って...」

「読ませてください。いま、ここで」


(落ち着いた雰囲気の店内)

「ほんとに?演劇をやってるから朗読ももちろんできるもんね。ぜひお願いします」

Tさんは「岩塩低温サウナ」「野望の党
『あ』に濁点の事態」を朗読。

カフェの店員さんも、そして私も大笑いしました。作者であることを忘れて涙を流して笑ってしまいました。

なんという表現力なのでしょう。演劇で培った演出力がなせる技なのでしょうか。

ドラマにおいても作品は脚本家の手から離れたら監督のものだという。演出がいかに大事か、私は改めて思いました。

「もし当日都合がつくようだったら数編、朗読してくれないですか」

「いいですよ」

快諾を得ました。

コラボの力って大事ですね。これぞ相乗効果ですね。 「異体同心」とは算術級数ではなく、幾何級数的なのです。

なんでもかんでも自分でやろうとするといい成果を得られません。自分と異なる人の力をいかに結集するか。生かしていけるか。

その力こそがいま求められているのだ、と野望の党代表は思うのでありました。


(守谷サービスエリア下り線にて)

カフェの店内に掲げてある額縁に惹きつけられました。見ると書道家・武田双雲さんの作品。

右側の壁に篆書体(てんしょたい)で「星」、そして対面の壁には行書体で同じく「星」と書かれていました。見事な大書です。

星乃珈琲店で私は友人と向き合い、話に耳を傾けました。

学生時代、文字通り同じ釜の飯を食った仲です。

いまその彼が苦境にあります。うつを患っています。

「この苦しみはドアのないサウナのようなものだよね」

ひと通り話を聞き終えてから私がいいました。私も10年ほど前にうつを発症。死ぬことまで考えました。

「ドアのないサウナ?」

「そう。サウナはドアがあっていつでも出られるとわかっているから、あの暑苦しい中で耐えられる。でも、もしドアがなかったら苦しみが永遠に続くと感じると思う」

「なるほど」

人はどんなに苦しくても、それがいつまでなのかがわかれば心は軽くなる。乗り越えられます。

サウナもあと5分で出て、次に冷水風呂、そして上がったらビールだ、と思えばこそ、苦しみもまた楽しみになります。

心を込めて私は友人に語りました。

「必ず必ず薄皮をはがすようによくなっていくよ。調子のよいときもあると思う」

でも、と私は続けました。

「それを基準としないことが大事。そして、調子の悪いときも、同じく、それを基準としない。波があるのは当たり前ということ」

調子のよいときは、これで治ったのかと思ってしまいがちです。一方で、調子の悪いときは、もう治らないのかと落ち込む。

「復職に向けて大事なことは、波があるということを知っておくことだと思う。必ず良くなるよ」

かといって、うつの真っ最中は己を達観するなどということはできないものです。ただただ苦しいだけ。

思考の視野狭窄が進み、自分自身を俯瞰(ふかん)できないところにうつの辛さがあります。

いま私の胸には山本周五郎著『樅の木は残った』の主人公・原田甲斐の言葉が蘇ってきます。

禅僧・快川紹喜の辞世をめぐって鬼役(毒見役)に向かう丹三郎に対して甲斐が言います。

「(前略)火中にあって、心頭滅却すれば火もまた涼し、などというのは泣き言にすぎない、けれども、その泣き言を云うところに、いかにも人間らしい迷いや、みれんや、弱さがあらわれていて、好ましい、私には好ましく思われる」

うつにおいては、どうしても周りにどう見られるかが気になります。

しかし、この弱さをさらけ出せる友を持つこと、寄り添う友の存在こそが肝要です。

自分自身のときもまさに寄り添う友によって救われました。

当初まったく予定になかった今回の語らい。お互いが引き寄せ合い、星と星が出逢ったかのようです。

まさに星々のつぶやきにふさわしい。


(落石注意)

会津から自宅への帰り道。市内に至り、国道49号線からは近道を使おうと思いました。

いわき三和インターから県道66号線を経由し、いよいよ山深い道に入ります。県道135号三株下市萱小川線です。

車1台がやっとの隘路(あいろ)です。ときおり「落石注意」の看板が目に入ります。

「落石注意」を見て、いつも私は思い悩んでいました。

すでに落ちた石に注意を払えということなのか、あるいは石が落ちてくるかもしれないことへの注意喚起なのか。いったいどちらなのだ、と。

家人に言うと、「どっちもなんじゃない」との返答。納得です。これぞアウフヘーベン(止揚)。

さて、車をしばらく走らせると、対向車の気配。軽自動車が見えてきました。

すれ違い困難の隘路です。私が後退して山側に幅寄せをしました。すると軽自動車が止まり、80歳過ぎの男性の運転手が降りてきました。

「どこさ行くんだい」

「自宅に帰るところです。この先は通れますか。台風の被害はないですか」

「ああ、大丈夫だよ。家はどこ」

「○○です」

「ああ、うちの近くだね。新しい団地のほうげ」

「もともとの家で、義父が昔から住んでいます。義父は○○と申します」

「ああ、知ってる。むかし、いっしょに働いていたもの」

「お名前はなんとおっしゃるのですか」

「○○だよ」

「もしかしたら息子さん市役所の...私もなんですよ。どちらに行くんですか」

「どこにも行がね。栗、拾ってんだ。ほら、これだ。山には上がんね。道路に落ちてる山栗、拾ってんだ」

「ずいぶん採りましたね」

「そんなごどねぇ」

「では、お気をつけて」

車は木漏れ日の中に消えていきました。

台風のあとは栗拾いの絶好の機会なのですね。山の幸も海の幸も台風のあとはおこぼれにあずかることができます。

以前「今日もアワビなのか」に記しました。台風後に海辺に流れ着いた無数の鮑を父が拾ってきたことがあります。

もう見るのも嫌だと思うほどアワビを食べた思い出です。


(「はじまりの美術館」を初訪問。撮影可が嬉しい)

半世紀も生きていると己の至らぬ点や短所を指摘してくれる人はまれになります。勇気の要ることですから。

その意味でそのような指摘をしてくれる人を持つことは幸せです。しかも、真心からの発意であればなおのことです。

会津の地に仕事の師匠を訪ねました。


(左奥は鈴木祥太氏製作の作品。「はじまりの美術館」)

冷製茶碗蒸し、たたききゅうりの漬物、鶏のケチャップ炒めブロッコリー添え、まいたけとぶなしめじと豚肉の炒め、筋子の酒粕漬け等々。

手料理を作ってくださいました。すじこは絶品でした。熱々のご飯でかっこみたい誘惑に何度も駆られました。

真心の品々に舌鼓を打ちながら、語りに熱が入っていきます。


(鈴木祥太氏製作 同)

師匠の指摘は鋭く、ときに容赦ない。

たとえて言えば、浴室の鏡に濡れた己の頭髪が映り、思いのほか貧弱になっていることを知ったときのショック。

あるいは、ビルのガラスに映る己の歩く姿の弱々しさに気づいたときの気持ちといったところでしょうか。


(宮原克人氏製作 同)

いずれも自分自身も薄々とは感じているのです。頭ではわかっているのです。

でも、それを直視できない。否、直視しようとしない。つまり、己の弱さに勝てないのです。ずるい生命(いのち)です。

一夜の語らいによって心洗われ、お腹も満たされ、師匠宅を辞去。次は真冬の会津を訪れたいと願っています。


(中央と左は片桐功敦氏、右は今村文氏製作 同)

雪のない浜の人間のわがままです。


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