(本文とは関係ありません)


学生時代、ゼミナールは国際関係論というコースを選びました。

恩師は峻厳な先生でした。

ある日、ゼミ生の誰かがこれから世界で興隆していく地域は、環太平洋地域だとかなんとかと言っていました。

確かに文明史を俯瞰すると、四大文明を経て、産業革命の起きたヨーロッパが抜きん出て、世界の中心となりました。

その後、2度の世界大戦を経て、米国を中心とした西側諸国とソ連を中心とした東側諸国とが覇権を争いましたけれども、ソ連崩壊により米国一極体制となりました。

米国が勝ち誇ったかに見えたものの、国境を越えたテロリズムや中国のパワーの増大など、いまや世界の極は見えず、多極化へ。その潮流の中で環太平洋地域が注目されてきています。

ゼミ生たちが「今後の世界の趨勢は...」などと言いながら、世界の中心について議論していたところ、恩師がひとこと言いました。

「いまあなたがいるところが中心なんです」

ふと恩師の言葉を思い出しただいこんくんなのでした。



よく通る道沿いに精肉店があります。冷蔵のショーケースに和牛のブロック肉がいつも陳列してあるのですけど、不思議なことに“いつも”あるのです。減っているとか、欠品がないのです。

もしや、かっぱ橋道具街で作らせた蝋細工なのか?と思ったりすることもありますが、本物の肉のようです。

♪飾りじゃないのよブロック肉は...と思わず歌いたくなります。

「星々のつぶやき」で歌詞の一節を引用してブログをアップしたら、その日のうちに歌っていた歌手が「麻薬及び向精神薬取締法」違反で検挙されてしまいました。こんどは大丈夫でしょうか。

蛇足ですが、同法第1条に「麻薬中毒者について必要な医療を行う等の措置を講ずる」とあり、日本の優しさを感じます。

ところで、先日、生花店でお店に手伝いに来ていた人としばし花をめぐってお話をしました。

「2万円前後の胡蝶蘭が何鉢も置いてありますけど、注文を受けているんですか」

「いいえ。社長は世の中の動きを見て、これだけは売れるだろうと自分の判断で仕入れているんです」

「そうですか!生花店は勝負師の目がないとだめですね」

花、魚、肉の販売の歩留まりを順に並べると次のようになるでしょうか。

生花店<鮮魚店<精肉店

肉は、精肉で売れなくなっても、煮たり焼いたり、コロッケにしたりするなど二次加工が可能で歩留りがいいですね。ちなみに、「精肉」とは、大辞林によると「骨・腱・筋などをとりさって、食用とした肉」だそうです。

魚は、刺身は歩留りが悪いですけど、捌いていないものは干物にもできますし、煮たり焼いたり二次加工ができます。

しかし、花は、煮たり焼いたりできません。ドライフラワーという手もあるでしょうけど、元気のなくなった花をドライにしてもどうなのでしょう。

そうそう、「生花」と同じ音の「青果」は、野菜と果物という意味です。未熟な青い果物という意味ではないのですね。

というわけで、今日のだいこんくんの一口メモ。

「生花店は勝負師でなければ務まらない」
でした。


(本文とはなんの関係もありません)

※かつての論考の論点を整理してコンパクトにしました。

(からつづく)

私たちは、人にお世話になると、<有難い>という思いとともに、お返ししなくてはという債務感覚が心に宿ります。お祝いや香典をもらったときも同じです。

「お返し」という「債務」を告げる赤色アラートは、お返しするまで心の中で点滅を続けます。

しかし、その「お返し」のベクトルはお世話になった人にのみ向けられ、固定されます。

ここで、突然、タイ語の話です。

学生時代、私はタイ語をタイ人留学生から教えてもらっていました。

お礼として何かを贈ろうとした際、留学生から「将来タイに留学したとき、日本へ留学を希望するタイ人に日本語を教えてあげてください。それが私たちへの恩返しです」といわれ、新鮮な驚きを覚えました。

この発想は、外に広がる「ネットワーク型の恩返し」といえるのではないか。

「世話した人⇔世話された人」という閉ざされた世界から、外にどこまでも広がりをもった関係を築くことができるのです。

そんなネットワークを自分の住む地域で広げられたらいいなぁと夢想するだいこんくんなのでした。


(本文とはなんの関係もありません)

※かつての論考の論点を整理してコンパクトにしました。

私たちは、人にお世話になると、<有難い>という思いとともに、お返ししなくてはという債務感覚が心に宿ります。お祝いや香典をもらったときも同じです。

「お返し」という「債務」を告げる赤色アラートは、お返しするまで心の中で点滅を続けます。

ここで、突然、鶴の恩返しの物語です。

あの「鶴」は、健気です。助けてくれた猟師の恩に報いようと猟師の家を訪ねて行きます。

しかしです。

仲間の鶴も同じように罠にかかるかもしれないと思わなかったのでしょうか。恩も大切ですけど、「仲間たちが危ない」という想像力が「鶴」にあったならどんな物語になったでしょう。

猟師が仕掛けた罠は、いわば鶴社会の「地域課題」です。たまたま「鶴」は助けられましたけれど、依然として罠の危険性は残っているのです。

というか、猟師は鶴社会にとってむしろ害をなす存在なのです。

もちろん、恩を報ずることは大事なことです。

しかし、私たちは、お世話になったということに対する一対一の「お返し」の債務感覚に敏感になるあまり一重深いところに横たわる問題に鈍感になるおそれがあるのです。

そんな、ちょっと難しいことを考えてみた今日のだいこんくんでした。
(につづく)



(本文とは関係ありませんが、みのる君です)

周回遅れで、いまごろになって「半沢直樹」をレンタルして見ています。

貸出中が多いことからすると、私のような周回遅れが存在するのか、あるいは、テレビを見て、もう一度という人なのでしょうか。

昨年12月のことです。「半沢直樹」のナレーションを務めた山根基世さんとある番組の収録でごいっしょさせていただく機会がありました。温かみのあるオーラが全身から漂う素敵な方でした。

「半沢直樹」のナレーションでは、「言葉をただ音声にするだけでは伝わらない」(女性セブン2013年10月17日号)ということを心に留めて原稿を読んだそうです。

「半沢直樹が逆襲に及ぶ動機には真実があります。その意味で、信ぴょう性のあるナレーションでなくてはならない。銀行の専門用語などわかりにくい言葉がたくさん出てきます。そうした言葉をただ音声化するだけでは真実の言葉として伝わらない。一つひとつを理解して視聴者のかたの心に伝えるよう心がけました」(同)

まだ私は第1話しか見ていません。主演ももちろんいい演技をしていますが、悪役の皆さんの演技が素晴らしいと感じました。脚本、ナレーションも含め、番組制作関係者のチームワークが秀でていると思いました。

小説を描くにあたって山本周五郎は、悪役が大事だと言っていたそうです。そして、人を笑わせることは容易であるが、怒らせることは難しいと。

「半沢直樹」の成功の要因の一つは、「怒り」を視聴者と共有できたことにあるような気がします。

第2話以降が楽しみです。

どういう展開になるのか全く知らないので、ネタバレコメントはご遠慮願います。周回遅れのだいこんくんからのお願いでした。


(携帯用耳かき)

生前、私の父はよく耳かきをしていました。

かくいう私も耳かきが好きです。つねに携帯用の短い耳かきをバッグに入れていますし、車の中には黒塗りの耳かきが、家では各部屋に耳かきが常備してあります。

高校生のときから30年間お世話になっている理髪店での耳かき談義。

「私の耳の内壁ってどんなにかっぽじっても痛くないんです。これってやっぱり神経が麻痺しているんでしょうか」

「そうですね。敏感な人はちょっと触っただけでも痛いっていいますから」

「私、いろんな耳かきを持っているんですけど、どこのがいいんですか」

「やっぱり、なんといっても四国の竹だね」

というわけで、調べてみました。

ありました。四国の竹の耳かきが。

創業明治27年日本唯一、虎斑竹専門店「竹虎」の耳かき。

高知県須崎市安和の虎竹の里で生育する希少な虎斑竹(とらふだけ)。ウィキペディアによると、ほかに岡山県真庭市や津山市にも自生しているようで、いずれも国の天然記念物に指定されています。

「竹虎」では、虎斑竹を使って名人が匠の技で1本1本丁寧に耳かきを作っています。「竹虎」のホームページによると、イギリスBBC放送まで取材に来たという。

気になるお値段は、

「名人作 虎竹耳かき」が1本3,456円(税込)、

「名人作 真竹しなり耳かき」が1本4,536円(税込)。

800円ほどで名入れまでしてくれるそうです。

みなさま、どうでしょう。耳かき1本に「たけくらべ」の樋口一葉にご登場をいただくというのは贅沢なことでしょうか。糊口をしのぐために文学を書くべきか煩悶していた樋口一葉。

一葉さんには申し訳ないですが、「名人がこだわる、絶対の自信作」の耳かきを注文してみようと思います。耳あたりの音が違うそうです。

蛇足ながら、文学と耳かきといえば、遠藤周作『ファーストレディー』に耳かきの上手な女性が出てきます。ちょっと惹かれます。

もう一つ蛇足。英語で耳垢のことをear waxといいます。英語圏ではカサカサの人は少ないんでしょうね。

間違っても、ear shitなどと言ってはいけません。


「余計なものを入れずに作りました」

“♪余計な物など無いよね...”って歌いながら、ケーキをレジに出してみたい衝動に駆られます。音痴なので絶対にやりませんが。

ピュアだということを前面に出すキャッチコピーなのでしょう。

以前、サントリーのCMにもありました。

「なにも足さない。なにも引かない」

サントリーピュアモルトウイスキー山崎の宣伝です。

個人的には「歳月には力がある。歳月を養分にして、この琥珀色は滴った。だからピュアモルトの香りは...」で始まる語りが好きでした。

会社としては、竹鶴政孝さんとリタ夫人が好きなので、ニッカウヰスキーに軍配を上げてしまう私です。

なんといっても社名の「ニッカ」の由来が、大日本果汁株式会社から来ていることに心打たれます。

ウイスキーができるには年月を要する。その間をしのぐために果汁の製造販売で乗り切る。その意気込みたるや素晴らしい。

閑話休題。

というわけで、「余計なものを入れずに」というときは、いままでどんな余計なものを入れてきたのか説明してほしいのです。

サントリーもです。

いったいなにを引いて、なにを足してきたのか。情報開示すべきです。

ちょっと怒りをつぶやく、今朝のだいこんくんなのでした。

あ〜でも美味そう。あとでピュアケーキの初体験、レポートします!


昨日は、朝から午後3時まで立ち仕事でした。自席で一息入れようと、事務所1階の自販機で冷たい飲物を買いました。

一仕事終えた安堵感に浸りながら、ダイドーのペットボトル清涼飲料水「梅よろし」を仰角20度で飲もうとしたところ、5メートル先にアロハシャツを着た中年の男性が立っているのが目に入りました。

数秒後、我が社の社長だと気づいたときには、時すでに遅し。「梅よろし」が咽頭を通過し、嚥下運動の真っ最中でした。

2010年2月にリリースされた「梅よろし」。江戸後期(創業天保5年)から5代にわたって梅作り一筋の老舗、紀州「五代庵」の梅エキスが気管支に入り、むせってしまいました。

ダイドーの正式名称は、ダイドードリンコ株式会社(大阪市北区)。設立母体の「大同薬品工業株式会社」の“大同”と「ダイナミック(Dynamic)」にチャレンジを「行う=ドゥ(Do)」を合せて、「DyDo」。

「ドリンコ」の“コ”は、“仲間・会社”を意味する「カンパニー(Company)」をプラスした造語だそうです。

ダイドーは、ファブレス(fabless)企業として知られ、自社工場を持たず外部に委託しています。また、自販機の売上率が同業他社に比して非常に高く、飲料販売部門の自販機の売上比率が85.5%となっています(第39期有価証券報告書)。


先月、事務所1階の2台の自販機のうち1台が伊藤園からダイドーに変わり、「バナナオ〜レ」が飲めなくなってしまいました。残念です。

ダイドー本体が商品企画までを行い、グループ外に製造を委託する生産体制方式が、地震等の自然災害への対応といった観点から、そしてまた、毒物混入や食品偽装といったリスク管理の観点からも、ダイドーが激化する業界内の競争に打ち勝っていけるのか、残りの「梅よろし」を飲み干しながら、思案するだいこんくんなのでした。




(物思いに耽るたみまる)

パイプオルガンの音色が好きです。福島市に住んでいたころ、パイプオルガンのある福島市音楽堂に聴きに行ったものでした。

英語圏でオルガンといえばパイプオルガンを指します。幼稚園などでなじみのある、あのオルガンはリードオルガンといいます。

パイプオルガンのパイプは一つずつ風箱につながっていて、風箱の内部はつねに与圧されています。鍵盤が押されたときに弁が開き、パイプに風を送りこむ仕組みになっています。

優雅に見えるパイプオルガンの演奏。じつは、風箱への空気の供給は、19世紀中頃までは人力によるふいごによって行われていました。

ところで、映画「テルマエロマエ」のモチーフの一つは、現代文明が忘れた「人力による支え」だと私は勝手に思っています。映画では「人力」の部分を奴隷が演じていますが...。

毎朝、新聞が届くのも、電気が送られてくるのも、電車が走るのも、なにもかも当たり前。日々の忙しさで神経が鈍麻してくると、そのような錯覚に陥りがちです。

ITが進み、どんなに便利になっても、人の力なしには私たちの生活は成り立ち得ない。そのことを大震災は気づかせてくれました。

いつの日か世界最大級(パイプ9千本)といわれる東京芸術劇場のオルガンを聴いてみたいなぁと思いながら、「ロッテ グッドプライス セクシーボンバー ※」を寝そべって食べるだいこんくんなのでした。

※ストロベリーアイスに激しく巻きついたチョコレートが織り成す華やかなハーモニーで、見た目と味わいの両方から楽しめるアイスバーです。


(冷やし甘酒の季節です)

まだまだだなって思います。

いまチラ読みをしている本があります。NHKアナウンス室編『NHKのアナウンサーも悩む 間違いやすい日本語1000』です。

今日は65頁を開いてみました。

次の表現の誤りを正しく直しなさい。

30 体調をこわす

31 極めつけ

32 愛想をふりまく

33 寸暇を惜しまず

34 熱にうなされる

35 苦汁をなめる

36 人材を青田刈りする


一瞬で間違いだとわかったのは、36だけでした。

つづいて、67頁の問題。

37 25日からスタート(オープン)!

38 明るみになる

39 的を得る

40 燃えたぎる

41 四つどもえ

42 祖母の晩年は充実している

43 弓矢を引く

44 焼けぼっ栗に火がつく


これは、39、41、43、44はわかりました。

ちなみに、42の「祖母の晩年は充実している」がなぜ間違っているのか。同書によると、「晩年」は死後定まるもの。生存者に対しては使わない、そうです。

日本語ってほんと難しいなぁと思うだいこんくんなのでした。


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