(屹立する電波塔が好きです)

「兄と妹の会話」はフィクションです。

「お兄ちゃんは誰が一番嫌いなの」

「おれが相手にしている中でか。一番嫌いで信用できないのは中国の習だな。これ以上突っぱねているとこっちの体制を転覆しかねない。あの甥っ子を保護しているのがその証拠だ」

「私もそう思う。制裁だけだったら切り抜けられるけど、軍を動かしかねない。そこが怖い」

「そうだ。アメリカとの交渉が上手くいかなかった場合、アメリカが攻めて来る前に例の友好協力相互援助条約を盾に我が国を守ると言いつつ、国境を越えて来るだろう。おれたちの首をすげ替える可能性がある」

「十分にあり得るわね」

「じゃあどうするの、お兄ちゃん」

「習の軍門に降りましたってパフォーマンスを見せればいいんだよ。股の下をくぐるのは嫌だけど、背に腹は代えられない。会いに行こう。恭順の意を示すんだ」

「トランプさんとはどこまで約束するの」

「あのオヤジとは案外に馬が合うんじゃないかと思ってる。すぐに決断するところも似てる。そう思わないか」

「会ったら盛り上がるんじゃない。でも、どこまで行っても自分中心だから気に入らないとなったら本当に席を立つかも」

「核は廃棄する。アイツには本気度を見せないといけない。ここまで金も時間もかけて開発してきたのはアメリカという大きな魚を釣り上げるためだ。高い毛針だった。おれたちがどんなにミサイルを持ってもアメリカに太刀打ちなんかできやしない」

「じゃ、核は本気で捨てちゃうわけ。もったいない」

「いや、モノは捨てるけど、蓄積したノウハウと人材は守る。経済活動が軌道に乗って潤ってきたら、そのノウハウを復活させればいいんだ」

「ロシアのプーチンさんがなんだか駄々をこねているみたいよ」

「冷やっとしておれはアイツも好きじゃない。が、プーチンは使える。おれの爺さんを育てのはソ連だというプライドがあるんだろう。プライドが欲しい奴にはプライドを与えればいいんだよ」

「日本はどうするの」

「安倍も嫌な奴だ。拉致、拉致、圧力、圧力、ただそれだけだ。拉致なんて言ったら南の人間の方が連れて来ちゃった数はるかに多いんだぞ。文さんはそこが偉いよな。わかってても言わない。でも、日本っていう国は好きだ。本当は取り引きしたいな」

つづくかも...


(圧倒的な読後感)

酒縁の友からお借りしていた夢枕獏作、谷口ジロー画『神々の山嶺』。この連休前半で一気に読むことができました。主人公の羽生丈二がエベレスト南西壁冬季無酸素単独登頂を目指す物語です。

エベレストの登頂は通常、春季の南東稜ルート(ノーマルルート)。ある登山家によると南東稜ルートと南西壁ルートとは、東京タワーを内側の階段から上るか、外壁を登るかほどの違いがあるのだという。

しかも、冬季に無酸素で単独です。山頂付近の気温はマイナス30度から40度。しかも強風が吹きつけます。読んでいる私ですら寒さによる幻覚に襲われそうになりました。

この感覚には疑似体験があります。そうです。新田次郎著『孤高の人』。やはり『孤高の人』を読んでいる最中に軽いめまいを覚えました。

これらの作品は湯上りにソファーでジャージ姿で読むことが憚(はばか)れる作品です。著者に対し失礼であり、何よりも主人公を冒涜(ぼうとく)するものです。

真冬に窓を開け放ち、扇風機(強風)を我が身に当て、30キロの重量のリュックを背負って立ったまま読む。これが二宮尊徳も推奨する、あるべき姿でしょう。

あるべき姿と実際の行為に相違があることを乖離(かいり)と言います。その意味では私はいつも乖離しています。

さて、『神々の山嶺』を読み終え、我が家にも登攀(とうはん)すべき山嶺があることに気づきました。そう、断捨離です。

廊下の踊り場に重なった段ボール箱は、さながら冬の槍ヶ岳。六畳間壁面いっぱいの天井まで伸びる書庫は、エベレストの次に高さを誇るカラコロム山脈最高峰のK2(カラコロムNo.2)です。

そして、三畳の納戸の整理こそが私にとってエベレスト南西壁冬季無酸素単独登頂と言っても過言ではありません。床面積こそわずか三畳。しかし、パッカー車よろしく、ありとあらゆるモノがうずたかく押し込まれているのです。

圧倒的な体積、否、堆積が私に迫ってきます。高校生のときにもらったタイの女子高生からの数十通の手紙をはじめとする郵便物。懐かしい折々の色紙。未読の書籍。職場の各種送別会等の集合写真。

思い出の品々が魔軍となって襲ってきます。「捨てるのだ」との厳父の声と「捨てちゃだめ」との慈母の声が幻聴となって交錯します。

もう山頂登攀はおろか、ベースキャンプさえ築くことができません。

ともあれ、『神々の山嶺』で心に残った言葉は、なぜ山に登るのかとの問いに対する主人公の答えでした。

「そこに山があるからじゃない。ここに、おれがいるからだ」

連休後半、おれはここにいると叫びつつ、納戸無酸素単独整理に挑戦します。


(自宅近くの夏井川。藤が咲いています)

鼻毛が伸びていることに気づきました。思わずつぶやくと高校生の三男が反応しました。

「お父さん、おれ、鼻毛カッター、買ったよ」

鼻毛の処理も高校生の身だしなみに欠かせないようです。

「鼻毛カッター?へ〜、貸してみて」

スイッチを入れ、モーターが唸りだします。恐る恐る鼻の中に入れてみました。

あっ、だめだこりゃ。

あの嫌な感覚を思い出してしまったのです。幼少の頃から私はよく耳鼻咽喉科に通っていました。手術も2回経験しています。

耳鼻咽喉科は幼き私にとってさながら改造人間の手術台でした。

ペンチのような鼻鏡がひんやりと侵入してきます。額帯鏡(凹面鏡の真ん中が空いているやつ)を付けた先生が鼻鏡で私の鼻穴を拡張して覗き込みます。


(自宅から車で5分のカフェ「時季の森」)

心拍が激しくなり、肩に力が入ります。

ユニット台に差し込まれているノズルが嫌いです。大概4本細い首を出しています。1本が吸引用、残る3本が薬剤を注入するスプレーです。

プシュ。薬剤が鼻の奥に注入され、喉の後ろから流れてきます。まさに後鼻漏。舌の奥で苦味を感じます。嫌な感じです。

スプレーだけで終わらず時には細いステンレス製の棒が差し込まれることもあります。これが痛い。薬剤の入っている瓶に棒の先が挿入され脱脂綿に薬剤が浸潤していきます。それが私の鼻の奥に挿されるのです。

鼻で最も辛いのは空気通しです。昔はゴムラッパのゴム玉のようなものを先生がぺこぺこやって鼻と耳にチューブを入れて空気を通しました。現在は電動ポンプで空気を送ります。

もうほとんど拷問でした。耳鼻咽喉科の器具は私にとって拷問器具に等しかったと言えます。

喉は喉でこれまた辛い。


(定番のあんみつ)

喉の奥を見ようと先生がステンレス製のヘラを舌に押し当てます。咽喉の奥まで見るときは、ヘラよりガタイのしっかりした舌圧子で舌をぐいっと押しやられます。思わず、うぇっとなります。喉頭鏡後鼻鏡で喉の最深部を覗かれるのです。

ふたたび口を開けさせられて、仕上げに赤い薬剤が付けられた喉頭捲綿子(指を入れるリングが2つあるやつ)が咽頭に塗られて、うぇっとなります。

これら一連の嫌な思い出が鼻毛カッターを入れた瞬間に走馬灯のように思い出したのです。フラッシュバックというやつですね。

大型連休はこのような感じでスタートを切りました。カフェにでも行ってスイーツを食べようかと思います。


(元気なイチョウ。私の胃腸もかくあってほしい)

ラジオ番組が中断し地震情報が流れました。「この地震による津波の心配はありません」。

ずっと前から気になっていたこの表現。様々に論じられていることは知りつつも、どうにも引っかかる。

考えないようにねじ伏せていたのに、またもや首をもたげてきました。

おそれを強調する気象庁がこと津波に関しては心配ないとわざわざ言うのか。そこが第一の疑問です。

例えば、台風が2日後に接近するとしましょう。

2日前の時点で「明日は大雨の心配はありません」と言うだろうか。むしろ、進路によっては直撃のおそれがあることを強調し、万全の備えを訴えるのではないだろうか。

なぜ、心配しなくてよいと言い切るのだろうか。通常の天気予報のように「津波はないでしょう」ではだめなのでしょうか。

津波が来る場合、その報じ方に切迫性があるのは当然です。納得がいきます。ただ、津波の来ないことに関しても急ぎ「心配ありません」と断言してしまう。ここが解せない。

台風の場合は、進路にあたる可能性が少しでもあれば、大雨や強風について、狼少年よろしくあれほど煽るにもかかわらずです。無用な不安と心配を掻き立てます。

でも、津波は来ないと判断されるや否や、きっぱりと言います。心配ありません、と。

なにゆえ即断してしまうのでしょう。なぜ急ぐのでしょう。不安をすぐに取り除く理由があるのでしょうか。

気象庁という役所は、仮に予報が外れたとしても、大事をとって警戒を怠るなというアラートを発する、そんな役割を担っているのではないだろうか。

したがって、繰り返しになりますが、地震が起きて数分後に津波の心配を取り除く必要はなく、単に「津波はないでしょう」で十分なのです。明日の天気が100パーセント晴れとわかっていても「明日は晴れでしょう」なのですから。

というより、「津波の心配はありません」という日本語表現そのものに私は違和感を感じます。客体たる津波の有無の言及を超越して、主体たる人間の心理状況を述べることに不自然さを覚えます。

事実を述べずに「心配」という主体が抱いているであろう不安を除去しようと科学と事実に基づく気象庁が呼びかける。

私は思うのです。ただ津波のあるやなしやを伝え、「津波あり」の場合は当然のこととして即刻警戒を呼びかければよいのです。

当地で言うところの「心配すっごどねぇ」と気象庁から言われたくないのであります。ただそれだけです。

私、だんだんと面倒くせぇ人間になってきました。


(久しぶりのコーヒー&タルト コネッション。ロダンから車で2分)

30数年来通う理髪店「ロダン」。ヘアーショップ・ロダンと称することも、またヘアーサロン・ロダン、あるいはヘアークリエイティブ・ロダンとも言う。

いずれにしろ高校生のときから「ロダン」に通っています。

30数年にわたって整髪してくれていたマスターが昨年夏に亡くなりました。

私は頭とともに心もお世話になっていました。愉快なこと、ときに苦しいことなど、いつも私の話に耳を傾けてくれていました。

店に来るたびに、もうマスターはいないのだ、と言い聞かせています。

東京で修業していたご子息が店を継ぐことになりました。昨夏以来マスターの奥様に髪を切ってもらっていた私。きょう初めて店長であるご子息が私の髪を切ります。

「◯◯◯さんの後頭部は左側が出ていて、右側がぺたんってなってるでしょ。触ってみて」と奥様。

「失礼します。おっ、ほんとだ。こりゃ難しいね」

奥様と店長が私の後頭部を交互に撫でます。

「でね、後頭部の真ん中辺りが出っ張ってるから、ここを気をつけないとだめ」


(コネッションの入口)

「そうなんです。変に出っ張ってるでしょ。うちの二男も後頭部の真ん中が私以上に出っ張っていて、心配になって、何か入ってるんじゃないかと思って、MRIかけたんですよ」と私が割り込みます。

二男も私も後頭部が溶岩ドームのように隆起しています。

「で、どうだったんですか」

「何でもなかったんです」

「よかったですね〜。でね、店長、この耳元ね、生え際が耳のすぐそばまで来ているので、ここを切ってあげると、日にちが経っても耳に髪がかからないようになるのよ」

お母様は指導に余念がありません。お母様監修の下、火星の衛星「フォボス」のようにいびつな私の頭を見事に整えていく店長。

そして、ついに店長によって私の髪が仕上がりました。いい感じです。

というわけで、変な頭を自分でも撫でてみました。これは相当におかしな頭蓋骨だと思いつつ、午後のまったりとした時間をカフェで過ごしました。


(向う岸に向島を望む)

広島県尾道市向島(むかいしま)。これまではまったく関心がありませんでした。いま報道されている脱走劇についても見過ごしていたことでしょう。

しかし、私は少し前に尾道を旅しました。向島にも渡りました。

旅先で一組の親子と出会い、そのお子さんが向島の高校に進学するのだと聞いたことから瀬戸内に浮かぶこの島は、私にとってただの島ではなくなりました。

件(くだん)の事件が発生して以来、当の高校生本人も、そして親御さんもさぞ不安であろう。そう思い、尋ねてみました。

しかし、予想と違った反応がありました。

「島民の方々や尾道中学、高校に通われている生徒は勿論のことですが、逃げている犯人も心休まらないでしょうね。誰もが心休まれる日が来ることが一番だと思います」

ふつうは、というより、私の場合、まず自分自身の抱いている感情を真っ先に吐露(とろ)してしまうものです。

「もうほんとにまったく。不安で不安でしょうがないですよ。迷惑な話です。早く捕まってほしい」


(あなごのねどこ)

私ならこう答えるでしょう。

でも、この方は、我が子のことではなく、まずは島民、そして生徒に思いを向けます。さらには、心休まらない対象に逃げている犯人をも包含し、慈しみの目を向けます。

私にはできない。はっとさせられました。恥ずかしさと同時に私の心の奥底に潜む、ヒヤリとした闇を垣間見た思いがしました。

どれほどか人知れぬ苦労をしてきたのか、と思いました。辛労を尽くしてきた方にしか持ちえない心の温かさを感じました。

私は思います。「悪」のレッテルが貼られてしまうと、当該人物は、全身悪であり、圧倒的に悪であり、不可逆的に悪であると思い込んでしまう。しかも、そういった情報に共振し、増幅さえしてしまう。

いったん悪と見做せば、思いやる対象から100万光年先に追いやってしまう。考慮すべきではない、はるか向こうの人にしてしまうのです。

もちろん、悪事を容認しているのではありません。寛容であれと訴えているのでもありません。この論考を読まれている方はそのことをわかっていると信じます。

焦点は相手ではなく、己の心です。我が心の在り様が問われているのです。

というわけで、省察(せいさつ)の旅に出立し、尾道プリンを食べに行こうかと思案しています。宿はもちろんゲストハウス「あなごのねどこ」です。


(セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ いわきLATOV店にて)

からつづく)

)で完結できませんでした。こういうのを浅慮と言います。もとより浅い人間ゆえ、ご了承ください。さて、「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」の報告の最終回は図書館長の講演です。

駅前に昨年11月下旬にオープンした土浦市立図書館。

館長の入沢弘子さんはかつて博報堂で企業広報を担当。その後、つくば市が公募したプロモーションマネージャーに就くといった異色の経歴の持ち主です。

図書館の広報戦略について語ってくれました。図書館を通じて街のにぎわいをどう創出するか。入沢館長の念頭にあるのはこの一点のようです。

「リピーターを大切にする」

「新規利用者を掘り起こす」

「本好きの人を満足させる」

このように誘客につながる広報戦略を入沢館長は考えているという。ときに全方位的に広報し、またあるときは対象者を絞って周知する。

顧客の階層を意識した広報戦略、言い換えれば、ターゲットの設定です。なお、「戦略」とは、何を略するかであり、何をしないか、つまり捨象する対象を決めるということ。

階層と言えば、当ブログの読者の階層をめぐる考察を「大切なF1層」と題して論じています。腹痛ものばかり取り上げるとF1層が離れるという話です。

ちなみにF1層とは20歳から34歳までの女性の意。広告業界のマーケティング用語の一つです。

閑話休題。土浦市立図書館の入居するアルカス土浦の地上階にはイベント広場があります。

先に述べた「リピーター」「新規利用者」「本好きの人」を意識しての角度を付けたイベントを開催。その入込客数と図書館利用者数を把握し、連動性を統計分析。

さらに、土浦市立図書館が新聞記事として取り上げられた回数、つまり、露出度とその見出しの取り上げられ方を肯定的・否定的(懸念)かを分析し、次の広報戦略にフィードバック。

さすがだ、と思いました。

ともすると行政はハコモノは作って終わりのきらいがあります。どう生かすか、どう生かし続けるかの視点に立っての広報戦略は目から鱗でした。

というわけで、土浦はかつて交通の要衝にあり、にぎわいがありました。しかし、隣接のつくば市やかすみがうら市などのひらがな市との競争の中で優位性が沈下。

土浦はいま生き残りをかけ、熱気のある人々によって戦いが始められた。そう、私は感じました。

土浦礫層という堅固な土台がある土浦です。必ずや蘇るものと確信します。

(この稿おわり)


(桜は散るから美しい)

よりつづく)

「茨城まちづくりプラットフォーム第8弾in土浦」の第2部は講演会です。図書館長とNPO法人まちづくり活性化土浦事務局長のお話。講演の前段に土浦市職員の方から興味深い話を聞きました。

「土浦の中心市街地に高層ビルが多いと思いませんか。なぜ土浦が都市となったのか。その理由は地層にあります」

確かに駅周辺に高層建築物が多い。私もいぶかしく感じていました。レンコンの栽培に適した土地柄なはず。地盤は大丈夫なのだろうか、と。

土浦礫層(れきそう)という耳慣れない言葉について語り始めました。

桜川市に源を発し、JR土浦駅近くで霞ヶ浦にそそぐ一級河川の桜川。なお、土浦市内は8本の一級河川が流れる。

3万年前、先史時代の氷期の土浦には、流量の多い川が流れていた。現在の桜川の低地を流れていたその川はかつての鬼怒川であったという。これを古鬼怒川と称する。

この古鬼怒川沿いの地中は安山岩の礫層となっている。安山岩は火山岩である。

近くにある筑波山は形状から火山のように見えるが、火山ではない。深成岩(花崗岩)が風雨で削られた山である。

土浦の地中に礫層となっている安山岩の由来は日光連山のそれであるという。

3万年前、川の水量が多く、激しい時期に日光から100km以上旅してきた石が砂礫となって蓄積し、礫層となり、土浦の地盤を堅固なものとしている。

古鬼怒川は霞ヶ浦の湖心にまで及んでいる。湖底をボーリングすると同じ礫層を確認することができるという。

日光連山の安山岩と土浦の礫層の一致は炭素年代測定によっても明らかになっているとのこと。

私は不思議な感慨にとらわれました。レンコンのイメージしかなかった土浦です。私の中で化学変化が起き始めました。

地理、歴史、文化の多面から土浦は面白い。沼地だと思っていた土浦の地底は日光の石で固められているというのです。

川について付言すれば、茨城の人々にとっては当たり前の徳川家康による利根川改修、つまり東遷(とうせん)の歴史。しかし、県境を越えた福島人にとってはなじみがありません。

家康は江戸入府とともに東京湾に注いでいた当時の利根川を流れ(瀬)を東へ変更します。家康亡き後もその改修は続けられ、現在のように銚子沖に流れるようになりました。

というわけで、「土浦礫層」は私の脳髄に刺激を与えました。次に登壇する図書館長の話もまたなるほど、と膝を打つ視点がありました。(続)で簡潔に触れたいと思います。

へつづく)


(飛行機雲を見ていると旅に出たくなる)

声をかけられたにもかかわらず、まったくもって思い出せません。いったい誰なのか。どのような関係なのか。どこで出会ったのか。

昼休みに2階の職場からロビーに降りていきました。

月曜日と木曜日は障がい者施設からお弁当やおかず、スイーツの出店があります。弁当は持参しているので、お目当ては豆乳シフォンケーキ(税込100円)。しっとりしてじつに美味しい。

若い女性の後ろに並んでいました。

「こんにちは。この4月に○○課の○○係に異動になりました」

「そうだったんですね」

と答えつつ、はてな、名前も、誰なのかも思い出せない。親しげに話しかけてきます。当方の内情もよくわかっているようです。

「課長のところは忙しいでしょ」

「ええ」

繕(つくろ)いつつ、脳内を急速サーチ。やっぱり思い出せない。話題の中から糸口を探ろうと試みたものの、何も出てこない。

あなたは誰なのだ。あなたと私はいったいどういう関係なのか。まさか友達以上、恋人未満。あるいは解と係数の関係であるとか。

職場に戻り異動名簿を確認。名前は判明しました。見覚えのある名前。3年前に入庁した職員です。

そうだ、私の閻魔帳を検索してみよう。誰とどこでどのような会議、協議、打合せ、電話を受けたか・かけたかを記録している日誌です。A4判2000ページ弱あります。

過去3年分検索しました。が、ヒットしません。あるいは、SNSの友達なのか。調べてみました。が、該当者はいません。

エイリアンによるアブダクション(誘拐)によって記憶を消されれしまったのか。微小なチップが埋め込められているのだろうか。

ここは恥も外聞も捨て、勇気を出して問うてみるのも一興かもしれない。

「あなたと私はどのような関係ですか」と。

よもや泣き崩れるようなことはあるまい。呆れ、軽蔑の眼差しに晒されることでしょう。

というわけで、本気で認知症外来に行こうかと迷っています。


(静謐の庭が語りかけてくる)

「最も重要なことに集中せよ」とドラッカーは言う。第9回いわき学びカフェはP.F.ドラッカー著『経営者の条件』の第5章です。

「成果をあげるための秘訣をただ一つだけ挙げるならば、それは集中である。成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない」

本当か。本当にそんなことできるのだろうか。章の冒頭からストレートに攻めてきます。

ドラッカー先生、私もわかっちゃいるんです、と愚痴とも嘆息とも言い難い独り言を言いながら事前の読み込みを進めます。

「集中のための第一の原則は、生産的でなくなった過去のものを捨てることである」

先生、それができたら苦労しないのです。

「いくつもの球を操ることは曲芸である」

先生はそうおっしゃる。北の元帥様も並進路線をやめるという。

でも、私は並進路線はおろか、上海雑技団の皿回し並みに同時多発的にいくつものことに取り組んでいます。

当面落ちそうにない皿は放置し、落ちそうになる皿に遠心力をかけ、落ちた皿には相応しい言い訳を考える、そんな曲芸です。

「古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。アイデアが不足している組織はない。創造力が問題なのではない。せっかくのよいアイデアを実現すべく仕事をしている組織が少ないことが問題である。みなが昨日の仕事に忙しい」

そうなんです。過去の始末ばかりなんです。先生は本当によくご存じだ。でも、変えられないのです、私には。

「実は、本当に行うべきことは優先順位の決定ではない。優先順位の決定は比較的容易である。集中できる者があまりに少ないのは、劣後順位の決定、すなわち取り組むべきではない仕事の決定とその決定の遵守が至難だからである」

やらないと決めることほど難しいものはない。痛感しています。では、どうすればいいのか。

「(前略)最も重要なことは分析でなく勇気である」

そっかぁ、勇気かぁ。勇気はないものなぁ。胃カメラを飲むのがマックスの勇気ですもの。


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