(元気なイチョウ。私の胃腸もかくあってほしい)

ラジオ番組が中断し地震情報が流れました。「この地震による津波の心配はありません」。

ずっと前から気になっていたこの表現。様々に論じられていることは知りつつも、どうにも引っかかる。

考えないようにねじ伏せていたのに、またもや首をもたげてきました。

おそれを強調する気象庁がこと津波に関しては心配ないとわざわざ言うのか。そこが第一の疑問です。

例えば、台風が2日後に接近するとしましょう。

2日前の時点で「明日は大雨の心配はありません」と言うだろうか。むしろ、進路によっては直撃のおそれがあることを強調し、万全の備えを訴えるのではないだろうか。

なぜ、心配しなくてよいと言い切るのだろうか。通常の天気予報のように「津波はないでしょう」ではだめなのでしょうか。

津波が来る場合、その報じ方に切迫性があるのは当然です。納得がいきます。ただ、津波の来ないことに関しても急ぎ「心配ありません」と断言してしまう。ここが解せない。

台風の場合は、進路にあたる可能性が少しでもあれば、大雨や強風について、狼少年よろしくあれほど煽るにもかかわらずです。無用な不安と心配を掻き立てます。

でも、津波は来ないと判断されるや否や、きっぱりと言います。心配ありません、と。

なにゆえ即断してしまうのでしょう。なぜ急ぐのでしょう。不安をすぐに取り除く理由があるのでしょうか。

気象庁という役所は、仮に予報が外れたとしても、大事をとって警戒を怠るなというアラートを発する、そんな役割を担っているのではないだろうか。

したがって、繰り返しになりますが、地震が起きて数分後に津波の心配を取り除く必要はなく、単に「津波はないでしょう」で十分なのです。明日の天気が100パーセント晴れとわかっていても「明日は晴れでしょう」なのですから。

というより、「津波の心配はありません」という日本語表現そのものに私は違和感を感じます。客体たる津波の有無の言及を超越して、主体たる人間の心理状況を述べることに不自然さを覚えます。

事実を述べずに「心配」という主体が抱いているであろう不安を除去しようと科学と事実に基づく気象庁が呼びかける。

私は思うのです。ただ津波のあるやなしやを伝え、「津波あり」の場合は当然のこととして即刻警戒を呼びかければよいのです。

当地で言うところの「心配すっごどねぇ」と気象庁から言われたくないのであります。ただそれだけです。

私、だんだんと面倒くせぇ人間になってきました。


(向う岸に向島を望む)

広島県尾道市向島(むかいしま)。これまではまったく関心がありませんでした。いま報道されている脱走劇についても見過ごしていたことでしょう。

しかし、私は少し前に尾道を旅しました。向島にも渡りました。

旅先で一組の親子と出会い、そのお子さんが向島の高校に進学するのだと聞いたことから瀬戸内に浮かぶこの島は、私にとってただの島ではなくなりました。

件(くだん)の事件が発生して以来、当の高校生本人も、そして親御さんもさぞ不安であろう。そう思い、尋ねてみました。

しかし、予想と違った反応がありました。

「島民の方々や尾道中学、高校に通われている生徒は勿論のことですが、逃げている犯人も心休まらないでしょうね。誰もが心休まれる日が来ることが一番だと思います」

ふつうは、というより、私の場合、まず自分自身の抱いている感情を真っ先に吐露(とろ)してしまうものです。

「もうほんとにまったく。不安で不安でしょうがないですよ。迷惑な話です。早く捕まってほしい」


(あなごのねどこ)

私ならこう答えるでしょう。

でも、この方は、我が子のことではなく、まずは島民、そして生徒に思いを向けます。さらには、心休まらない対象に逃げている犯人をも包含し、慈しみの目を向けます。

私にはできない。はっとさせられました。恥ずかしさと同時に私の心の奥底に潜む、ヒヤリとした闇を垣間見た思いがしました。

どれほどか人知れぬ苦労をしてきたのか、と思いました。辛労を尽くしてきた方にしか持ちえない心の温かさを感じました。

私は思います。「悪」のレッテルが貼られてしまうと、当該人物は、全身悪であり、圧倒的に悪であり、不可逆的に悪であると思い込んでしまう。しかも、そういった情報に共振し、増幅さえしてしまう。

いったん悪と見做せば、思いやる対象から100万光年先に追いやってしまう。考慮すべきではない、はるか向こうの人にしてしまうのです。

もちろん、悪事を容認しているのではありません。寛容であれと訴えているのでもありません。この論考を読まれている方はそのことをわかっていると信じます。

焦点は相手ではなく、己の心です。我が心の在り様が問われているのです。

というわけで、省察(せいさつ)の旅に出立し、尾道プリンを食べに行こうかと思案しています。宿はもちろんゲストハウス「あなごのねどこ」です。


(朝の弁当作りは戦争です)

朝は忙しい。平日は息子たちと自分の弁当を作っています。できる限り手作りを心がけています。

弁当を作りつつ、朝食を食べながらの二男との会話です。

「お父さん、おれ、腕時計、買った。これ」

デジタルの腕時計です。弁当箱におかずを詰めながらちらっと見ます。

「へ〜」

「これさ、900円」

「安いね。中国製じゃないの」

「カシオだよ。しっかりしてんだっけ。お父さん、テロリストのアルカイダって知ってる」

「知ってるよ」

「そのアルカイダが時限爆弾で使っていた時計がこれなんだっけ」

「なるほどアルカイダが使うくらい、信頼性があるってことだ」

「そう。一度、電池を入れると7年は持つんだって」

「へ〜、そうなんだ」

「そんで、テロの現場にこの腕時計をかけていると危ねぇんだっけ」

「テロリストに間違えられるってこと」

「そう」

「腕をもぎ取られないように気を付けな」

「うん」

お父さんは弁当を作りつつ、朝食も食べつつ、身支度をしつつ、二男の腕時計をめぐる話題に耳を傾けるのでした。


(かがり火と夜桜。諏訪神社にて)

師匠から送られてきたメルマガに触発されて、雑踏のことをつぶやきたくなりました。タイ・バンコクに滞在していた30年前のことです。

寮の近くにあったスアン・オーイという路地裏。スアン・オーイは胃の躍動とともに記憶に刻まれています。私のお気に入りです。

タイ語では小路のことをソーイと称します。ソーイ・スアン・オーイをGoogleマップのストリートビューで見てみました。

嗚呼、懐かしい。

あのときの面影がまだ残っています。脳髄が締め付けられるようなめまいを覚えました。甘くて苦い青春時代の思い出。走馬灯のようにコマ送りされました。

スアン・オーイの魅力は夕方、気温が下がってからです。砂糖に群がるアリのようにどこからともなく屋台が集まってきます。屋台以外にも路地には大衆食堂、雑貨屋、床屋などが軒を並べています。

路地の店舗と屋台が混然一体となって作り上げられる喧噪、雑多、無秩序。雑踏が醸し出す、この雰囲気をこよなく愛します。

財布に余裕があるときはフルコースで食べました。1店舗でフルコースではなく、店舗をはしごする、文字通り食べ歩きです。

まずは、大きな平たい鉄板で焼く海鮮お好み焼き「ホイトート」。巻き上がる美味しい香りがそこらじゅうにホイトート調理中を知らしめます。

日本人もなじみの味。新鮮なカキを溶いた小麦粉、卵、もやしなどを混ぜ、多めの油で炒めます。炒めるというより揚げるといった方が正確です。

書いているいま、胃が唸りかけています。嗚呼!

次に麺類。私が好きなのは米粉で作ったクィティアオ。太麺のセンヤイを注文。センは線を、ヤイは太いを意味します。

これも辛くありません。むしろ薄味です。

テーブルに備え付けの砂糖、酢、ナンプラー(魚醤)をスプーンでくわえて調味します。スプーン1杯の砂糖は格段に美味しさを増します。これは驚きでした。

屋台は驚きがいっぱい。前の客が食べた皿を水の入ったバケツに上下に入れて、それを「洗った」ということにしていたのです。ざっざっと、上下1回だけのクランク運動でした。

お腹がいっぱいになったところで、アセチレンランプの灯るスイーツ屋台に移動。揺らめくランプに映し出されるケーキや菓子類。

カボチャをくり抜いてココナッツミルクで作るプリン「サンカヤー・ファクトーン」をいただきます。ふわふわしたココナッツとほくほくのカボチャの相性が抜群です。

嗚呼、食べたい。最後にしばらくしてから、シメの中華風粥「ジョーク」を別腹に入れます。これがまた美味い。詳細は割愛。

というわけで、今週末、「いわきの小さなタイ料理教室herb.」でタイ料理を学びます。


(近所の諏訪神社にて)

親しみやすいが仕事ができない。親しみにくいが仕事ができる。スタッフとしてどちらを欲するか。今なら躊躇(ちゅうちょ)なく後者を選びます。

十数年前のことです。国内最大手の製薬会社の人事部の副部長の講演を聞く機会がありました。

「性格が悪くても成果を出せばよい。どんなに性格が良くても成果を出せない人間は要らない」

窓外は夕立でした。激しい雷鳴とともに講師の言葉が胸に深く刻まれました。この講演は、親和動機の強い私にとって忘れられない思い出になっています。

職場の中で挨拶をし、挨拶を返そう、と私はつねにスタッフに訴えています。特に出勤時の朝の挨拶の励行を強調しています。

しかし、長年の習慣や個性などからでしょうか、全員が明瞭な声で挨拶できるとは限りません。

でも、それでいいのです。そう思うようになりました。挨拶と仕事の成果とはスタッフレベルにおいてはさほどの相関関係はないと感じるようになったからです。

親しみやすさは人間関係を構築する上で重要な要素ではあります。が、その観点で組織を作るとグループを築くことはできても、チームは作れません。


(近所の諏訪神社の夜桜)

親しみやすさはとは感情の領域です。感情はときに揺れ動きます。うつろいやすく、壊れやすい。感情のもつれが起きれば、そのグループは解散です。結婚も、結婚当初はグループに類するのかもしれません。

一方、チームはどうか。ある目的を達成するために各々の持ち分を果たすための組織です。感情の領域ではなく、理性の領域による結合と言えるでしょう。

芸能界の複数メンバーの集まりはほとんどがグループに分類されるでしょう。でも、いかりや長介さんが健在だったころのドリフターズはチームだったような気がします。

最近、思うようになったことがあります。

チームが円滑に活動できるようにするためには、その長が、厳しさとともに人間的魅力、作り物ではない親しみやすさも必要なのではないか、と。

とは言うものの、言うは易く、行うは難し。一番苦手な四字熟語は「言行一致」です。だから、つぶやくだけの「星々のつぶやき」に逃避するのです。


(柳の芽が美しい)

記憶力が経年劣化により減退しつつある今日このごろ。でも、我が頭骨も熟成の甕(かめ)とはなっているようです。

「人の天分は人によって異なるが、自分の天分すなわち才能を拡げることよりも小さくても自分の才能を何かのために使い切っている実感のほうがはるかに幸福を勝ちとれる」

北海道生産性本部連載の最終回原稿を根本忠一さん(日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所主幹)からいただきました。

心を動かされました。読み終えたとき、私の胸の中で何かが弾けました。

文章は続きます。

「そのために自分の器を大きくする以上に、自分の器を満たすことに意を尽くすことが大事である。そうして、何かのため誰かのために自分が生きていると感じることこそが人に活力をもたらすのである」と。

そうだ。排気量50ccのスーパーカブだっていいのだ。排気量の多寡と幸福感とは直接関係がないのだ。ハーレーに憧れてもしょうがないのだ。

我が現状の器でどんな働きをするかが大事なのだ、と合点(がってん)しました。

何かのため、誰からのために自分の今ある器を使い切ろうとすること。そのことのほうがよほど大事なのだ、と思い至りました。

今まではと言えば、「大きくすること」と「満たすこと」を比べた場合、ともすれば大きくすることのほうに惹かれていました。

方策とか、仕組みとか、技術とか、そういった理屈の知識を増やそうとしていたように思います。「すべき(should)」何かを求めていた私。

この「すべき(should)」には、自分自身のことよりも、むしろ他人をして動かそうとする潜在的権力動機があります。

さて、昨日『映画 ビリギャル』の原作者・坪田信貴さんの講演を聞きました。

じつに情熱的な方です。坪田さんは訴えます。

「人は感動で動くんです。『理動』ではないんです。勉強しなさいという理屈では人は勉強しない。ところが、世の親たちは、押してダメだったら、さらに押すんですね」

根本忠一さんの文章と坪田信貴さんの講演の言葉がいい塩梅(あんばい)に熟成されてきました。

感じることが大事なのだろうなぁ。

というわけで、50ccスーパーカブ、少し方針転換します。

でも、ちょっとだけよ。あなたも好きね。「良いことはかたつむりのようにゆっくり進む」(マハトマ・ガンジー)のです。

(ここで弱音機の付いたトランペットの音色とピンクのスポットライトが浮かぶ人は旧い人です)


(「なぜか埼玉」を聴きながら秩父へ)

ある方が指摘していました。私もそのような気がしてきました。

もしかしたら「忖度(そんたく)」の意味がわからないまま答弁してしまったのではないか。

もしもシリーズ。初の福島出身の首相とスタッフが詰める首相官邸。

執務室でスマホで「そんたく」を検索する総理大臣。


(カフェ「Maple Base」)

「え〜と、そんたく、そんたく、と。えっ!?こんな字を書くの。てっきり『損託』かと思ったよ。なになに意味は『他人の気持ちをおしはかること』だって!?おい、秘書官、官房長官を呼んで」

官房長官がやってきました。

「総理、どうされました」

「あのさ、さっきさ、『そんたく』なんてないって答弁したげどさ、おれ、意味を勘違いしてたよ」

「なんと誤解されていたんですか」


(秩父のカエデから取れたメープルシロップでいただきます)

「いやね、てっきり、損をさせる請託かなって。いま意味を調べて初めてわかったよ。他人の気持ちをおしはかるって意味なんだってね。官僚が政治家に忖度すんのは当たり前だっぺよ。あちゃー」

「んだがら。総理の答弁を聞いていておがしいなぁって思ったんすよ。んですよね」

「官房長官、どうすっぺね。意味がわからなかったと国会で釈明した方がいいがな」

「いや、無理でしょ。同郷ってことで当時の局長をアレするしかないんじゃないっすか」


(まるでケベックのカフェにいるかのよう)

「アレすんのがぁ。悪いなぁ」

「アレにいっさいがっさい被ってもらいましょ。トカゲもいざとなったら我が身を切りますからね。総理、腹を決めましょう」

というわけで、単なる意味の取り違えから、いまや政局にまでなろうとしている、みぞうゆう(未曾有)の事態なのでした。


※この物語はフィクションです。


(どこか遠くに行きたい...)

祝日が土曜日と重なったとき、針の切れたホチキスと知らずにカチッと押したときに似た気持ちになります。個人の感想です。

祝日は年間16日。そのうち、2017年は4回が土曜日と重なり、本年は3回となっています。

5月5日(土)こどもの日。ゴールデンウィーク中とはいえ、やっぱりもったいない。

ちなにみ法律では「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」とあります。

8月11日(土)山の日。いつの間に制定されたのか、山の日。

2016年に制定されたという。無自覚のまま3回目を迎えようとしています。

当初、お盆前の8月12日の案がありました。が、祝日にふさわしくないと国会で反対があり、その前日になった経緯があります。

いずれにしても土曜日はもったいない。

11月3日(土)文化の日。土曜日を祝日にするなんて、まったくもってもったいない。文化的でありません。

というわけで、ハッピーマンデーならぬ花火(はなか)を私は提唱したい。祝日はゴールデンウィークを除き、原則として水曜日にするのです。つい先日の春分の日のように。

身も心も脆弱な私。5日間勤務し続けることが闘いです。まさに匍匐前進するかのごとく家を出ます。

もしも週の真ん中の水曜日が休みならば、持ちそうな気がするのです。頑張れそうな気がします。

憂鬱な月曜日の次に出勤意欲をそぐ、中途半端な火曜日。その火曜日がにわかに魅力的に見えてきます。花金ならぬ花火(はなか)の登場です。

週休二日制の定着で「花金」はもやは死語と化しています。

金曜日ほどの羽目を外すのでない、軽く一杯。あるいはノンアルコールで美味しい食事を...等々。経済効果もあります。

しかも心理的なメリットもあります。

木曜日の朝の目覚めに月曜日と錯覚し、一瞬憂鬱となったその後に「今日は木曜日じゃないか。明日は金曜日」と気分上昇の効用が見込まれるのです。

いかがでしょう。「もり」とか「かけ」とか、そばをめぐる議論ばかりではなく、花火(はなか)の導入を国会で検討していただきたい。

私は切に願っています。


(どうしても「佐清の脚」を連想してしまう)

用を足したあとのこと。弧を描くバタン式のドアを開けるのが嫌い。縦に長いハンドル。バネがけっこう強く、ぐいっと引かなければならない。

せっかく手を入念に洗ったのに汚染されたハンドルを握らなければならないのは切ない。いや、握るのは避けたい。せめてつまむとしよう。

でも、どこが最も汚染度が低いのだろう。最上部か、いや、最下部か。裏をかいて、ありそうでない中間部分だろうか。

押すタイプのドアなら腕や、なんとなく身体の勢いでむんずと押して出て行ってしまうのに、この手前に引いて60度開けるドアがいただけない。

ハンドル部分の上中下の選択を一瞬の躊躇と妥協によって決断する、この意思決定プロセス。これは修士論文の立派なテーマになり得ると私は思う。

結局、ドアを引いて一旦出て行った暁には、ハンドルを掴む前にいかなる逡巡があろうとも、「これでよし」とその決定に後悔の念を持つことなく、次なる行動に移っているのである。

これらの過程を整理すると次のようになる。

躊躇と逡巡→選択と決定→行動と自己肯定→次なる行動と忘却

「躊躇と逡巡」の数秒の間にニューカマー(新来者)が現れれば、すっと入れ違いに退出可能。たちどころに煩悶が解決されるものの、その確率は意外に低い。

かくして、須臾(しゅゆ)の間に人間の大脳は、どうでもいいことにも全力投球。だからどこかで踏ん切りを付ける必要があるのでしょうね。


(来月行こうと思います。猪苗代のTaro Cafe)

聴力が落ちているのか、補聴器が劣化しているのか。おそらく両方なのだろうと思います。

2月議会定例会最終日。追加提案が付託された常任委員会で2人の委員から質問がありました。1件は聞き取れず、もう1件は聞き間違いをしてしまいました。

上司や同僚がメモを渡してくれたり補足してくれて、頓珍漢な私の答弁を修正することができました。有難いことです。

聞き間違いは、子どものころから幾度となく現じてきた失態です。齢(よわい)天命を知るところとなり、面の皮だけは厚みを増してきました。しかし、天命は未だ知らずのまま。

肉厚となった面の皮のせいで以前ほどの落ち込みはなくなりました。が、やっぱりがっくりときます。身も心も萎えます。

何を尋ねられても「文書はすべて破棄した」と威風堂々と言える胆力を備えたいものだと思いました。

ところで、いま付けている補聴器は震災前に購入したものです。両耳で50万円。

私が使っているメーカーの最新の軽・中度難聴用の補聴器「スーパーミニカナール極(きわみ)」は片耳39万円、両耳66.3万円です。ワンランク下は両耳で49.3万円。

「極と極でない補聴器の17万の差ってなんなんですか」

「ぜんぜん違うんですよ」

補聴器店のスタッフが強く勧めます。炭焼き牛タン「利久」の極でさえまだ食べたことがない私。

目下のところ、補聴器を極めるか、家計が極まるかの瀬戸際にあります。

私益かつ私的なクラウドファンディング(ネット上で寄付を募るもの)はできないものでしょうか。

目標額60万円。

(1)寄付額1000円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」二十選冊子。

(2)寄付額3000円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」五十選冊子。

(3)寄付額5000円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」五十選冊子と出張朗読(朗ブロ)。

(4)寄付額1万円の特典
真心の礼状と「星々のつぶやき」百選冊子と出張朗読(朗ブロ)。

(5)寄付額5万円の特典
上記の(4)に加え、寄付者の人生の物語を上中下にまとめ「星々のつぶやき」にアップ。

というわけで、落胆した気持ちも癒えました。お騒がせしました。


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