(写真は本文と関係があります)

公園でのイベントとレストランでの懇親会に参加。顧客志向で考えてみました。あくまでも顧客の立場から勝手に思うことを述べます。

まず、公園を使ってのイベントでのことです。

なだらかな起伏のある地形が芝で覆われています。大きなケヤキが枝葉を茂らせています。憩いの場として愛されている、私の好きな公園です。

園内には曲がりくねった歩道が数本あり、普段は車は乗り入れられません。その歩道に屋台や出店が並びます。

屋台の多くは移動販売用に改造した車両です。特段そのことに異を唱えるものではありません。カラフルにデコレートされた車両は祭り気分を盛り上げてくれます。

ところが、それら移動販売用の車両以外の一般車両によって歩道がほぼ埋め尽くされているのです。おそらく関係者の車両なのでしょう。

公園周辺の公共駐車場は来場者用として確保しておきたい。第一にそのような理由があるのだろうと思います。

また、会場内に駐車できれば商品等の搬入搬出が容易で何かと便利という判断もあるのかもしれない。

でも、そうであったとしても、歩道には屋台以外の車は駐車しない方がよい。

第一に当たり前のことですが、人間が歩道を歩けない。せっかく周遊できるようになっている園内の歩道が車でいっぱいになっている。

ベビーカーは安心して押せないでしょう。車いすの方の来場は難しいかもしれません。遊びまわる幼児の死角ができそうです。

とにかく、歩道が駐車場になっていることの違和感を持ちました。

第二に景観上、車という人工物が醸し出す異物感。緑豊かな公園の中で車が団子になって並んでいる様は美しくありません。

ふだん車がない園内だけに余計に強く感じます。

公園の隣には時間貸の駐車場があります。見るとがらがらでした。12時間で700円。

出店者にとっては出費でしょう。搬入搬出も楽ではありません。

でも、もし、公園内の歩道に屋台以外の車がなかったら、どんなにかすっきりして憩える場となるだろうか。

歩くことの好きな筆者の目から見て、そんなふうに思いました。せっかくいいイベントなのに...。

につづく)


(空の庭レストランにて。メルヘンの世界のような小さな小屋)

草むしりをしていました。炎天下の午後2時。こんな時間にと自分で馬鹿だなと思いました。滂沱の汗が流れます。

手を休めてお茶を飲みながら、ふと地面を見ていると1匹のアリが目に入りました。自身の体の数倍はある、根っこのようなものを運んでいます。

重いのでしょう。何度も落としています。平地はまだしも急峻な砂の山にも根っこを抱えて登ろうとします。

「おい君、それは無理なんじゃないか。その根っこは君が運ばないといけないの。どうしても必要なものなの」

私は尋ねました。

アリは休憩すらしません。何度も何度も挑戦します。諦めるものか。必死の意気込みが伝わってきます。

「諦めたって誰も咎めはしないよ。その根っこを運ぶのは諦めようよ。運ぶように誰かに言われたの」

私はふたたび訊きました。

しかし、アリはまるで根っこの運搬を我が使命と決意しているかのようです。一所懸命に運んでいます。

「君はこんなに小さな体、小さな頭なのにその達成動機は凄まじいものがあるね」

アリを称えざるを得ませんでした。

必ず運んでみせる。そのアリの決意みなぎる姿勢に私は感銘を受けました。

ところで、先週の金曜日の午後3時過ぎの職場でのことです。

担当者がアンケートの発送の準備をしていました。同僚係員とアルバイト職員にも手伝ってもらいながら作業に当たっていました。

「今日中に発送できそうげ」

私は尋ねました。アンケートは約4千部です。用紙印刷、宛名ラベル貼り、封入・封緘の作業があります。

「ちょっと無理っぽいです。月曜日になりそうです」

「今日発送すると決めたのだから絶対にやっぺよ。諦めちゃだめだ」

私の職場にはNPOからの出向者を含め30名の職員がいます。全職員に私は声をかけました。

「申し訳ないけど、いまやっている自分の仕事の手を休めて、アンケートの発送作業を手伝ってほしい」

それぞれ作業分担を指示。課員全員が一斉にアンケートの発送作業にフル回転し始めました。

もちろん私もです。課長補佐も、担当でない係のスタッフも。

私自身、誰よりも動き、運びました。それぞれの分担の進捗を確認しながら、作業班の人数の入れ替えをするなどして効率よく回るようしました。

結局、午後5時過ぎに大方の作業を終えることができました。担当曰く「2時間でできるとは思いませんでした」。

私は生来「きょうできないことはきょうやらない」性格です。「明日は明日の風が吹く」を座右の銘としています。のんびり屋です。

ただ、思ったことは、担当者自身が決め、私に報告してきたスケジュールを守らせたかった。負け癖というのでしょうか、諦める癖を付けてほしくなかったのです。

そんなことを懸命に働くアリを見ながら思い出しました。

除草後、体重計に乗ったら600グラム減りました。午後2時の草むしりはダイエットに効くことが実証されました。


(空の庭レストランにて。中庭を望む)

七夕というと、弟が幼いころに可愛らしい声で歌った「七夕さま」を思い出します。40年以上も前に姉、弟、私のきょうだいがテープにそれぞれの声を吹き込みました。

当時、父は痔ろうの名医である三枝純郎先生を訪ねて、静岡市の三枝直腸肛門外科(現 三枝クリニック)に入院中。

長距離電話は高い。おそらく母の発案だったのでしょう。子どもたちの声を聞かせて父を励まそうとしたのだと思います。

歌や父へのメッセージをカセットテープレコーダーに向かって私たちは録音。

弟は保育所で習った七夕さまの歌を披露。姉のメッセージの詳細は覚えていないのですが、父に「浮気するな」といっていたのが印象に残っています。

「浮気」という単語を覚えたのは姉のメッセージによってです。


(空の庭レストランにて。南国のリゾートを思わせる風景)

いま思うと中学生でなかなかおませです。

直腸付近の臀部を大きく切開する手術を受ける父がそのような心情になるはずもないのにと思います。父は40歳を過ぎたばかり。

私はといえば、音程のはずれた歌を歌い、笛を無邪気に吹いています。そして意味不明の言葉を発したかと思えば、宇宙の図鑑を買ってほしいとちゃっかり要望も伝えています。

相当におかしい。私から見ても思います。赤面します。

意図的に録音しているのに聞くに堪えられません。

じつは、この録音テープには父の返事が入っています。私たちきょうだいが披露したことへのコメントや要望に対して父が答えているのです。

ウォークマンなどの携帯型のテープレコーダーのない時代でした。

母あるいは祖父(父の父)が重いカセットデッキを静岡に持参して父に私たちきょうだいの声を聴かせたのちに父の返事を吹き込んだのでしょう。


(空の庭レストランにて。森側は静謐の装い)

カセットデッキをみなで囲み父の声を聞いたとき、安心感や懐かしさ、いろんな思いが入り混じった気持ちがこみ上げてきました。

「宇宙の図鑑ね、買ってくるよ〜」

私の要望への回答も入っていました。

というわけで、私の七夕の思い出でした。ちなみに「七夕さま」の歌詞の「金銀砂子」をかなりあとまで「金銀つなご〜」だと思っていました。


(庭にタヌキがいました)

逆流性食道炎を患っている私。よく噛むようにしています。咀嚼(そしゃく)回数、50回。そう自分自身に言い聞かせ、噛んできました。

その副次的効果なのでしょうか。体重が減りました。“噛み噛みダイエット”と名付けました。おやつを控えたことも影響していると思います。

昨年末には68キロとなり、約8キロ減量。

しかし、このごろ、体重が漸増(ぜんぞう)。現在、71キロです。

先日は体重計に3回乗り直しました。宇宙からの重力波の具合で誤った数値を示しているのではないか。そう思ったのです。軽くけりを入れてやりました。

顧みると思い当たる節があります。

胃の調子がよくなってきたため、噛む回数が減ったこと。そして、糖質をちょいちょい口にするように。

ジャガイモの不作でポテトチップスが食べられなくなるかもしれない。そんなことを言い訳に以前にもましてポテチを摂取。

幸せの86パーセントは糖質でできている、と私はかねてから信じています。

カルビーと湖池屋の違いは何か、などと勝手に研究テーマを設定。食べ比べをするなど、自分へのハードルを下げていきました。

ちなみに両社のポテチの違いは油の違いだと私は思っています。

ポテチと抜群の相性のあるアルコールもちょっと増えました。

毎日歩いているから大丈夫だろう、このくらいならかまわないだろう。高をくくっていました。

まさに油断!じわじわと脂肪が蓄積。体脂肪率の上昇がそのことを物語っています。

ところで、月遅れの七夕に人間ドックを1泊2日で受けることになりました。それまで私は油を断じていきます。おやつは食べません。

受診する病院は、私にとって思い出の深い病院です。

34年前、高校2年生のとき、電気メスで扁桃腺を摘出したのも同じく七夕を過ぎたころでした。電気メスのじりじりとした音がいまも耳朶に残っています。

「取ったの、見るぅ?」と看護師さんが膿盆を差し出しました。が、私は拒絶。

また、27年前、両親がともに重病で入院。父が逝き、母も逝きました。

そして、私自身が肺がんの疑いで検査の日々を送ったのは33歳のとき。17年前でした。ノーモア、気管支鏡。

さあ、あと1か月で68キロまで戻せるか。乞うご期待。ドック受診中、堺屋太一著『油断!』を読む予定。


(竹があいさつしているかのよう)

職場の床は清掃業者によって年に数回ワックスがけが行われます。土日にかけて行われるため、金曜日の終業時に各々いすを机に上げなければなりません。

通称「いす上げ」です。

このいすがけっこう重い。管理職用のいすは、がたいがいいため余計に重量があります。

10年近く前、庶務係長だったころ、部長室の会議用のいす上げも担当していました。いすは8脚。

木製の、ひじ掛けが湾曲しているいすです。ただひっくり返しただけでは安定しません。また、8脚をカバーするほどのテーブルの面積もありません。

したがって、裏返しのいすとそのままの向きのものを上手に組み合わせて崩れないように構築するのが庶務係長の腕の見せ所でした。

秘伝のその“いす上げ”を後世に伝えていけるよう、部長室の額縁の裏に完成形の写真が秘蔵されています。

さて、現在に話を戻します。週が明けて月曜日。始業1時間前に出勤。

どれ、いすを戻そうかと職場に入ったところ、もうすでにいすはすべて降ろされていました。まだ誰も出勤していないにもかかわらずです。

朝礼の時間が近づきました。誰一人として誰がいすを降ろしてくれたのかを問う声はありません。職場には30脚以上ものいすがあるのです。

当たり前のようにみながいすにかけています。

月曜日の朝礼は私が担当です。苦手な月曜日だからこそ思いを伝えよう。

「どなたがいすを降ろしたのですか」

ある職員が手を上げました。日曜日に出てきていたようです。

「いすが降ろしてあることに私たちは疑問を持たなければならないと思う。誰かがやっているのです。朝、新聞がポストにある。自然とあるのではありません。誰かが届けているのです」

月曜の朝からちょっと説教調になったことを反省しつつ、私はいいました。

「その誰かに思いを致す心を私たちは持ちたいと思う。○○さんに感謝の拍手を送りましょう」

というわけで、私も以前は早めに出て来て全員のいすを降ろしていました。

が、ある時、いす下げの最中にぎっくり腰を発症。以来、己がいすのみ粛々と降ろすだけのずるい人間になってしまいました。

周りのいすは見て見ぬふり。勘弁してください。


(家のとなりの田んぼにホタルがいました)

星々のつぶやきは、「子どものころ」で始まる記事が多い。昔話の「昔々あるところに」、経典の「如是我聞」と同じ類いだと思ってほしい。

さて、子どものころ、父の枕のにおいが嫌でした。家族の中で父のものだけが異臭を放っていました。父だけが放つ特別なにおい。

子ども心にも不思議に感じました。そのころ、加齢臭という言葉は知らず、我が家の父固有の現象だと思っていました。

いまも即座に鼻腔の奥に父のにおいを再現することができます。

「うわっ、お父さんのにおいがする」と枕以外にも父のにおいのしみ込んだ作業着などを私たちきょうだいは敬遠していました。

「いいにおい」と安心感を与えてくれる母の枕とは対極的なインパクトが父の枕にはありました。

母の枕には包容性があるのに、父のそれには拒絶性がありました。

しかし、日常の父の振る舞いは、その放つにおいとは対照的で、包容力があったと思います。

父が白血病を患い、2人部屋に入院中のこと。同室の高齢の婦人が口癖のように「お父ちゃん来ないな、お父ちゃん来ないな」と発していました。

父は熱を出して具合が悪かったにもかかわらず、「もうじき来るよ」と慰めていました。父は自分の方がつらかったはずです。

看護師さんのことも名前を憶え、一人ひとり名前で呼んでいました。

“おやじ”という存在は、その成り立ちからして親和性だけでは生きていけないのでしょう。一族郎党を守るため、ときには敵と戦わなければならない。

その意味で一定程度の拒絶性を持つことは必然なのでしょう。しかしながら、それは真の敵に対してのみ行使されるものでなければなりません。

そうでなければ、“おやじ”はその放つ加齢臭と同じく周りから拒絶され、やがて放逐される存在となりましょう。

自分に敵対するという理由だけで、目の前にいる人を受容せず、拒む。無視する。せせら笑う。

目の前の人を馬鹿にするこの“おやじ”の狭量こそが、今回、皮膚感覚で嫌われたのではないか。

真の“おやじ”とは、真の敵に対してのみ戦うべきです。そのときこそおやじ臭を猛烈に放ちながら戦うのです。

しかし、「気に入らない人」と「敵」は、同義ではありません。そこを取り違えてはいけない。

というわけで、包容力のない、器の小さな“おやじ”が増えてきたのかもしれない。そんなふうに東京の喧騒を遠目に見て思いました。

蛇足ながら、最近、私も父のにおいに似てきました。遺伝というやつでしょうか。

耳のうしろと首周りはウェットティッシューで清拭するようにしています。


(畦道のある風景が好きです)

10年前のことです。大規模火葬場を整備する業務を担当しました。当初、あまり乗り気ではありませんでした。偽らざる気持ちです。

太陽と死は直視できないといわれます。火葬場という、文字通り人生終焉の場を忌み嫌う心情があったのだと思います。率直にいえば、死への恐怖です。

ところが、業務に携わる中で次第に火葬場というものの奥深さに惹かれていきました。

火葬について研究している有識者を訪ねたり、全国の火葬場を視察する中で考えが変わっていきました。

ある研究者に見せていただいた近江八幡市の「さざなみ浄苑」の外観写真に衝撃を受けました。

手前にのどかな田んぼが広がり、数寄屋風の屋根のさざなみ浄苑の背後地には緑豊かな低い丘陵。

「さざなみ浄苑 外観」と検索すると画像をご覧いただけます。

その写真では確認できませんが、田んぼの周囲には住宅地があります。

写真を見た瞬間、私は涙が出そうになりました。

ありきたりの景観ともいえます。平凡な風景なのになぜ衝撃を受けたのか。

さざなみ浄苑の配置に地域の人々の信念と、途方もない人々の対話の積み重ねが見えたのです。

通常、ほとんどの火葬場は隔離された場所に建設されます。普段の生活空間には存在しません。いわば隠された場所にあります。

ところが、さざなみ浄苑は、誰もが目にすることのできる場所にあります。田植えや稲刈りをしながら野辺の送りを見守る構図。

「この道は霊柩車を走らせないでほしい」

むしろこのような要望が寄せられるのが火葬場整備です。

さざなみ浄苑がこのような場所に、このような形で整備するに至るまでは、どれほどの議論があったことか。

強い反対もあったことでしょう。納得しない人もあったことでしょう。

誰もが迎える死。終焉の場にふさわしい火葬場のあり方はどうすべきか。深い話し合いがなされたことと思います。

苑内には命の大切さについて読み聞かせをする部屋もあるという。

いつの日か近江八幡に行ってみたいと思います。


(初めて訪れた「百人パン」)

組織という船が沈み始めるとき、その兆候は出ているものです。周りはもちろんのこと、当事者も薄々とは気が付いていることが多い。でも、対策が打てない。

「兆候」とは、組織構成員による小さなミスです。それが頻出します。致命的なミスとまではいかないものの、ボディーブローのように響いてきます。

いわば「終わりの始まり」です。運が尽き始めたともいえます。

次に、少し影響の大きいミスが起き始めます。そのころになると、危機感を覚えた構成員が警告を発し、組織内で沸騰したように議論が始まります。

改革に向けていくつも議論がなされ、そして、議論がなされいるにもかかわらず、決定的な対策が打たれないまま、組織という船に浸水が進み、沈んでいく。

なぜか。

個々のミスが、一見すると属人的な問題であることにあります。その人由来の問題であるように見えるがゆえに、組織の問題と捉えられない。

組織の問題ではないと判断されるがゆえにリーダーの責任とは結び付きません。ミスを犯した個人に原因を求め、責めを負わせます。

ここに落とし穴があります。

少し大きなミスが出始めたころに侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論をします。が、ミスを犯した個人に原因を求め、責めを負わせる組織体質に変わりはありません。

属人的に見えるミスもじつは組織に由来することが少なくありません。個別のミスの多くは、その原因において地下茎でつながっているのです。

組織に柔軟性がなくなり、硬直した結果として表層に現れたものが、その属人的ミスともいえるのです。

というわけで、「終わりの始まり」から「終わりの終わり」に向かうとき、不思議なことにリーダーはさほどの危機感を自覚しないままに放逐(ほうちく)され、組織も沈み、枯れていきます。


(夜に寄るスタバ)

いま思えば過剰なまでに気にしていました。小学校のときの跳び箱のことです。

体育の時間はただでさえ好きではありませんでした。とりわけ、できる・できないを評価する類いの種目は苦手でした。

跳び箱はその代表格です。

ピーっ。先生の呼び笛が鳴ります。華麗に跳び越えた級友の跳び方をイメージして全力で助走を開始。

徐々に跳び箱が目の前に迫ってきます。ここか、ここでいいのか。立ちはだかる木の壁が大きくなってきます。峨々として聳え立つ岩壁のよう。

勢いよく走っていたのに、跳び箱を前にして足がもたつき、小刻みになる。結局、跳ぶタイミングを逸し、跳び箱の背に前面に激突。2回目はちょこんと跳び箱の背に乗るだけ。

ほかの種目と異なり、40数名の級友全員が1個の跳び箱に注目する中で行う競技。それが跳び箱です。

できない人間にとっては恥辱です。地獄とまではいかないものの、自己肯定感を喪失させる嫌な時間です。

子ども心にも、というか、子ども心だからこそ深い心的外傷を負うものだと私は思います。これは、おそらくできなかった人にしかわからないのではないでしょうか。

いま思えば、たかが跳び箱です。しかし、当事者にとってみれば、されど跳び箱なのです。大人になったらなったで、“大人の跳び箱”が存在し、「されど」跳び箱の重い心に胸が覆われました。

「されど」という、物事を凸レンズで見てしまう心理を「たかが」という凹レンズで俯瞰するためには、“スルー力(りょく)”が必要です。

では、スルーする力をどうやって養うか。

はっきりとした結論はまだ得ていないのですが、自分をわかってくれる人を持つこと。これは必須条件ではないかと最近思うようになりました。


(やがてはこんな高層のセンターも)

からつづく)

「大人元気センター」のもう一つの目玉は個室型安眠室です。文字通り安らかに眠る部屋。ただし、1時間を限度とします。宿泊施設にはしません。

大広間に雑魚寝は見た目もよくない。子どものころよく目にしたヘルスセンターの猥雑な大広間を思い起こします。

座布団を半分に折って座卓のわきに横になる。あまりにも日本的です。常磐ハワイアンセンターでも日常茶飯な風景でした。

目覚めたときに頭や足を座卓の天板にぶつける。あの、他に責めを求めることのできない痛さは不甲斐ないものです。

さて、個室型安眠室は、“和風シエスタ”ともいうべきコンセプトに基づき設計されます。

枕カバーをはじめ、布地は、最高級の麻であるアイリッシュ・リネンです。湯上り後の清涼感を心ゆくまで味わえます。

壁は呼吸する壁といわれる珪藻土(けいそうど)。適度な湿度と防音性を保ちます。

ヒノキの香りが漂う安眠室は身体を横たえた瞬間から脳内のアルファー波が増大。深い眠りを約束します。静養こそが最良の治癒といわれます。

幼いころ、午後の昼寝の目覚めときに、いまが朝なのか、夕方なのか、そしてどこにいるのかわからなくなるくらいの、マリアナ海溝のような深い睡眠を経験しました。

それを大人にも味わわせたい。私の切なる願いです。

思わず翌朝を迎えたのか、と錯覚するような目覚めを安眠室はお約束します。

というわけで、大人元気センターは入浴後のくつろぎに力を入れています。

防音性に優れた個室型居酒屋、多種多様なマッサージを味わえるマッサージコーナーもプライバシーに配慮しています。マッサージ後のまどろみタイムも確保。

そして、前後不覚となるほどの深い眠りと目覚めを約束する安眠室を設置しています。

「大人元気センター特区」。おしりを決めて速やかに進めてほしいものです。


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