(ムスカリ。このアングルで撮影するのはリスキーです)

始業のチャイムと同時に葬祭場から職場に電話がありました。昨夜参列した通夜の際の香典のことでと告げられました。

包んだつもりが包んでいなかったのかも。嫌な予感がよぎりました。私には前科があるのです。

「記載されている金額より千円多く入ってございました。今度の土日は営業しておりますのでお越しいただければと存じます」

「ありがとうございます。きちんと確かめずに、返ってご迷惑をおかけしました」

ほっとすると同時に、その丁寧な対応に私は心が温かくなりました。

10年前に大規模な火葬場の整備事業を担当しました。その際、市内のほとんどすべての葬祭業者を訪問し、ヒアリングを行いました。

その中でも特に心打たれたのが今回の葬祭業者へのヒアリングでした。

「24時間、つまり夜中でも火葬の日時を予約できる体制をとる必要があると思われますか」

当時、私は24時間の受付体制を取るべきかどうか悩んでいました。利便性と費用の兼ね合いがあったからです。

「私どもでは必要ないと考えます」

即座に答えが返ってきました。

「その理由は何でしょうか」

「仮に深夜にお亡くなりになり、私ども葬儀社が葬家にかけつけたとしても、まだお身体が温かい状態にある中で『火葬はいつにしますか』などとお尋ねすることはいたしません」

「なるほど」

「悲しみにくれる中でご遺族には一定の時間が必要です。私どもはその間、葬家を見守ります。火葬の日取りについては翌朝で十分です。24時間体制の必要はありません」

ポリシーをもって仕事をしている。感銘を受けました。

ところで、葬儀といえば、私には「願い」があります。自分自身の葬儀のときに挨拶をしたいのです。

当然、私は死んでいるので遺族が代読することになります。出だしは次のような感じです。

「かねてより私は葬儀において主人公である故人の挨拶がないことに疑問を持っていました。もちろん、亡くなっておりますので挨拶はできません。しかし、お世話になった方々に対しどうしても私の思いを伝えたい...」

というわけで、新しいエンディングスタイルが流行りだすかもしれません。

  • 2017.04.12 Wednesday

(庭先の花)

国家のリーダー同士の交渉は極道映画のシマとシノギをめぐっての抗争に似ている。

似ているというより、ほぼ同じではないか。

結局のところ、やるぞ。脅しじゃないぞ本気だぞ。やれるならやってみろ。

双方ともに脅し、牽制し、圧力をかける。

「うちには血気盛んな若い兵隊がぎょうさんいるで」

極道と国家の異なる点は、その保有している火力の規模でしょうか。

民主制であろうと、独裁制であろうと国と国との関係は、アメで釣るか、ムチで脅すか。そんな粗野なやり取りにばかり終始しているように見えます。

どういうわけか、もっと古代時代のほうが、もっと熟した戦略があり、熟した思考で異なる組織、部族と対していたと思うのです。

力は必要ですし、組織にとって権力は必須です。そして、家族でも社内でも争いが起きるのですから、国家同士で軋轢があるのは当然です。

権力は闘争が宿命づけられているのです。

ただ、その争いのやり方が成熟したものになっているのか、どうか。そこが重要です。

その意味で、出でよ、真の熟男・熟女よと私は訴えたい。

というわけで、ユリウス・カエサルだったら、現今の東アジア情勢にどのように対処するだろうか、と夢想しつつ、焼き鳥を買って帰ろうと思っています。


(しだれ桜が満開です)

タイ製の「ピントー」が地元の家具店にあると友人に教えてもらい、早速行ってきました。

ありました。何種類ものピントーが。

ピントーとは、ステンレス製の重ねるタイプの持ち運び用容器のことです。要するに弁当箱のこと。

語源が気になります。手元の冨田竹二郎著『タイ日辞典』をひも解いてみると次のようなことが書かれていました。


(ピントー)

「もとは竹編みの大きな手提げ重ね篭の称で(中略)ピントーの語源については最初ポルトガル語説が行われたが該当語がないので、日本語の“弁当”から来たという説が広まっている」としつつ、次のようにつないでいます。

「しかし江戸末期に日本語がタイに入るとは考えられない。『弁当』は古い中国語であるから、南中国の方言から入った可能性の方が大きいが、中国の辞典には見当たらない」

結局、語源は不明のようです。


(医療器具を思わせる堅固な作り)

密閉がしっかりして、スープもこぼれない。鍋にもなる。なかなかの優れものです。

タイ留学中、僧が手に携えていたのを覚えています。

ところで、なぜか家具店を訪れるとお腹がむずむずしてトイレに行きたくなります。

家具の展示を縫うようにしてたどり着いた2階のトイレ。

洋式トイレではありましたが、私が称するところの“ししおどしタイプ”のそれだったのです。

便座に緩速装置がありません。ふたが上がった状態から着座状態にしようとすると、自由落下し、ししおどしのように響くタイプです。

硬質性の便座であり、暖房もありません。臀部(でんぶ)に伝わるひんやり感がせっかくピントーを見つけた喜びを減殺(げんさい)してしまいました。

家具店であり、サニタリー設備も販売している店です。足元のトイレにこそ気を配ってほしい。

でも、我が身を振り返ったとき、仕事において私も同じことをしているのではないか。

そんな後ろめたさを感じつつ、人肌に温まった便座と藤吉郎の懐中の草履に思いを重ねるのでした。

次なる見知らぬ客に思いを馳せて。


(火力発電所の社宅前の公園。タイムスリップをしたかのよう)

子どものころ、春は南東から吹く潮の匂いとともにやってきました。春を告げる磯の香り。

このことは以前にも語りました。幼少時の原風景というものは強く濃く胸に焼き付いているものです。

火力発電所の社宅の敷地には納屋風の横長の物置がありました。

その物置の裏側の庇(ひさし)には、太い針金製のフックがあり、竹製の釣竿が数本かけてありました。おそらく父が造作したのでしょう。

磯の香りが嵩じるようになると、私は干潮の時刻を新聞で調べ、発電所脇のどぶ川に自転車で出かけました。

目指す獲物はゴカイです。

粘着性のある墨色の粘土をスコップで掘り起こします。ときにバランスを崩し、どぶ川に転倒しそうになりながら、一心不乱にゴカイを探す私。

長靴が冷たいどろで圧迫される感触。何ともいえないものがありました。

干上がったどぶ川は歩みを進めるたびに、ぬちゃっぬちゃっと音がなり、ときにごごごーっとうなり声のような音が響き渡ります。

さて、ゴカイは一匹として同じ色のものがありません。

ピンク系の強い色を放つもの、緑色の濃いもの、その中間や混ざったもの等々。文字通り多彩な色をしていました。

バケツの底の無数のゴカイを見ていると、さながらアラベスクのようです。私にとってゴカイは生きた宝石でした。

ゴカイの採取に満足すると、いよいよ釣りです。物置裏の釣竿をもって川岸に向かいます。

ところで、中学生のとき、アメリカ映画「スクワーム」(1976年)をテレビで見ました。

ミミズ(実際にはゴカイの類)の大群が凶暴化して人間を襲うというストーリーです。

人間の体の中をのたうち回るゴカイたち。目、鼻、口、耳といった穴という穴から侵入する様子に息を飲みました。圧巻です。

天井まで埋め尽くすゴカイの大群がうごめぐ中で人間が虫に食(は)まれていきます。いまも瞼(まぶた)に焼き付いて離れません。

宝石のように思っていたゴカイがあのように描かれて私は残念でした。まさに誤解だと思いました。

※ゴカイは近縁な複数の種の複合体でありヤマトカワゴカイ、ヒメヤマトカワゴカイ、アリアケカワゴカイ、の3種に分割されている。このため、ゴカイという単一種としての和名は分割後消滅した(出典:ウィキペディア)。


(路傍にスケキヨ風の樹木を発見)

異動の内示があって数日経った日のこと。本庁舎の入口で警備員のGさんに声をかけられました。

「今度、こっちに戻ってくるんだね」

「あ、はい」

特段、気にするまでもなく返事をする私。しかし、待てよ。これはすごいことではないか、と即座に思いました。

「全職員の異動先が頭に入っているのですか」

「いやいや、そんなことはないけど」

今年度の異動総件数は1千件を超えます。自分の同期の異動すら把握し切れているとはいえない私。

Gさんがまぶしく輝いて見えます。

さりげなくでいい、でも、Gさんのような人になりたい、と思いました。

異動の日。分庁舎3階フロアの清掃担当のSさんが廊下で声をかけてくれました。

「お世話になりました。雇用主がJサービスに変わって制服が変わりました」

「委託業者が変わったのですね。私こそお世話になりました。いつもきれいにしてくださり、ありがとうございます」

年末にこっそりケーキを贈ったり、掃除の合間に会話を交わしたりするなど、淡いけど温かい交誼を重ねてきました。

今春から執務室は本庁舎2階。

警備員さんや新しいお掃除担当の方とどんな淡交を結ぶことになるのか...。楽しみです。


(私のオアシス「讃香」)

先日エントリーした「サシオフ」の続編です。ネット業界を熟知しているYさん。じつは自身の投稿で苦い思い出があるという。

ある日、自信をもって制作した動画作品を投稿。多くの賞賛のコメントが寄せられる中、数はわずかではあるものの誹謗中傷のコメントが書き込まれたそうです。

そのときの心境についてYさんはいう。

「『死ね』や『二度とアップするな』といった心無い言葉にひどく傷つきました」

ところが、とYさんはその話のつづきを語ってくれました。ある人の言葉により心の回復を果したのだと。


(飲み会後のぜんざい。身体に毒だとはわかっていても...。「讃香」にて)

「そういった心無い非難のコメントが寄せられたということは、作品が末端まで届いた証である。そうとらえることが大事です」

末端まで届いた。要するに、すべての層に行き渡ったということを意味するのでしょう。

心温まる励ましの言葉で救われたYさん。

それ以来、誹謗中傷のコメントがあってもYさんは気にしなくなったそうです。

次元は異なりますが、Yさんを励ました言葉は、偽造品の話を想起させます。

「偽造品が世に出回るようになって初めて本物となる」

換言すれば、一流の製品というものは、偽造される宿命にあるともいえましょう。

逆にいえば、偽造品が出回らないうちは一流になっていないといえるかもしれません。

というわけで、「星々のつぶやき」もまだまだだなと思っています。

願わくば、地より湧き出でよ、無数のフェイクだいこんくん!


(茨城県近代美術館の近傍にて)

子どものころ、右か左か、とにかく片方にしか曲がらないラジコンカーを持っていました。

それにもかかわらず、遠隔操作できるラジコンを手に入れたことに大いに興奮。モノを操れる喜びに胸を躍らせました。

子どものころといえば、部屋の壁に先の長い二等辺三角形のペナントがよく貼ってありました。

富士山や日光、箱根など、その地の名称とともに当地のシンボルが描かれていました。

壁に貼る意味はなんだったのでしょう。

旅行に行って来たぞ、あるいは、お土産にもらったぞといった証だったのでしょうか。誰もがこぞって壁にペナントを飾っていました。


(シーバーズカフェから太平洋を望む)

ともあれ、あのペナントに旅の何かを私たちは重ねていました。旅情だったのでしょうか。

片方にしか曲がらないラジコンとペナント。両者に特段の関係はありません。

ただ、私が訴えたいのはラジコンにしろペナントにしろモノに対してなぜあれほど感情を移入できたのか、ということです。

憧憬の末に手にした割には、いま思うと大したモノではありません。現在の子どもたちの多くが手にするゲーム機やスマホなどと比ぶべくもない。

であるにもかかわらず、間違いなく、少なくとも私は興奮していました。


(シーバーズカフェ)

限界効用のせいなのか、あるいは他の要因があるのか。

そんなことを考えながら、茨城県近代美術館で「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」を鑑賞しました。

美術館からの帰途、日立のシーバーズカフェに寄りました。


(地魚料理「東や」)

「星々のつぶやき」の愛読者であるYさんとの約1年ぶりのオフ会。私の生まれ育った植田町で催していただきました。

ブロガーとファンとの交流をオフ会と称します。中でも一対一のオフ会を「サシオフ」というのだそうです。

前回のサシオフは「たまゆらの語らい 〜ITろくろ〜」で紹介しています。

「サシオフってどういうことですか」

「要するに差しでオフ会をするという、ネットスラングです。もう古い言葉ですよ」

「初めて聞きました。勉強になります」

話題は縦横無尽。古生代の三葉虫からサザエさんの視聴率の低迷に至るまで多岐に。

まず、最近のエントリー「時計代わりにされていた私」の読後感に言及。

哲学者のカントが登場したことで書き手が読者に対してフィルタリングをかける効果が認められるとの指摘を受けました。

いわば“逆フィルタリング”。通常はユーザーがサービスを制限する。そのフィルタリングが逆転している、と。

「カントなんて知らねーしっていう人が必ずいます。そういう人を寄せ付けないフィルタリングです」

ネットの世界を知悉している業界人ならではの見立てだと思いました。

サザエさんの視聴率の低迷については、早晩そういった事態が起きることは予想されていたという。

にもかかわらず、手を打ってこなかったところに問題がある、と。

まるで、サザエさんのスポンサーの運命と軌を一にしているかのよう。

「もうあの家族構成はいまの日本にはあり得ない設定なんですよ。それを続けてきた」


(芳醇な香りが湧き立つ「勿来の関」)

純米酒「勿来の関」を飲みながら、話題は「星々のつぶやき」の誕生の経緯に。詳細は割愛します。

「ところで、読者のオフ会をやってみたい気持ちがあるんですけど、気恥ずかしさが立って自分ではやれない。幹事を務めてくれる人がいるといいんですけど」

下心を持って切り出しました。

「インパール作戦を指揮した牟田口廉也陸軍中将がのちに『(作戦の中止を)私の顔を見て真意を察して欲しかった』といっていますけど、上官に対して『察してください』じゃだめなんです」

「思っている本人が言葉にして実行しなければならないということですね」

「そうです。やるなら、やるということです」

忖度を頼む私の弱い心に100万ボルトの電撃が走りました。

最後に私のお気に入りのエントリー「我が家のビオトープ」を朗読。Yさんは呵々大笑してくれました。

午後9時半、サシオフ終了。「東や」を辞し、二人で植田駅に向かいました。

Yさんは常磐線上り方面、私は下り方面。再会を約し別れました。


(春到来)

私が時計代わりになっている。些細ではあるものの驚愕の事実を知りました。

毎朝、通勤で自宅から最寄りの小川郷駅まで2キロの道のりを歩いています。ルートはいつも同じ。出発時刻も午前7時10分、毎日変わりません。

そんな私が経路上の小川中学校への送り迎えのお母さん方に時計代わりにされているというのです。

「○○くんのお父さんがここまで来てるよ。きょうは学校に遅れちゃうよ」あるいは「○○くんのお父さんの姿がまだ遠いから間に合うね」「○○くんのお父さんとすれ違ったね」等々。

そういった会話が車内で交わされていることを家人から聞かされました。

地域のお母さん方に見られている。しかも、ただ見られているだけでなく、時計代わりにされている。

この話を聞いて、私は「小川のカント」たらんと思いました。

そして、背筋を伸ばして歩こう。音楽を聴きながら歌を口ずさむのはやめよう、と。

プロイセン王国(ドイツ)の哲学者であったイマヌエル・カントは規則正しい生活をすることで有名でした。

特に散歩は時間にぴったりに行われていたため、散歩するカントを見て人々は時計を直したといわれているほどです。

私の場合、規則正しく最寄り駅に向かっているのではなく、徒歩で間に合うぎりぎりの出発時間が午前7時10分というだけの話。

ここが大きな違い。カントと比べるのもおこがましい。

ここまで綴っていたら、カントの墓碑に刻まれている言葉が蘇ってきました。

「ああ、いかに感嘆しても感嘆しきれぬものは、 天上の星の輝きとわが心の内なる道徳律」(『実践理性批判』)

というわけで、わが心の内には何らの道徳律もなく、慨嘆するばかりですが、午後8時に信号機が点滅信号になる田舎ゆえ、天上の星の輝きは抜群です。

しかし、それにしても見られているとは知らなかった。



(可愛いまな板をいただきました。本文とは関係ありません)

(第8話からつづく)

65階のカクテルラウンジ「レインボールーム」の受付の前を素通りしようしました。が、案の定、ジャケットを着用していないことを指摘され、入室を拒絶されました。

舌打ちしながら引き返そうとすると「当店のジャケットでよろしければお貸しします」と。せっかくなので、辱しめ、否、ご好意を受けることにしました。

この日のニューヨークの夜景は、湿度が高いためか、鮮明さに欠けていました。斜面にビル群が立つ香港の夜景の方が美しいと私は感じました。カクテル3杯で26ドル。

お呼びじゃない感が嵩じてきたため早々に退却。エレガンスとは無縁な、己の分を超えた振舞いの仕打ちを受けたように感じました。

「わきまえる」との言葉を文字通り噛みしめました。

下界の安いバーで飲み直してホテルに帰還。

翌朝、メトロポリタン美術館を見学しました。同美術館は、17部門に分かれ、ギャラリーは236箇所。総コレクション数は、300万点に及ぶ。

時間がないので、エジプト部門のみを鑑賞。

エジプト第1王朝から第30王朝、プトレマイオス王朝へと年代順に展示が並べられています。古代エジプトの世界に初めて触れ、いたく感激しました。

5千年前のエジプトの人々に思いを馳せました。

翌日、ニューヨークからモントリオールへ、ふたたび10時間かけての鉄路の旅。司馬遼太郎著『アメリカ素描』、吉村昭著『ポーツマスの旗』を読みました。

司馬遼太郎氏によれば、多様な文化群が文明の活性化をもたらしていると主張。米国の活力は、その民族構成の多様性に起因するとしています。

「大文明は、それを主導したとみられる民族が天才的に創造したというわけではない」

氏は中国文明について例を挙げ「殷、周の時代から、生業を異にする多種類の民族が、その都市国家の内外にも、大陸のまわりにもびっしりいたということが、文明成立の秘密のように思われる」と。

ということで、ニューヨークで味噌ラーメンと餃子を食べ、古代エジプト王朝の文物に触れることができました。これぞ、米国の多様性です。多様性に多謝。

大学での様子がまったく登場せず、本当に勉強していたのかとの疑念が起きているようなので、次回は学内での出来事に触れます。

(第10話へつづく)


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