(川内村のカフェAmazon)

私は「真剣な無料」に弱い。無料なので当然費用は発生しない。気楽に構えていいはず。でもちょっと違うメンタルなのです。

GoogleやYahooといった検索エンジンやfacebookなどのSNSも無料ではあります。が、どこかに商業主義が見え隠れし、遠慮の気持ちは起きません。

広告も出てきますし、検索の傾向をAIに分析させて、利用しているんだろう、と邪推、いや推測しています。

だから、無料であることに引け目は感じません。お互い様でしょ。私のことも利用してますよね。そんな気持ちです。

少し前にユニークな形のハチミツ・スプーンをネット上で見つけ、どのショップが安いか比べたことがあります。

たかがスプーン、されどスプーン。こちらも真剣です。

結局、購入はしなかったのですが、しばらくの間、検索エンジンを使うたびに、そのスプーンの広告が表示されていました。

しつこいぜAI。恐るべしAI。

ところが、そういったものと異なる種類の無料があります。私はそれを「真剣な無料」と名付けたいと思います。

日経ビジネスオンライン(通称NBO)

じつにクオリティの高い情報を提供しています。最新の時事や企業の動向など鋭い視点からの記事に毎度多くの学びがあります。

無料で読むことに、恐縮の思いを抱き、極端な言い方をすれば良心の呵責に苛まされそうです。

WEEKLY GLOBAL COACH

株式会社コーチ・エィが発行する公式メールマガジンです。世界で18万人を超えるビジネスリーダーたちが愛読しています。

エグゼクティブコーチによるビジネスコラムのほか、コーチング研究所の分析レポートなど、毎回、そうか、なるほどと思う、含蓄に富んだ内容のメルマガです。

毎週毎週読ませていただくたびに、「無料で読んですみません」という思いに駆られます。

トライアート通信

地元の会社「有限会社トライアート」の広報紙です。毎月発行。この8月で90号を数えます。

同社はサインの会社。いわゆる看板屋さんです。

A3判カラー見開きの「トライアート通信」は表紙の絵に新進気鋭のアーティストの作品を用いる力の入れよう。

記事は「TRYARTのお仕事」「アート日記」「スタッフのひとりごと」「社長の部屋」「東京営業所より愛をこめて 浅草橋日和」「かわらばん」のほか「それいけ!サンドマン」という4コマ漫画もあります。

かなり手間暇がかかっているはずです。

ヘッダー(ページの最下部)には「言葉のサプリ」という欄があります。

今号では「『@』を@マークと呼ぶのは日本だけ」や「現代のサンドバックの中身は『砂』ではない」とさらっとトリビア的なことが記されていて勉強になります。

とにかく面白い。内容が濃い。私は「社長の部屋」と「浅草橋日和」が大好きです。

毎月無料で郵送されてきます。この頃、“恐縮感”が募ってきています。

「真剣な無料」には、不思議な力がある。そう思います。

心の中で信頼と紐帯の気持ちが芽生え、強力なファンになってしまっているのです。

あなたの周りにもきっと「真剣な無料」があるはずです。


(ドトールのあさ。昨日と座る位置が違う)

ふと恩師の言葉がよみがえります。「事実であっても、言っていい立場とそうでない立場があるんだよ」。

A国がB国を占領。そのお蔭でB国のインフラや教育が発展したという「事実」があったとします。

恩師曰く。

「そのことについてB国の人が言及するのはいい。でも、A国の人が言ってはだめなんだ。事実だからといって言っていいとは限らないのだよ」。

国際関係とはまったく関係のない卑近な例でもこれは言えます。

頭髪が薄い。娑婆世界では「ハゲ」と言います。私も最近抜け毛を大量生産し危機感を抱いています。

その事実を他人が言ってはだめです。本人が言及するのであれば構わないでしょう。

ま、その場合であったとしても「本当に薄くなったよね」などと言ってはいけないでしょう。

むしろ「そんなことありませんよ。心なしか濃くなってきているように見えますよ」。

そのように言うことは、個人の感想としてならばよいでしょう。あくまでも個人の感想ですから偽りではありません。思いやりの心です。

繰り返します。

事実であるということと、言及していいということは別次元の問題なのです。

冒頭のA国とB国について言えば、占領したという事実こそA国の人々は直視すべきでしょう。

靴は踏まれた方はその痛みをいつまでも覚えているものです。踏んだ側はすぐに忘れてしまうのに。

マレーシアに長く駐在していた方のメルマガを拝してそんなことを思いました。


(職場の隣の公園)

休み明けの職場。身体が鈍(なま)っているのを感じます。頭の回転も鈍い。回覧されてきたスタッフ作成の報告書を読んでいます。

尋ねます。

「事業所を訪問しての実態調査の報告書のようだけど、なぜこの時期に訪問したの」

「法律の改正に伴って基準が変わり、その基準に合致しているか調査するよう国の通知があったからです」

「なるほど、理由はわかりました。改正された基準に合っているか調べるというものだね。では、対象となる事業所は市内に何か所あるの」

「3か所です。うち1か所は休止中なので2か所を調査することになります。この報告書はその1か所目で、追ってもう1か所分の報告が上がってきます」

「まさににいま教えてくれた『なぜ』の部分と『調査対象の事業所数』、休止中が1か所あることを含めて、報告書の冒頭に書いてほしい」

「あ、はい」

石川啄木の短歌「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」を引いて、私は報告書の書き方についてアドバイスしました。

「この報告書に間違いはない。詳細に調査結果について書かれています。でも、なぜいまこの報告書が作成されたのか、なぜこの事業所だけが調査されたのか、が記されていない」

「はい」

「石川啄木の短歌で言えば、『われ泣きぬれて蟹とたはむる』の部分についてのみ書かれているということです。背景や全体像に当たる『東海の小島の磯の白砂に』が欠けている」

いぶかしげな表情を浮かべたのでさらに説明を加えました。

「報告書というものは、作成者やいまここにいる職員が全員異動したとしても、わかるものでなければならない。どのような経緯で作成されたのか、5年後の担当職員が見ても理解できるものであるべきなのです」

鳥瞰(ちょうかん)する眼を持っていた石川啄木。空の高みから東海を見、そこに浮かぶ小島の磯にズームアップ。

白砂にいる自分自身の状況を描いています。小さな生き物である蟹とたはむれている様子を。

ちなみに、今号のブログで言えば「休み明けの職場」が「東海の小島」に当たります。

というわけで、明日はもう金曜日。なんだかちょっと嬉しい。

今夜の課題図書は木下芳一著『つらい「胸やけ」スッキリ―胃食道逆流症といわれたら』です。しっかりと酒とたはむれる身体になりたいものです。


(ドトールのあさ。休み明けの気持ちをリセット)

休み明けのあさは弁当を作るのがしんどい。私は思います。弁当作りとは一定程度の気持ちの張りがあってはじめてなし得る作業である、と。

東京から友人一家が来訪。今春小学校に上がった可愛らしいひとり娘さんを連れての小旅行です。

海に行きたいという。正確に言えば、泳ぎたいとのこと。

連日梅雨の続きのような秋雨を思わせるどんよりとした日が続いています。当日は雨でした。

高速道路を北上中の友人に屋内で楽しめる施設をいくつか紹介。検討するようにアドバイスしました。

しばらくすると雨の降る海辺でお母さんと娘さんが喜ぶ画像が友人から送信されてきました。数人のサーファーを除いて海水浴客はいないという。貸切状態です。

驚きました。雨の中、歓喜雀躍と波と戯れる姿に感動すら覚えました。

友人がテント内に待避しながら見守っているのは予想がつきましたが、お母さんも娘さんとともに雨の海水浴を楽しんでいるのです。

夕方、みな我が家に来てくれました。

聞けばお母さんはかつて水泳部だったという。海水の温度を測り22度以上あることを確認。

一見無謀に思えた行為は、じつは細心の注意を払ってのことだったのです。

海で泳ぎたい。その願いをなんとしても叶えてあげたい。その一貫した意志に心揺さぶられました。

自分だったら、と思わざるを得ませんでした。二酸化硫黄の香る屋内レジャー施設でお茶を濁したであろう、と。


(イワナの里「川内村」)

翌日、隣村の釣り堀に案内。イワナを7匹釣り上げました。小1時間かけて炭火で焼きイワナを頬張りました。

この日も時折霧雨の降るあいにくの天気。イワナを堪能したあとは村内の温泉に入って旅の疲れを癒してもらおうと思いました。

「また海に行きたいっていってるんだよね」

「本当に海が好きなんだね」

友人一家は山を降りて一路海岸に向かったのでした。

のちに連絡があり、娘さんはふたたび歓喜雀躍と楽しんだとのことでした。

私は思いました。この頃、自分自身に貫くという心が失せてきた。やわになってきたな、と。

友人一家に触れて、私は心に期しました。「貫く心」をいまふたたび喚起したい。

というわけで、弁当作りを明日からまた頑張りたいと思います。身近な一歩が大事です。

一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか、です。


(澤上商店)

「隣の芝生は青い」。そう見えるのではなく、事実であることもあります。いや、多々あるといってもいいでしょう。

隣接の市ではないものの、とかく比較することの多いK市に行ってきました。私の欲するものがあるからです。

「人生の喜びの85パーセントは食べ物で得られる」とは、星々のつぶやきで生まれた格言です。

私の食べたいものがK市にはあります。まず、澤上商店。ベトナム料理店です。


(ほの暗い店内)

店内の雰囲気はまさに東南アジアのひなびた食堂。店内に入るとニョクマム(タイのナンプラー)と香辛料のにおいが脳を刺激します。

海南鶏飯(タイでいうカオマンガイ)とフォー(米粉麺)を注文。

嗚呼、においがたまらない。鼻を寄せ、吸い込み、鼻腔の奥に送り込みます。

脳髄に圧縮されていた30年前のタイ滞在中の記憶が解凍されていきます。においによってタグ付けされた過去の記憶が走馬灯のようによみがえります。


(海南鶏飯。皿の模様がパイナップル)

身震いするような快感を覚えます。

こんなお店のあるK市はいいなぁ。羨望の思いに駆られます。才覚と資金があれば自分でお店をやってみたい。

次に、ヨシダベーゴーに初入店。ベーグルのお店です。

ベーグルは、パンの一種。東欧系ユダヤ人の食べ物として知られています。基本的にバター、卵、牛乳を使用していません。


(素敵なお店 ヨシダベーゴー)

こねた生地をドーナツ状にして湯にくぐらせてから、焼きます。もっちりとした触感がたまりません。

20年前に滞在していたカナダ・モントリオールの日々を思い出させる食べ物です。

横から輪切りにして、クリームチーズを塗って食べるのが主流です。

こんなお店のあるK市はいいなぁ。なぜわが市にはないのだろう。不満が募ります。才覚と資金があれば自分でお店をやってみたい。


(冷凍で1か月保存できます)

というわけで、退職後の夢は、タイ料理とベーグルを楽しめる店を開店することです。

が、才覚も資金もないのでときどきK市に行くことにします。 冬はわが市よりずっと寒いので行きません。


(スパリゾート・ハワイアンズ)

もうその土曜日は朝から興奮していました。ただでさえ土曜日は半ドンでうれしい。その日は特に楽しみでした。

火力発電所の年中行事の中でのハイライト。それが常磐ハワイアンセンターに行く日なのです。秋の行事だったと記憶しています。

学校からアパートに帰宅。両親は家族5人分の着替えや食料をリュックに詰め込んでいました。

午後2時過ぎに常磐交通の乗合用のバスが「貸切」と表示し、社宅の周りに何台も待機していました。

アパート1棟に20世帯余が入居していました。11棟のアパートと上位役職者用の平屋の戸建を含めれば、佐糠町の社宅には相当な数の住人がいたと思います。

火力発電所と常磐ハワイアンセンターはもともと事業上のつながりがありました。

炭鉱です。

大鉄傘(だいてっさん)の常磐ハワイアンセンターの構造は、火力発電所の貯炭場(ちょたんば)と大きさも形も同じです。

午後3時半ごろに常磐ハワイアンセンターに到着。

靴を脱ぎ、半透明の袋に入れます。素足に床の温かみを感じます。二酸化硫黄のにおいと湿気。いやがうえにも心が躍ります。

我が家はプールの見える3階の休憩室に陣取ることが多かったように思います。誘蛾灯のような薄紫色の蛍光灯が天井にぼんやりと光っていました。

ステージでは枕木のような打楽器を激しく叩いています。

姉と弟と私の3人はプールに向かいます。流れるプールなどでひと泳ぎして父母のところに戻ると夕飯です。

重箱に混ぜご飯やいなり寿司、ゆでたまごが詰まっています。当時は当然のように食べ物を持ち込んでいました。

私の楽しみは、3つ。

まず、ゲームコーナーに行くこと。スマートボールとメダルゲームが目当てでした。落ちそうで落ちない棚田のメダルをときに腰の力を使って獲得しました。

つぎに、カネボウのBOBというアイスキャンデーを買うこと。それから、風呂上りにミキサーのメロンジュースを飲むことでした。

温泉ももちろん楽しみでした。

金魚の入った水槽の上にある金魚風呂、追加料金を払わなければならない金風呂、ハワイを冠した施設なのになぜかナイアガラの滝を模した露天風呂。露天風呂に行くまでの小路が薄暗く、そして寒い。

露天風呂は岩によって男女が仕切られていました。ときに岩をよじ登る人もいました。

午後8時半まで、みなが思い思いの時間を過ごします。

私はバナナ園が好きでした。

バナナやパイナップル、パパイヤが実を付けていました。鎖に繋がれた大きなオウムが大人の背より高いところにいて鋭いくちばしを見せていました。水槽にはピラニアが泳いでいました。

お土産コーナーを通過して午後9時ごろにバスに乗り一路社宅に戻るのでした。出口近くのソテツを照らす強烈な照明から湯気が立っていました。

枕木の打楽器、金風呂、金魚風呂、ナイアガラの滝、オウム、ピラニア、BOB、メダルゲーム、ソテツ等々。

こういったもろもろのものが融合して私のハワイのイメージが作られて四十余年。

いつの日か、二酸化硫黄がにおわないという、太平洋に浮かぶ島・ハワイに行ってみたいものです。

ちなみにナイアガラの滝はカナダ側から20年前に訪れることができました。露天風呂の滝とは比べものにならない豪快な滝でした。


(夜のいわき駅)

旧友と久しぶりに会い、寿司店で夕食を共にしました。翌日、人間ドック受診のため、私は酒抜きでの食事です。

友人はある県庁所在地の地方議員を務めています。政治家の感覚ということが話題になりました。

私が尋ねます。

「国会議員の問題発言とか振る舞いを見てると、やっぱり赤じゅうたんボケってあるのげ」

「あると思うよ。地方議員だってそういう感覚になるもの」

「どういうふうになるの」

「新幹線での移動は視察などの公務はグリーン車なんだ」

「おれは乗ったことないな」

「でね、グリーン車って椅子の幅が違うもんだから、たまに私用で普通車に乗ると狭いって感じるよ」

いまだかつて乗車したことのないグリーン車に思いを馳せていると友人が尋ねます。

「グリーン車と普通車って違うなって感じることがあるんだ。何だと思う」

「何だろうね。客層かな」

「においなんだよ」

「へ〜においね」

「グリーン車から普通車に移動するとわかるんだけど、食べ物やらお客さんのにおいやら、雑多なにおいがするんだ。で、グリーン車に移動すると、その生活のにおいがないんだ」

「なるほどね。においね」

「それから、音も違う。普通車は子どももいるのでがやがやうるさい。でも、グリーン車は静かだ。明確に違う」

友人は言う。グリーン車に乗ることが当たり前という感覚がこわい、と。

私は友人のにおいの話に強く惹きつけられました。

超一流と言われるホテルには、かぐわしい香りがあり、においでホテルのランクがわかるのではないか。かねがね私はそんな考えを持っていました。

ひとしきりにおいの話題で盛り上がったあと、お互いが服用しているクスリの話に花が咲きました。友人は血圧が高いのだという。

「おれ、上が150で下が100なんだよ」

「無理に下げない方がいいんじゃないの。大脳が血液を送ってくれって命令してるんだろうから。ちなみにおれは上が100。飲んでるクスリは逆流性食道炎を抑えるやつ」

というわけで、最後は加齢臭漂う、じつにオヤジくさい話で終わりました。

「特別」が当たり前の感覚になり、さらに、当たり前という意識すらなくなったとき、人間は腐ってくるのだろうなと思いました。

加齢臭はにおっても、人間としての腐臭だけは漂わせたくないものです。


(真夏の雲)

「寂しいお盆になりました」。なぜ、そう声をかけられるのか、当初わかりませんでした。

大学を卒業した年の9月に父が亡くなり、翌年、新盆を迎えたときのことです。

来る人、来る人が同じことを言うので、当地の挨拶だということにようやく気がつきました。特段寂しくもなかったものですから、いぶかしく感じていました。

新盆回りは、回る人も、迎える人も大変です。

通夜や葬儀も、もちろん喪主は大変です。が、時間が限定されています。短時間に大雨が降るスコールのようなものです。

特に昨今は、葬祭場で行われることが多いため、通夜においても終わる時間が決まっています。

父が亡くなったときは自宅葬でした。通夜は夜遅くまで縁側を開放し、弔問客に備えていたのを覚えています。

もうそのような通夜は見なくなりましたね。

一方、新盆は様相を異にします。少なくとも3日間、葬家では朝から夕方まで連日弔問客に応対しなければなりません。

葬儀のときのような悲しみの急性期は過ぎ、多くの場合、肉親の死を受容した心理状態にあります。

弔問客への対応といっても、特段、難しいことはありません。

が、横になるわけにもいかず、かといって、かしこまっている必要もない、なんとも宙ぶらりんな身構えです。

そこで交わされる会話は、なかなかにしてうつろです。急性期を過ぎているとはいえ、笑いをとるような面白い話や盛り上がる話題はご法度です。

「寂しいお盆になりましたね」

「暑い中、わざわざありがとうございます」

「もうお盆ですものね。早いものですね」

「そうですね、早いですね。そうそう、お飲み物はビールがいいですか」

「いやいや、車で来ましたので...」

「奥さんが運転すればいいでしょう。お飲みになってはいかがですか」

「いやいや、これからもう少し行かないといけないところがあって...」

「では水ようかんなら召し上がれますね。どうぞ召し上がってください」

気の抜けたサイダーのような会話が、ときに間を置きながら、さみだれのように断続的に続きます。

扇風機が首を振っているのをちらっと眺めます。

蚊取り線香から煙が立ち上り、風鈴の音が遠くから響いてきます。

そうこうするうちに玄関の呼び鈴がピンポーンと鳴ります。

「では、そろそろ」

「もう少しいらっしゃればいいのに」と言いつつ、お返しの品をお渡します。

何か打合せするのでもなく、決定するのでもなく、相談を聞くのでもない。時候の挨拶に毛が生えた程度の会話を音楽のテンポでいえばラルゴで行う。

それがお盆の作法です。迎える方も、回る方も疲れます。


(屹立した風景が好きです)

ふとした過去の一瞬を思い出すことがあります。30年前のタイ・バンコクの学生寮。留学生である私は3階の個室をあてがわれていました。

寮は王室の敷地内にありました。相当に年代物の建物。個室とはいえ、私には独房のように感じました。

シャワールームの壁は漆喰が剥がれ落ち、不気味な雰囲気が漂っていました。3畳ほどの広さに40ワットの裸電球が一つ。

意外に広いのです。壁が汚れているため、余計に薄暗く感じます。片隅に壊れた洋式便器がありました。

角にある排水口はふたはなく、黄泉の世界への入口のように真っ暗です。

シャワーは水だけしか出ません。地下水を汲み上げた水です。

いくら熱帯のバンコクとはいえ、朝晩の水のシャワーは冷たい。滝に打たれる荒行ほどのものではないものの、「よしっ」と相撲の立会いに向かうかの如く気合いを入れなければなりません。

私はシャワーを浴びるとき、決まって安全地帯の「悲しみにさよなら」をかけることにしていました。己に課した儀式のように。

カセットテープレコーダーの再生ボタンを押して、「♪泣かないでひとりで〜」と始まると、水の冷たいシャワーもなぜか浴びることができました。

ところが、時折、黄泉の国に通ずる排水口から見事なタキシードを着込んだ奴たちがぞろぞろとお出ましになることがありました。

舞踏会でもあるのでしょうか。日本では見たことのない体格です。じつに立派で堂々としています。そして、飛びます。

殺虫剤をいくら噴霧しても、びくともしない。不死身のターミネーターのようです。

私は昆虫の弱点について研究。脇腹にある気孔を塞げば窒息させられることを知りました。塞ぐ材料は界面活性剤。

以来、私はタキシードを着た御一行が現れるたびにティモテのシャンプーで攻撃。黄泉の国の主たちを撃退することができました。

そんなことを暑さが極まった物憂い午後に思い出しました。私の青春の一コマです。


(カエルの目線で撮ってみました)

高校2年生ときからマスターに髪を切ってもらってきました。もう35年になるでしょうか。この夏、マスターが突然亡くなりました。

心にぽっかりと穴が開いたようです。先月も当たり前のように整髪してもらいました。マスターとのたわいもない会話が大好きでした。

柔和な笑顔で私の話に相槌を打ち、そしてさりげなく私の近況を尋ねてくれました。

いま思えば、マスターは軽い咳をしていました。でも、肺を患っているとは知りませんでした。

次の月も当たり前のようにマスターに切ってもらえるものと信じて疑いませんでした。

当たり前に思っていること。じつは当たり前じゃないのですね。

庭に植えたナスが毎日のように実ります。有難いことだと心から思うようになりました。

ナスの実を採るとき、心の中で「ありがとう」とつぶやいています。ナスに包丁を入れるとき、「いただきますね」と心の中で声をかけます。

毎朝、山の端から太陽が昇ること。土手の上を風が吹くこと。田んぼの稲穂が出ること。カエルが鳴くこと。

全部、当たり前ではないのだと思うようになりました。

両親の亡くなった年齢に近づくにつれて日に日にその思いが強くなってきます。

映画「ふるさとがえり」の中で主人公の勘治が「ちゃんと生きよう」とつぶやくシーンがあります。一番心打たれる場面です。

私ももう少しちゃんと生きようと思います。

今夕は人生の大先輩と焼き鳥屋さんで懇親会です。まずはちゃんと飲もうと思います。


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