(ミッドタウンのゴジラ。本文とはまったく関係ありません)

スマホを中学生の子どもに持たせるべきか、友人から相談を受けました。娘を持つ親としては心配なのでしょう。

娘さんはLINEをやりたいのだそうです。周りの友達と話題についていけないと訴えているのだという。

クラスでどのくらい所持しているのか、中学1年の娘さんに直接聞いてみました。

「スマホは4分の1くらいで、ガラケーも含めればほとんどです。私もガラケーは持ってます」

ほ〜!都会は違う、と私は思いました。そして、一瞬思案したのちに私は娘さんに「トレードオフ(trade-off)」の考えを説明しました。

トレードオフとは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係のことである。トレードオフのある状況では具体的な選択肢の長所と短所をすべて考慮したうえで決定を行うことが求められる。(出典:Wikipedia)

優秀な娘さんは私の言わんとするところをたちどころに理解しました。

スマホを所持することによって得られるであろう便益と犠牲になるであろう損益の具体例を私はいくつか提示し、「あとは君自身が判断するんだよ」と言いました。

警視庁の生活安全課に勤める友人はスマホの害もよく知っているのでしょう。一方で、その便利さから本人自身、スマホを手放せないと言っていました。

親が言うと説教になるので、友人は私に委ねたのに違いありません。阿吽の呼吸で気持ちのよい対話ができました。

ところで、中学3年の私の息子はネットに接続されたテレビでYouTubeをよく見ています。

先日、ふと画面を見ると、大東亜戦争となんとかというモノクロの映像が流れていました。極東軍事裁判の模様のようです。

「お父さん、この人、西城秀樹って言うんだっけ?」

「惜しいけど、ちょっと違うなぁ。東条英機だよ。東条英機の頭を叩いているのは大川周明って言うんだよ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

ともかく中学生との対話は面白い、と思っただいこんくんなのでした。


(職場近くの公園)

7年前の7月末の昼下がり。

これまで諸事情で手を付けてこなかった長期滞納のお宅を担当職員とともに訪問しました。前任者からの引継では、かなり大変な方だと聞いていました。

困難だからこそ会って話をしよう。私はそう思いました。

重厚な家の造り。監視カメラと二重扉の玄関。高級国産車がでんと構えています。見るからに任侠映画(ここだけの話ですが任侠映画が好きです)に出てくる世界です。

緊張のせいか急に下腹部が痛み出しました。担当の若い職員も心なしか顔が青ざめています。意を決し呼鈴を鳴らしました。

玄関から数メートル手前の分厚いガラスドアが横に開き、さらに玄関のドアが開けられると奥さんに迎えられました。どこからか、キィーッと熱帯の獣のような甲高い鳴声が聞こえてきます。

部屋に通されると、ご主人の背後に武将の甲冑が数体並んでこちらを睨んでいます。瞳がないのが余計に怖い。否応なしに動悸が高鳴ります。

生命保険の営業マン時代、とにかくほめるということを習いましたので、私は部屋の中を素早く見渡しました。甲冑のほかにも高級な品物が飾られていました。

奥さんがお茶を入れてくれました。きのこのいい香りがします。ほめるのはお茶だと思いました。

「これ、とても美味しいですね。シイタケ茶ですか」
「マツタケ茶だよっ」
「しっ、失礼しましたぁっ」

極度の緊張のせいか、犬並みの嗅覚を自負する私がシイタケとマツタケの違いがわからなくなっていました。

ちなみに、マン・ネンの松茸茶にはシイタケも含まれています。

ご主人によると、これまで担当者がお宅を訪問したことはなく、電話と督促状だけの対応だったそうです。先方の事情をじっくりとお聞きし、これまでの対応で不備があった点についてはお詫びしました。

ときおり、キィーッと獣の鳴声が響きます。

不思議といろいろと話が弾みました。緊張がほぐれたころ、滞納分を支払うとご主人から切り出し、約束してくれました。

やはり、渉外の基本は先入観を抱かず、直接会って話すことなのだと思いました。でも、私を睥睨(へいげい)するかのような甲冑の異様な殺気に圧倒され、くじけそうになりました。

防犯用に自宅に立派な甲冑を飾りたいと私も一瞬思いましたが、「ちびまる子ちゃん」の永沢家に贈られた甲冑と同じ運命になると思い、諦めました。夜、自分がうなされそうですし...。


(堀切川先生と)

Dr.ホッキーこと堀切川一男(ほっきりがわ・かずお)先生は、ほんとうに素晴らしい。先日、はじめて講演を聴講しました。

青森県八戸市出身。八戸大使を務める東北大学大学院工学研究科教授です。

専門は、摩擦、摩耗、潤滑に関する総合科学技術分野「Tribology(トライボロジー)」。

金属材料の摩耗形態図、つまり摩耗についての地図作りという基礎研究から先生の研究は始まりました。

トライボロジーは応用範囲が広い。

ある意味、この世は摩耗(摩擦)なしにはなにもできないと言っても過言ではありません。朝起きたときから夜寝るまで、自分自身も、そして、身の回りも摩擦だらけです。

転びにくい杖、滑らない靴、潤滑油を必要としないスライダー、耐久性の高い電車のパンタグラフ、滑りのよいボブスレーのランナー(刃)...ありとあらゆる場面にトライボロジーは関わってきます。

堀切川先生は製品開発においては、ハイテクではなくローテクにこそポイントがあると訴え、商品化にあたってはその名称、つまりネーミングも大事であると強調していました。

・低摩擦ボブスレーランナー「ナガノ・スペシャル」(雪のないジャマイカに負けていた日本を世界有数の実力チームに)

・米ぬかを原料とする硬質多孔性炭素材料「RBセラミック」

本年2月25日現在、新製品37件を開発。大学教員になってから実施した無料技術相談件数は1,800件以上(約80%が中小企業)。相手先企業の総売上は約50億円、最終完成製品販売価格での総売上は約400億円以上。

相談料も無料、完成製品に対するロイヤルティーも無料。

今後は企業側からロイヤルティー支払の申し出があれば、いただく考えであると表明したものの、一社からもそのような意向がないと楽しそうにお話をされるDr.ホッキー。

開発に挑戦している時の「充実感」、製品化できた時の「達成感」、そして製品を購入した人から感謝された時の「満足感」は格別であると先生はいう。

「充実感」「達成感」「満足感」の正のスパイラルが堀切川先生を駆動していると私は感じました。

2001年に山形大学から母校東北大学に転出する際は地元から山形残留を求める市民の署名活動まで行われ、新聞記事になったという。

本年5月15日のNHKでは「超絶 凄(すご)ワザ!『究極の滑らない靴〜油の坂を攻略せよ!〜』」で油でどろどろの45度の鉄板を堀切川先生開発の靴で無事登頂を成し遂げました。

開発の分野は、機械工学や摩耗(摩擦)にとどまらず、Dr.ホッキーの「秀才文具パック」の商品化、仙台の新名物料理「仙台づけ丼」の企画・商品化などなど、圧倒される思いです。

づけ丼がトライボロジーとどう関わるのかよくわかりませんが...。

御用聞き型活動でニーズを発掘する手法について「仙台堀切川モデル」と命名されるまでになりました。

さらに、工学的な物事の見方を応用し、「堀切川のラブマップ理論」を構築。ある意味、人間関係も摩擦の側面があります。

『恋のゆくえがわかる!理想の恋愛ができる! ラブマップ』という本まで出版。著者名はペンネームです。

ラブマップは、雑誌non-noや朝日新聞にも取り上げられました。

(出典:東北大学工学部 堀切川研究室)


この世にはすごい人がいるものだとダチョウ枕を撫でながら、午後からの仕事にエンジンを駆動しようと青森産のアサリで作った味噌汁をすするだいこんくんなのでした。


京王八王子駅前のラーメン店で4人席のテーブルでひとりでラーメンを食べていました。28年前の4月末日のことです。

少しして一組の男女と相席になりました。男性は30代後半、女性は50代に見えました。二人は味噌ラーメンを食べています。会話を聞くと日本語ではありません。

その頃学び始めたタイ語に似ていると感じました。私は二人の会話にじっと耳を澄ませました。心臓の鼓動が高鳴り、ラーメンの味がわからなくなっていました。

「khun pen khon thai chai mai khrap」(タイ人ではありませんか)

私の発したタイ語に目の前の二人が驚いた表情で反応しました。

二人はタイ政府の派遣でJICA八王子の研修センター(現「東京国際センター八王子別館」)に来ていたのです。タイに来ることがあればぜひ連絡を、と男性のJさんから名刺をいただきました。

その出会いから2年後、私はバンコクにあるタマサート大学に留学。タイ厚生省職員のJさんに連絡しました。

Jさんご一家と歓談した折、私の進路のことが話題になりました。将来、タマサート大学の大学院に進学したいとJさんに伝えました。

当時、タイの大学院進学はいろんな意味で困難も予想され、自分の進路に一抹の不安を感じていました。Jさんは私の言葉を聞いたあと、予想もしなかったことを明かすのです。

「じつは私の父はタマサート大学の学長を務めていたことがあるんですよ」

よく話を伺うと、学長を務めたあと首相となった有名な方です。私が留学していた当時は枢密院議長を務めていました。

(つづきは来年の4月30日にアップします)


政令市の議員を務めている友人と懇談しました。とにかくよく働き、語る、知勇兼備の人物です。発信力も目を見張るものがあります。モットーは率先垂範。

「自分の守備範囲のことであれば責任をもって説明できるけど、市レベルを超えて国政や外交などについて支持者から問い詰められたとき、せつなくなることはないの」

「ありません。極端なことを言えば、北朝鮮の問題も自分の守備範囲だと思っています」

「すごいなぁ。ものすごく働いているけど、『こんなにやっているのに』と思ったことはないの。理解されないときや非難されることもあるでしょ」

友人は週に3、4日あさ6時半頃から駅頭で辻立ちをしています。

「ほかの人はともかく、自分自身は『こんなにやっているのに』と思ったことはないです」

胆力の据わった姿勢に感銘を受けました。小学生のときに父親を交通事故で失うという困難を乗り越えて、世界に雄飛。その後、地方議会の政治家になりました。

友人の檜舞台での活躍を祈りながら、だいこんくんも地中から舞台裏に躍り出でんと満を持す今日この頃です。

蛇足ながら、「満を持す」は、弓を十分に引いて構えるの意から、転じて準備を十分にして機会を待つの意味になったそうです。

だいこんくん「今日のへ〜」でした。


「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」

この訓読にはちょっと違和感があるのですけれど、それはさておき、旧友が来県し、当地に寄ってくれました。

30年近くの付き合いです。直近では2年前の5月19日に日比谷公会堂アーカイブ・カフェで会って以来です。そのとき、「選択肢を幅広く示すことが大切ではないか」と仕事上の助言を受け、なるほどと思ったものです。

識見・人柄ともに素晴らしい人物です。与えられた持ち場一つひとつで全力投球。いつも輝いています。

学生時代、タイ・バンコクにも足を運んでくれました。就職後の研修中にも私の故郷に来てくれ、震災の年の8月に現状を知りたいということで訪れてくれました。


「故旧は大故なければ則ち棄てず」---周公旦が息子に与えた訓戒の一つとされています。老朋友を大切にせよという意味です。

周公旦といえば、「吐哺握髪(とほあくはつ)」という言葉が好きです。

周公旦は、来客があれば、食事中には口の中の食べ物を吐き出して、入浴中にはぬれた髪を握ったまま面会したと言われています。

ともあれ、今夕はだいこん踊りをして大歓迎したい思いでいっぱいです。が、残念なことに自宅に着ぐるみをおいてきてしまいました。


せめて髪をぬらして旧友に会おうかと思案するだいこんくんなのでした。食べ物はもったいないので吐きません。


南面に太平洋の大海原が広がり、西方に阿武隈山系を源とする川が海にそそぐ。そんな場所に火力発電所の社宅があります。

子どものころ、屋上に上がって外を眺めていました。星空も観ました。

社宅の北側には一枚の田んぼがあり、あぜ道の向こうに農業を営むHさんのお宅がありました。ザリガニを捕って胴体をポキポキやった沼もすぐ近くです。

とうもろこし畑をくぐり抜けると、西瓜やかぼちゃが実る畑が広がっています。蜜蜂が黄色の花に入ってお尻を振っています。肥溜めのにおいが漂ってきます。

農作業をしながら、Hさんは深淵な話を聞かせてくれました。

生命はこの世だけでないこと、宇宙は無限の広がりがあることなどなど。Hさんのお宅のかまどの炭のにおいとともに記憶の奥に刻まれています。

五島勉著『カルマの法則』、『ノストラダムスの大預言』。

そんな本をHさんは小学校高学年の私に勧め、私はいままで知らなかった世界に足を踏み入れたのです。

Hさんは私が学生のころ早くに亡くなりました。

私のメンタリティーの基礎はHさんとの語らいにより形作られました。

その上層部分に卓球による熱中性とスネークマンショーの諧謔性が重ねられ、さらに、12人部屋の寮時代に己を捨てる精神がデコレートされました。

加えて、タイ・バンコクの喧噪の中でサバイバル根性がコーティングされました。

そして、なぜかいま、だいこんくんです。


東京・上野の某所で第1回「星々のつぶやき」愛読者オフ会と称し、集いを催しました。今回、お越しいただいた愛読者は杉並・阿佐ヶ谷のUさんです。

24時間営業の海鮮酒場で世俗の話題から深遠な哲学的命題まで、縦横無尽に語るUさんのトークに魅了されました。

「だいこんさん、花は香ったときはもう終わってるんです」
「終わってるというと....」

フラワー・コーディネーターのUさんは続けます。

「送られてきたスイートピーの箱を開けたとき、香っていたら、ふつうの人はいいにおいと思うでしょ?」
「そうですね」
「それがうちの社長は違うんです。香っていたら終わりだというんです」
「花は香ったとき、つまり、フェロモン全開となったとき、盛りを迎えているんです」
「なるほど」
「花は雄しべの花粉を雌しべに受粉させようと必死です。虫たちに精いっぱいアピールしてるんです」

ピンクレディーの「渚のシンドバッド」を聞くと子どものころの切ない思い出がよみがえるというUさん。その語りについ引き込まれ、時間を見ると終電の時間の7分前。これはやばい。

締めで注文した鶏塩ラーメンをキャンセル(食べたかった)。会計では釣りはいらないなどと柄にもないことを言いつつ、店を出て上野駅に向かって猛ダッシュ。

ジョッキ4杯のビールが洗濯機のように腹の中でうねります。

発車3分前に乗車。

日暮里駅を過ぎたあたりでお土産にいただいた阿佐ヶ谷の「菓人 結人(かじん ゆうと)」のいちご大福を口にしました。

なんだこの美味さは!!と思わず叫びそうになりました。「食べたら笑っちゃいますよ」とUさんが言った意味がわかりました。

LLサイズの甘さ全開の完熟いちご、そして、ほどよい甘さの餡と餅。これほど見事な調和を演出しているいちご大福に私は出逢ったことがありません。

別腹が即座に起動し、いただいた2個を続けざまに食べてしまいました。

香るときには花は終わっているのか...

古代エジプトでピラミッドの建設労働者の食料として供されていたという大根。

先ほどの語らいを反芻しつつ、うすむらさきの可憐な花をいつ、どのように香らせるか思案するだいこんくんなのでした。



コンサル時代の尊敬する同僚研究員のMさんは技術系職員ということでも異色でした。理系のみならず、人文分野にも該博な識見を有していました。

専門は和牛の改良、繁殖、育成などに係る研究と指導です。和牛と国産牛の違い、肥育農家と繁殖農家があることなど、機会あるごとに興味深い話を聞かせてくれました。

BSE問題、口蹄疫、そして今回の震災と原発事故。Mさんはそのすべての矢面に立ってきました。その辛労はいかばかりだったでしょう。

私の仕事を強力にバックアップしてくれたMさん。あるときは徹夜で手伝ってくれた、熱き人でもあります(「なぜ第二位なのかを探れ」)。

Mさんは、
コンビニの成人コーナーで立ち読みしている中学生にひと声かける夜回りおじさんであり、
バス停に向かって後ろから走ってくる客の存在を知りながら無視して発車しようとする運転手に「止まれっ!」と叫ぶ、正義と真実の人であり、
「あずさ2号」を振付付きでズボンを脱いで絶唱するエンターテーナーであり、
「スネークマンショー」を愛聴する諧謔の人であります。

何百頭もいる牛の顔の違いを見分けられ、そしてその牛たちにも愛されていました。

久しぶりに「咲坂と桃内の今夜はごちそうさま」を聴きながら、今夕、だいこんくんは名料理の数々をいただこうと思います。



今朝、先週からインフルエンザに罹っている上司から電話がありました。

職位は私の上の上の上ですので、通常は私に掛かってくることはありません。

「休んでいる間、どう?問題ない?」

電話では、私は通常の対人モードの1.5倍くらいのテンションとなる癖があります。

「はっ、ぜんぜん問題ありませんっ!大丈夫です。大事を取られて、しっかりと静養されてくださいっ!」

あっ!しまったぁ。上司のレゾンデートルを否定しかねないことを言ってしまった。

「ぼちぼちです」と答えればよかった...。後の祭りでした。

“ぼちぼち”といえば、モントリオール大学学生寮の同じフロアーにアラブ系の男子学生がいました。サウジアラビアの首都と同じ名前で、すぐに仲良くなりました。

本人はアルコールを飲まないくせに、寮内で自分の部屋をアジトにビールを売り歩いていました。また、冷蔵庫のレンタルもやっていて、3畳程度の自室に冷蔵庫を天井まで積んでいました。

商魂たくましいこの友人に日本の挨拶だと称して、先に呼びかける方が「もうかりまっか」といい、そして返事は「ぼちぼちでんな」だよと教えました。

廊下ですれ違うたびに私は「もうかりまっか」と呼びかけ、彼は、満面の笑みで「ぼちぼちでんな」と答えてくれるようになり、向こうからも私に「もうかりまっか」と挨拶してくれるようになりました。

私はそのまま帰国し、彼とは音信不通となってしまいました。ぼちぼちやっているはずです。


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