(川内村のいわなの郷)

日々の生活で気がついたこと、気になること、それらは「星々のつぶやき」のネタの素材になります。

フレッシュな素材をそのまま使うこともあります。が、大概は「ネタ畑」で育苗し、花を咲かせ、実りに至って初めて使います。

育苗中のネタ畑をちょっと覗いてみましょう。


(スーパーの多目的トイレの注意書)

まず、トイレネタ。最も得意とするところです。

10分以内で完了しないと従業員が声がけをするトイレ。便座の右側に貼ってありました。ウルトラマンの焦りに親近感が湧きます。

腹痛時は第二波、第三波の方が重篤な場合があるのです。

こんな注意書を見ると、途端に大腸に緊張が走り、蠕動運動機能が急速に低下。汗が吹き出します。

その後の顛末を面白おかしく綴るのもいいかもしれないとは思います。

けれど、トイレネタばかり頻出すると、読者が離れるおそれがあるため、抑制的であらねばと自戒しています。

次に、ミステリーネタ。私は超常現象に人一倍、いや百倍興味があります。

火星の人面岩ってバイク販売のレッドバロンのロゴと似ていないか、というネタ素材。

まだ、磨きがかかっていません。たぶん、ボツになるでしょう。

それから、国際ネタ。昨日から遊びに来ている30年来のタイの友達から聞いた話。

機微に触れるタイ政治の今後の行方や日本の商社の戦略などを彼から教えてもらいました。そうだったのかというものが少なくありませんでした。


(友達の略歴。昔からよく勉強していました)

彼に迷惑が及ばないように時期を置いてから、そして、表現に注意して書こうと思います。いましばらくネタ畑で生育させます。

というわけで、ポップコーンの思い出についてお話する紙幅がなくなってしまいました。申し訳ありません。

学生時代、ポップ仮面というキャラを演じながら、ポップコーンを売っていたことをお伝えするだけにして、今回は筆を置きたいと思います。


(無印のトムヤムクン。けっこういいです)

弟から昼食の誘いがあっていっしょに食べました。二人でお昼を食べるなんて何十年ぶりのことでしょう。談たまたま、かつて住んでいた火力発電所の社宅時代のことが話題に。

「そういえば、いまの職場に9号アパート出身者がいるよ」と私が切り出すと。

「だれなの」

「のぼちゃんだよ。覚えてる?帰りに会ってみる?」

というわけで、30年数ぶりに弟とのぼちゃんが再会しました。

のぼちゃん曰く、「共同浴場側の2階にいたふーちゃんもここにいるよ」。

ふーちゃんは出張で不在でした。

のぼちゃんと弟と私で盛り上がり、9号会をやろうということになりました。

「ゆたちゃんはどこにいるの。しょうちゃんとみのちゃんはいっしょに働いているみたいだよ...」

あの当時、みんなあだ名で呼びあっていた私たち。人脈を辿っていけばそれなりの人数が集まれそうです。

ところで、常磐炭鉱の流れを汲む火力発電所は「一山一家(いちざんいっか)」の気風が残っていたように思います。

火力発電所は、父の勤める会社というだけではなく、「私たちの会社」ととらえていました。社宅に住む家族全員が「火力」に帰属意識を持っていました。

会社の運動会では、1号棟から12号棟まであるアパートが東西南北に分かれ、激しい応援合戦をしました。

9号棟から12号棟は西組。運動会の前にドラム缶を改造した太鼓で応援の練習をした記憶があります。

かけ声がまた変わっていました。

「勝った方がいっ。勝った方がいっ。に〜しがんばれ、に〜しがんばれ」

勝った方がいいに決まっているのですが、それを連呼するのです。

会社の運動会になぜあれほどまでに熱を上げることができたのか。本当に不思議です。

運動会が終わると、その夜は各アパートでは空き部屋を利用して大宴会が始まります。

大人たちは大人たちで集まり、なぜか卵酒を大きなボウルに作って飲みます。

子どもたちは別の部屋でふだんはなかなか飲むことのできないファンタやコカ・コーラをこのときばかりは底なしに飲むことができます。

あの熱気はいったいなんだったのか。いまとなってはおとぎの世界のようです。


(飲茶の美味しい「Le Parc」)

子どものころ、家に1メートルの竹製の物差しがありました。飴色の古びたもので、なぜかカーテンレールの上が定位置でした。

物差しの表側には10センチ間隔で惑星の公転軌道のような丸印が刻まれていました。

母が裁縫で採寸をするとき、
照明の笠に風船が上がってしまったとき、
たんすと壁の隙間に鉛筆が転がってしまったとき、
そして蒲団叩きにも使われていた我が家の物差し。

物差しと定規はどう違うのか。正直私もよくわかりません。

たぶん余白があるかどうかではないでしょうか。1メートルの物差しは端から端までの長さはぴったり1メートルです。

でも、定規は少し余白があります。30センチの定規は30センチと8ミリくらいあるはずです。


(Le Parcの店内)

ところで、先日ふた回り歳上のご婦人と会食いたしました。正確にいうと、飲茶をご馳走になりました。タイ・バンコクの飲茶専門店に勝るとも劣らない味です。

背筋をしっかりと伸ばし、歩く姿が凛としています。そのことを正直に申し上げました。

「歩くお姿が背筋がぴんと伸びていらっしゃいますね」

「それは母のお蔭です」

その方は子どものころ猫背でお母様に背中に棒を入れられて姿勢を直されたそうです。

そのときふと、昔、我が家にあった飴色の竹製の物差しのことを思い出しました。

このようなことを書いていたら私の弟から顕微鏡の画像が送られてきました。


(プランクトンなどを見ていた顕微鏡)

私が小学生のとき父に買ってもらった顕微鏡が物置から出てきたというのです。じつに懐かしい。40年近く前のものです。

古びた物差しと顕微鏡。

父母の在りし日を思った振替休日でした。


(朝粥の会)

学生時代に感銘を受けた山本周五郎著『樅の木は残った』。江戸時代前期に起きた伊達騒動を描いた作品です。

作中で主人公の原田甲斐が一族や友人を招いての「朝粥の会」を催す場面があります。いまも深く印象に残っています。

その「朝粥の会」にちなんで地元のワシントンホテルで友人と二人で美味しい朝食を共にしながら意見交換をしました。

5千円かけての夜の懇親もいいでしょう。

でも、朝、ホテルで1,200円のビュッフェを味わいながら会話を楽しむのも、また格別の趣があります。

話題に上ったのが、頻繁に会っていない人との“ゆるいつながり”の大切さです。

株式会社コーチ・エィ取締役の粟津恭一郎氏は、コラムでマネジメントの研究者ダニエル・レビン教授の実験を紹介しています。

「『以前は頻繁に会っていたけれど、現在は連絡をとっていない人たち』との関係を『復活』させるとどのようなことが起こるか」という実験を実施。

実験の結果、「休眠状態のつながりからもらったアドバイスの方が、現在進行形のつながりからもらったものよりも価値があった」のだそうです。

「休眠状態のつながりは自分自身の大きな財産」と粟津氏は述べ、「休眠状態だけれど、連絡してみたい人」のリストの作成を勧めています。

というわけで、しばらく休眠状態に入ろうかと思案中のだいこんくんなのでした。


(「KIRIMIちゃん」もどき byだいこんくん)

どんな人なんだろう、会ってみたいなと思う人の一人に「いちごの王さま」こと辻信太郎氏(86歳)がいます。

同氏は1927年12月に山梨県に誕生。桐生工業専門学校化学工業学科(現・群馬大学工学部)卒業。その後、山梨県庁に入庁。

1960年8月に県庁を退職。辻氏32歳のときです。山梨県の物産である絹製品を販売する同県の外郭団体だった山梨シルクセンターを株式会社化。社名をそのまま引き継いで、創業しました。

でも、その本業で早々に失敗し、小物雑貨の販売に転じたそうです。最初の成功は花柄を付けたゴム草履だったという。

1973年に商号を株式会社サンリオに変更。創業時から現在に至るまで辻氏が社長を務めています。

同社のサイトで辻氏は「SanrioとはSaint River『聖なる河』を表す言葉なのです」と述べています。が、「山梨王(さんりおう)が由来」とのガセ情報のほうが信憑性があるような気がします。

「月刊いちご新聞」でいちごの王さま(辻氏)は、「いちごの王さまからのメッセージ」を毎回掲載しています。ちなみに「いちごの王さま」はサンリオで一番最初のキャラクターです。

同社のキャラクターの中で私は「KIRIMIちゃん」が好きです。

ところで、昨年8月29日付の日経新聞で「サンリオの辻邦彦副社長が19日死去した。邦彦氏は創業者の辻信太郎社長(85)の長男で61歳だった。かねて辻社長は『次は邦彦副社長に決めているのでいつ辞めても問題ない』と公言するなど交代は既定路線だった」と報じており、同社は目下後継者問題で揺れているようです。

まさに「創業は易く守成は難(かた)し」(唐書)ですね。新しく事業を興すことよりも、その事業を受け継いで守り続けていくことのほうが難しいものです。


(「初秋の松島」byだいこんくん。メーカー希望小売価格108円)

というわけで、私の描くイラストもごく一部の間で人気があります。

サンリオの代表的なキャラクターのハローキティは関連グッズで全世界で年間数千億円もの売上になるそうです。

不肖私もキャラクタービジネスを始めようかと“捕らぬ狸の皮算用”に余念のないだいこんくんなのでした。


(家庭料理 うさぎ)

こうも暑いと湖水で涼みたくなります。国内では福島・裏磐梯の湖沼群、海外ではカナダ・ケベックのローレンシャン高原、イギリス・イングランドの湖水地方がいいですね。

「どこでもドア」を使って行けないものでしょうか。ちなみに、どこでもドアは英語でanywhere door。本当です。

さて、湖水地方を舞台にした『ピーターラビットのお話』の作者ヘレン・ビアトリクス・ポターは同地方の環境保全に尽力した人としても知られています。

(首を締められて苦しそうに見えるピーターラビット)
※「ピーターラビット」を「ピーターうさぎ」と訳す場合もある。

彼女は美しい自然を守るため、著作権使用料などの自身の財産で湖水地方の多くの小屋、15の農場、4000エーカーの土地を買い、ボランティア団体である「ナショナル・トラスト」に託しました。

団体の正式名称は、「歴史的名所や自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」(National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)と言います。

このような由来からイギリスにおいてピーターラビットはボランティアを象徴するマスコットになっています。

うさぎと言えば、先日「家庭料理うさぎ」で美味しい料理とお酒を味わいました。隠れ家のようなお店です。教えたくないので軽く触れる程度にします。

太刀魚(たちうお)の塩焼きやズッキーニの肉巻き焼き、湯がいたアスパラガスが絶品でした。

独自ルートで仕入れる太刀魚は既成概念を覆す肉厚なものでアロワナもびっくりです。山梨産のズッキーニはくせがなく豚肉との相性が抜群。筆太の会津坂下産のアスパラガスは絶妙な茹で加減でした。女将さんの真心が伝わってきます。


(淡水域に住む熱帯魚アロワナ)

カウンターで隣合せとなった二人のご婦人と私はあいさつを交わしました。

お二人は福島を応援するため、近々相馬野馬追を見に行くというのです。

うち、お一人のご婦人は親戚がいた関係で私の生まれ故郷の町をたびたび訪れていたそうです。世間の狭さを感じました。


(©ぴーたーらでぃっしゅ)

というわけで、私もビアトリクス・ポター女史にならって、『ぴーたーらでぃっしゅのお話』を創作し、著作権使用料で悠々自適の生活を送りたいものだと思っています。


(ミッドタウンのゴジラ。本文とはまったく関係ありません)

スマホを中学生の子どもに持たせるべきか、友人から相談を受けました。娘を持つ親としては心配なのでしょう。

娘さんはLINEをやりたいのだそうです。周りの友達と話題についていけないと訴えているのだという。

クラスでどのくらい所持しているのか、中学1年の娘さんに直接聞いてみました。

「スマホは4分の1くらいで、ガラケーも含めればほとんどです。私もガラケーは持ってます」

ほ〜!都会は違う、と私は思いました。そして、一瞬思案したのちに私は娘さんに「トレードオフ(trade-off)」の考えを説明しました。

トレードオフとは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係のことである。トレードオフのある状況では具体的な選択肢の長所と短所をすべて考慮したうえで決定を行うことが求められる。(出典:Wikipedia)

優秀な娘さんは私の言わんとするところをたちどころに理解しました。

スマホを所持することによって得られるであろう便益と犠牲になるであろう損益の具体例を私はいくつか提示し、「あとは君自身が判断するんだよ」と言いました。

警視庁の生活安全課に勤める友人はスマホの害もよく知っているのでしょう。一方で、その便利さから本人自身、スマホを手放せないと言っていました。

親が言うと説教になるので、友人は私に委ねたのに違いありません。阿吽の呼吸で気持ちのよい対話ができました。

ところで、中学3年の私の息子はネットに接続されたテレビでYouTubeをよく見ています。

先日、ふと画面を見ると、大東亜戦争となんとかというモノクロの映像が流れていました。極東軍事裁判の模様のようです。

「お父さん、この人、西城秀樹って言うんだっけ?」

「惜しいけど、ちょっと違うなぁ。東条英機だよ。東条英機の頭を叩いているのは大川周明って言うんだよ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

ともかく中学生との対話は面白い、と思っただいこんくんなのでした。


(職場近くの公園)

7年前の7月末の昼下がり。

これまで諸事情で手を付けてこなかった長期滞納のお宅を担当職員とともに訪問しました。前任者からの引継では、かなり大変な方だと聞いていました。

困難だからこそ会って話をしよう。私はそう思いました。

重厚な家の造り。監視カメラと二重扉の玄関。高級国産車がでんと構えています。見るからに任侠映画(ここだけの話ですが任侠映画が好きです)に出てくる世界です。

緊張のせいか急に下腹部が痛み出しました。担当の若い職員も心なしか顔が青ざめています。意を決し呼鈴を鳴らしました。

玄関から数メートル手前の分厚いガラスドアが横に開き、さらに玄関のドアが開けられると奥さんに迎えられました。どこからか、キィーッと熱帯の獣のような甲高い鳴声が聞こえてきます。

部屋に通されると、ご主人の背後に武将の甲冑が数体並んでこちらを睨んでいます。瞳がないのが余計に怖い。否応なしに動悸が高鳴ります。

生命保険の営業マン時代、とにかくほめるということを習いましたので、私は部屋の中を素早く見渡しました。甲冑のほかにも高級な品物が飾られていました。

奥さんがお茶を入れてくれました。きのこのいい香りがします。ほめるのはお茶だと思いました。

「これ、とても美味しいですね。シイタケ茶ですか」
「マツタケ茶だよっ」
「しっ、失礼しましたぁっ」

極度の緊張のせいか、犬並みの嗅覚を自負する私がシイタケとマツタケの違いがわからなくなっていました。

ちなみに、マン・ネンの松茸茶にはシイタケも含まれています。

ご主人によると、これまで担当者がお宅を訪問したことはなく、電話と督促状だけの対応だったそうです。先方の事情をじっくりとお聞きし、これまでの対応で不備があった点についてはお詫びしました。

ときおり、キィーッと獣の鳴声が響きます。

不思議といろいろと話が弾みました。緊張がほぐれたころ、滞納分を支払うとご主人から切り出し、約束してくれました。

やはり、渉外の基本は先入観を抱かず、直接会って話すことなのだと思いました。でも、私を睥睨(へいげい)するかのような甲冑の異様な殺気に圧倒され、くじけそうになりました。

防犯用に自宅に立派な甲冑を飾りたいと私も一瞬思いましたが、「ちびまる子ちゃん」の永沢家に贈られた甲冑と同じ運命になると思い、諦めました。夜、自分がうなされそうですし...。


(堀切川先生と)

Dr.ホッキーこと堀切川一男(ほっきりがわ・かずお)先生は、ほんとうに素晴らしい。先日、はじめて講演を聴講しました。

青森県八戸市出身。八戸大使を務める東北大学大学院工学研究科教授です。

専門は、摩擦、摩耗、潤滑に関する総合科学技術分野「Tribology(トライボロジー)」。

金属材料の摩耗形態図、つまり摩耗についての地図作りという基礎研究から先生の研究は始まりました。

トライボロジーは応用範囲が広い。

ある意味、この世は摩耗(摩擦)なしにはなにもできないと言っても過言ではありません。朝起きたときから夜寝るまで、自分自身も、そして、身の回りも摩擦だらけです。

転びにくい杖、滑らない靴、潤滑油を必要としないスライダー、耐久性の高い電車のパンタグラフ、滑りのよいボブスレーのランナー(刃)...ありとあらゆる場面にトライボロジーは関わってきます。

堀切川先生は製品開発においては、ハイテクではなくローテクにこそポイントがあると訴え、商品化にあたってはその名称、つまりネーミングも大事であると強調していました。

・低摩擦ボブスレーランナー「ナガノ・スペシャル」(雪のないジャマイカに負けていた日本を世界有数の実力チームに)

・米ぬかを原料とする硬質多孔性炭素材料「RBセラミック」

本年2月25日現在、新製品37件を開発。大学教員になってから実施した無料技術相談件数は1,800件以上(約80%が中小企業)。相手先企業の総売上は約50億円、最終完成製品販売価格での総売上は約400億円以上。

相談料も無料、完成製品に対するロイヤルティーも無料。

今後は企業側からロイヤルティー支払の申し出があれば、いただく考えであると表明したものの、一社からもそのような意向がないと楽しそうにお話をされるDr.ホッキー。

開発に挑戦している時の「充実感」、製品化できた時の「達成感」、そして製品を購入した人から感謝された時の「満足感」は格別であると先生はいう。

「充実感」「達成感」「満足感」の正のスパイラルが堀切川先生を駆動していると私は感じました。

2001年に山形大学から母校東北大学に転出する際は地元から山形残留を求める市民の署名活動まで行われ、新聞記事になったという。

本年5月15日のNHKでは「超絶 凄(すご)ワザ!『究極の滑らない靴〜油の坂を攻略せよ!〜』」で油でどろどろの45度の鉄板を堀切川先生開発の靴で無事登頂を成し遂げました。

開発の分野は、機械工学や摩耗(摩擦)にとどまらず、Dr.ホッキーの「秀才文具パック」の商品化、仙台の新名物料理「仙台づけ丼」の企画・商品化などなど、圧倒される思いです。

づけ丼がトライボロジーとどう関わるのかよくわかりませんが...。

御用聞き型活動でニーズを発掘する手法について「仙台堀切川モデル」と命名されるまでになりました。

さらに、工学的な物事の見方を応用し、「堀切川のラブマップ理論」を構築。ある意味、人間関係も摩擦の側面があります。

『恋のゆくえがわかる!理想の恋愛ができる! ラブマップ』という本まで出版。著者名はペンネームです。

ラブマップは、雑誌non-noや朝日新聞にも取り上げられました。

(出典:東北大学工学部 堀切川研究室)


この世にはすごい人がいるものだとダチョウ枕を撫でながら、午後からの仕事にエンジンを駆動しようと青森産のアサリで作った味噌汁をすするだいこんくんなのでした。


京王八王子駅前のラーメン店で4人席のテーブルでひとりでラーメンを食べていました。28年前の4月末日のことです。

少しして一組の男女と相席になりました。男性は30代後半、女性は50代に見えました。二人は味噌ラーメンを食べています。会話を聞くと日本語ではありません。

その頃学び始めたタイ語に似ていると感じました。私は二人の会話にじっと耳を澄ませました。心臓の鼓動が高鳴り、ラーメンの味がわからなくなっていました。

「khun pen khon thai chai mai khrap」(タイ人ではありませんか)

私の発したタイ語に目の前の二人が驚いた表情で反応しました。

二人はタイ政府の派遣でJICA八王子の研修センター(現「東京国際センター八王子別館」)に来ていたのです。タイに来ることがあればぜひ連絡を、と男性のJさんから名刺をいただきました。

その出会いから2年後、私はバンコクにあるタマサート大学に留学。タイ厚生省職員のJさんに連絡しました。

Jさんご一家と歓談した折、私の進路のことが話題になりました。将来、タマサート大学の大学院に進学したいとJさんに伝えました。

当時、タイの大学院進学はいろんな意味で困難も予想され、自分の進路に一抹の不安を感じていました。Jさんは私の言葉を聞いたあと、予想もしなかったことを明かすのです。

「じつは私の父はタマサート大学の学長を務めていたことがあるんですよ」

よく話を伺うと、学長を務めたあと首相となった有名な方です。私が留学していた当時は枢密院議長を務めていました。

(つづきは来年の4月30日にアップします)


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