(ヘクソカズラ 出典:ウィキペディア)

山野草会の集まりから帰ってきた母が私にヘクソカズラ(屁糞葛)の話をしてくれました。小学校高学年のころだったと思います。

「ヘクソカズラは可哀想だ。あんなに可愛い花を咲かすのにヘクソカズラなどという名前だとは」

山野草会の先生がそう話していたと母が私に聞かせてくれました。

ヘクソカズラは社宅の近くの土手に生えていて、私は実を集めて瓶に入れていました。不思議と匂いはさほど気になりませんでした。

そんな雑草のような植物に憐憫(れんびん)の情を寄せる山野草会の先生は温かい人なんだろうと、子ども心にも思いました。母もなにか共感するものがあったのでしょう。

雑草といえば、昭和天皇の侍従を務めていた入江相政さんのエピソードが知られています。

同氏の編んだ『宮中侍従物語』に昭和天皇が静養で留守中に侍従たちが御座所の前の庭の除草をしたときの記述があります。

入江侍従「...雑草が生い茂っておりまして随分手を尽くしたのですが...」

昭和天皇「...雑草という草はないんですよ。どの草にも名前はあるんです...」

というわけで、生い茂る草たちの名前を承知しているわけではありませんけれど、我が家では除草をほとんどしていません。

中秋の夜長にヘクソカズラに思いを寄せてみただいこんくんなのでした。


(エクソダス スティール・オーケストラ

中米のトリニダード・トバゴの「エクソダス スティール・オーケストラ」のコンサートに行ってきました。

スチール・ドラム(あるいはスチール・パン)という楽器の名前は知っていました。でも、演奏を聞くのは生まれて初めてでした。

知人が公演に行けなくなったため、急きょチケットを譲ってもらいました。打楽器のオーケストラかぁ。たいした期待はしていませんでした。

ところが、いざ演奏が始まると独特の音色に魅せられました。スチール・ドラムは、明瞭な音階のある打楽器です。高音域はじつに不思議な音色を奏でます。

調べてみると、スチール・ドラムが生まれた背景には権力に抗する民衆のうねりがあったことを知りました。

トリニダード・トバゴでは、イギリス植民地時代にドラムを演奏することを禁止され、人々は竹で作った楽器を鳴らしていました。

それも禁止される中、ドラム缶の補修をしていたときに叩く場所によって音が違っていることに偶然気付き、スティール・ドラムの元となるものを作り出したといわれています。

ところで、四半世紀前、タイ・バンコクの学生寮に住んでいたときのことです。シャワーは水しかでませんでした。浴槽などもちろんありません。

シャワールームは、薄暗く、独房のようです。排水溝から見事なタキシードを着こなしたゴキブリが這い出し、そして、天井からはヤモリが降ってきました。

熱帯とはいえ、朝晩の水のシャワーは冷たく、荒行の様相を呈します。特に10月から12月は気温が下がり、涼しい日が続きます。

そんなときは、打楽器が激しく鳴り響く音楽をかけながら、私はシャワールームに入りました。気合を入れ自分を鼓舞したのです。ときにハオーっと雄たけびをあげながら冷水に打たれました。

熱気あふれるスチール・ドラムの演奏を聞きながら、そんな若かりしころを思い出していました。熱というか、温度って大事ですね。

熱といえば、吉村昭著『漂流』で感銘を受けた個所があります。

絶海の孤島に流されて、何年もの間、アホウドリの生肉を食べていた主人公が、後年、漂流してきた別な船乗りの持っていた火おこしによって火を焚き、アホウドリの肉をあぶる場面です。

主人公の感動が痛いほど私にも伝わってきました。

というわけで、鬼の霍乱(かくらん)でしょうか、今日(9月9日)はめずらしく風邪をひいてしまい、ちょっと熱ぽっく、一日横になっていただいこんくんなのでした。

そうそう。「エクソダス」は出国、脱出という意味です。固有名詞としては「出エジプト記」を意味します。

エクソダスは「エ」が欠けると、出ることには変わりないですが、ちょっと違う意味になりますね。失礼しました。


(金沢八景。17年前に凍りつくような思い出が刻まれた場所です)

日本最大の湖である琵琶湖。その面積は滋賀県の16.7%、つまり6分の1。滋賀県は陸地が少なく、ほとんどが湖...と私は思っていました。

思い込みによる錯誤です。

さて、少し前からこんな言葉が書かれている男性用小便器を見かけるようになりました。高速道路のサービスエリアのトイレ、確かTOTO製だったでしょうか。

人がいない場合でも水が流れることがあります。
においや排水管の汚れを抑制するためです。

この文章の第一印象として、簡潔で落ち着いたものを感じます。詩的な雰囲気さえ漂っています。短文主義の私の琴線に触れます。

TOTO社内でどれほどの検討と議論があったことでしょう。大手広告代理店の助力があったのかもしれません。

まず現象(事実)を述べて、そのあとに理由を告げるというスタイル。告知、あるいは注意を促す表現としては、案外ありそうでないものです。

鉄道駅でよく目にし、耳にする表現は「危ないですから、白線の内側まで下がってお待ちください」です。

これに従えば、小便器流水の表現は「においや排水管の汚れを抑制するため、人がいない場合でも水が流れることがあります」になります。

いかがでしょう。理屈が先に立って尖ってしまいます。美しさを感じません。

くどくどと第一印象について述べてきた私ですが、そもそも、この小便器流水の言い訳はいったいなんのためにあるのか。その疑問への解答をいまだ持ち合わせていません。

ネット上では複数の説が飛び交っています。

「夜中のサービスエリアのトイレで人がいないのに水が流れることに不審に思う人がいるからだ」

「節水を呼び掛けているのに水が無駄に流れていると思われないようにするためだ」

私は思うのです。じつのところ、あのような言い訳がなくても誰も困らないし、叱られないはず。

仮に1時間おきに流れるにしても、それにお目にかかれるのは優曇華(うどんげ)の花に巡り合う確率に近いかもしれません。

ところで、私の職場の男子トイレの小便器には赤外線センサーも押ボタンもありません。水は天井近くにある陶製の水槽に貯められ、定期的に流れます。

これぞ「人がいようがいまいが水が流れる小便器」なのに、なんの注意書きもありません。

じつは陶製の水槽に水が貯まるときの音がいい響きなのです。排尿しながら、まるで水琴窟(すいきんくつ)の音色に包まれているような気分に浸れます。

ぜひ一度私の職場にお越しいただき、水琴窟に負けない陶製水槽の妙なる音色に耳を傾けてほしい。

それにしても、小便器流水のようなものに対しては丁寧な説明を怠らない繊細な配慮を持つ私たち日本人。

でも、世の中のほんとうに大事な情報は隠され、あるいは歪曲され、知らず識らずに錯誤するよう誘導されているような気がしてならないのです。

※優曇華の花:仏教経典では3千年に1度咲く花と説かれている。現代文学では宮本輝『蛍川』などに用例がある。(出典:Wikipedia)


(東北限定です)

酔っぱらいにはなるまい。子どものころ私は思いました。父は外で酒を飲んで泥酔して家に帰ってくることが時折ありました。

妙に陽気でおしゃべりになり、ときに怒りっぽく、そして二日酔いに苦しんでいました。社宅の同僚宅で飲んでいた父を迎えに行ったときは、別人のようにはしゃぐ父の姿に嫌悪感を感じました。

小学校低学年のころ、私はチューリップを鉢で育てていました。狭いアパートでしたので、眠るときは自分の布団の足元に鉢を置いておきました。小さなテレビのすぐ近くだったと記憶しています。

泥酔した父が夜中に帰ってきました。いま思うといったいどこで飲んでいたのでしょう。酔ってよろけた父の足が鉢に引っかかりチューリップが倒れてしまいました。

私は生き物を育てるのが好きでした。

小さなものからいうと、ショウジョウバエ、メダカ、カエル、ドジョウ、金魚、ザリガニ、セキセイインコ、ジュウシマツ、チャボ、ウサギのほか、ひょうたんなどの植物も育てていました。

ひょうたんといえば、清酒発祥の地・伊丹市の「神津ひょうたん」が有名です。毎年ひょうたんの作品展が開催されていて、見事なひょうたんが観賞できます。

ひょうたんは、最古の栽培植物の一つで、原産地のアフリカから食用や加工材料として、全世界に広まったとされています。果肉と種を取り除くのがけっこう大変です。

ちなみに「瓢箪から駒」の“駒”とは“馬”のことです。小さな将棋の駒だったらひょうたんの中に押し込められるので、別段不思議なことはないと私はずっと思っていました。

というわけで、脱線しましたけれど、大切なチューリップの鉢を父に蹴られた私は酔っぱらいにはなるまいと決意しました。

10年のときが流れ、学生になったばかりの私はクラスの友達と飲んでいました。今夜は限界まで飲んでみよう。ふと思いました。

チューハイを12杯飲んだとき吐き気を催しました。腹痛も併発。

後日、友人が曰く。
「お前、トイレのドアが開けっ放しで丸見えだったぞ。上から下から大変だったな」

やはり「蛙の子は蛙」ですね。現在はアルコールの適切な摂取に日夜努力しています。


(本文とは関係ありません。面白い本です)

子どもの頃、暇さえあれば私は釣りをしていました。私の住んでいた火力発電所の社宅は河口のすぐ近くにありました。

鮫川という阿武隈山系を源流とする延長65kmの2級河川です。上流には「鮫池伝説」が伝承されています。

土日は毎週のように釣竿を持って川に向かいました。社宅から徒歩数分。

釣果(ちょうか)はウナギやタイなど大物が獲れるときもあるし、一匹も釣れないときもありました。釣り糸を垂らし、水面(みなも)を眺めているだけで幸せでした。

釣った魚は家に持ち帰り、母に唐揚げにしてもらいました。特にハゼの唐揚げは絶品でした。

川岸の砂地を掘ればシジミ貝が、粘土のところを掘るとアサリ貝が採れました。

ところで、釣りにはエサが必要です。新聞で干潮の時間をチェックし、エサとなるゴカイを採りに発電所の脇のちょっとよどんだ小さな川に向かいました。

ゴカイといえば、職場のエレベーターが5階に停止したとき、「5階です」との女性のアナウンスが気になります。私にはなぜか「誤解です」と聞こえてしまうのです。

エレベーターの中でフィクションの世界に誘(いざな)われてしまいます。白昼夢も最近顕著になってきた私の加齢現象の一つです。

脱線したついでに干満について述べます。

「潮」は、朝のしお、「汐」は夕のしおを意味します。月の潮汐力(ちょうせきりょく)によって、海水が地殻に対してブレーキの働きを起こし、地球の自転速度はわずかずつ遅くなっています。

それに伴い「角運動量保存の法則」によって月は地球から少しずつ(年に3cmほど)遠ざかっています。

ノストラダムスの大預言を信じていたころの私は、月が地球から離れていくといった現象も恐怖の対象でした。いまは神経が鈍麻していて、なんでもありません。ちょっとのことでは驚かなくなりました。

話をゴカイに戻します。粘り気のある黒い川床をスコップで掘ると、「ようこそ」という感じでゴカイが蠢(うごめ)いています。丁寧に採らないと胴体の途中でちぎれてしまいます。

ウィキペディアによると、ゴカイは、環形動物門多毛綱に属する動物の一種、Hediste japonicaの和名でした。

ところが、近縁な複数の種の複合体であることが判明し、3種に分割されたそうで、ゴカイという単一種としての和名は分割後に消滅したと解説されています。

中学生のときに映画「スクワーム」(原題: Squirm、米国1976年)を見て衝撃を受けました。ゴカイの大群が凶暴化して人間を襲うという内容です。原作ではミミズなのですが、映画ではゴカイでした。

鼻から目から耳から口からものすごい数のゴカイが身体の中に入っていくシーンは圧巻でした。「スクワーム」と画像検索すると後悔しますのでお控えください。

これ以上、ゴカイのことを書いていると文字通り誤解を生むのでこの辺で筆を置きます。


(不動産会社から送られてきた録音再生機能付きの鳥)

小学校に入学した日は、これまででもっとも緊張した日でした。私は過去に遡ればさかのぼるほど胸の痛む出来事が強く刻まれています。

幼稚園も思い出したくありません。

黄色の幼稚園バッグやバインダー付の連絡帳は恐怖の対象です。いまもトラウマとなって脳裏に焼き付いています。パイプオルガンは好きですが、足踏みのリードオルガンは、その音色が幼稚園時代を思い出すので嫌いです。

幼稚園ではいつも泣いて(泣かされて)いて、遊びの時間は砂場でひとりでうずくまっていました。私は幼稚園を半年で中退させられました。

母はよく昼寝をする人で、幼稚園に行かなくなった私もいっしょに横になっていました。母は熟睡していました。私はすぐに目が覚めてしまい、退屈な思いをしながらぼんやりと時間が過ぎるのを待っていました。

南に面していたベランダのサッシが海風でかたかたと鳴っていたのが耳に残っています。

自宅でぼんやりと過ごしていた、そんな私にとって小学校に行くということは、ほんとうに一大事でした。

1年5組19番。机の左上に名札が貼られていました。私の席は真ん中のうしろの方でした。右の前方にとてもカッコいい男の子を見つけました。

最初の授業はみんなを知ろうということで担任のY先生がリードオルガンを弾きながら、みんなが教室内をぐるぐる回り、音楽が終わったところで近くの席に座るというものでした。

カッコいい男の名前を知ろうと私は右前方に行きました。なんと、男の子と思っていた人は、女の子でした。

ちょっと複雑な気持ちになりましたが、ある意味でこれが初恋だったのかもしれません。

1学期の通信簿の担任が記入する欄に「ご家庭でひらがなをおぼえるようご指導ください」と書いてありました。それを読んだ母は落涙したそうです。いまも保管してあります。

そういえば、「ま」と「き」、「す」と「む」、「ち」と「さ」の違いがわからず、悩んだ記憶があります。カタカナを覚えるのも一苦労でした。

不惑から五十路に向かう中年になったいまも、じっと文字を見つめているとなんだかわからなくなるような恐怖に襲われます。

これってゲシュタルト崩壊の予兆なのでしょうか。そんな不安を抱きつつある今日この頃のだいこんくんなのでした。


※ゲシュタルト崩壊(独: Gestaltzerfall)とは、知覚における現象のひとつ。 全体性を持ったまとまりのある構造(Gestalt, 形態)から全体性が失われ、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し直されてしまう現象をいう。(出典:Wikipedia)


(カイヅカイブキ 出典:Wikipedia)
(から続く)

カイヅカイブキを含めビャクシン類は、庭木や生垣など利用範囲が広い一方、梨の栽培地では梨の赤星(あかぼし)病の中間宿主(しゅくしゅ)となるため、注意が必要なのです。

自治体によっては赤星病防止条例を設けてビャクシン類の植栽規制をかけているところもあります。

特に条例は制定されていないのですけれど、私の住む地域も梨の産地ですから、本来はカイヅカイブキは植えてはいけないのかもしれません。

梨といえば、私は少し前まで「梨園の妻」の意味がわかりませんでした。梨の観光農園の奥さんという意味かと思いきやさにあらず。歌舞伎俳優の奥さんのことなのですね。

この場合、“りえんのつま”と読みます。農帽をすっぽりとかぶりながら梨畑で作業している人は“なしえんのつま”となります。

梨園(りえん)とは中国・唐の宮廷音楽家養成所を意味していました。唐の玄宗の時代に梨の木の植えられた梨園と称される庭園に芸人達を集め、芸を磨いたことに由来します。

そこから転じて、一般社会の常識とかけ離れた特殊社会としての歌舞伎俳優の社会を指すようになったそうです。

なお、歌舞伎の創始者はお国という女性で、最初は女性による踊りだったいわれています。

そのため、江戸時代は「歌舞妓(伎ではない)」と称していました。ところが、幕府は風紀を乱すということで女性によるものは禁制とし、「野郎歌舞伎」へと発展していったそうです(一部異説あり)。

以上で、だいこんくんの「梨の思い出」を終わります。むすびに「梨の礫(なしのつぶて)」について触れようと思いましたけれども、この辺で筆を置きます。


(陶器屋さんの置物。地球外生命体かと思いました)

梨には思い出があります。子どものころ社宅で一人で夜に留守番をせざるを得ないときがありました。父が夜勤、母と姉たちが社宅の共同浴場に行くといった場面です。

そういうときでも私は矢追純一のUFOスペシャルを見ていました。

でも、だんだんと怖くなり、耐え切れず、同じ4階フロアーのKさん宅をノックし、部屋に入れてもらいました。Kさん宅にはなぜかいつも梨があり、Kさんのお父さんの膝に座りながら、私は梨をご馳走になっていました。

ところで、高級ホテル・旅館専門の宿泊予約サイト「一休.com」の森正文社長は、「仕事人生のアップダウンを乗り越えるには、常に自分を磨き続ける必要がある。その原動力になるのは『欠乏感』だ」と訴えています。詳しくは日経ビジネスオンラインのインタビュー記事をクリック。

私の場合、「欠乏感」ではなく、「恐怖感」とのせめぎ合いの中で人生のアップダウンを繰り返してきたような気がします。

閑話休題。

かつて市営墓園の管理業務を担当していたときのことです。園内の植栽のカイヅカイブキが繁茂して墓石に悪さをするようになっていました。

カイヅカイブキは、関西でよく見られ、大阪府貝塚市を含め西日本の3市1町の自治体の木に指定されています。つねに剪定をしていれば美しい植栽となる木です。

けれど、手入れを怠ると太陽のプロミネンス(紅炎)のように勝手気ままな枝ぶりとなり、巨木となってしまいます。

ちょっと脱線しますが、以前コンサルタントの仕事をしていたとき、上司がよく使っていた言葉が「枝ぶり」と「ダボハゼ」でした。

「計画の具体の枝ぶりが見えないなぁ」

「もう少し相手先と打合せしませんと...」

「相手の言うことをダボハゼのように取り入れちゃいかんよ」

すみません。話を戻します。
結局、カイヅカイブキを自分たちで伐採するこは無理だとわかり、専門の造園業者に依頼して伐採してもらいました。

この木はもう一つやっかいな問題を抱えています。
(へつづく)


(寿司を握ってみました)

友人のKさんは一時熱帯魚の飼育に凝っていました。

「魚たちがさあ、元気なくなってさ、そんで俺、栄養ドリンクを水槽に入れたんだよ」

「で、どうなった」

「みんな死んじゃったよ」

Kさんは「夏休みの自由研究『食品用ラップフィルム』」に登場してくる、ラップを体に巻きつけて脱皮するコントに起用した友人です。熱帯魚のアロワナが大きく成長し、水槽が手狭になった際、Kさんはひそかに近くの川に放してしまいました。

脱皮できたのは本人ではなくアロワナの方だったようです。その後、Kさんとはしばらく会っていません。

閑話休題。

日清のカップヌードルが世に登場したのは私が小学校に上がる前でした。姉といっしょに社宅の近くの富岡商店という駄菓子屋(ちびっ子たちは「とみおばさん」と店を呼んでいた)でカップヌードルを買いました。

「とみおばさん」は入口左手にフタバアイスクリームの冷凍庫があり、雪のように細かな氷が内壁にびっちり貼り付いていました。4畳半くらいの店内には駄菓子などが所狭しと置いてありました。

店の脇にはドブがありました。水はバスクリンのように緑色に混濁し、無数の糸ミミズがくねくねと遊泳していました。

さて、当時、カップヌードルには透明なフォークが付いていました。フォークは胚芽が取れた米のように先端の一部が欠けていて、初めて食べたときの感激とともに印象に残っています。

日経トレンディによると「日清食品のCMでは、どのタレントもフォークを使ってカップヌードルを食べているが、同アンケートによると、フォークでカップ麺を食べる人は3%しかいない」のだそうです。同記事では、なぜカップヌードルにフォークが付属されていたのかについても述べられています。

もう一つ気になっていたのがカップヌードルの原材料名にある「かやく」との表示です。かなりのちまで「火薬」が入っているのだと私は本気で思っていました。スパイスを利かせるために火薬が含まれていると信じていました。

「かやく」とは、「加薬」であり、薬味を加えるの意が転じて、具材を意味することをのちに知りました。「乾燥野菜屑(んそうさいず)」の略称でもありません。

なお、インスタント麺の「かやく」に入っている乾燥かまぼこ・なるとは、福島県いわき市の株式会社栄洋が国内の全メーカーのほぼ全量を供給しています。

そうそう。火薬といえば、親友のブログで知ったのですけれど、「花火大会が中止になったとき、花火は、そのまま保管するのではなく、一旦解体して、火薬を乾燥させ、再利用する」のだそうです。ちょっとこわい作業ですね。

というわけで、夕べは「ものがたり法人ファイアーワークス(英語で花火の意味)」の監督に地区の小さな花火大会をご覧いただきながら、筆者手作りのにぎり寿司を召し上がっていただきました。

なんだかカップヌードルが食べたくなってきました。


(振り込め詐欺に注意しましょう)

最近知ったことがあります。

二十四節気の中で「立秋」こそが暑さの頂点であり、そして「立春」は寒さの頂点を示すということです。

四季が生ずるのは、地軸が傾いているためだと小学校の理科で習いました。地軸は、地球の公転軌道面に対して約23.4度傾いています。

そしてその地軸はじつは月と深い関係にあります。月がなければ地軸は安定して傾いていることができなくなり、地球の気象は大きな変動にされされてしまいます。人類の生存も困難となるでしょう。

ところで、ずいぶん前に祖母(母の母)といっしょに披露宴に出席した際、祖母が童謡「月の沙漠」を歌いました。お祝いの歌なのかどうか、私はいまだにわかりません。4番面の歌詞に至ると場内がしんみりとした雰囲気で満たされました。

「月の沙漠」は荒涼とした真空の月面の様子を歌ったものかと思いきや、さにあらず。

千葉県御宿町(おんじゅくまち)の御宿海岸を舞台にしたものだそうです(作詞者・加藤まさをの生地である静岡県藤枝市近隣の海岸との説も)。

個人的には内山田洋とクール・ファイブの「東京砂漠」が好きです。特に2番目の出だし「ビルの谷間には川は流れない。人の波だけが黒く流れて行く」にしびれます。

なお、「月の沙漠」は“沙”を用い、「東京砂漠」は“砂”であることに留意したいと思います。

御宿海岸の砂浜の中央には「月の沙漠」に登場する2頭のラクダに乗った王子と王女をあしらったブロンズ像が建てられています。Googleアースで2頭のラクダの影を見ることができます。自分撮りしたい筆頭の地です。

なお、1609年に現在の御宿町の沖合にメキシコに向かっていたスペイン船籍「サン・フランシスコ号」が遭難(約50人が死亡、370人が救助)した関係で、メキシコとスペインとゆかりの深い町として知られています。

詳細は、「大御所四百年記念 家康公を学ぶ」を参照ください。乗船していたスペイン領フィリピン臨時総督のドン・ロドリゴは家康に謁見。家康は船を作らせ、彼らをメキシコに帰還させました。

というわけで、立秋の話から地軸の傾き、次いで月、ラクダ、メキシコ、最後に家康まで来たのですが、どうもうまくまとまらないので、この辺で筆を置きたいと思います。

メキシコといえば、西麻布のメキシコ料理店「ゼストキャンティーナ」は安くて美味しいと思います。特にタコスはオススメです。


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